元凶
PART / U
 牢屋の鍵部分をマタドガスの『かえんほうしゃ』で溶かし、鉄の扉を蹴り飛ばして開けたナナミは眼前に立つラプチャーを睨みつける。
 彼女のスレンダーな体のどこにそんな筋肉が宿っているのかは分からないが、直撃を受ければ致命傷は避けられない。ラプチャーのこめかみに一筋の汗が流れた。

「……ありがとう」
「どーいたしまして、どうせならもう少し可愛げありで言ってほしいわ。ターミネーターかよお前は」
「勘違いしないで。気を許したわけじゃないの、いつか捕まえる」
「はい『勘違いしないで』頂きました。絵にかいたようなツンデレちゃんだよなお前って。ははは、だけどそれが良いんだよ」
「くだらないこと言ってないで服返して」
「いや俺に言われても……おっ、あそこにまとめられてるのお前んじゃねーの」

 牢屋の近くにあった机の上には国際警察のものだと思われる服が丁寧に畳まれた状態で置かれており、モンスターボールも4つ近くに転がっている。
 胸元のイニシャルの刺繍から自分のものだと確認したナナミは上着を羽織るとスカートを履き、一瞬にしてラプチャーも見慣れた姿へと変わった。
 長い後ろ髪をゴムで止めてポニーテールにし、モンスターボールに入っているポケモンが自分のものであるかを確かめてからようやく準備が完了。ラプチャーもよく見る普段のナナミで間違いない。

「んで、お前はなんでこんなところで捕まってたわけ。状況が状況じゃなけりゃお前が奴の仲間だって疑われても仕方ないぞ」
「なんで私が悪党の仲間にならないといけないわけ、意味が分からないわ。それを言ったらなんで貴方がここにいるのか、私の方が気になるわよ。私は任務、貴方はなに」
「お前を助けに来たのさ」
「わーうれしー(棒)。分からないわね、貴方って。警察助ける悪党がいるなんて普通は思わないわ。人を助けたいなら警察になればいいのよ。何で貴方は盗賊なんてしているの」
「警察官は好きじゃないんだ。職質で俺の自転車じろじろ見たり、高圧的だったり、そんなにテメーらは偉いのかってんだよ。何より公務員、やりたくねーよ。行くぜ」

 ぶっきらぼうに答えたラプチャーはナナミに背を向けると歩き出し、襟を正したナナミもそのあとに続く。

「どこに奴がいるか分かってるの? えーっと、サイキルトだっけ」
「分からん。と言うか、お前はサイキルトのこと知っててここに来たんじゃないのか」
「違うわ。主にプラズマ団が多く確認された都市にはジャスティス先輩とかが向かったの。私は団員は少ないけれど、いざと言うとき襲撃されるとダメージが大きい主要都市の警備に回ってたわけ。で、怪しい奴を見つけたから尾行したのよ」
「そしたら如何にも怪しい施設に辿り着いたが、見つかりましたと……絵に描いたような探偵物の役に立たない警察官じゃねーの」
「五月蠅いわね。そういう貴方はサイキルトのこと知ってて来たってことで良いのかしら」
「ああ、モルハックの事件以来ずっと調査と尾行を依頼してた。プラズマ団と繋がりがあることも知ってたし、今夜もここに来たことだって確認済み。だから俺はここに来たんだよ」
「そんな前から……ん? ちょっと待って、そもそもモルハックの事件を解決したのって確かヒウンシティ議会が依頼した――」
「ちょっと黙れ!」

 話しているナナミの口に手を当てたラプチャーは廊下の曲がり角の先から僅かに流れる人の気配を感じ取り、口を塞ぐ手を無理やり退けたナナミが涙目で睨みつける。
 舌を噛んだらしい。だがそんなことお構いなしにラプチャーは気配を殺しながら廊下を進み、ただならぬ気配にナナミも怒りを抑えて彼の後に続いた。
 先ほどまでガラス張りが多かった研究室だが次第にコンクリートや鉄の壁が増えていき、最終的に2人が辿り着いた場所は入口の扉以外部屋のなかは何1つ見えない堅牢な研究室。
 空気から生物の気配を感じることが出来ないナナミでも分かる。この扉の向こう、明らかに何かいる。ジメジメとした嫌悪感を振り撒く、常軌を逸した異色な何かが。
 心臓の動悸が早まる。過去に対面した犯罪者が正常に見えるほど、異常な何かを前にナナミの右足は知らず知らずのうちに一歩後ろに。

「怖けりゃ逃げても良いぞ。ぶっちゃけた話、俺もできることならさっさとここから離れてえよ」
「こ、怖くなんかないわ! 正義の二文字を前にして、引くことは許されない」
「もう少し柔軟な正義を持った方が俺は長生きできると思うけどね、白神正義はその辺がかなり理解している軟体動物なんだろ」
「先輩をメタモンみたいに言わないで! そりゃ、先輩みたいにはな……ちょっと、なんで先輩のフルネーム知ってるのよ?」
「裏には裏の情報網があんだよ。さて、程よく緊張が解れたっぽいから行くぞ。途中休憩はないぜ」

 いつの間にか下がっていた右足が元の位置に戻っているのを見て、初めてナナミは自分でも震えが消えていることに気付いた。
 気遣われた?――目の前で扉を開けるラプチャーの背中を眺めながら、ほんの少しでも格好いいと思ってしまった自分を否定するかのように首を激しく左右に振る。
 ナナミの心拍数がやたら高くなっているのを感じながらも、ラプチャーも緊張のせいで自身の鼓動がいつもより早いのはしっかりと感じていた。
 何が起きてもおかしくない。ラプチャーが扉を開けた瞬間、視界に飛び込んで来た物体を目の当たりにし、振り向くと同時に後ろのナナミを掴み地面へ回避。

「くっそ、何が飛んできやがった! おい、怪我ねーか」
「え、えぇ大丈夫。と言うより何が……アンナ! ちょっと、大丈夫!?」

 扉を開けたラプチャーとナナミに飛んで来た物体、起き上がって確認するとそれは国際警察の服を着た1人の女性。
 拷問でもされたのか服が切り刻まれ、見える肌からは激しくないものの出血や痣が見える。死んでいるわけではないらしく、かろうじてだが息はしていた。
 名前を知っていることと国際警察の制服を着ていることから、ナナミの仲間だと推測するのは想像に難くない。つまり、これは警察の敵の仕業。

「おや、君は牢屋に閉じ込めておいたはずだが。それに君は確か……ジョイン・アベニューでカセットを渡した警察の協力者君じゃないか。警察のアルバイトとか言いながらしっかり警察官だったわけだ」

 部屋の中から響く足音にラプチャーとナナミが振り返り、視線の先には扉に寄りかかる女性が1人。真紅の眼鏡に、銀色の瞳。

「キョウカ・サイキルト……ようやく会えたな、探したぜ」
「ここ最近尾行がついていたのは知っていたが、なるほど君の手先だったのか。優秀な尾行だったよ、私が何度か罠を張っても見事にかわされた。そこの国際警察に聞いても尾行なんてしてないって言ってたから、なんかいろんな人に狙われちゃってるみたいだね私は」
「んなこたどうでもいい。俺はただお前をぶちのめす。警察とか正義とかそんなたいそうなもんじゃない。これは私怨だ、復讐なんだよ」
「くくく、人に恨みを買うようなことはたくさんしているが君なんて知らないよ。この前初めて会って、その時は君にカセットを渡してあげたじゃないか。感謝こそされど恨まれるな――」
「ラゼッタ・エアリード。俺の名前だ」

 高らかと語っていたキョウカはラプチャーの名前を聞いた瞬間に表情から鉄のように冷たい笑顔が消え、代わりに氷河の様に冷たい視線のみが残された。
 殺意。ただそれだけを凝縮したかのような感情の視線。息をついたキョウカは踵を返すと部屋のなかへと戻りながら、背中を見せると言う余裕と同時にラプチャーに口だけで話しかける。

「エアリード……はん、あの脳までエアバッグで出来てるような堅物の後継者ってわけだ。お前もレインボーヒルの生き残りか、よくあれだけの惨劇のなかで生きてたもんだね」
「俺は普段から掟なんて無視して村の外に出てたからな。戻ってきたとき、遭遇した。お前が原因だと言うことも、村が滅びた元凶がお前だと言うことも、全て聞いた。シルクス・エアリードから、そして……クシャラ・アーストから」
「あーいたな、これまたムカつく地面エキスパートであるアースト家の令嬢。なるほど、彼女と仲が良かった下賤がいると聞いていたがひょっとしてお前か。あーそうそう思い出した。ラゼッタ、性を持たない中流階級。村の外へ無断で外出してる嫌疑がかけられていた少年か。どうでもいいことだから忘れていたよ」
「シルクスも死んだ。クシャラも死んだ。他の仲間たちも死んだ。残ったは俺だけだ、だからお前をここで葬り去る」
「おやおや、まさか本気で私に勝てると思ってるのか。とはいえ、私はポケモンバトルが実は得意じゃないんだ。エスパーのエキスパートであるサイキルト家の人間ではあるが、どちらかと言うとエネルギー転用の研究が専門だ。だから、お前の相手は『アレ』がする」

 キョウカが人差し指で指した先、ラプチャーも存在だけは気付いていたがキョウカへの意識が行き過ぎるあまり見逃していた奇妙な空気を醸し出す異質。
 ラプチャーとナナミが見るとそこに立っていたのは真っ赤に光り輝く金属に全身を包んだ謎の生き物。ポケモンなのだろうが、ラプチャーはこれまでの人生であのようなポケモンを見たことが全くない。
 ただそれが強いことだけは分かる。部屋の隅に飾られる愉快な剥製なら良かったのだが、どうやらちゃんと動くようだ。目が光っている。

「アレはゲノセクト! で、でも資料で見たのと少し違う。何かが……」
「気を……つ……あれ……普通のゲノ……セクトじゃ……な……」
「喋ったらダメよアンナ。とりあえず止血は終わったから、休んでて。アレは私が止める。そのために仮想ゲノセクトの訓練だってしてきたんだから」
「なるほど、アレがゲノセクト。虫のような外見に鋼の体、見たところ炎には弱そうだな。それならこいつで行くか」
「どんどん掛かって来い。私はゲノセクトの戦闘データが欲しくてたまらなくてね、仮想訓練をしたならなおさらのこと。ふふふ」

 ラプチャーが投げたボールからはマタドガスが、ナナミが投げたボールからはコジョンドが飛び出し、目の前で静止しているゲノセクトへ視線を向ける。
 対照的にゲノセクトの瞳は光を失っており、そもそも起きているのかすら分からない。眠っているのではないかと言うほどその動きには危機感と言うものがなく、ラプチャーもナナミも違和感を覚えた。
 背を向けていたキョウカがポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押すと突如としてゲノセクトの目に光が宿り、暗転していた目玉が紫色の光を帯びて輝き出す。
 全身が赤色の金属、目玉が紫色の発行体。元来がむしポケモンだと予測されるが生物としての面影はどこにも見られず、ただただ人間によって変化を強要された悲しき存在。
 ラプチャーが感じ取った生命の面影と言えば、呼吸をしていることぐらい。背中に背負っている砲台のような装置、それが一際目を引いた。ただの飾りではない――ラプチャーの直感がそう告げる。

「1つ答えろサイキルト。お前はなぜ、レインボーヒルを破壊した。あそこでのお前の地位は確立されたものだったはず、わざわざ自分から苗床を破壊するような愚か者じゃなかったはずだぞ。お前はな」
「さあね、飽きたからかもしれないわよ。鬱陶しい掟、権力を手放そうとしない爺婆共、科学の進歩も受け入れられない哀れな風土、何もかもが私の求めるものへの反発に満ちていた。常々私はね、生まれる時代と場所を間違えたと思っていたよ。両親すらそうだった、私を異端の目で見続けた。邪魔だったから消したけどね。くくく」
「もしかして貴方、自分の両親を殺したの!?」
「あんなものは両親でも何でもなかった、私の意思などお構いなしに知識と風習をぶち込む洗脳機関だったよ。尤もそのおかげで、私は自由を手に入れた。今がそうさ、鬱陶しい鎖は全て破壊し終えた。後は、内なる欲望を満たし続けるだけさ」
「俺の質問の答えになっていないな。飽きたから? 笑わせるな、お前に飽きなんて訪れるもんか。あそこはお前ですら知らない文献だってまあだっただろう、しかも事故が起こったのは神のエネルギー転用研究のまさに最終段階だったはず」
「ふん、シルクス共から色々聞いたか。くたばりぞこないってのは嫌だね、秘密をぽろぽろ喋りやがる。もうさ、どうでもいいだろエアリード。村はなくなり、今、目の前には私とゲノセクトがいる。それでいいじゃないか。どうせここで、お前の人生は終わるのだから」

 キョウカがスイッチをもう一度押すとゲノセクトの背中に備え付けられているブースターが起動し、鋼の体を地面に滑らせ火花を散らしながら猛烈なスピードでマタドガスへ急接近。
 繰り出されるゲノセクトの鋭い爪の攻撃にマタドガスは避ける間もなく直撃したが、『シザークロス』はむしタイプの攻撃、どくタイプを持つマタドガスへの効果は薄い。
 しかしナナミはもとい、ラプチャーも言葉を失っていた。ダメージこそあまりないものの、全身を金属に包んだポケモンがブースター付きとはいえなぜあんなに早く動けるのか。接近は良い、だがそのあとの体を駆動させるモーションすらも圧倒的に早かった。
 ただの金属ではない。アルミニウムのように、特殊な製法で作られた軽量で高硬度の合金。しかしそれにしても、本来鋼と縁のない体に無理やり全身を金属で覆われ、強化されたポケモンに悪影響がないとは考えられない。

「不思議か。そう、ゲノセクトは古代のハンター。屈強な肉体と強靭な生命力を持っていたがそれでも全身を金属で覆えば、動きも鈍り体力を奪われるせいで活動時間があまりにも短かった。そしてそれは、アルミのような軽量な金属にしても同じだった」
「化石から復活させて、全身金属で覆った挙句にやらせることと言えばハンターの本能とは関係のない人のエゴ。貴方、どこまで命を弄ぶつもりなの」
「弄ぶ? はは、何を言う。人類の、そしてポケモンの進歩のためだよ。『進化』じゃない『進歩』だ。人の手により、歩み進ませる。不完全だった廃棄同然になりかけたゲノセクトを完全にしたのも、人の後押しだった」
「廃棄同然だと」
「そうさ、こいつは余りにコストが掛かり過ぎる上に全く進歩がなかったからね。プラズマ団にいた頃はNの命令で止めたと言ったが、他の七賢人もあまり気乗りしない計画だったようだ。だがそんなことはどうでもいい、問題を解決したがるのは人の性だ。しかし私の専門分野の知識や技術では、この問題は解決できそうになかった。私は私の専門外の分野に新たな可能性を求めていた」
「……まさか、あの事件」

 何かに思い当たったラプチャーの思考を感じ取ったのか、キョウカは口の端を釣り上げると指を鳴らしてラプチャーを人差し指で指す。

「大当たり。モルハックに資金とダークライを提供し、代わりに研究結果をフィードバックさえたのは全てこのため。夢の世界にしか存在しない、この世の法則を凌駕した金属。それこそが私に答えを与え、導いてくれた」
「もしかして、警察の押収品室からその事件で押収したダークライが消えたのも」
「その通り、プラズマ団の暴走までもう少し目を逸らしたかったからね。各地でちょくちょくと面倒な事件を起こさせてもらったよ。尤も、モルハックは重要なポジションだったからそれなりに力を癒えたのだが、どうも感が良い手練れに目をつけられたようだね。予想より早く沈静化しちゃったよ」
「合点がいったぜ。あの変態爺のコンプレックスに付け込んで、テメーの都合の良いように操ってたわけだ。金にものを言わせた強引だが確実なやり方だな。そしてその結果が、その化物ってわけだ」
「その通り。夢の金属は剛性靭性に優れ、他の金属を遥かに凌駕するほどの適切な重さとなり、ゲノセクトの肉体への親和性も恐るべき数値を叩き出した。まさに夢の金属、そのおかげで私の研究は一先ずの完成を見た。後は、披露宴だけさ」
「披露宴? この勝負が、その披露宴だと言うのかしら」
「まさか、こんなちっぽけな勝負など前座の前座さ。自分たちの意思で決起を起こしたと思っている愚かな連中、プラズマ団と警察組織がぶつかり合う舞台。そこが私達のダンス会場。ここで調整を終え、私達は行く。せいぜい足掻け、抗え、努力しろ。ゴミ共!」


月光 ( 2014/06/14(土) 23:57 )