PART / T
テーマパークが立ち並び、イッシュ地方随一の商業都市でもあるライモンシティ。
普段は夜になろうとも明かりが消えることはなく、人々が行き交う大通りが多数存在するはずなのだが、今夜に限ってはそこに見られる人影も殆どいない。
原因は2日前にラジオ放送局がジャックされ、イッシュ全体に告知されたとある組織の犯行声明が原因だ。
『我々プラズマ団は今より48時間後、イッシュ地方の各都市で大々的な決起を行う』
4年前のポケモンリーグ制圧の失敗、そして2年前のソウリュウシティでの事件。いずれも失敗に終わったものの、一組織がイッシュ全体に深刻なダメージを与えかねない事件だっただけに国民への衝撃も大きかった。
そんな組織が今度は各都市で決起するなどと言う犯行声明を出せば、イッシュ全体でのパニックは避けようもない。だが警察サイドも声明前から決起の情報掴んでいたらしく、既に各都市に多くの国際警官が配備されている。
衝撃的な犯行声明だが、警察としては以前の2つの事件より危険度は低いと言う見方が強い。
前々回、つまり4年前の事件では哲学的な思考を広めてイッシュ全体に浸透させると言う布石を用いてイメージアップをし、水面下でトップたるゲーチスの野望を叶えんがために暗躍が続けられた。
前回となる2年前も布教的なことはしなかったものの、動かす団員を最小限にして極秘裏に伝説のポケモンであるキュレムを獲得・悪用する手段を用いている。
だが今回は事前に警察へ情報の多くが漏れてしまっているほどの杜撰な情報管理。作戦にしても作戦らしいものはなく、目的と言えばただの略奪。前回までとは統率力そのものが完全に失われていると言っても良い。
さらに各都市と嘯きながら、実際にプラズマ団団員が多く確認されたのはセイガイハシティ、フキヨセシティ、ヒウンシティだけ。世間での心配の声ほど、事態は大して重くないのだ。
「とは言っても、普通は心配するのが人間だけどな。まあ誰もいないならいないで、俺もやりやすい」
人影がまるでない大通り、人っ子一人いないとこれはこれで非常に気持ちが良い。ラプチャーは星空を見上げながら、時たますれ違う警察に変な目を向けられても構うことなく歩き続ける。
一応厳戒態勢を敷いているライモンシティではあるが、外に出てはいけないと言う命令を出せるほどではない。その証拠に一応だが、コンビニやレストランも営業はしているのだ。
「……あれか」
駅を降りてから歩いて十数分、大通りから脇道に入って少し歩いたところに目的の場所が見えてきた。一見したところはただの一軒家。
明かりはついていない。ポーチから暗視ゴーグルを取り出すと装着し、スイッチを入れる。街灯の心もとない明りしかなかった世界が、まるで昼間の様に明るい明度を手に入れた。
不用心にも開いている門をくぐろうとしたその瞬間、ラプチャーは咄嗟に足を止める。
僅かに聞こえる機械音……暗視ゴーグルの機能を赤外線モードに切り替えると案の定、見えたのは敷地内のありとあらゆる角度から放たれている赤外線の侵入者の検知システム。
触れたら何があるのかは分からない。警報が鳴ったりするぐらいならまだいいが、下手をすれば凶器が飛んできたり爆発が起きるかもしれない。
「一般家庭のセキュリティにしちゃ、度を越してやりすぎだ。全く、ご丁寧に上空にも網目状に赤外線かい。地上からゆっくりすり抜けていくしかないな」
家の上にも空からの侵入者用なのか、大量の赤外線がまるで網目のように張り巡らされている。この様子だと、地中にも何か検知するための仕組みがあるはずだ。
一歩一歩慎重に歩き出したラプチャーは赤外線の間をゆっくりと掻い潜り、たかだか10メートルもない距離をおよそ5分ほどかけてようやく玄関へと辿り着く。
取っ手に細工がされていないことを確認しつつ、玄関を開ける前にラプチャーはモンスターボールを取り出し、繰り出したバチュルを頭の上に載せてから再び玄関を開こうとするが静止がかかった。
頭の上のバチュルがラプチャーの頭を軽く小突き、玄関ドアの角に飛び移ると数秒後に再びラプチャーの頭の上に帰還。
「やっぱ玄関にも検知の機械、多分開いた瞬間に警報か何かがなる機械が仕組まれてたか。良くやったバチュル、エネルギーは全部吸い取ったな」
バチュルは張り付いたものの電気エネルギーを吸収する特性を持つ。薄い扉や鉄製の扉なら、裏側からでも機械の電気を吸い取るぐらいなら問題はない。
扉を開き、ゆっくりと中に入り扉を閉める。赤外線は流石に家の中にはないらしく、ラプチャーは再びモードを暗視タイプに切り替えた。
「見たところ、本当にただの一軒家だな。だがシリュウの旦那が言うには間違いなくここに奴がいる。と言うことは、どこかに地下施設への扉でもあるのか」
ラプチャーは耳を澄ませると静寂な家の中で僅かに流れる空気の流れを感じ取り、音のする部屋へと入るとそこは何の変哲もない物置部屋。
置かれているのは殆どがポケモン研究に関する本であり、どれもこれも一般人が読むにしては敷居が高い。そのうち一冊を手に取ってみたらラプチャーだが、書かれてることは全く理解の範囲外。
本を元の場所に戻し、再び風の流れを感じ取る。大きな本棚の角を曲がるとまた1つ本棚があったが、何も置かれていない。
近づいてしゃがみ込んで見てみると、つい最近動かしたのかスライドしたかのように近くには埃がなく、フローリングの床が姿を見せていた。しかも、ご丁寧に金属レールが敷かれている。
さらに隠す気がないのか露骨に金属製の取っ手があり、近くの埃を丸めて落としてみたが電流や高熱の類の仕掛けは施されていない。触っても大丈夫そうだ。
「なんか誘い込まれてるようで気になるな。しかもよく見れば、つい最近何人かがここに入ったようだし。足跡は3人か」
地下への扉だと思われる取っ手の近くには大きさの異なる足跡が3人分、埃をめくり取るような形で残されていた。
取っ手を握ったラプチャーは意外と重い扉を何とかひっくり返し、中へ入ると指を挟まないように注しながら開かれている扉を戻す。
階段には足元をわずかに照らす程度の仄かな光があり、外した暗視ゴーグルをポーチに戻したラプチャーは一歩前へ。
「流石に隠し階段に罠はないと思うけど、慎重に進むかねっと」
およそ50段ほどあった階段は特に何事もなく終わり、目の前に現れた扉を開けると強烈な光がラプチャーとバチュルの目を突き刺した。
別に特別強烈と言うわけではないのだが、暗闇から出てきたばかりの彼らにとっては一瞬目が霞むレベル。徐々に鮮明になる視界に現れたのは、近代的かつ幾何学的な構造の研究施設。
もはやどこか巨大な組織の研究施設。風の流れ、人の気配、監視カメラに細心の注意を払いながらラプチャーは道の角から角へと足音を殺し移動する。
不気味なほどに静か過ぎて気味が悪い。来た時から明かりもついていたのだから、誰かしら居るとは思われるものの、今のところ人影も見当たらない。本当に人がいるのだろうか。
「奴は最近ここへ頻繁に足を運んでるって情報だったけど、もしかして今日はいないなんてことはないよな。もしかして、さらにどこか別の出口があって既に逃げられたのか」
僅かな焦燥が徐々にだがラプチャーの中に込み上げてくる。今日を逃すと次に目標へ接近する機会がいつになるか、想像すらつかない。
徐々に足が速くなるが、気配はしっかりと消したまま。ガラス越しに見える部屋のなかは次第に学校にあるような理科室のようなものから、巨大なカプセルやスーパーコンピュータのようなものが配置された部屋へと姿を変えていく。
どうやら少しずつだが確実に、研究内容の根幹がある場所へと近づいているらしい。いや、ひょっとしたら部屋の設備と重要性やら配置は全く関係ないのかもしれないが。今は関係あると信じたい。
「それにしても、広過ぎる。いくら地下だからってこれは土地の権利的に問題なんじゃねーの。不味いな、下手したら探すだけで夜が明けちま……今、なんか聞こえたか?」
遠くの方からだが、確かに何かが聞こえた。罠である可能性に十分気をつけながら、ラプチャーは音のした方へと近づいていく。
近づくにつれて聞こえた音はより鮮明になってきた。どうやら、誰かが壁にひたすらぶつかっているような音。
曲がり角を右折して音がする扉の前を見ると、ここだけは他の研究施設と違って窓ガラスで仕切られてはいない。と言うよりも、僅かな覗き穴がついている鉄の扉は牢獄を連想させた。
誰かが捕まっているのか、それとも凶悪なポケモンが閉じ込められているのだろうか。しばらくすると扉にぶつかる音はなくなり、中から聞こえたのは疲れ切った息遣いと深い溜め息。
呼吸音や息のテンポ、声から察するに女性だろう。可能性は低いが罠かもしれないことを考慮したラプチャーは警戒しながら覗き穴から中を確認する。
見えたのは後姿だがどこかで見たことがあるような、ラプチャーにとって非常に嫌な予感がするような女性。身に着けているのはブラとパンツだけ、捕まった感が丸出しだ。
「……見なかったことにしよう」
「誰ッ!? 誰かいるんでしょ!」
聞き覚えどころか頻繁に聞く声。気付かれなければ無視しようと思ったが、気配を悟られた以上放っておくわけにもいかない。何より寝覚めが悪くなる。
「いるにはいるけどさ……ナナミ、こんなところで何してんのお前」
「ラ、ラプチャー! くっ、貴方がここにいるってことはやっぱりあの女とはグルだったのね! すぐにここから出しなさい、出さないと後悔するわよ!」
何やら酷い勘違いをされているらしいが、捕まっている状態の国際警察官が目の前に逮捕を渇望した相手が登場となればどんな思考に至っても別段驚かない。
しかも捕まっているのはナナミであり、明らかに出されないと後悔するのは彼女なのだがその辺を突っ込まないのはラプチャーなりの配慮だ。言うと五月蠅いし。
「いやうんまあ、グルでもないし出すのは別に良いけど。それより、やっぱりあいつはここにいるんだな」
「あいつって、あの如何にも栄養不足そうで一歩間違えれば転んだ拍子に骨が折れちゃうんじゃないかって感じの女こと?」
「多分そいつだ。おい、助けてやるから今ここで俺を逮捕なんてことはするなよ。取引だ」
「……本当は嫌だけど、良いわ。今この時だけは、貴方を見逃す。現在ではあいつを捉える方が重要だから」
「決まりだな。俺も奴……サイキルトには何年も前から用がある。ここで絶対にケリをつける」