終焉
PART / T
 シンオウ地方、険しい気候と環境に包まれる北の大地。テンガン山を中心に2つに分かれる特殊な地形をしており、この山の影響を受けることで変化するポケモンすら存在する。
 そんなテンガン山をさらに北上し続けると建物や道路と言う概念は消えていき、目の前に見える景色は連なる山々と荒れ地。気候の関係なのか、雪は積もっていない。
 目を引くのは雪がないことなどではなく、見るだけですぐに分かる異常な景色。空間を引き裂くように見える反物質世界、しかもそれが数カ所ではなく軽く見渡すだけでも数百は超えていた。
 さらにどこからか聞こえるのは広大な海を思わせる波の音、大都会の喧騒。見えてくるのは噴火する火山の光、遥か数千メートル上にあるはずの青空。空間が歪んでいる。
 加えて見えて来る景色の中には明らかに太古の景色、時が経ち過ぎて廃墟と化したであろうどこかの都市。
 物質世界と反物質世界、空間どころか時代すら超越した空間。それが現在シンオウ地方で立ち入り禁止となっているトップシークレットゾーン――『レインボーヘル』。

「あれから数回来たけど、やっぱり全く良くなってないな。いや、むしろ悪くなっている。あと数十年も放っておいたらシンオウどころか、他の地方も危ないな」

 数年前の惨劇以来、ラプチャーは数年毎にここを訪れている。立ち入り禁止区域だが、好んで近づくものは皆無に等しいのでポケモン協会もシンオウ地方議会もほったらかしの状態だ。
 訪れる度に徐々にではあるが亜空間や別の時代の空間が広がっている。仮に二次関数の様な加速度的に異常が拡散するタイプだった場合、年月が経てば経つほど一気に被害は拡散して対処する前に全てが終わってしまうかもしれない。
 尤も、ラプチャーにとってはそれが行動の原理なわけではない。本当にこの事態を収束したいのならば、現在この地域に起こっていることを大々的に発信すれば良いだけのこと。
 彼ほどメディアに対して注目度がある人間ならば、何かに付け込んで情報発信するなど朝飯前。それをしないのはここで起きている問題がシンオウ、果ては世界の危機以前に、個人的な決着をつける必要があるからだ。

「クシャラ……今日で終わらせるよ、俺達全ての因縁を」

 大きな段差を飛び下りたラプチャーは辺り一面更地になった中でも際立って目立つ、まるでピラミッドのような三角形の石造りの建物へと近づく。
 高さにして5メートルほどだが、人が通れそうな入口のすぐ傍から地下へと続く階段が見えた。ラプチャーは取り出したスマートフォンのマップアプリを起動し、GPSで場所が正しいことを確認する。
 場所が間違っていないことを確かめ、ラプチャーは薄暗い建物へのなかへ躊躇うことなく侵入。彼が入った瞬間に辺り一面が仄かに輝き出し、足元を照らし階段が見え易くなった。
 ただひたすらに階段を下り、何百何千段と永遠にも思える階段を進む。全ての運命が始まった場所へと近づくラプチャーだが、不思議なことに焦りや不安は一切ない。まるで晴れ渡る雪原に立つかの如く、駆け巡るのはただひたすらの静寂。
 短いのか長いのか、感覚的には長く感じたが現実には5分と経たずに階段の終わりは見えた。目の前にはぼんやりとした明かりに包み込まれた大きな空間が姿を現し、その中の一角にラプチャーは視線を移す。

「どうやらちゃんと逃げずに来たようだな、ラプチャー。いや、ラゼッタ・エアリードと言った方が良いか」
「好きにしろ。そういうお前も行儀よく待てたようだな、イドニア・エアリード」

 ラプチャーが向ける視線の先には妙な台座付近に立ちながら、口角を上げ犬歯を見せながら悪辣な笑みを浮かべるフィアーの姿があった。

「ここまで来て互いに不要な打算や駆け引きは無用だろう。まず俺から聞くが、お前が持っているものは全て持ってきたな」
「持ってきたさ。『こんごうだま』、『はっきんだま』、『てんかいのふえ』。見たところそのへんちくりんな台座にこいつをセットすればいいんだろ」
「そうだ、既に俺の『しらたま』も置いてある。4つの神具が揃ったとき、この地はかつての輝きを取り戻す」
「嘘じゃないな」
「はは、安心しろ。この地がかつての輝きを取り戻すことは、俺の野望を叶えるための条件でもある。俺の野望の前提条件がお前の目的なんだ。嘘をつく意味がないだろう」
「そうかい。まあ別にさ、後で確かめればいいだけさ。お前をここでぶっとばしてな」

 溜め息をつきながらも笑ったせいで少しむせたフィアーが何度か咳き込み、台座を挟んで反対側に辿り着いたラプチャーは持っていた3つの道具を台座へと置く。
 鈍い光が一筋走った。室内に変わった様子は特にないが、外から僅かに流れ込んでくる風の音色が変わったことをラプチャーは聞き逃さない。荒々しい気配が消え去り、残っているのは穏やかな風の音。
 フィアーの言っていたことは本当だった。この台座が全ての元凶であり、そして全ての始まりだった。

「この台座はレインボーヒル全体を覆う神との繋がりの象徴、同時にこいつは神と人とを繋ぐ絆。それを露骨に扱えば、神罰が下るのは当然のことだ」
「お前、公家の人間でもないくせになぜそんなことを知っている。事件があった時お前はいったい何をしていた」
「何をしていたってもんでもないさ。たまたま泥棒でもしようとこの辺をうろついていたら、たまたまこの施設に迷い込み、たまたまサイキルトの器具で拘束されていたアルセウスの呪縛を解き、たまたま生き延びて、たまたま書物を拾った。本当に、1から10まで俺がここにいるのは偶然の産物さ」
「書物?」
「耳聡い奴だな。そう、公家が持っていた秘伝の書物。暴走の衝撃波で吹っ飛んで来たのをたまたま見つけた。そして知ったのさ、この台座のこともな」

 懐から取り出された一冊の書物、表紙は革作りで何やら書かれているがボロボロになってしまっているためタイトルは分からない。本自体の紙質は非常に色褪せており、非常に古いものだと言うことは良く分かった。

「公家の爺婆共が後生大事に持っていたものだろうな、この村の成り立ちから台座のこと、宝玉のこと。事細かに書かれている。尤も古代言語だから、読めない部分もかなりある。知り合いの考古学者に解読を依頼したこともあるが、見たこともない言語だそうだ」
「ふん、過去の奴らの思い出話なんて興味はねーよ。過去の奴らは過去の奴ら、今の俺たちが今を生きるだけさ。話しは終わりだ。俺はな小説の主人公やRPGの主人公達のように事件の真相がどうだとか、悪役にもそれなりに理由があるんだみたいなのには興味ねーんだよ。今の俺に興味があるのはな、お前が何をするかだ。そして……どうイチャモンをつけてテメーをぶっとばすかだけなんだよ」
「俺が何をしようとしまいと、俺もお前が気に入らないって理由で葬るつもりだったよ。教えてやる、この台座は神を呼び如何なる望みも叶える存在。代償は……レインボーヒル全てを無へと還すことだ。俺の願いは単純さ……世界を手に入れたい。俺に逆らうものは全て死に絶え、俺が俺のためだけに何でもできるユートピア。それだけさ」
「はぁ……まあそんなこったろうとは思ったけどな。お前みたいな奴は誰かのためにとかそんなこと考える奴じゃねーよな。正真正銘、自分だけが良ければそれで良いって言う悪役面だ。だがよ、俺は嫌いじゃねーぜ。誰かのためとか世界のため言う屁理屈抜きの悪人はよ」
「結局どんなにお題目を繕おうが、自分を着飾ろうが、悪人ってのは自己中心的な屑ってのが相場だろう。俺もお前も所詮は自分のために動くだけ。仮にお前が俺を倒して世界が救われようがそれは結果論だ。付属品に過ぎない」

 フィアーがモンスターボールを構えるとラプチャーもモンスターボールを構え、2人の視線が互いを捉える。

「ここではモンスターボールは1つしか開くことは出来んぞ。この空間そのものが文明を退ける異空間だからだ。この空間で自由に科学を駆使できたのは恐らくサイキルトだけだろう」
「上等だ。前回は俺が勝ったからな、今回も勝って教えてやるよ。テメーはその程度だってな」
「前回のような姑息な手は通用せんぞ。俺はお前の一挙一動を見逃さん。だがそれはお前もだろう。つまりは純粋な勝負さ。さて……行くぞ、ラセッタ!」
「世界がどうとかは知ったこっちゃねえ。俺が取り戻したものは、もう失くさない。来い、イドニア!」


月光 ( 2014/10/19(日) 22:22 )