番外編――荒れ狂う悪夢――
PART / V
 高さ数百メートルはあろうと言う高層ビルの屋上、ダークライとノア、ナナミがそれぞれ互いを敵とみなす三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
 そして離れた距離から響き渡るパトカーのサイレン、恐らくあと10分もしないうちにこの辺り一帯を警察が囲むことを考えればノアとダークライに時間的な余裕はない。
 時間はかけられない――ナナミを無視してダークライに突進するようボルトロスに指示を出すノアだが、横から飛び込んで来るウォーグルがそれを邪魔する。
 その隙をついてダークライが放つ『だましうち』がナナミとウォーグルを捉えるが、大したダメージは与えられていない。と言うより、ダークライの技の威力が想像以上に低い。
 ポケモンバトルがそれほど得意ではないリディアにもわかる。ダークライは明らかに、既にかなりの体力を消耗しているのだ。この戦いが始まる前から。

「ダークライが弱っているのは、個人的に言えば好都合。戦闘不能にしてから連れ去ればいいんだから」
「そうはさせないわ、私達だってこの新月の日を待っていた。そして完全な体制を敷いている。あと8分で完全に包囲は完成するわ、貴方達もお縄につきなさッ!? きゃあ!」
「くっ!? い、いまの風は……」

 常に強い風が下方から吹き上げて来る屋上の勝負だけに、ノアとナナミにとっては何でもないと思っていた風が突然襲ってきたことに動揺を隠せなかった。
 第三者の敵かとも思ったが、辺りに人影はない。リディアも屋上の隅に隠れている。だとしたら残る可能性は、ダークライの技。

「そういえば、シリュウ社長から教えてもらったダークライの技の中に『あやしいかぜ』があったっけ。辺り一面が風だし、場所が場所だけに厄介そう。さて、どっちで攻めるか……」
「こんな吹き荒れる風の中から『あやしいかぜ』を判別できるのは……悔しいけど、ラプチャーぐらいね。だけどウォーグルにゴーストタイプの技は通用しない。ならば、ウォーグル! 『ブレイブバード』!」
「ッチ、私としたことが出遅れるなんて。こっちも遅れるわけにはいかない。あの程度の風、突き破る威力のある技で攻めればいいだけ。トルネロス、『アームハンマー』!」

 再びダークライの放った『あやしいかぜ』がウォーグルとトルネロスを襲うが、勢いのついた2匹はダークライの風を難なく切り裂き、一瞬にしてその距離を詰める。
 先に指示を出したこともあり、ウォーグルの方がやや早い。先に止めを刺された際には横取りも視野に入れてたノアの焦燥を余所に、弱っていたはずのダークライはウォーグルの『ブレイブバード』を紙一重のところで回避。
 予想外の事態に空振りしたウォーグルとナナミは空中で姿勢を立て直すがそこを『あやしいかぜ』が襲い、同じく避けるとは思っていなかったノアもトルネロスへの指示がまた一歩遅れた。
 繰り出された『アームハンマー』はノアの心の乱れを反映したかのように勢いがなく、これも難なく回避したダークライが放つ『あやしいかぜ』がトルネロスとのノアを襲い服の一部や羽が切れて飛び散る。

「そうか、確か『あやしいかぜ』には低確率だけど自身のステータスを上昇させる効果があったはず。あいつのウォーグルには効果がないけど、私のトルネロスには効果がある。あのダークライ、衰弱してるくせになかなかのギャンブラーね。むう、空中戦的じゃ厳しいかも」
「包囲まであと7分(本当は捕獲部隊が屋上来るまでの時間考えるとあと10分だけど)……ちょっと時間がかかりすぎるわね。空中戦が厳しいと考えながら地上戦に出ないところを見ると、地上戦で有効なポケモンが彼女にはいない。自ら弱点を曝け出すなんてね、チャンスだわ。戻ってウォーグル」

 屋上上空でウォーグルをボールに戻したナナミは屋上に着地すると同時に別のモンスターボールを放ち、褐色の光を帯びて飛び出たのはぶじゅつポケモンのコジョンド。
 だがそれを見た瞬間にノアも待ってましたとばかりにトルネロスをボールに戻して屋上に着地し、地面に開閉スイッチを当てて出てきたのは変幻自在な体を持つへんしんポケモン、メタモンだ。
 正面のダークライに意識が集中していたナナミはノアの出したポケモンがメタモンであることに気付くことが遅れたコンマ数秒、メタモンがコジョンドに変身するには十分過ぎる時間。

「そうか、彼女の手持ちにダークライにする地上戦に有利なポケモンがいないのは事実。だからわざと地上戦が出来なさそうに見せかけ私を先行させて、メタモンで変身できるポケモンを出させたのか」
「その通り、私の手持ちに格闘タイプのポケモンはいない。だから利用させてもらった、その先走りっぽい性格をね。メタモン、コジョンドに『ドレインパンチ』」
「このままではダークライに背中を見せることになるけど……仕方ない。コジョンド、応戦しなさい!」

 後方から迫るメタモンに対して方向転換したコジョンドも同じく『ドレインパンチ』を放ち、それぞれが同じダメージを与えながら同量の体力を回復する相打ち状態。
 そこにダークライの放つ『さいみんじゅつ』がコジョンドを襲うが、『みきり』の発動により放たれた攻撃を悠々と回避した。同様にメタモンも『みきり』によって、放たれた『さいみんじゅつ』を回避する。
 ターゲットをメタモンからダークライに変更したコジョンドの放つ『ドレインパンチ』がダークライを襲うが、僅かに掠る程度の辺りで素早い動きにって避けられた。だが、全く当たらなかった空中戦よりは明らかに戦い易い。
 方向から飛び出したメタモンの放つ『とびひざげり』がコジョンドを背中から捉え、大ダメージを受けて空中に投げ出されながらもフェンスを踏み台にしたコジョンドはメタモンに迫り、同じく『とびひざげり』をぶつける。
 さながらアクション映画的な動き。再びダークライが『あやしいかぜ』を放つもコジョンドの『みきり』によって攻撃は回避され、コジョンドとメタモンが同時に放った『とびひざげり』が空中でぶつかりあってダークライを前に相殺された。
 その光景を見ていたリディアは不思議でならない。なぜダークライを捕まえようとしている2人が、互いを邪魔する必要がるのだろう。なぜ、協力しないのか。互いのメンツだと言うのなら、被害に遭った人達はどう思う。

「ノアもあのお姉さんも、どうして喧嘩するのよぉ。こうなら私がダークライを――」

 倒す――と心に決めた瞬間、メタモンの『ドレインパンチ』を受けて吹き飛ばされたダークライがリディアの近くの壁に激突し、今度はコジョンドの放った『ドレインパンチ』をダークライが回避すると、コンクリートの壁が軽々と砕かれた。
 あっ、無理だ。もはや素人である自分が手を出せる次元ではない。一歩下がったリディアの鼻先を今度はメタモンの『とびひざげり』で吹き飛ばされたコジョンドとそれに巻き込まれたダークライが通り過ぎ、鉄格子にぶつかり弾き返される。
 もはや気力だけの勝負のようにも見えた。立ち上がったコジョンドは着地したばかりのメタモン目掛けて『ドレインパンチ』を放ち、何とか踏ん張ったメタモンだがダメージは隠せない。
 ナナミの話が本当なら警察の包囲まであと5分とない。ノアとしてはここでナナミを倒しておかなければ、到底ダークライを運んで逃げられる相手ではないと考えたのだ。だから、ダークライが既に脅威でもないのに戦っている。

「こ、怖いよぉー。リディアちゃんの走馬灯が走っちゃいそうだよー」

 震えるリディアの横で聞こえた小さな物音。全力で悲鳴を上げそうになったリディアが直前でそれを飲み込んだのは、既に這ってでしか動くことが出来ないほどに衰弱したダークライがそこにいたからだ。
 この事件の元凶、ヒウンシティを恐怖に陥れたポケモン。足が震えて逃げ出そうとしたが、モンスターボールを投げようとしていた右手にリディア自身も驚く。だがその手も、当然震えが止まらない。
 戦えるのか、倒せるのか――既に瀕死の状態のダークライにも拘らず、倒せるかどうかも心配になる。そんな恐怖の瞳を覗き込むかのように、顔を上げたダークライと怯えるリディアの視線が一直線に結ばれる。
 その瞬間、妙な違和感をリディアは覚えた。目の前で倒れているダークライの瞳と、その瞳に映る自分の瞳が全く同じ色彩を帯びている。そう、怯え、恐怖、悲しみ。
 怯えている。ダークライは怯えている。その事実を理解するまでに、時間は全く必要なかった。考えてみれば不思議ではない。
 人間の実験に利用され、その後は薄暗い部屋の中にひたすら閉じ込められ、原因は分からないが逃げ出せたと思ったら今度は人間達から狙われ、捕まるだけならまだしもここまで攻撃される。
 似ている。自分の夢を目指して、だけど理不尽な世界の前にそれを妨げられていた自分に。だけどそれは違っていた。自分は最善を尽くしていたつもりだった、だけど全然足りなかった。

「貴方は人を恐れた、憤った。だけど、何よりただ1匹のポケモンとして生きたかったのかもしれない。でもそれじゃ駄目だよ、ここは人が多いんだから」
『……人間の少女、君にはわからないだろう。運命に選ばれ、特別な存在としてこの世に生を受け、逸話や伝承のせいで色眼鏡に見られる私の気持ちが』

 脳内に直接響く声にリディアは驚いて辺りを見渡すが、彼女とダークライの他にいるのは戦っているノアとナナミだけ。
 再びダークライを見ると、その瞳は負の感情の他にも何かが見て取れた。そう、テレパシー。語り掛ける特殊な力。

「ダークライ……なの?」
『人と話すのは久しぶりだ。大抵、会話をするにも値しない奴らが殆どだった。そう、私を付け狙うような連中は』
「じゃあ、なんで私には話しかけてくれたの」
『似ていると思った。その瞳に映る色は、私と同じだった。話を戻そう。君は「それでは駄目だ」と言ったな。ならば言ってみろ、何があった。私に何が出来た。どう足掻いても変えられない私の運命に」
「その諦めてるのが駄目なんだよ! 運命? 特別? 逸話や伝承? それが何よ! 私なんて国語と数学と理科と社会と外国語とその他諸々と裁縫部と俳優スクール行ってるんだよ!」

 自信満々に胸を張るリディアを前に、ダークライは小さく抑えたのだろうがどうしようもない溜め息が漏れる。

『……すまない、君は俗に言う、残念な子だったんだな。難しい話をした私が悪かったよ』
「ちょっとちょっと! 人を残念って言わないでよ! もう、失礼しちゃうんだから。確かに私は馬鹿だけど、貴方の悩みを解決する方法は分かるんだから」
『世界は君の考えているほど優しく出来てはいない。私の運命は決まっているのだ、永遠に人々から迫害されるか利用されるだ――』
「あーもう五月蠅いわね! なに、ねえ、貴方ただ私に愚痴聞いてほしいだけなの!? 違うでしょ! なら何で貴方は私に話しかけたのよ! 何とかしてほしいからじゃないの! 今を何とかしたいからじゃないの!?」
『なんと清々しい逆ギレだ。ならば、今一度聞こう。私に何が出来ると言うのか』

 戦いに夢中になっていたノアとナナミは初めてリディアとダークライが接近していることに気付き、同時にダークライ目掛けて攻撃の指示を飛ばす。
 迫る目の前の脅威に気付いたダークライは目の前にいたリディアを押し退けると立ち上がる。その体の周りに暗黒の色を帯びた渦が広がり始め、尋常ならざる気配をノアとナナミ、リディアすらもが感じ取った。

「まずい、『ダークホール』が来る! リディア、そこを離れて!」
「今から逃げても間に合わないわ。これ以上一般市民を巻き込みたくなかったのに、私としたことが……なら、ダークライを倒すことを優先するだけ。コジョンド、寝る前にせめてダークライを倒すのよ!」
「ちょっと待って! 止めて!」

 聞こえてきた声、ダークライとコジョンド達の間へ入る姿。両目を瞑り、両手を広げてダークライの前に飛び込んだリディアは何か聞こえた気がしたが、必死過ぎて何も聞こえなかった。
 死ぬかもしれない――そんな予感すら感じていたリディアだが、いつまで経っても痛みはこない。ひょっとしてもう天国行きの列車のなかかもしれない……そんな予感すらする。
 せめて地獄ではないように願いながらゆっくりと右目を開けたリディアの前に飛び込んで来たのは寸前で攻撃を止めていたコジョンドとメタモン、そして後ろにいたのは茫然とした表情を隠せないでいるダークライ。
 安堵に胸を撫で下ろすナナミの横を通り抜けたノアはメタモンの肩を押しながら横を通り、リディアの前に立つとその頬を思い切り右手で叩く。

「……何考えてるよの」
「いてて、もう少し優しくしてよ。でも良かった、ノアならちゃんと止めてくれるって信じてた。ありがとう」
「全く、調子の良いことばっかり。とは言え、『ダークホール』がまともに発動してたら、リディアどころか私達も危なかった。なんでダークライまで攻撃止めたのかわからないけど、結果として一番良かったのかもね。と言うか、よく私が止めるって思ったわね」
「えへへ、友達だもん。ノアは何と言うか、信じられるの。きっと止めてくれるって信じられた……ねえダークライ、これじゃあ駄目かな?」

 振り向いたリディアを見てようやく技を止めていたことに気付いたダークライは構えていた両腕を下ろし、ただ黙ってリディアを見るしかできなかった。
 一歩間違えれば死んでいたかもしれない。だがリディアが飛び込まなければ、ここにいる全員が悲惨な結末を辿るしかなかったのも事実。

「貴方の運命を変えるのは、きっと『友達』だよ。例え運命だろうと、特別だろうと、友達になるのに何か不都合がある? 私はないと思う。ね、私と友達になろう」
『君は一体……何者なんだ? 私が見てきた人間の中に、君のような人間は見たことがない』
「それは多分、単純に運が悪かっただけだよきっと。貴方は言ったよね、『世界は君が考えるほど優しく出来ていない』って。でもきっと逆もあって、世界は貴方が思うほど厳しく出来ていないんじゃないかな」
「ねえ貴方、ひょっとしてダークライと話してるの?」
「テレパシーね、しかも強力な。私のデコードを弾くなんて大したものだわ。普通の人間どころか、その辺のエスパーポケモンでも聞き取れないでしょうね」

 ノアの言っていることは良く分からないが、とりあえずテレパシーで話し合っていると言うことだけはナナミにもわかった。

『友達か、想像したこともなかった。だが、それは君が普通だからだ。嫌な言い方かもしれないが、特別な私と普通の君は違う。君のように、前を向いたまま笑うことなんて出来ないんだ』
「出来るよ! だって、私が迷っていた時に助けてくれた人も、貴方と同じで特別だったんだもん。あの人が私に『笑顔の方が似合ってる』って言ってくれた。だから、貴方にだって出来る。ううん、一緒になろう!」
『なれるのか、私でも、友達に。特別以外の何かに……人間の少女よ、君の名前を教えてくれ』
「私はリディア! リディア・ホーエスト!」
『リディア……ホーエスト……何度も言うが、君は不思議な人間だな。頼みがある。私を君の友達にしてくれないか』
「違う違う、そんなお願いする感じじゃあ駄目だよ。ダークライ、私と友達になろう! よろしくね!」

 差し出されたリディアの右手を前にダークライはやや戸惑いながらも右手を前に出し、その手が力強く握られると同時に自身も良く分からないが、何かが変わった気がした。
 ナナミが慌てて止めようとしたが、リディアがダークライと接触しても特に何も起こらない。言い伝えやポケモン協会の研究報告によれば、ダークライと直接接触したものは重度の悪夢に苛まれると言われている。
 だが目の前の光景はどうだろうか。そんな言い伝えや研究が馬鹿らしくなるほど、明るい未来を思わせる景色。ダークライを特別と崇めるだけの人間、研究対象としか見ない科学者にはわからない結果。

「シリュウ……社長には悪いけど、個人的には今回はこれでよかったんだと思っちゃうな。それで、リディアはダークライをどうしたいの。捕まえちゃうとか」
「うーん、ボールに入れるだけがポケモンの在り方ではないと思うんだけどなぁ。それに友達にはなったけど、手持ちになるなんてダークライは言ってないし。そうだ、まずは悪夢にかかっちゃった人達を助けてあげて」
『すまないが、私自身で悪夢をばら撒いてしまったものの、私が治せるわけではないんだ」
「えっ? そ、そうなんだ。ねえどうしょうノア、ダークライの悪夢はダークライが直接治せるわけじゃないんだって。これ以上増えないのは良いけど、今苦しんでる人たちを助けてあげないと」
「リディアちゃんだったわね。会話は聞こえてたわ、どうやらダークライも私達に話してくれる気になったみたい。あと、悪夢の治療のことなら大丈夫。さっき連絡があったから」
「よう、なんか『ダークホール』っぽいのが見えたから慌てて来たんだが、大丈夫だったようだな。皆の衆」

 上空から聞こえてきた声にナナミ以外が上を見上げ、彼女は徐に耳を塞ぐと全員のすぐ傍で落下してきた何かが地面にぶつかる大きな音が屋上に響いた。
 耳鳴りが治まってから目を開いたリディアとノアが見たのは、大きな袋を背負った男。国際警察の服を着用していると言うことはナナミの上司か部下、いずれにしても仲間だろう。
 戦いは完全に終わった。ノアとナナミはそれぞれのポケモンをボールに戻し、いましがた落ちてきた男に視線を向けた。

「ジャスティス先輩、わざわざ上から登場する必要あったんですか。と言うか、ジョウトから戻ってきてたんですね」
「2日前にな。いやービル風の中を飛ぶのって意外と楽しくってさ、ラプチャーの真似してみたんだが結構難しいな。もう慣れたけど。っと、それより例のものは持って来たぜ」

 ジャスティスと呼ばれた男が背負っていた袋を広げると、中に詰まっていたのは三日月の形をした羽根。

「これはクレセリアの羽根ね。シリュウ社長が言っていた収集係って、貴方だったのか」
「と言うことは、君がシリュウの言っていたこの事件の担当か。そしてそっちの少女もお仲間ってことで良いのかな」
「あ、私はリディアって言います。ノアとはお友達なんです。ついでにダークライともお友達なんです」
「へえ、ダークライと友達になるとは中々面白い子だ。さてナナミ、俺達は今からこいつを使って悪夢にかかった人やポケモンたちの救助に当たる。ダークライは……彼女に任せよう」
「了解です。ただ、上の人間がそれで納得するでしょうか」

 上の人間とは、つまり警察の上層部のこと。特に今回の一軒では、保管していたはずのダークライが逃げ出すと言う警察の不祥事がバレるかどうかの重大な問題もある。
 そのため情報規制をもする始末。幸いにもダークライは人を味方だと判断すれば、悪夢を見せることはない。そして世間一般にもダークライが今回の事件の原因であると言うことは報道されてはいないのだ。
 下方から聞こえてくるサイレンの音が大きさを増す。どうやら完全にビルの包囲が完了し、これから捕獲部隊が突撃の準備を整える段階と言ったところだ。

「なーに適当なボール押し付けて『その中にダークライがいますが、開けると暴れるので絶対開けないでください』とでも言えばいいだろ。どうせ一度逃げ出されてるんだ、また逃げ出されたって不思議じゃない。それに……内通者がいるなら、そいつを見つけないといけないしな」
「おぉ、なにやら目がマジモードになったよこの人。流石は国際警察って感じの雰囲気だよ! 映画とは凄みが違うね凄みが」
「リディア、そろそろここを離れないと。いくら彼らがダークライを捉えたと口で言っても、ビルの捜査自体はされるはず。その時に私達がいたら何かと面倒だわ。トルネロス」
「トルネロスのれいじゅうフォルムとは、珍しいものを見たな。ほれ、行くぞナナミ」
「はい。あ、それと例の事件の報告ですが――」
「後で良いよ後で、今は悪夢にうなされてる奴らを助けてやるのが最優先だ」

 現れた鳥型のトルネロスにノアとリディアが乗り、ジャスティスとナナミは屋上の扉を開けるとさっさとその場から姿を消した。
 屋上に残っているのはリディアたちと傷ついたダークライ。リディアは空のモンスターボールを取り出すとそれをダークライに向けるが、ダークライは首を横に振る。

『ありがとう、心配してくれて。だが私なら大丈夫だ、逃げるぐらいの力は残っている』
「そっか。またねダークライ。これから貴方がどうするかは分からないけど、私達は友達だよ。何か困ったことがあったら……いや、なくてもたまには会いに来てくれると嬉しいな。オープンカフェ『セブンスロード』でバイトしてるから」
『ああ、きっと行かせてもらう。それとノア……だったか? お前、私を仕留めようと思えば仕留める機会が何度かあったはずだが、なぜ手を抜いた』
「え、そうなの? なんでなんで?」
「……ダークライの目は、昔の私と同じだった。絶望して、ただただ怒りで満たされて、昔の自分を見てるようで腹が立つ一方、どうしても一歩踏み込めなかった。それにその……私本気だしたら、リディア危ないし」
「もしかして、ずっと私の心配してくれてたの? あーんもーノアったらかーわーいーいー! それに抱き着いてみると、この腕に収まる感が何とも言えなーい!」
「か、勘違いしないでよね! その、えっと、とにかくもうここから離れる! トルネロス、風の流れに注意して離陸!」

 ぎゃあぎゃあと叫ぶノアとリディアに呆れながら飛び立ったトルネロスは風を掴むとその場を離れ、残ったダークライはその姿が見えなくなっても見続けていた。

『あの少女、私と同じかそれ以上の闇を持っていたな。それすら溶かしつつあるとは……リディア、君は本当に不思議な少女だ』





 寝込んで悪夢を見ていた人達は警察主導の元で瞬く間に回復し、事件は数週間も経たないうちに風化して、忘れ去れていった。
 今日もオープンカフェの開店準備をしていたリディアは試作品の『ラブタのみの激渋ホットケーキ』を試食したが、あまりに苦すぎるため残念ながら廃棄処分へと回す。

「うーん、王道ものに飽きたからって捻り過ぎたの作り過ぎかな。いや、渋さを薄めれば甘さとのコラボレーションでうまくいくはず。よし、次は『パイルのみ』の皮を使ってすっぱさを増や――」

 チリーン――冷蔵庫から木の実を取り出そうとしていたリディアは店のベルの音が聞こえると慌てて木の実をしまい、両手を布巾で拭いてカウンターに走った。

「あっ……来てくれたんだ! いらっしゃいませ! 本日はバニラアイスが半額になってます!」


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月光 ( 2014/04/24(木) 23:12 )