PART / U
リディアがついてくるのは構わないが、重要な場面では素直に隠れたりして身を守ることを条件にして、ノアは現在彼女が知っていることを順序立てて話した。
まずこの事件の主犯は人間ではなく、単独のポケモン。あんこくポケモン、ダークライ――かつてモルハックが人々に悪夢を見せる際に使用したポケモンであり、今回はトレーナーもいないためその箍が外れている。
本来なら新月の夜にのみ活動するポケモンのはずなのだが、何故か昼夜を問わず被害が発生していることを考えるに自然発生的な事案とは思えない。
「あれ、でもハンモックとか言うおじさんが捕まった時に全部の証拠品とかは警察が押収したんじゃないの」
「名前違うけど、ハンモックでも良いや。そう、押収されたはず。だけど私が調べた感じじゃ、数週間前に警察の証拠品管理室からなくなっていた。可能性は2つよ」
「えーっとえーっと、ダークライが自分で逃げた可能性ともう1つは……あっ! 分かった、警察が可愛そうだと思って逃がした!」
「前半は良いけど後半はブー。あり得る可能性、それは内部の人間が悪意を持って逃がした。警察は公表できるわけがない。逃げられたならセキュリティの問題を指摘され、内通者に逃がされたなどとしれれば世間からの信用は地に落ちる」
「じゃ、じゃあ警察は本当のことを知ってるのに黙ってるってこと? むぅー、納得いかない!」
バンバンと机を叩くリディアを余所にノアは話を続ける。今夜は新月のため、ダークライの力は一層強くなる可能性が高い。だからこそ、位置が特定しやすく捕獲のチャンス。
なお前回はノアが勤める会社の社長であるシリュウがヒウンシティ議会から要請を受けて動いていたが、今回はシリュウが警察に恩を売ることを含めて先んじて解決するべくノアを送り込んだ。
「警察も警察で新月の今夜は精鋭部隊で対応してくるはず。私はそれを出し抜き、ダークライを捕獲しないといけない。最悪、犯罪者になるかもしれない。ならないようにするけどね」
「あれ、もしかして私も犯罪者になっちゃう感じ?」
「別に無理してついて来いなんて言わないし、第三者はなるべく巻き込まないようにって言うのがシリュウ……社長の意向だから、そうならないよう善処はする」
「も、もっちろん行くよ! 助けたい友達、いるもんね。絶対頑張る!」
ノアが言うには今夜の新月にダークライは動き出す。アルバイトを早めに切り上げ、リディアはノアの指定した店の前に息を切らしながら走って辿り着いた。
既に到着していたノアはその小柄な体からは考えられない量のケーキを黙々と食べており、息を切らせて肩で息をするリディアを横目に淡々と目の前のケーキを食べ続ける。
正直、置いていかれたりしないか心配だったリディアだが、どうやらノアにそんな気はないようだ。リディアが来たからと言って嫌な顔はしていない。
「どうやら、警察も動き出してるみたいね。個人的に言えば、相手が大きく展開する前にケリをつけたい」
「でも、ダークライがどこに現れるのかは分からないんだよね。見つけるだけでも、私とノアだけだと相当時間が掛かっちゃうんじゃないかな」
「問題ない。見つけるなら、前もやっている。頼んでいたもの、持ってきてくれた?」
ノアの問いかけに、リディアは強く頷いてポケットから何かを取り出してノアに手渡す。それは何の変哲もない、どこにでも売っているような腕時計。
「友達のアレンナが被害に遭った時にも付けてた大切な時計。昔、もう居ない祖父から誕生日プレゼントとしてもらったものなんだって。ちょっと無断で借りてきた。でも、こんなのどうするの?」
「人が大切にする物にはその人の思念が宿る。それはつまり、持っている人との魂の分身とも言える。そして事件当日も身に着けていて、ダークライの影響を受けたもの。被害者を直接媒体にすると負荷がかかるから拒否されやすいけど、これなら容赦なくやれる。ちょっと疲れるけど」
「やるって、何をするの」
「思念を読み取り、ダークライの存在を掴み取る。多分警察も似たようなことをするけど、ポケモンの感じたことを直接分かる私の方が早さ的にはアドバンテージがある」
モンスターボールを放り投げたノアは飛び出したスリーパーに受け取った腕時計を掲げて見せ、彼女が頷くと同時にスリーパーも頷いて振り子を揺らし始める。
振り子を見ていたリディアは眠くなってきたが何とか体を180度回転させることで爆睡を阻止し、十数秒後にノアが背中を向けていたリディアの肩を叩いた。
「場所は分かったから、今から行く。これ、ありがとう」
手渡されたのは腕時計、どうやらもうダークライの場所が分かったらしい。
「凄いね、もうわかったんだ。私なんて眠くなっただけなのに」
「前に一緒に仕事した奴も、スリーパーの振り子見てると眠くなるからって背中向けてた。さて、ダークライの位置は把握してるけど、移動速度が意外と速いわ。だけど、逃がさない」
ノアが何をしたのか全く分からないリディアだが、ノアが見やる方向から何やら嫌な気配のような、動物的直感から言って危険な何かがあるのは察することが出来た。
意識しなければ分からないが、ひとたび意識しだすとまとわりついて離れないような感覚。眉間近くに人差し指を近づけられたかのような、あの妙な嫌悪感。
体が縛られたかのような気持ち悪さに怯えるリディアの横でノアはスリーパーをボールに戻し、新たに別のボールを空中に投げる。この状況で全く動じないノアに、リディアは頼もしさと少しの恐怖を覚えていた。
原因は分かっている。頼もしいだけならいいのだが、問題は自分よりも小さな(恐らく年齢的にも幼い)少女がこれほどの違和感に当然のように立ち向かえることに他ならない。
どうすれば、何を経験すればこんなに頼もし過ぎることになってしまうのか。だがリディアの戸惑いを振り払うかのように、空中に放たれたモンスターボールが弾け、その音で思考の海から片足を引っ張り出す。
現れたのは緑色の翼にところどころ紫色を施した鳥のようなポケモンだが、どうも顔は鳥と言うより人に近い。映画でも見たことが全くない、リディアにとって未知のポケモン。
「うーん、人面鳥ポケモン?」
「個人的にはなかなかユニークな例えだけど、違うわ。せんぷうポケモン、トルネロス」
「え、これがトルネロス!? うっそ、映画や本で見るのと全然違うんだけど」
「普段のトルネロスはけしんフォルムと言って、まあ悪く言えばおっさんぽいの。でも特殊な道具を使うことで姿を変える。これがれいじゅうフォルム。ほら、行くわよ」
「が、がってんでい!」
「……落ち着いて。もう、なんか変だから」
思考回路が変な音を奏でるリディアの手を引っ張り、トルネロスの背中に乗ると同時に離陸の指示を出した。
飛び出したトルネロスは力強く羽ばたきながら大都会ヒウンシティの高層ビル群の中を飛行し、冷たく荒れ狂うビル風に流されながらも確実にダークライトの距離を詰めていく。
通常なら飛ぶことすら躊躇われる高層ビル群の真っただ中。その中を飛び交うトルネロスの力とノアの指示力は高く、普通のトレーナーから見れば非の打ち所がない。
「こんなんじゃ、まだまだ追いつけない……」
「えっ、ダークライってそんなに早く移動しているの?」
「いや、そっちのことじゃない」
かつてノアはラプチャーが指示を出すシンボラーに乗ったことがあるが、こんなに力任せな飛行でもなく、エスパー的な力を使った風の読み方でもなく、何もかもが違っていた。
一言でいうなら風そのもの。風を読んでその流れに乗るのではなく、自分自身が風になったかのような感覚。あの感覚とは程遠い。
「もっと感覚を空中に溶かさないといけないのかな。でもそうすると指示が……ッ! 右の方から何か来る、ダークライじゃない」
「なにかってこんな風強い中で他にも飛んでる人がいるってこと? あっ、もしかしてラプチャーかな!」
「いや、気配が違うし飛び方が私と同じでまだまだ荒削り。とにかくこのままいくとダークライのところでぶつかるわね。リディア、気を付けて」
「うん! 大丈夫、ノアもいるし私もちょっとぐらいならポケモンバトル出来るもん」
右手にモンスターボールを構えるリディアだが内心は怖いのか、それとも単純にビル風が寒いのか、その手は小刻みに震えている。
こういうとき、友達ならどうするべきなのか――何とか相手の震えを止めてあげなければいけないはずなのだが、ノアにはどうすればいいのかが分からない。分からないから、困った。
だが困る時間も短い。既にダークライがいると思われるビルの根元まで来ていたノアは一気にビルに沿って急上昇し、屋上に出るとそこに佇むダークライを捉える。
同時にビルのせい反対側からも飛び出した影。ウォーグルに跨る女性で、国際警察の服装。
ノアの記憶が確かなら、名前はナナミ・グレーテル。国際指名手配犯追跡専門部署と言う変わり者、悪く言えば変人が多いことで有名な国際警察の中でも良く分からない組織の一員だ。
どうも今はラプチャーやフィアーなどの活動を活発化させている国際指名手配犯がイッシュに多いため、ヒウンシティを中心に活動しているらしい。
「私以外にもダークライの位置を捉えていた人がいたなんて。それに見た目は警察官じゃないわね。貴方達、どうやってダークライの存在を知ったか知らないけど、ここから先は警察の管轄よ。速やかにこの場を離れなさい!」
「それで『はいわかりました』っていうわけ、常識的に無いでしょ。リディア、ダークライに突っ込む。その時に速度を緩めるから屋上の隅に避難してて。あいつとは、奪い合いになるっぽいから」
「わ、わかった。気を付けてね、ノア。応援してるから!」
「なるほど、公務執行妨害で逮捕されることがお望みなのね。だけど今は貴方達に構う暇はない。ウォーグル、ダークライに『ブレイククロー』!」
ノアとナナミを敵として認識したのか、ビルの手すりから猊下を見下ろしていたダークライも戦闘態勢に入り、迫り来るウォーグルの鋭い爪による『ブレイククロー』がダークライの右腕を掠める。
その隙に屋上付近に降下したボルトロスからリディアを降ろし、その場所から翼を振ることで巻き起こす『ぼうふう』がダークライとウォーグルを吹き飛ばした。
「ッチ、ダークライだけでも面倒なのに第三者が邪魔してくるなんて」
「第三者じゃないわ、前回の事件の関係者よ。個人的に言えば、貴方の方がむしろ第三者なんだけどね。ダークライを混ぜた三つ巴か、個人的に言えば嫌いじゃないよ。こういう戦いも」