チャンピオンズリーグ
第七話
 医務室についたアスカは息を切らしながら扉をノックし、ゆっくりと扉を開いて医務室の中に入る。

「あらあら、また患者さんかしら?」

 回転椅子に腰掛け書類に目を通していた女性はくたくたのアスカを見るなり、クスクスと笑いながら微笑みかけてきた。

「あの、師匠がここに来てませんか?」
「師匠? 今いるのはさっき負けたマリンさんのポケモンと、シリュウさんって参加者だけね」
「その人です! どこ、どこのベッド!?」
「あらあら、シリュウさんのお弟子さんなの。顔色が優れなかったから点滴打ってるわ、あの奥のカーテンがかかってるベッドよ」
「あ、ありがとうございます!」

 クスクスと笑う看護師の指差したベッドに早歩きで近づいて行き、アスカはカーテンの隙間から一度中の様子を窺う。
 中には点滴の針を右腕に指しているシリュウが暇そうに寝転がっており、小さく安堵のため息をついたアスカの存在に気付いたのか、視線をカーテンの奥に向けた。

「アスカか、悪いなこんな状況で。どうやらお前を殴り過ぎて、体力が尽きたらしい」
「何で試合前日なのに献血するんですか! あれほど試合前はしないように言っておいたのに、私の心配りが完全に無意味じゃないですか」
「仕方ないだろう。『献血をお願いします』と言われて断れるほど、俺は献血を嫌っていない」
「理由になってませんよー師匠」
「調子に乗って二ヶ所でやったのがまずかったな」
「だから! それが可笑しいって言ってるんです!?」
「医務室ではお静かにー」

 回転椅子に座っている看護師の注意にアスカははっとして口を塞ぎ、相変わらずカーテン越しではクスクスと小声で笑う声が響く。

「どうするんですか、このままだと不戦勝になっちゃいますよ」
「無理だな。ヨウタと言う選手には悪いが、とてもじゃないが戦える状況ではない」
「……師匠が出れば、絶対勝てるのに」
「どうだかな、この大会のレベルの高さはお前の方が一足先に感じているだろう。俺が本気を出しても、際どいかもしれん」
「でも安心して下さい。私、優勝して見せます。師匠の為にも……きっと、必ず」
「気を張り過ぎると負けるぞ。まぁ、期待させてもらおうか」

 カーテン越しにクスクスと笑う声が聞こえると同時に、大事に至っていなかったことにアスカは薄らと微笑み、ほっと胸を撫で下ろす。
 横目でそれを見ていた看護師は気だるそうに溜息をつき、「若いって良いわねー」っと億劫そうに呟く、小声で。
 同時に力無く医務室の扉が開くと同時にくたくたになってやってきたスミレが入室し、二三歩歩くと同時に力無くその場に座り込んで停止。
 さすがに面倒臭くなってきたのか看護師も額に手を当てだるそうに溜息をつき、とりあえずコップに水を汲んでそれをスミレに差し出す。

「ほら、どうぞ」
「あぁ……どうも、すみません」

 受け取った水を息を少し整えてから一気に飲み干し、大きく息を吐いてからコップを看護師に返す。

「アスカさん、シリュウさんの様子はどうでしたか?」





 既に十分以上の時間が経過しており、トレーナーサイドにはヨウタが今か今かと戦いを待ち、イライラしているのか、腕を組みながら足先で何度も地面を叩く。
 早く強敵と戦いたいヨウタとしては必要以上に焦らされる今の状態は地獄同然、地面を蹴飛ばしたり地団太踏んだり、兎に角はち切れ寸前だ。
 頻りに会場の隅にある放送室を睨み付けるヨウタの視線に司会者も視線を逸らしながらただ黙っており、そんな彼の元に神の救いの如く一枚の紙が横から差し出された。
 何だ?――文面を眺めながら顔を顰める司会者の表情を窺うヨウタは、不満十分の表情のまま司会者の言葉を待つ。

『只今情報が入りました。第三試合のトレーナー、シリュウ選手が体調不良で医務室に運ばれたため、この第三試合はヨウタ選手の不戦勝となります』

 いきなり何の前触れも無く不戦勝になったことに会場はどよめきに包まれ、同時にフラストレーションマックス状態のヨウタの血管が僅かにキレる。
 プルプルと震えるヨウタの元へ不戦勝を告げにスタッフが駆け付けると、彼は射殺すような鋭い視線と同時にそのスタッフの襟首を掴み、引きちぎれるぐらいに胸倉を引っ張った。

「どーいうこっちゃいこりゃ!? あぁ!? こっちは十分以上待たされてんだよ体調不良じゃなくて明確な病名なりなんなり言わんか俺はな電車で『ただいま人身事故が発生しましたため』って言うだけで原因言わない電車とかが大嫌いなんだよ!」
「っちょ!? お、落ち着いてくだぐるじいですから!」
「誰でも良いから強い奴呼んで来いよさもないと俺は内側から破裂してこの辺一帯に血液ばらまげへ!?」

 スタッフを掴み挙げていたヨウタは腹部に唐突に走った激痛に悲鳴を上げ、スタッフを落すと同時に真下を見る。
 腹を見ると服が若干凍りついており、その氷の発生している相手の手から徐々に体へと視線を移して行き見た姿、勝手にボールから出て来た、彼のフローゼル。
 冷凍パンチの直撃を受けたヨウタはその激痛からゆっくりと後ろに傾き、その視界が黒く染まっていく。

「キュリー、お前もか……」

 倒れ込んだヨウタの足を掴んだキュリーと呼ばれたフローゼルはそのまま彼を引き摺り、出入り口を通りフィールドから出て行く。

『えー、ヨウタ選手と相方のフローゼルによるコントでした。次は第四試合! シグレ選手対カズハ選手! 互いにライバル視していると言う因縁の対決なだけに、これは目が離せません。お客様には大変申し訳ありませんが、選手準備のためもうしばらくお待ちください』



 選手控室でディスプレイを眺めていたカズハはようやく出番が来たとばかりににんまり笑うと、立ち上がって離れた場所にいるシグレの元へ歩み寄る。

「ようやく俺たちの番だな。いいか、俺は絶対にお前には負けねー」
「粋がるのは良いが、精々それが空回りに終わらないと良いな」
「そうやって冷静ぶって今のうちに言いたいこと言っておいた方が良いぜ、今日でテメーは晴れて俺より弱いと万人に知られるからな」
「そうか、なら手加減せずに全力で貴様を潰してやる。今のうちの吠えたいだけ吠えてろ」

 二人の間に渦巻く邪悪でどす黒い空気に周りの全員関わりたくないと言わんばかりにスルーを決め込み、記者団もその険悪な雰囲気に近づけずにいる。
 端のソファーでは先ほどの衝撃から目が覚めたヨウタがゆっくりと起き上がり、不戦勝になったのを知って再び暴れそうになるが、キュリーの冷凍パンチを頭に受けて再びダウン。
 立ち上がったシグレより一歩先に行かんとばかりにカズハは先に選手控室を後にし、呆れたように溜息をつくが、シグレも負けじと早足で控室を後にした。
 険悪な雰囲気がようやく無くなったことに記者団がどっと溜まっていた緊張を重苦しい息と共に吐き出し、アスカは二人の幼稚さに少し呆れて溜息をつく。

「どーして男の子って血気盛んなのかしらねー、うちの師匠がマシに見えて来た」
「そう言えば、アスカさんはどう言う経緯でシリュウさんと師弟関係になったんですか? こう言うと何ですが、あの人は余り弟子を取るように見えないんですけど、年齢的にもあまり差が無いように見えますし」

 メモ帳とペンを要したスミレは記者モードに入る。

「師匠はお堅いですからねー、多分弟子入り志願しても突っぱねられると思いますよ」
「でもアスカさんは彼は師弟関係なんですよね?」
「私が初めて旅に出た日、タウンマップを持ってたのにものの見事に迷子になっちゃったんですよ、私が。そのとき助けてくれたのが、師匠だったんです」
「助けてくれたっと言うことは、野生ポケモンに襲われていたのですか?」
「いやいや……あーそれもあるけど、最初は純粋に道に迷ってくたびれてたって意味っすよー。五年ぐらい前だから私もまだ子どもだったし、私夜が怖くてねー大泣きしてたみたい」
「それで、シリュウさんが助けてくれたと」
「野生のスピアーに襲われそうになったとき、師匠が間一髪で助けてくれたんです。隣町まで連れて行ってくれて、ポケモンセンターへの泊まり方も教えてくれた。私は、あの人に憧れた。いつかあんな人になりたいって」
「なるほど……でも、結局どうやって弟子入りしたんですか?」
「いやー素直に『弟子にしてください』って言ったけど突っぱねられたから、ずっとあの人の後ついて回ったんですよ。途中ではかなり疎まれてたけど、最終的に私が勝ったーみたいな」
「根比べで勝ったと言うことですか。ちなみにどれぐらいの期間彼の後をついて行ったか覚えてますか?」
「六ヶ月ぐらいかな」
「なが!?」

 素直に本音が出てしまったスミレを前にアスカはちょっと顔を赤くしながら笑い、それを打ち切るようにブザーが鳴ると、二つのディスプレイにカズハとシグレの姿が映る。
 二人がそれぞれの出入口からフィールドに現れると同時に大歓声が起き、その衝撃で起きたヨウタを再びキュリーが冷凍パンチでノックアウト。
 真っ直ぐに互いを見据えた二人の間には激しい熱線が飛び交い、両者が一歩ずつ近づいて行く度、その度合いが飛躍的に伸びているのが観客にも見えているはずだ。
 カズハとシグレが互いのトレーナーサイドについた瞬間にフィールドを決定するルーレットが周り出し、両者がこれから戦うフィールドを決定すべく回転する。

『フィールドが間もなく決定します。果たして、フィールドはどこにって、えぇ!?』

 ルーレットが止まる……より早く、カズハとシグレは同時に持っていたモンスターボールを投げると、褐色の光と共にモンスターボールから互いのパートナの姿を現す。
 司会者がいきなりのフライングで驚く中、ルーレットが指したフィールドは何の変哲も変化も無い最もニュートラルのフィールド『コロシアム』だ。
 何の変化も無い、アスカ達が戦った『草原』のフィールド以上に純粋な戦いが強いられ、ある意味普通過ぎる場所。
 シグレが投げたボールから現れたのはオレンジ色の肌に強靭な翼、激しい方向と共に炎を噴き出す凶悪さを露骨に表すポケモン、リザードン。
 対するカズハは四本の腕に強力な筋肉を蓄える怪力無双のポケモン、カイリキー。
 シグレとカズハは同時にそれぞれのポケモンに指示を飛ばすとそれぞれのポケモンが一気に走り出し、フィールドの中央で激突する。


月光 ( 2011/09/05(月) 17:35 )