第四話
フィールドが完全に元の状態に戻り小休止を少し挟んでから、定刻通りタタとマリンがフィールドにその姿を現した。
両者がフィールドに現れるとともに会場が再び熱気に包まれるが、二人から発せられる印象は対照的である。
勝気と言うか目立ちたがりなのかマリンの方は景気良く周りに手を振るが、一方のタタは無愛想な、少し機嫌が悪そうにただ悠々と歩く。
二人が互いの所定トレーナーサイドに辿り着くと同時にディスプレイに表示されたルーレットが回り出し、フィールドを選択。
ぐるぐると回るルーレットの中、暇そうなマリンは正面のタタを見据え、薄ら笑って声を掛ける。
「随分と無愛想なのね。変わった格好してるし、それ何?」
「造園のための格好。これは木鋏、これが輪鋏。それでこっちが剪定鋏。あと右足につけてるこれが鋸。このケーブルはあれね、チェーンソー引っ張ってくるときに使うの」
「何か随分とえげつない物ばっかり揃えてるのね。て言うか、何でそんな凶器の持込が許可されてるのよここ」
「野蛮に使われるポケモンの方がよっぽど凶器だと思うけど? 本当に冗談じゃないわよ、せっかく手入れした庭なのにトレーナーは容赦無くバトルに使うわ挙句の果てにはその庭の持ち主が生態系外の野生ポケモンどっからか連れてきて放つわ、全く失礼しちゃうわよ」
「そんなトレーナーのトーナメントによく参加する気になったわね、貴方」
「私だって別にこんなところまで来るつもり無かったわよ」
「じゃあなんでここにいんのよ」
「それは貴方……んーなんていうのかしら。せっかくだから行けるところまで行こうという精神と言うか……実は出会いを求めていたりいなかったり」
「はっ?」
「とにかくどうでもいいの、ここまで来たことはここまで来たことよ!」
最後の方が小声になっていたタタの言葉にマリンは首を傾げるが、タタはばつが悪そうに顔を逸らす。
それと同時にディスプレイのルーレットが止まり、表示されたフィールドに二人と観客の視線が一気に集まった。
『森』――それを見た瞬間タタの表情が若干明るくなり、同時にマリンはだるそうに溜息をつく。
一造園師如きならどのようなフィールドでも問題ないのだろうがここはチャンピオンリーグだ、そんじょそこらの造園師がそもそも参加できる場所などではない。
つまりフィールドの優位は戦いにおいて大きな差となる。拮抗したレベルなら、それこそフィールドだけで勝敗が分かれるレベルにまで。
決定と同時に会場全体の数箇所の地面が大きく左右に割れ、地下から姿を現したのは巨大な木々。
さらに数箇所には池、岩場、沼地など、若干湿地帯寄りの森に見える景色がマリンとタタの目の前に現れた。
戦いが始まる――マリンが気を引き締めてボールに手を掛けるが、タタは徐に一本の木に近づき、その表面をゆっくりと撫でる。
「……本当は外でいつまでも、自然のままに生きたかったのよね。無理やりこんなところに移植されて、さぞ苦しいでしょうね」
「な、何してんのあんた?」
「分からない? 木とコミュニケーションを取ってるだけよ」
「木と……こ、こみゅにけーしょん〜? あんた、悪いこと言わないから精神科紹介するわよ」
「あら、それなんて自然を馬鹿にしたトレーナーの典型ね。貴方、ろくに自然と向き合ってこなかったんじゃないの」
「ぬうぅ、私はこう見えても前はレッドとグリーンと並んでカントーで覇を成した三強のうちの一人なのよ! 自然と向き合わなくても、十分強いわよ」
「その三強、いつの話かしらね。時代は進む、自然と共に世界は進歩する。貴方には、まだ早かったかしら」
「貴方は自然と向き合う前に年齢と向き合ったら!」
「っぐ……なんてね、幼稚な誘いには乗らないわ。どうやら精神年齢は見た目以上に低いようね」
「このー、さっさと掛かって来なさいよ! て言うかぶちのめす! カメックス、一番手ゴー!」
「自然は私の味方。そして彼らを私好みのフィールドにコーディネイトしてあげる。このフィールド、私がもらう。行って、アリアドス」
両者のポケモンが出揃ったと同時にフィールドの熱気は最高潮に達し、一気に攻めるマリンに対してタタは早速木の影に姿を隠した。
いきなり隠れると言う選択肢に些か不意を突かれたマリンだが深追いせず、まず真っ先に彼女も一歩引き、近くの池へと徐々に近づいて行く。
互いに自分のフィールドでの勝負を展開しようとしているため、開始早々に戦いはスローペース気味。
先ほどの一進一退のハイスピードのバトルとは打って変わっての展開に、マリンと同じように意表を突かれた観客の熱気が徐々に消失。
期待していた展開と違って白けたっと言う風にも見えるが、それでも静まり返った中に視線は集まっており、次の展開を待つ。
観客席とは別の場所にある選手控室兼報道陣使用室でも、戦いの様子が会場の数カ所に設置されたカメラからの映像が送られて来ていた。
選手たちは一様に将来の対戦相手になるであろう敵の状況を見ており、アスカも二人の戦いに注目している。
グラフィック表現された鬱蒼と生い茂る草木の為にビデオカメラはなかなかフィールドの様子が映し出せず、仕方なくディスプレイの映像を写すカメラマンも多い。
その中でスミレは未だに始まらない激突を息を飲んで待ちながら、良く見えないフィールドに他のカメラマン同様カメラを向けている。
どう言う戦いになるのか――バトルの初心者であるスミレには、はっきり言ってどう言う状況なのか良く分からない。
「互いに自分のフィールドで勝負……長引くのかしら」
「いやぁ、案外早く決着付いちゃうかもしれませんよ。この戦いも」
スミレの横に立っていたのはポケモンレンジャーの制服に藍色のセミロングヘアーの女性で、スミレは一瞬驚いて肩を震わす。
まるで気配が無かった――幽霊みたいな現れ方に若干驚いたスミレだが、すぐに深呼吸をして息を整えた。
「あら、驚かせてしまったかしら?」
「いえいえ。確かポケモンレンジャー期待の新人と言われているエリサさんですよね。去年のホウエン地方のリーグでは優勝でしたよね?」
「ご存じなんですか? いやはやお恥ずかしい。師匠はむしろ初戦でボコられてやられるのを期待してたみたいなんですが、何かその……勝っちゃって」
「随分と、サディストな師匠ですね。でもポケモンリーグで優勝したってことは、めでたく師匠からは独立したんですか?」
「えっ? またまた御冗談を、あの人相手じゃ私なんて一生分の運を使っても相討ちですよー。あの人の知り合いの国際警察の人なんて私じゃ足元にも及びません」
「それでも実績は素晴らしいと思いますよ。遅いようですが、優勝おめでとうございます」
「えへへ、ありがとうございます」
「――らせかしら?」
「ふえっ?」
彼女らの横の席でただ目前とディスプレイの映像を見ていたアスカの肩がわなわなと震えており、エリサのことを力強く睨む。
さすがのエリサもその視線の威圧力に押されたらしく、ギョッとしながらスミレの後ろに身を隠す。猫のようだ。
「去年のホウエンリーグ七位だった私への嫌がらせかしらねー、真横でそんな会話するなんてねー」
「あ、いえ別に私たちはそう言うつもりで会話していたわけでは」
「そそそそうよ。あっ、思い出した! 貴方確か去年のホウエンリーグで見たわ、私が決勝で戦った相手にギリギリで負けたアスカさんよね?」
「むー負けたことを露骨に披露して、私をいじめ辱めて楽しいわけ!? いいわ、それならここでいっそのことここで決着つけてやるってのよきゃわあ!?」
「何をやっているんだ阿呆」
今にも飛び掛かりそうだったアスカの後頭部を唐突にチョップがクリティカルヒットし、アスカはそのまま正面に倒れてノックダウン。
打たれた個所を擦りながら立ち上がると、シリュウが醒めた形相でアスカを見下ろしており、嫌な予感が駆け巡る彼女の額からはだらだらと汗が流れる。
「控室で何をしている、お前」
「……てへっ」
ガンッ!――再びシリュウの鉄拳がアスカの頭を直撃し、目を回したアスカはそのままソファーに倒れる。
「悪いな、弟子が申し訳ないことをした」
「あ、いえ。私たちも心に無い事とは言え、申し訳な……あれ、貴方、どこかで会ったことがありますか?」
「え? シリュウさんとエリサさんって、お知合いなんですか?」
「……気のせいだろ。世の中には似たような顔の人が沢山いるからな、見間違えなど日常茶飯事だろう。それより、フィールドは森か」
「そうですね。私は長引くと思ったのですが、エリサさんは案外早く勝負がつくと言ってます」
「エリサとか言ったな。その理由は?」
話を振られたエリサはスミレの後ろからぴょこっと姿を現すと、一度ソファーに倒れているアスカに目を移す。
完全に沈黙……気絶していないようだが、どうやら不貞腐れているように見えないこともない。
その証拠に先ほどから何かブツブツとつぶやいており、『師匠なんて』とか『私にだけ妙に厳しい』とか、何かと小声で愚痴を垂れている。
最もエリサに聞こえているのだからシリュウにも聞こえており、再び鉄拳がアスカの頭を直撃し、彼女の意識は遥か彼方へ
「互いの分野に持ち込むと言うことは、互いに万全の態勢です。つまり、先に仕掛けた方は明らかに不利になります」
「えっ、そうなんですか? どっちも万全なら、やっぱり長引くと思うんですが……あっ、でも結局はどっちかが仕掛けないと試合終わりませんよ」
「バトル経験があまりないスミレさんなら、そう思っても仕方ないでしょう。当然、どちらかが仕掛けなければ終わりません」
「……あっ、だから先に仕掛けるために今は攻撃の準備に転じているんですか?」
「えぇ、そして恐らく攻撃に出るのはタタさん。相手の領域が広過ぎる以上、マリンさんは待つしかない」
「そうかしらね、私はむしろタタさんの方がマリンの攻撃待つような気がするけど。アリアドスでしょ、どう考えても待ちでしょ」
ソファーで寝転がっていたアスカは驚異的な早さで意識を取り戻し、膝を突きながら会話に参加する。
どうやらもう愚痴っているのが馬鹿らしくなって来たらしく、特に邪険の無い元の状態に戻っており、気持ちの切り変わりは割と早いようだ。
話が弾み過ぎて何を言っているのか分からないらしく、スミレは両手を込んで首を傾げ考えるも、やはり理解が追いつかない。
「両方八十点ってところだな。いや、アスカは十点」
「えっ! な、何で私だけいつもそう厳しい評価をするんですか!? 酷い! ばーかばーか師匠のばー」
ガンッ!
「まずマリンが攻撃に転じる可能性は十分にある。今までの会話などから性格を考えればあいつは作戦を練っていても、状況によってそれをすぐ破棄できる柔軟性があり積極的に攻めるタイプだ。これが十点」
「残り十点はなんですか?」
「先に攻めた方が不利……そんなことは常識かもしれないが、はたしてそれがここで通用するかどうかだ」
「いてて……どう言うことっすか師匠?」
「――フン。俺とお前の勝負みたいなものだ、先ほどやったのにもう忘れたのか」
エリサとスミレの後方には両腕を組んだまま未だに牽制の応酬が続くバトルをディスプレイ越しに見ながら、会話に割って入る姿がある。
先ほどアスカと短期的だが激闘を繰り広げ、苦戦の末に何とか彼女が勝利した、エリサとは別のホウエン代表のトレーナー。
「この大会のルールは『一体でも戦闘不能になったら負け』だ。つまり、いくら攻めが不利とは言え、先手必勝はやはり大きなメリットがある」
「あそーか。いくら待ちが便利でも、それは持久を想定して、交代を効率的に考えたときに最も効果を発揮するしね」
「――フン、気付くのが遅い。つまりこの大会のルールでは攻めになろうと待ちになろうと、どちらにもそれ相応のアドバンテージとリスクがある。そこの師匠さんが言いたいのは、概ねこんなところじゃないのか」
「やれやれ外野に全部持っていかれるとは、アスカ……お前、去年も似たようなことは教えたはずだが」
「はうっ……て、てへっ」
ガンッガンッガンッ!
「とは言え、どっちが勝つかまでは……推測は難しいな」