チャンピオンズリーグ
最終話
 耳を貫く激しい激突音と共に激しい砂煙がバクフーンとボスゴドラを包み込み、シリュウとアスカは腕を顔に当てて砂煙から目を護る。
 会場全体がまだバトルに包まれているにも拘らず、アスカの耳には余計な雑音は微塵も聞こえず、ただ目の前の結果がどうなったのかだけがひたすらに先行した。
 空調機能によって砂煙が自然界の風と同じようにゆっくりと取り払われ、中央の景色がアスカとシリュウの目に同時に映る。
 フィールドの中央からやや離れた所にぐったりと倒れているバクフーンと、フィールドの中央で微動だにせず立っているボスゴドラ。
 負けた――アスカがそう思って拳を握った直後、完全に倒れていたと思われたバクフーンが肢体を震わせながら立ち上がり、逆にシリュウがボスゴドラの尻尾に触れると、その巨体が轟音と共に地面に倒れた。
 激しくフィナーレを飾ったバトルは最後の最後に静寂に包まれながら決着を迎え、シリュウは溜息をつきながらボスゴドラをボールに戻すが、その表情に曇りは無い。

「負けだ。アスカ、お前の勝ちだ」
「私の……勝ち。私が、勝ったんだ、師匠に勝ったんだ!」

 アスカの勝利と同時に後ろにいた八人が一気に歓声を上げ、さらに会場全体も中央の勝負が決着した瞬間に大きな大歓声に包まれた。
 先ほどまでのバトルなどもはや比ではない程の怒号にアスカ達は耳を潰されるほどの思いをしたが、だがその大き過ぎる声でさえ、今のアスカには小さいものに感じられる。
 目指し続けていた人、あこがれ続けていた人、師匠であるシリュウへの勝利。
 それは今までアスカが体験して来たどんなポケモンバトルよりも喜びに溢れ、同時に少し切なくなる、だけど溢れ出る涙と嬉しさが止まらない。
 シリュウとシンボルクロスが全員敗れたことを知った団員達は瞬く間に戦意を喪失して行き、小競り合いが残る中、久しくスピーカーから声が流れた。

『私はTVタマムシのスミレです。既に全ての機関は大会参加者の手によって奪還され、警察への通報も完了しています! 無駄な抵抗は、もうしないでください!』

 放送室の窓を見たアスカと目があったスミレはウィンクしながら右手の親指を立て、それに応えたアスカも右腕を伸ばして親指を立てる。
 その瞬間にアスカの真横へ上空から一人の男が悠然と姿を現しながら着地し、素早く反応したシリュウよりも早く、その男の手がシリュウの方への向いた。

「どもー、国際警察のジャスティスです。公共施設の占拠、及び数え切れない量の罪状により、ロケット団幹部シリュウ……お前を逮捕する」
「うちの中にスパイでも紛れ込ませていたのか? 囮捜査は違法だぞ」
「残念ながら君にも我々にも落ち度はないよ。落ち度があったのはイッシュ地方の連中さ。ここに向かう通信はモニターしていてね、何故か途中から簡単に傍受できたんだ」
「あの野郎、わざと垂れ流してやがったか。通りで例の兵器も来ないわけだ。まぁあんな小物にしてやられたところで、俺の計画は寸分も狂わなかった。狂い様が無かったと言うべきか」
「師匠……」

 未練をまるで感じさせない溜息をつきながらシリュウは先ほどのような険しい表情ではなく、少し前までの、アスカの良く知るシリュウの表情に戻っていた。

「あれ? 正義さんこんなところで何やってるんですか!?」
「久しぶりの大捕り物って本名言ったら駄目でしょうがエリサ! なにしてくれてんの!? 全く、後でシエンに報告するからな」
「えっと、その、師匠への報告だけは勘弁してくださ――」
「もう遅い。エリサ、お前……後で説教な」
「げぇ!? い、居たんですか師匠!? せ、説教だけはご勘弁を!」

 八人の参加者の後ろにいつの間にか立っていた青年は頭を掻きながらエリサへと近づき、頭を一発引っ叩いてから正義に頭を下げる。
 事件の場でコードネームを使っている警察官、しかも国際警察の一員の本名は非常に機密性の高いものであり、白日のもとに晒すなど言語道断。
 近づいて来たシエンに何かの確認を求める正義は彼が頷くと満足そうに頷き、怪訝な表情を浮かべるシリュウのもとへ。

「とりあえず手錠するぜ。堅苦しいけど、我慢してくれ」
「構わんさ。逃げる気も無いが、形は重要だろう」

 正義は持っていた手錠をシリュウの両手にしっかりと掛け、事件の首謀者が捕まった瞬間となった。

「分かってくれて助かる。おっと、弟子さんから何か言うことはあ――」
「国際警察か! 今まで一体何をしていた! なぜさっさと私の身の安全の確保をしなかった!?」

 話しを遮られた正義は非常に不快な表情を浮かべながら、怒鳴りつつ近づいて来るポケモンリーグ会長の姿を視界の隅に捉える。
 だが正義が答えるよりも少し早く会場のシャッターが開き、そこから大量の警察官が一斉に流れ込み、辺り一面が団員達の悲鳴で彩られた。

「ハハハ良いぞ! 女子どもだからとて容赦入らん。こんな奴ら、一人残らず豚箱にぶち込んでしまえ!」
「テメェ……おい国際警察、三秒で良い。この手錠外せ」
「残念だがそれはできない。だが安心してくれていい。お前が手を下すまでも無く……このクソうざってー野郎も豚箱に行くことになる」
「貴様! 国際警察だからって良い気になりおって! 口の利き方をってなんだ、なぜ私を捉える!?」

 流れ込んで来た警察官の一部が会長を捉えては一気に手錠をし、暴れる体を強引に羽交い絞めにする。
 あまりに突然の事態に頭の処理が追いつかない会長の前にシエンが近づいていき、いくつかの書類と写真を取り出して彼の前に叩きつけた。

「以前からアンタの黒い噂は聞いていてなぁ、俺らレンジャーも国際警察と組んでお前を捉えるときを狙ってたんだよ。これ、お前の事務所を捜索した警官から送られてきた写真な」
「ば、馬鹿な! 人の事務所を勝手に捜索するなんて、越権行為だ! 訴えるぞ!」
「残念だがお前さん、自分から罪を一つ認めただろ。その瞬間からお前の事務所を捜索する権利が俺たちにはある。そして余罪を正々堂々と、余すことなく調べることが出来た。埃だらけの事務所でよ、叩けばまだまだ出てきそうだ」
「そう言う訳で、お前さんは犯罪者の行くべきところへ行ってもらう。で、弟子さんから何かお別れの言葉でもあ――」
「どうせお前たちが仕込んだものだろう!? 騙されんぞ、国際警察のお前! 何とか言わんか!? えぇ! レンジャーなんぞの言うことを――」
「黙ってろ豚野郎が!」

 叫び散らす会長の側頭部を正義の鋭い回し蹴りが捉え、意識を失ったその体が何メートルも吹き飛んでから地面に崩れ落ちる。

「人が話してるときに何度も何度も割り込んで来るなよな、ったく。三度目で悪いな、弟子さんから何か言うことでもあるか」
「師匠……今まで、ありがとうございました」

 ただ頭を下げるだけ……色々言いたいことがあったはずなのに、聞きたいことがあったはずなのに、これだけしか言葉にできない。
 言葉にしたくても、何を聞けばいいのか、何を話せばいいのか、今になって分からなくなってしまった。
 泣きたい。大声で。本当ならもっと、伝えることを全部伝えたい。なのに、プライドが邪魔で、普段持ってもいないようなこんな誇りが邪魔で、それが口にできない。
 涙を堪えて見送る――それが弟子としてできるただ一つ事なのだと、必死に目を閉じて涙腺を閉じようとするアスカの頭の上に、軽い感触が舞い降りる。
 頭を上げると手錠をされた手でシリュウがアスカの頭をかすかに撫でており、その表情は泣きそうなアスカとは正反対に、どこか嬉しそうで、切ない。

「言いたいことは沢山ある。聞きたいことも沢山ある。だが師匠である俺が伝えることは、今はただ一つだ。強くなったな。それでこそ、俺の弟子だ」
「し……しょう……わ、私は! 私は、貴方の……貴方の誇れる弟子だったんでしょうか!? わ、わだじは! しじょうのことを、誇りにおぼっています!」
「あぁ、お前は俺の誇れる弟子だ。悪かったな、騙し続けて。最初は、本当に隠れ蓑のつもりだった。だが妹に雰囲気が似ててな……酷い理由だ。お前を代わりにしていた。だた、不思議なもんだな。一緒に居るうちに、こいつはヒナじゃない、アスカなんだと思うようになっていった。そんなお前と一緒に居る時が、俺の人生の中で、多分一番幸せだった」
「わたじも……し、幸せでした! ま、ま……うぅ、また、私と一緒に……うぐぅ、一緒に旅をじてくれますか!?」
「この先どうなるか分からない。確証の無い約束はしない主義だ。だが、たまには悪くない。約束する。俺はもう一度、お前と一緒に旅をしよう」
「うぅ……ありが……ございます!」
「話しは済んだか? じゃあ、残党は他の奴らに任せて……シエン、そっちの野郎は頼んだぞ」
「任せておけ、ボンレスハムみたいにして連れてってやるよ。そっちの師匠さんも、楽しみにしてくれ」

 不敵に微笑むシエンは倒れている会長をにやにやと見下ろし、どのようにして連れて行くかを頭の中で何通りにも渡ってシュミレーションする。
 正義がシリュウの背中を叩いた瞬間に彼は何かを思い出したかのように立ち止まり、再びアスカの方を振り向いた。

「アスカ、悪いが俺のポケモンたちを預かっててもらえないか」
「私が、師匠のポケモンを……ですか?」
「こいつらは悪くない。悪いのは全て、この計画を考えた俺だ。むしろこいつらは被害者に等しい。連れて行ってやってくれ。そして、また会う時まで、こいつらの面倒を見て欲しい」
「何も無いと思うが妙なことをされても困るから俺がボールを渡すぞ、異論はないな」
「あぁ、頼む」

 正義はシリュウの腰から三つのモンスターボールを取ると、それをアスカに向かってアンダースローで放り投げた。
 慌てて全てのボールをキャッチしたアスカは中に入っているポケモン、ドサイドン、バンギラス、ボスゴドラを見つめ、しっかりと胸に抱き締めてから前を向く。

「そいつらは、俺とお前がまた会うための糸だ。お前ならきっと、大事にしてくれると信じているぞ。さっきは師匠としての俺の言葉だったが、今は一人の人間として、シリュウ・グレンディアとしての言葉を伝える。俺は、アスカに出会えて幸せだった。今まで、ありがとう」
「今度こそ連れて行くぞ。もう言いたいことはお互いないみたいだしな。ないみたいだしなー」

 わざとらしく高い声を出す正義は横眼でアスカのことを一瞥し、そしてまたわざとらしく笑ってからシリュウの背中を押して歩き出す。
 『言いたいことは全部言え』――そう言われているような気がして、全く関係無いはずの国際警察からそれが促されて、アスカは少しだけ戸惑った。
 だが、でもきっと、今言わないと後悔してしまう。この先本当に会えるかなんて、未来のことなんて誰にもわからない。
 今しかないんだ。今を先送りにしてしまったら、次に機会が巡って来るのは十年後かもしれない、五十年後かもしれない、もう二度とないかもしれない、伝えられない……そんなのは、絶対に嫌だ。
 心の底から大声で、アスカは叫んでいた。先ほどまでの気持ちが弟子としての物なら、今は、アスカ自身の言葉で……

「私は、アスカ・リネアートは! この一度しかない人生の中で、シリュウさんに出会えたことを幸せに思います! そして、私は……私は、貴方のことを世界で一番愛しています! だから、きっと、絶対戻って来てください! ずっと、待ってるから!」

 胸を張り裂くような痛みは声と共にこの広い空間に溶けて行き、未だ止まぬ雑音の中へと消えて行く。
 ただ背中を向けて歩き続けるシリュウにアスカの声がしっかり聞こえたのか、聞こえていないのか、そればかりはここに居る誰にもわからない。
 きっと、いや、絶対に届いた――アスカはそう思い、しっかりと胸を張って凛とし直すと、彼女の肩を後ろから誰かが軽く叩いた。

「いやー熱い愛のメッセージでしたねー、おじさん感動しちゃったよ。うちの弟子にもそれぐらいの気持ちで接して欲しいもんだ」
「あ、愛のメッセ……い、いやいやそのこれはそう言う意味ではなくてそのあの私はシリュウさんいや師匠のことをえっとそのあーなんて言ったらいいんだろうそのあの」
「し、師匠! もー何を言ってるんですか! セクハラでアスカさんと一緒に訴えますよ!? あと、おじさんって年じゃないと思います!」
「おー怖い怖い。さて、じゃあ俺もこいつをちょっくら牢獄にぶち込む作業に移るとしよう。来いエリサ、レンジャーとしてな」
「は、はい! すぐに作業に移ります!」
「おや、ポケモンレンジャーの中で株価急上昇中のシエン君じゃないか。久しぶり、お前の弟子は強かったよ」
「ワタルか、丁度良い。お前も来てくれ、忙しくなりそうだから人手が欲しい」
「チャンピオンを扱き使おうなんてレンジャー、君ぐらいなもんだ。だがまぁ旧知の仲だし、付き合うよ」

 シエンとエリサ、そしてワタルはポケモン協会会長を連れて会場を後にし、波居る警察官とロケット団、一般の人々の中へと姿を消す。
 大会は終わった。清々しい終わり方とは決して言えないだろうが、それぞれが確かに大会が終わったことを確信した。

「――フン、もうここに居ても意味は無いな。マスターボールは諦めるが、俺の旅は終わらん。そもそもあんなものに頼らなくて奴を捕まえて見せる。じゃあな、楽しかったぞ」
「全く、ここで不抜けてる様じゃカントー三強の一角として恥ずかし言ったらない。私も行く。あの二人に並ぶため、私にはやることがたくさんあるんだから!」

 アダムとマリンもその場を離れ、人の中へと消えて行く。

「さてシグレ、俺は行くぜ。お前より一歩でも早く、俺がトレーナーの頂点に立つ。お前には負けねーよ!」
「口煩いだけじゃ成長しないぞカズハ。とは言え、お前に負ける気はない。俺も行こう。皆とは、またどこかで会ってみたいな。それじゃ」

 カズハとシグレは口論しながら人の中に溶け、かなり五月蠅いので存在感だけは抜群に残っている。

「ウォォォォォ! 他の奴らが強くなろうってのに俺だけな負けるわけにはいかないぜ! 行くぜマーズ、キュリー、ヴィス! じゃあなお前ら、全員と戦えなかったのは残念だが、またいつかどこかで会ったら戦おうぜ!」
「あー全く最後の最後まで五月蠅い奴ね、同じシンオウ代表として頭痛いわ。だけど、皆と一緒に戦えてよかった。トレーナーなんてほとんど野蛮な奴ばかりだと思ってたけど、全然違った。良い経験が出来たわ。またねアスカちゃん、家が出来たら私を呼びなさい。貴方のフィールドを作ってあげる」
「やれやれ、おせっかい焼きだね。とは言え、僕も人のことは言えないか。じゃあねアスカ君、プロトレーナーの道は諦めたが、また喜劇で君たちに巡り合うことを願っているよ。悲劇と喜劇が合わさればは、いつか奇跡をもたらすものさ。また会う時まで、お元気で」

 大声を上げながら走り去って行くヨウタ、少し羨ましそうに手を振りながら歩き出すタタ、相変わらず良く分からない言い回しで離れて行くリア。
 それぞれ、皆が皆、自分の求める姿を探して去って行く。その中で、今日の戦いの記憶は、絶対に忘れられるものではない。
 全員を見送ったアスカは沢山の人が入り乱れる中でただ立ちつくし、シリュウから受け取った三つのボールと、自分の手持ちの三匹を両手に持って見つめる。

「行こう。私達も! この先に続く、私達の物語を紡ぎに!」

 皆が返事をしてくれた……そんな風に見えた。

 腰にボールを戻したアスカは人混みの中を今までに無いほど軽い足で、自信に満ちた表情で歩き出す。

 会場の外、爽やかな風がアスカの周りを踊り、晴れ渡る青い空は、絶え間ない光に満ちたの世界。





「私は……ずっと待っています。貴方のことを……」





                                       ~FIN~

                                  Thank you very much.


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月光 ( 2011/10/31(月) 23:08 )