第二十四話
会場から割と近い電子制御室に辿り着いたアダムは扉の横に背中から張り付き、後から息を切らせながら走って来るタタを横目で見る。
「――フン、何をもたもたしている」
「貴方が早すぎるのよ! 全く、女性を置いて行くなんて礼儀がなってないんじゃない」
タタの文句をアダムは聞いておらず、イライラしながらタタは彼の横を通り過ぎ、電子制御室の扉に手を掛ける。
敵の罠があるかもしれないのに全く持って普通の方法で扉を開けたタタをアダムは若干イラつきながら睨むが、扉は何事も無くすんなりと開いてしまった。
いざとなればメタグロスのコメットパンチで粉砕する気でいたアダムとしては、何事も無いに越したことは無い。
中に入るとそこは大量のモニターにキーボード、精密機械がそこかしこに配置されている部屋で、まさに電子制御をしてますと言わんばかりの部屋。
画面が多いために部屋全体は非常に広く、机が多いためかなり移動し難い。ここで戦うとなると、それなりの被害は出る覚悟は必要だ。
最悪変なエラーが起きて会場に妙な現象が発生しかねないが、敵を倒さない限りその可能性に直面しているんだからアダムとしては特に問題ではない。
問題なのは壊してしまった物の被害の弁償が自分に来るのではと言うことだ。砂漠生活では金など手に入らないのだから。
「ここにもロケット団がいるはずだけど、姿が見えないわね。逃げた?」
「フン、隠れてると見るのが普通だろうな。気配はする」
「私はそう言う気配とかオーラとか全然分からないんだけどさ、本当に感じてるのそれ? 厨二病とかじゃないわよね」
「二人分だ。いや、二人と二匹か、既にポケモンを出している」
「既にってどこに――ん?」
呆れ気味に質問するタタが横を向くと、机の上に一匹のポケモンがいつの間にか姿を現していた。
つるつるの外見に奇妙な鳥のようにも見えるポケモン、ポリゴンZが頭や手足をくるくると回しながらタタの周りを回る。
「攻撃してこないわね、野生のポケモンかしら?」
「何してる、そいつだ! 早く攻撃しろ!」
「でも攻撃してこないのにこっちからいきなり虐めるってのもどうかと思うけどね」
「――フン、これだから女は。メタグロス、吹き飛ばせ!」
アダムが出したメタグロスは現れるや否や即行の『バレットパンチ』でタタの周りを回っていたポリゴンZに攻撃をし、ガラス質のような体が離れた壁に叩きつけられる。
しかしポリゴンZは何事も無かったかのように浮かび上がって来るとその場で突然光り出し、今の攻撃で着いた傷があっという間に消えてなくなった。
「『じこさいせい』か。しかも余りダメージが無いところを見ると、予め『テクスチャー』でタイプを変えていたな。構うことは無い、メタグロス! もう一度攻撃――!?」
再びポリゴンZに迫ろうとするメタグロスの横からバネのような足が突然飛来し、メタグロスの側面を蹴り飛ばしてその巨体を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたメタグロスに再びバネのような足が迫るのを見たタタは急いでモンスターボールからアリアドスを繰り出し、口から蜘蛛の糸を大量に排出。
数多の糸に絡まれた足はメタグロスに追撃をする前にその推進力を失い、仕方なく攻撃を諦めて元の場所へ戻っていく。
攻撃の主であるポケモン、サワムラーは足を元に戻すとすぐにファイティングポーズを取り、後ろにはローブを深々と被った女性が立っているが、顔は見えない。
さらに先ほどポリゴンZが飛ばされた場所にも別の人物が立っており、挟まれる形のアダムとタタはそれぞれ背中合わせになった。
「いきなり攻撃するなんて、私達より酷い奴だねぇアンタは」
「ケレス、今日も厚化粧だね」
「デメテル……せっかく私が決めようとしてるのになんてこと言うのよアンタは。第一何が『可愛く見せて戦闘回避』作戦よ、全然役に立たなかったじゃない!」
「それはそこの野生児がいきなり攻撃するからだよ、お姉さんは優しいから攻撃しなかったのにね」
「あらあら、お姉さんだなんて分かってるわね君」
声的に少女であるデメテルの言葉にまんざらでもないのかタタは少し嬉しそうに頬に手を当て、アダムは内心で『おばさんの間違いだろ』と思ったが決して口には出さない。
「とにかく、こいつらがシリュウ様の敵だよ。さぁデメテル、やっておしまい!」
「ケレスがやればいいじゃん。私は嫌だよー、人を傷つけるのは嫌いなんだもん。シリュウ様だって無意味な暴力はよくないって日頃から言ってたもん」
「日頃は日頃今は今でしょう! ほら、無駄な会話してるから相手のメタグロス戻って来ちゃったじゃない!」
長々無駄な会話が多かったためにメタグロスはアダムの前まで戻ってきており、デメテルは周りを回るポリゴンZの頭を撫でたりであまり闘志が感じられない。
狙うのはケレス一人!――アダムは素早く動くと同時にケレスへの距離を詰め、だがそれに気付いたケレスもすぐにサワムラーと共にポイントを移す。
メタグロスの『コメットパンチ』とサワムラーの『とびひざげり』が空中で激突し、両者ともに激しく吹き飛ばされ、辺りにある機械をいくつか壊しながらも素早く体制を立て直した。
一方でタタとデメテルはどうしようかと互いに顔を合わせながら困ったように頭を傾け、とりあえずバトル以外で何か互いが納得できる方法が無いか試すことにする。
激しいバトルが繰り広げられているがもう一方で女性同士による話し合いみたいになっており、些かシュールな絵になっているが、突っ込む人はいない。
「私のサワムラーから正面切って戦いを挑もうとは、馬鹿なのか勇敢なのかどっちかしらね」
「フン、お前如きなら正面から堂々と挑んでも勝てると踏んだだけのこと。なんならあっちのガキと二人で来ても構わないが」
「減らず口を……鋼タイプでありながらエスパータイプ、故に格闘攻撃は堅さで補えると思ってるんだろうけど、これならどうだ! 『ブレイズキック』!」
「落ち着けよメタグロス、『バレットパンチ』から一気に後退だ」
地面を激しく摩擦することで起こした強烈な加熱による『ブレイズキック』が来るよりも先にメタグロスの『バレットパンチ』が炸裂し、それを喰らったサワムラーが激しくのけぞる。
ひるんだのだ。『バレットパンチ』に相手をひるませる効果などないにも拘わらずひるんだことに怪訝な表情を浮かべるケレスを無視し、攻撃は終わりを見せない。
動けないサワムラーの腹目掛けてメタグロスの強烈な頭突きが直撃し、サワムラーを壁際まで一気に吹き飛ばす。
しかも先ほどの頭突きはただの頭突きではない。相手をひるませる効果があるエスパータイプの物理技『しねんのずつき』だ。
二回のけぞれは一気に叩き掛けることが出来たのだがギリギリのところで耐えたサワムラーは立っているのもやっとの状態だが、それでも再びメタグロスの前に立ちはだかる。
もしも『ブレイズキック』を喰らっていればメタグロスの方が追撃を受けていたところだろうが、冷静に素早さを計算し、勇猛を振るったアダムに流れが来た。
「可笑しいわね。『しねんのずつき』ならまだしも、『バレットパンチ』で怯むなんてありえない。もしかして、持ち物の効果?」
「当たりだ。『おうじゃのしるし』、一割の確率で相手を麻痺させる道具だ。最初の攻撃で相手がサワムラーだと分かった瞬間、バトルが本格的に始まる前に持ち返させた」
「なるほど、道具をうまく使っているようね」
「そう言うお前こそ、『ブレイズキック』から怯みを経ての『しねんのずつき』を耐えているのは、恐らく『きあいのハチマキ』だろう」
「えぇ、『こらえる』なんて攻める人には必要無いもの。そして限界まで耐えてこそ……ふふふ」
「メタグロス!」
「終わりよ。『きしかいせい』!」
話しの最中に全神経を集中していたサワムラーの最後の一撃がメタグロス目掛け放たれ、直撃するとともに激しい衝撃波が辺り一面を吹き飛ばす。
床の埃を舞い上げて放たれた最後の一撃にヘレスは確実な勝利を確信し、目の前で動かない巨大な影を見ながら勝利を堪能した。
「まぁ、頑張った方ね。最後の最後に話しに華を咲かせ、警戒を怠ったのか敗因よ」
「――フン、お前のな」
「何を言って……サ、サワムラー?」
埃を突き破り伸びて来た鉄の拳が立っていたサワムラーを小突き、体力が底を尽きたサワムラーがその場に崩れ落ちる。
ヘレスの目の前に現れたのは傷一つ負っていないメタグロスとアダムの姿で、今度ばかりは口がうまく開かない。
「え……な、へ?」
「残念だが、『まもる』を使わせてもらった。どんな一撃でも防ぐ絶対防御、お前の『きしかいせい』も例外ではない。『まもる』は発生も早いしな」
「いくら発生が早いからって、アンタ指示すらして無かったじゃないか!?」
「――フン、メタグロスの名を呼んだ。そしてそれにこいつが応えた。それだけだ」
「強いわね。負けよ負け、せっかくこの仕事が終わればさらに大金がもらえたってのに、アンタのせいで台無しだわ」
「金で雇われてたのか?」
「『シンボルクロス』は金で雇われたり、シリュウ様に拾われたりしてる奴らが多いのよ。デメテルだってそう」
「そう言えばあいつどうして――」
「あら、そっちはもう終わったの? こっちはとっくに終わってるわよ」
部屋の片隅でポリゴンZをいじって遊んでいるタタとデメテルの姿を見たアダムは呆れて表情すら変えず、冷静な口調でとりあえず聞く。
「何している?」
「ポリゴンZの体をどっちがへんてこりんにできるか勝負してるのよ。まぁ、私の連勝中だけどね」
「このお姉さん凄いね。何と言うか、芸術的センスがあるよ」
「なんたって私はガーデニングが専門の造園師だからね。私に掛かれば、あらゆる場所が私のフィールドになるの」
「アリアドスの糸を垂らしたらもっと変になるんじゃないこれ!」
「本当だ、ちょっと試してみましょう」
もはやポケモンバトルとは程遠い何かになっているようだが、必要以上に設備を壊す必要が無かったため、アダムとしては何とも言えない気分であった。
バトルをして倒してこそ勝利を得ることができると考えていたのに、全く違った切り口でタタはこの戦いを終わらせることに成功している。
「――フン、気に入らないが認めるしかないな。力以外の解決法を」
「デメテルだけでも面倒だってのに、アンタも苦労してるねぇ」
「逃げないのか?」
「逃げようにもどうせ逃がしてくれないだろ? だったらそうさね、外の仲間に今回の金で出してもらうとするよ」
「裏切られると思うがね」
「相手の弱みを握ってるから大丈夫さ。私だって、それなりにしたたかに生きてるんだ。野生児のアンタ程じゃないけどね」
「フン、そうかい」