第二十三話
会場から一直線に走り続けるヨウタとエリサは電力室に到着し、『危険立ち入り禁止』の札を無視して勢いよく中へと滑り込む。
その瞬間、電力室の中でフードを被った人物が作っていたトランプタワーが風圧によって尽く崩れ、最後の一段を作る姿勢のまま、男の嗚咽が漏れる。
部屋の中は全体的に暗めで、沢山の配電盤や配線が縦横無尽に駆け巡り、腹の底に響くような電子音と駆動音が耳を襲うことを止めない。
「あ、後一段だったのに……お、俺のタワーが……俺のタワーが!」
「え、えっとその……悪いことしたわね」
「五月蠅い! 少しでも悪いと思ってるなら作り直すの手伝え!」
駄々をこねる子どものように騒ぐ人物に対しエリサは若干戸惑った物の、彼女を押しのけてヨウタが一歩前へ出る。
「安心しな、後で俺がトランプ百束使ったタワーを一緒に作ってやるぜ!」
「そう言う問題かしら?」
「おぉ! 俺ウエスタってんだけどさ、お前とは良いトランプタワー友達になれそいて!?」
嬉しく両手を振りながらヨウタと握手をするウエスタを後ろから出て来た影が一発殴り、首根っこを掴みながら後ろへと引っ張っていく。
鋭利な刃物で切り裂かれるような視線……もう一人の人物から放たれる異様なオーラにヨウタとエリサはモンスターボールを構え、ウエスタが地面に投げられた。
「痛いなー、何すんのよヘスティア」
「お前はいつもお気楽過ぎるんだ。もっと緊張感を持て……そう、緊張感……き、緊張して来た。ほ、発作が!」
「お前はいつも緊張しすぎなんだよ。まぁいいや、ぱぱっと終わらせようよ。こんな場所居るのも飽きてきたところだしさ」
「俺たちにさっさと勝つって? おもしれぇ、やれるもんならやってみやがれ! 絶対に勝つぞオラアァアァアア!」
「シンオウは寒いから人自体は暑苦しくなるのかしら? とは言え、私達にさっさと勝てるってのは聞き捨てならないわね。その妄言、打ち砕いてあげるわ」
「ほ、発作が!」
「じゃあ始めようか? 任務だって楽しまなきゃ損だ」
四人が同時にモンスターボールを互いの中間に投げ、四つの光が暗がりの電力室を緋色に照らす。
繰り出されたヨウタのゴウカザルとエリサのヘラクロスがすぐさま戦闘のポーズを構えたのに対し、ウエスタのサンダースは大きなあくびをして毛繕いを始め、ヘスティアのエレキブルは緊張で体が強張っている。
正直戦いたくてもこんな相手に先生攻撃を堂々と繰り出したら何か卑怯な気がしたエリサに対し、ヨウタの指示に従いゴウカザルの容赦無いマッハパンチが炸裂。
欠伸をしていたサンダースの懐に急所の一撃がクリティカルヒットし、後ろに跳びの板サンダースは太い配線の上に一時退避する。
「いきなり先生攻撃なんて、卑怯だぞ!」
「勝負に卑怯もくそも無い! 猛烈に燃えてる俺の前でだらける方が悪いんだ! 沸騰してるやかんに触る奴を見てやかんに卑怯だなんて言うのかお前は!」
「なるほど、それもそうだな!」
「ほ、発作が……た、たすけ……」
「やばい、ここまともな人がいない。駄目だ、私がしっかりしないと。ヘレス、まず先にあの発作野郎を倒すわよ!」
エリサの呼び掛けに答えたヘラクロスは自慢の角を前面に出しながら加速し、発作で苦しむヘスティアのエレキブル目掛け角を振るう。
だが直前でヘスティアの指示で彼らは地面から大量に束で伸びる電線の陰に隠れ、それが何なのか分かったエリサは咄嗟にヘラクロスへ停止の指示。
その隙をついて出てきたエレキブルの『かみなりパンチ』がヘラクロスの背中を捉え、空中で姿勢を整えてエリサの前へと帰って来た。
半径1メートルはあろうかと言うほど巨大なチューブの塊に隠れられてはさすがに攻撃は届かないし、仮にこの配線の束がエリサの予想した用途のものだとしたら。
横の方で配線の上下を縦横無尽に動きながら戦うウエスタとヨウタとは対照的に、エリサ達の勝負は大胆な細かさが要求されそうな勝負。
「良い判断だ。この電線を攻撃していたら……お、女か。き、緊張して来た」
「貴方もう少しリラックスした方が良いわよ。そんなことより、もしその配線の束を攻撃してたらどうなったのかしら」
「この電力室は会場全域の電力の供給を賄っていて、電子制御室でその用途をコントロールする。もちろん、空調や温度調整なども電力が無ければ動かない」
「……この電力が断たれれば、会場全体の循環システムが停止するのね」
「その通りだ。もし空調が止まれば会場一帯が酸欠状態になるのは時間の問題、我々は脱出できるが、観客は別だ」
「外道ね。何万人の命を人質にしないとまともに勝負すらできないなんてね」
「どうとでも言え! 好きで人の命など奪うわうぅ、叫び過ぎて発作が……」
「今よ! ヘレス!」
ヘスティアの隙をついてヘラクロスの強烈なパンチがエレキブルの腹部を強烈に穿つが戦闘不能には至らず、ヘスティアとエレキブルは再び電線の陰に隠れる。
隠れながら隙を突くスタイル、エレキブルのような重量タイプのポケモンには似合わない戦術だが、このような高密度の閉所における障害物を利用した戦術ならその力はいかんなく発揮されるのだ。
さらに電力室ならばエレキブルの充電は自由自在。強烈な一撃で確実に仕留めない限り何度でも敵は蘇るだろう。そしてそれは、ヨウタが戦っている相手も同じ。
閉所での戦いや絶え間なく襲って来るバトルも経験したことはあるエリサだが、その両方を自分に圧倒的に不利な状況下で経験するのは今回が初めて。
「これぐらい乗り切れないようじゃ、ポケモンレンジャーとしてこの先やっていけないわね。必ず勝機を見出す!」
「ほらほらー最初の一発目はまぐれだったりするー?」
「ちょこまかと移動しやがって、おまけに配線がありまくるせいで迂闊に攻撃できない」
「そうでしょそうでしょ。敗戦に攻撃なんかしたら大変だ」
「あぁ、感電しちまうからな!」
「その通り!」
「「それもあるが違うわ!」」
横からエリサとヘスティアがそれぞれヨウタとウエスタに突っ込むが、二人ともそれ以外に配線を攻撃たら一体何が危ないのか分かっていない。
サンダースが天井に張り巡らされる配線の上を移動しながら『十万ボルト』や『ミサイルばり』を放つがヨウタのゴウカザルは縦横無尽の動きで尽く攻撃を避ける。
いくらサンダースが素早いとは言えジャングルのように入り組む配線の群れの中ではゴウカザルの方が一枚上手の様で、壁を蹴り、天井のゴムで包まれたパイプを掴み、あっという間にサンダースの前に躍り出た。
しかし問題はここからで、周りの配線がショートする恐れがあるため火炎放射のような火の出る攻撃は使えず、接近戦をしようものなら電気の歓迎。
それに対してサンダースは容赦なく電撃を放ちながらゴウカザルの体力を徐々に削いで行き、攻撃の隙をついてゴウカザルが攻撃をするも避けられ続ける。
「しかし何でサンダースの攻撃は電子機器に影響を及ぼさないんだろうな。強過ぎる電気だと、ショートしたりすると思うが」
「この部屋の配線盤や配線には幾多にも絶縁体が巻き付けられているんだよ。さっきゴウカザルの攻撃で落ちてきた鉄パイプ、あれも二重にゴムが巻かれているだろ」
ウエスタが指差す先に見える鉄パイプを拾ったヨウタは確かに二重にゴムが巻かれてるのを確認し、サンダースの攻撃では恐らくショートしないだろうと確信した。
だが噛みつくことで簡単に裂けるためかサンダースは時々配線に噛みついては電気を補充し、ゴウカザルの攻撃が来ては避けるを繰り返し回復している。
鉄パイプを手に掴むヨウタをよそにウエスタはサンダースに指示を与え続け、ゴウカザルが配線盤の後ろに隠れ攻撃を受け流した。
この大量に配置されている配線や配線盤、鉄パイプは確かにサンダースたちにとって有利に働くが、逆を言えば彼らの電気攻撃は身を隠すことで簡単に回避可能。
火力ではゴウカザルが明らかに勝っている。一度でも良い、一度でも接近することができれば、一気に勝負は決まる。
「ほらほら、逃げ続けてばかりで良いの……何してるの?」
ウエスタがヨウタの方を見ると、絶縁体を全てひっぺがした鉄パイプをヨウタが振りまわしており、まるで野球のバッターのようだ。
「ん? 素振りだけど」
「まさかそれで僕を殴ったりなんてしないよね」
「んな卑怯なことするか! 俺はな、今最高に燃えて来たぜ」
「あそこに消火器あるよ」
「消火器なんかじゃ俺の炎は消せやしない! 突っ込めマーズ! 次の一撃で全て終わりだ!」
「情熱的なのは好きだけど、それじゃバトルは勝てないんじゃないの!」
ヨウタの指示に従い配電盤から飛び出したゴウカザルは一気にサンダースに迫り、迎え撃つようにサンダースが体中から強烈な電気を炸裂。
だが横から飛来するものに気づいて横に回避し、ヨウタの思い切り投げた鉄パイプはサンダースの元居た場所すら大きく外れ、配線の一部に埋もれる。
「なるほど、鉄パイプでサンダースの気を引きつもりだったのか。だけどそれも失敗、終わりだ!」
「お前がな! マーズ、『インファイト』でぶっ飛ばせ!」
「届くはず無い、すぐにサンダースの『十万ボルト』で終わ――あれ!?」
毛を逆立てるサンダースの放つ十万ボルトは一気に辺りを多い包み、迫るゴウカザルを襲う……ことをせず、全く関係無い方向に全ての電気が流れて行く。
全ての電機は絶縁体の完全に取れた鉄パイプに誘導され、サンダースの電気が全て無くなったところに迫るゴウカザルの拳がまず一回ヒット。
立て続けにキックやチョップが連続で炸裂し、目にも止まらぬ高速な『インファイト』がサンダースを捉え、最後は正拳突きで相手を壁に叩きつけた。
壁に激突したサンダースはずるずると地面に落ちて行き、降りて来たゴウカザルの肩をヨウタが強く叩く。
「よくやった! 俺たちの勝ちだ」
「鉄パイプは電気を誘導するためのものだったのか……負けたよ。やれやれ、これで牢獄行き確定か」
「なんか悪事するように見えないのに、何でロケット団に入ったんだお前は」
「飽きてたんだよ、つまらない日常に。面白いことしようとするとさ、大人がいつも止めるんだ。そして言うのは決まって『勉強しろ』や『良い職業につけ』だ。好きなこと一つやらしてもらえなくてさ、反抗期ってやつだよ」
「ロケット団が良い職業だとは思えないけどな」
「僕だって良い職業だとは思ってないけど、楽しい職業ではあったよ。背徳感があって、やりがいはあった。でももう終わりだ……なぁ」
「なんだ?」
「捕まるまでで良い。一緒にトランプタワー作らないか?」
「いいね! 俺の方が絶対高くできる」
「言うねぇ、勝負するか!」
配線に隠れながら不意打ち気味に攻撃して来るエレキブルの動きを寸前で避けつつ、ヘラクロスの攻撃は配線の陰に隠れることで中断させられる。
相手側にもある程度リクスがある場所だけに大きな攻撃は振ってこないが、それでもこれだけ連続で攻撃を繰り出されてしまっては少しずつ体力がいずれ底をつくのは明白だ。
シリュウが会場全体に仕掛けた『ファーストロック』と言うシステムによりトレーナーが出せるポケモンは一匹だけであり、一匹負ければそこで戦闘は終了してしまう。
つまりヘラクロスが倒れてしまえばそこでエリサの負けが決まってしまい、エリサとしてもまだ別の場所で戦っているヨウタに負担を回したくはない。
配線を攻撃してはいけないのは分かっているが、エリサの中では既に『配線を護りながら戦う』のは不可能である結論が出ている。
ならばどうするか。この配線の束全てが現在使われているわけではなく、非常用に用意されている配線も確実に存在しているのだから、それを犠牲にすればいい。
「できるかじゃなくてやるしかない……さて、どれがそれなのかしらね」
「独り言を言う余裕があるのか? 俺に勝てなければ最終的に会場はおぞましくなるかもしれない。俺は最後の砦……最後の……き、緊張して来た。ほ、発作が!」
「厳つい外見と声してるのに小心と言うか似合わないと言うか、敵ながら言うけど、貴方もっと自分に自信持った方が良いんじゃない?」
「い、言われるまでも無い。こ、呼吸が……ぐうう」
「チャンス! ヘレス、今のうちよ!」
ヘスティアが咳き込んでいるうちにヘラクロスは一気に相手との距離を詰め、回避が遅れたエレキブルの右腕にパンチがかするも、直撃には至らない。
また配電盤の陰に隠れられてしまい、ヘラクロスを一度手前まで戻してから、エリサは慎重にどの配線が非常用のものなのかを冷静に見定めて行く。
張り巡らされている配線の数は軽く万単位であり、それらが数十本や数百本の束になり寄せ集められ、プレートにそれぞれの用途が細かく記載されているが、暗くて読みにくい上に、字が小さい。
エリサはポーチの中から片目用のレンズを取り出し、それをゴーグルの要領でセットする。
暗視性能も付いているため先ほどよりはよほどよく見えるのだが、左右の目の望遠性能と明暗が大きく変わるので、戦闘には非常に集中し難い。
それでもやらねばならない。この程度の窮地を抜けられないようでは、永遠に師匠を越えることなどできないだろうから。
「さて、とりあえず移動しまくるわよ。ヘレス、相手を牽制しつつ動きまくって」
「何を考えてるか知らないが、配線の陰に居る限り俺に絶対的不利は来ない……来ないはず……い、胃が痛くなってきた」
「悪いけど、もうその茶番に付き合う気はないわ。さっさと貴方を倒さないとね、ここに来る途中の大きな地震もそうだけど、上が気になるの」
「他を気にして勝てるほど、俺は弱くないつもりだが」
「まさか、他を気にするために、今はそれを気にしない。目の前のことに全力で当たるのが、ポケモンレンジャーよ」
「うぅ、発作が……」
「これ終わったら本当に病院行きなさい貴方は!」
余りに体調が悪そうなヘスティアを前にエリサは思わず叫び、ヘラクロスを連れて辺り一面を見渡しながら相手との位置を変えて行く。
エレキブルはとにかく隙を見せたときに攻撃して来るのだから、こうして移動し続けていれば相手から迂闊な攻撃は恐らくしてこない。
だがいくら陰に隠れてる敵とは言え、エリサの魂胆が見抜かれてしまえば攻撃をも盛り込んで来るはず。
それはそれで戦いやすくなるのだろうが劣勢なのに変わりは無く、やはりこの状況を打開するためには不意をついた一撃で粉砕するしか勝機は無い。
定期的にヘラクロスに反撃覚悟の攻撃を指示しつつエリサは辺りを良く見定め、配線の用途を一束一束チェック。
「もっと迷え、迷え。迷えば迷うほど、時間は過ぎて行く。時間が過ぎれば、いずれここにも仲間が来る。お前の未来は、絶望だけだ……絶望だけ……うぅ、俺が緊張して来た」
「そうね、絶望しかないわ」
「お前自ら認めるか、発作が落ち着いた」
「貴方の未来がね!」
「何だと?」
「ヘレス! 今よ、容赦は要らない! 『メガホーン』!」
「ば、馬鹿なぁあ!?」
配線の束を貫き飛びかかって来たヘラクロスの強烈な角がエレキブルの急所を捉え、その巨体が後ろに居たヘルティアを同時に吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたヘスティアは激しく咳き込みながら迫るエリサの目に付けている物を見て、何が起きたのか全てを把握した。
「まさか、配線を調べながら戦っていたとは。恐ろしい奴だ、お前は」
「貴方は見た目は厳つくて怖そうで何か品が無さそうで老け顔で――」
「言い過ぎだ」
「だけど、何だか極悪人に見えない。第一そんなに体が弱いのに、何でロケット団なんかにいるの?」
「体が弱いからだ。この病気を原因に会社もクビになり、他の企業も全く話を聞いてくれない。自営業なんてできる体力でもないし、バトルの腕はそれなりだったが旅をする力も無い。そんな俺を拾ってくれたのが、シリュウさんだ」
「でも、だからって――」
「お前のような健全で将来のある若者が考える必要は、今はこれっぽっち無いことだ。だが、いつか直面する事実でもある。覚えておくと良っ!? っぐ!」
「……まず服のボタンをはずすわ。それと横になって、上を向かないで」
壁にもたれるヘスティアの服のボタンを取ったエリサは彼の体を横向きにして寝かせ、ある程度呼吸が落ち着いたのを見て安堵の息をつく。
「助けてくれと言った覚えはないが?」
「迷惑だったかしら」
「いや、楽になったよ。ありがとう」
「どういたしまして……貴方には、もう一度ちゃんと、人生と向き合って欲しい。辛いかもしれない、大変かもしれない、またこうなるかもしれない。でも、諦めないで。諦めなければきっと、何かは残るから」
「やれやれ、子どもと言うのは確証の無い感情論で困るよ。だが、そこから得られるものもある。そうだ、昔もそうだったな。もう一度、やってみよう」
「うん、それがいいよ。きっと、良い未来が来る」