第十八話
会場に蔓延る万を超すロケット団団員の数に一気にどよめきに包まれると同時に混乱と悲鳴が起こり、しかしそれより早く全てのシャッターが降り出入り口は封鎖されている。
さらにコロシアム上部のスライド式の天井も完全に閉じており、今やここは完全密閉された犯罪現場だ。
フィールドの左右にある選手入退場用の出入り口はシャッターが元々無いので開いているが、そもそもそんなところまで行ける者がこの状況下でいるわけがないし、どの道別の場所でシャッターが閉まっているだろう。
ここのシャッターはポケモンが暴走した時のために備えて頑丈に作られており、ポケモン協会のテストによればカイリューの『はかいこうせん』ですら破壊は不可能らしい。
さらにそのロケット団たちに対抗できそうなこの会場内屈指の実力者たちのポケモンは全て医務室、最初から戦える者などいない状態だ。
全てが計算され尽くされた状況……順調に進む計画にだがシリュウは笑うことすらせず、険しい顔つきのまま放送室の方に向き直る。
「ヘルメス、オシリス。人質はどうしている」
『……あーあー、テステス。こっちは終わってんぜ旦那。ポケモン協会会長の妻と息子、うっせーから殺してやろうと思ったが眠らしておいた。見せしめに指三本ほど落しておくかい?』
『リーダー……ご指示を……あぁ……心配無く……この馬鹿が何か……勝手しようとしても……私が……抑えておく』
「この情報は全世界オンエアーだ、そんな物見せなくていい。そう、見せるならもっと醜悪で残虐で、この肥えた豚野郎を地獄の深遠にまで蹴り落とすぐらいのプレイを見せてやるよ」
「貴様! 妻と息子に何を――」
「黙れ豚野郎、てめーがして来たことに比べれば命の一つや二つが何だ。精々今のうちに懺悔でもしてろ」
顔に怒りを滲ませながら壇上に駆け上がろうとする会長をシリュウは軽く蹴り飛ばして叩き落とし、地面に倒れた会長の横に二人の団員が降りて来ると、その手足をしっかり固定する。
反撃の機を窺っていたワタルは会長が捕まると小さく舌打ちし、マントの中で隠しながら持っていたモンスターボールを強く握りしめた。
そんなワタルの表情を一瞬横目で見たシリュウは薄らと邪悪に微笑み、彼が指を鳴らすと同時に、会場の席から跳んで来た団員たちが参加者やカメラマン達、ワタルを地面に押し倒し、その両手と両足を固定。
アダムやヨウタにしてみれば振り払うのは容易だが、ポケモンがいない状況と現状を鑑みれば、今一人でただ馬鹿みたいに暴れたところで効果なんてない。
何かを喋ろうとしたアスカだがそれより早く団員が彼女の顔を地面に叩きつけ、軽い脳震盪を起こしたのか虚ろな瞳のまま彼女の体から力が抜ける。
一瞬それに鋭く反応したシリュウが倒れているアスカを見るが、忌々しそうな表情を浮かべるとともに一度深く呼吸し、会場の座席へ振り向いた。
「さて会場に来て下さった皆様、楽しみをぶち壊すようなことをしてしまって、大変申し訳ない。だが我々としても、ロケット団の復活は宿願。そこで、皆様のポケモン……頂戴したい」
元々ロケット団は他人のポケモンを奪う集団、それを考慮すれば別にこの発言は可笑しくは無いが当然反発の声が上がり、だがそれは直ぐに団員達によって黙らせられる。
「それさえしていただけれは皆様の身の安全は保証しましょう。我々はどこかの誰かさんと違い、正当な約束は守るタイプなんでね」
壇上の下で押さえつけられているポケモン協会会長を侮蔑の眼差しで見下しながら一歩一歩と壇上を下りて歩み寄り、彼の前まで来ると、腰を降ろしてしゃがみ込む。
今にも殴りかかりそうだががっちりと抑えつけられた会長は血眼になりながら歯を噛み締めてシリュウを睨み上げ、そんな彼の顔面を、シリュウが右手で一度殴打。
「何だその目は、お前はこれぐらいやられて当然のことをしたんだろうが。ポケモン協会会長と言う傘がありゃ、自分には火の粉は降りかかるまいとでも思ってたのか? あぁ」
「貴様……何が、何がしたいのだ!」
「ロケット団の復活――っと言いたいところだが、それは俺にとってはサブミッション。俺の中のプライオリティでは、別の項目がナンバーワンだ」
「あ、あのシリュウ様。その発言はどう言った意味で――」
会長を抑えつけていた団員の一人が若干の畏怖を込めながら質問するのに対し、シリュウは薄らと笑うと、会長の頭を踏みつけてから答える。
「安心しろ、別に裏切るとかそんなことじゃない。ロケット団を復活させる目標、これは本気だ。まだ何か意見があるか」
「いえ、ありません。申し訳ありませんでした」
「それでいい。さて、とりあえずあんたに聞きたいことは二つだ……一つ目、レシラムはどこにいる」
レシラム……その言葉を聞いた瞬間に倒れている会長の表情が一気に硬直し、同時に震えながら自身を見下すシリュウを再び見上げる。
「お前は……まさか……」
「さて、どうなんだ。俺達一族を犠牲にして、お前が手に入れようとしたレシラム……隠しててもいいことにはならんぞ」
「な、何のことだ。そんなポケモンは知らん」
「つまらん嘘は止めろ。お前が察しての通り俺は『グレン』の生き残り、グレン島……お前らのせいで、一時期見る影すら無くなってしまった。レシラムの次はグラードンか。しかも今度は全壊。どこまでも腐った奴だな、お前は」
「知らん! 私はそんなもんは知らん!」
「しらを切るならお前の女房と息子を殺してやってもいいんだ。俺は優しいからな、犠牲を少なくしたいのさ。さあ、レシラムはどこだ」
放送室の方に視線を向けた会長はいつの間にかロープで天井に尽くされた状態でぐったりと寝ている女性と男の子を見ると、歯を噛み締めながらゆっくりと口を開く。
「……捕まらなかった」
「ふん、やはりな。貴様ら如きではレシラムもグラードンも所詮は無理と言うことだ」
立ち上がったシリュウはポケギアを取り出すと同時にある番号へ電話を掛け、数回のコールの後相手が電話に応じる。
『もしもし?』
「報告だ。やはりレシラムはイッシュの伝説通り、ストーンになっていると見るのが妥当のようだ。ゼクロムも同様だろうな。それから、キュレムの存在には気をつけるがいい」
『やはりそうか。だが随分素直に教えるな、私の計画が完成すれば君のポケモンも解放することになるのだが』
「俺はこの瞬間の為だけに行動している。あとのことはあとのことだ。お前は資金提供、俺は情報と物資提供。それだけだ。この関係も、今日で終わりだろうな」
『残念だ、君はしらたま、こんごうだま、はっきんだまを手に入れ提供してくれるほどの素晴らしい人材なだけに、悔やまれる』
「既に成功した気でいるようだが、精々気をつけることだ。ロケット団もアクア団もマグマ団も、あのギンガ団も子どもにしてやられた。歴史が繰り返すとしたら……お前が心配で仕方ない」
『安心を、私はそんなへまはしない。入念な計画、長年のプロジェクト……最後に聞きたいのだが、いいかな?』
「なんだ?」
電話の隙に誰もおかしな動作をしていないか一通り確認し、シリュウは再び通話相手に意識を向ける。
『君はロケット団の元副幹部。ならば分かっているはずだ、なぜ我々に協力した? いや、協力を仰いだ? 私達が互いに敵意を向けていたことは、上層部だった君は知っているはずだろう』
「ではお前は何で俺の申し出を受けた。資金提供、情報提供、ロケット団が復活することでお前たちにメリットは無い」
『そう、ロケット団が復活することは脅威だ。だがそれ以上に、君の申し出の説明、プロセス、そして本音の憎悪……私はそこに惹かれた。私はね、頭が良くて堅実な人間が大好きなんだ』
「俺が堅実……っふ、色眼鏡だな。本当に堅実は奴は……」
団員に抑えられ未だに意識が戻らないアスカを見下ろしながら、シリュウは無表情で述べる。
「約束を破らないものだろ」
『……そうか。さて、そろそろ用事があるので切らせてもらうよ。この通話が最後になるかもしれんな。さらばだ、我が友シリュウよ』
「じゃあな、精々頑張ることだ。ゲーチス」
通信を終えたシリュウは会長の頭から足を退けると会場に振り返り、待機している団員達に向かって首を一度縦に振る。
それと同時に団員たちが動き出し、それぞれ近場に居るトレーナーを見ると、無抵抗の彼らから無理やりモンスターボールを奪い、それを袋の中へと突っ込んでいく。
静かな会場でただ黙々とモンスターボールを奪われていく……異様、そう言うのがピッタリな光景。だがそれも、今起きていることを考えれば納得の状況。
今会場にいる中でも屈指の実力者たちであるチャンピオンリーグ参加者、さらにチャンピオンのワタルが完全に抑えつけられ、さらに圧倒的人数のロケット団、その中でも鋭い気配を放つ三人の幹部達。
最も恐ろしいのが、この状況を生み出した、ロケット団復活のプロセスを作り出したシリュウ。スムーズに進む作業に、だがシリュウの表情はどこか満足のいかない、懸念を覚えていた。
――スムーズ過ぎる。いや、問題ないはずだが……何かを見落としている。何だ? 失敗の要因。会場は良い。あとは目の届かない場所。そうか、一応確認しておかねば
思慮をめぐらせるシリュウがポケギアを取り出したその瞬間、フィールドの出入口の闇から凄まじい速度と回転を持ったモノが現れ、一瞬反応が遅れたシリュウだが、突撃して来たそれを何とか回避する。
だが会長を抑えていた団員二人がそれによって吹き飛ばされ、好機と見たワタルが二人の団員の手を無理やり振り払うと同時に、モンスターボールを構えた。
謎の飛来物は激しい回転のまま空中でUターンし、アスカや他の参加者達を抑えていた団員たちを横薙ぎに吹き飛ばしながら、現れたトレーナー用の出入り口の闇の奥へ。
突然のことに一瞬視認が遅れたシリュウだが、Uターンの際の僅かな減速の間にその姿を確かに見た。
「カメックス……ミネルめ、しくじったな」
忌々し気な表情を浮かべるシリュウを余所に今度はその出入り口から一人の少女、マリンが息切れ切れに姿を現し、その横にカメックスがゆっくりと着地。
突然の事態に重なる突然の事態、会場にいた全てのトレーナーが、ロケット団団員が見ている前で、マイクを構えたマリンが吠えた。
『オラァ腰抜け共! 何すんなりポケモン渡そうとしてんのよ、馬鹿かあんたらは! ポケモントレーナーなら戦わんかいポケモン持って無い人守らんかい! そこの眼鏡サラリーマン! 今持ってるボール開いて目の前の団員攻撃せんかい! こいつらが、本当にポケモン奪っただけで済ませるような連中にお前ら見えるのか!?』
突然訳の分からない激昂の矛先を向けられたサラリーマンは体をビクッと振るわせると同時にボールの開閉スイッチを押してしまい、出て来たイワークが目の前の団員の上にジャストで降り注ぐ。
完全に偶然の産物とは言えロケット団の団員が一人倒れた。まるで武器庫で爆発が起こったかのようにそこを起点に一気にモンスターボールが開く音が響き渡り、一瞬にして反抗と溜まっていたトレーナーたちの苛立ちが爆発した。
先ほどの怒鳴り声で体に響いた痛みを必死に抑えながら、さらにマイクを構えマリンの言葉が会場を切り裂く。
『やればできるじゃない! ポケモン持って無い人はなるべく会場の上に逃げて、持ってる奴はそいつらを護りなさい! それぐらいできんでしょ! それと、カメックス!』
マリンの合図に頷いたカメックスは甲羅からキャノン砲を出すと、甲羅の中に隠していたものを一気にフィールド上へと発射する。
降り注ぐのは数多のモンスターボール。そう、チャンピオンリーグ参加者たちの所有していた、バトルの治療のためと言う名目で医務室に奪われていたモンスターボール。
団員達の束縛から逃れたトレーナーたちは降り注ぐボールの中から的確に自身のボールを手に取り、気を失いかけていたアスカの頭にボールが一つぶつかり、その痛みでアスカの意識が一気に現実に呼び戻された。
現状を把握するのに、そう時間はかからなかった。会場の全体で起こっている大地震と勘違いするほどの激しい激動、立ち上がりボールを手に取る参加者たち、入り口であおむけに倒れたマリン。
そしてその現状を忌々しそうに見つめ、アスカと目が合った瞬間、舌打ちをして拳を握るシリュウ。
モンスターボールからカイリューを繰り出していたワタルによって会長は先ほどの場所から参加者たちの付近へ連れて行かれ、偏っていた状況が一気にフラットになる。
「あの状況から激一つでここまで持って行くとはな。さすがはかつてカントーの三強と言われていただけのことはあるな、危険慣れしている」
僅かな賛美を込めながらつぶやくシリュウに対し、会長を取り返して一気に攻勢に転じたワタルが動く。
「奴は今一人、カイリュー! 『はかいこうせん』だ!」
殺さない程度の速度重視の『はかいこうせん』、だがその攻撃がシリュウに届くよりも早く、上空から現れたその影が攻撃を薙ぎ払う。
先ほどアスカが近づいたときも現れた、ワタルも見たことが無い飛行ポケモンに跨る青年、イシュタル。
空中からの降下速度をそのままに地面すれすれを飛行するそのポケモンはかぎづめでカイリューの右手を掴み、凄まじいパワーでその巨体を空中へと持ち上げる。
舌打ちしたワタルは連れ去られるカイリューの尻尾に捕まり、勢い良く引っ張られるカイリューとワタルは、客席の一角へと激しく叩きつけられた轟音が響く。
そこにいたトレーナーとポケモン、団員を吹き飛ばし、椅子と階段を凹ませたカイリューとワタルがゆっくりと立ち上がった。
「シリュウ様の邪魔はさせん。相手になるぞ、チャンピオン」
「カイリューの『はかいこうせん』を弾くとは、大した鍛え方をしているようだな。参加者たちにも動いてもらうがまずは……俺が相手になろう。相手に取って不足は無い。俺はカントー地方チャンピオン、ワタル! お前の名を聞こうか!」
「シリュウ様に選ばれし『シンボルクロス』の一人、イシュタル。そしてパートナーのウォーグル。行くぞ、チャンピオン!」