第十五話
繰り出されたラプラスは間髪置かずに口元にエネルギーを溜めると、泥濘に立っているヘラクロス目掛けてフェイントも何もない『れいとうビーム』を打ち込む。
若干足が泥に浸かっていたヘラクロスはそんなモノを苦ともせずに抜け出すと、羽ばたいて向かって来たラプラスの攻撃を余裕を持って回避した。
だが先手を取ったアスカは連続で指示を出し相手に攻撃の隙を与えず、空中に逃げたヘラクロスだが遠距離攻撃のせいでなかなか反撃の機会が訪れない。
まずは接近する――エリサはラプラスの放つ『れいとうビーム』の回数をしっかりと確認し、さらに何回の攻撃にどのようなインターバルがあるのかをその眼で見切る。
連続で放たれる『れいとうビーム』、ヘラクロスが翼に僅かに掠ったその瞬間、ラプラスが次の公的のために大きく息を吸う直前、エリサはすかさず指示。
「ヘレス! 今よ!」
「へぇ、数回見ただけでプラスの隙を突くなんてやるわね。でも今度はこっちの番、潜りなさい!」
放たれた『れいとうビーム』を回避し一気に加速をつけたヘラクロスが角を向けてラプラスに迫るが、それを見越したアスカの指示で泥の中に潜るラプラスに攻撃は当てられない。
猛スピードで迫っていたヘラクロスは水面ギリギリを飛行し、潜ったばかりのラプラスがその後方に現れると、すかさず相手目掛けて『れいとうビーム』を放った。
しかしその瞬間にヘラクロスの姿が左右に幾重にもブレ、何十匹の分身のうち一つを打ち抜いた『れいとうビーム』は、アスカの目の前の泥に当たって一面を凍らせる。
ラプラスが再び泥の中へと姿を隠すとヘラクロスは空中で大きく反転し、影分身の数も合わせて全てが先ほどまでラプラスがいた場所目掛けて突進。
薄ら笑うアスカの表情を見たエリサが指示を出すより早くラプラスが今度はヘラクロスの後ろに現れると、再び発射した『れいとうビーム』を横薙ぎに放ち、ヘラクロスを一気に蹴散らしていく。
消える、消える、消える……日地番左にいたヘラクロスへついに『れいとうビーム』が迫り、アスカが捉えたと確信し攻撃が当たると同時に、弾かれたヘラクロスの姿が霧のように消え去った。
影分身を引率するためだけの『みがわり』!?――辺りがアスカを見渡すと同時に突然強くなった日差しが彼女の眼を刺激し、腕で光を遮りながら上を見上げる。
両手を広げるヘラクロスに強くなった日差し、ほぼ確実に『にほんばれ』をしたと思われるが、大抵の人はヘラクロスが『にほんばれ』を覚えるメリットが分からない。
だがアスカは知っている。ホウエンリーグでエリサは今回のメンバーのほかにメガニウムを持っていた、つまり本来このヘラクロスが『にほんばれ』をするのは後続の草タイプの為だが、まさかこのような形で使われるとアスカも予想していなかった。
強烈な日差しに沼から少しずつ水分が抜けると同時に固まって行き、干上がり熱せられて来た沼からラプラスが姿を現した瞬間、ヘラクロスが迫る。
「まずいわね。プラス、今のうちに手を打っておくわよ!」
「させない! ヘレス、一気に攻めるわよ!」
ラプラスが再びフィールドを潤すべく水を吐き出すよりも早くヘラクロスが迫り、泥に埋まっていたラプラスの背中の突起の一つを掴むと、激しく羽ばたき泥からその巨体を引っ張り出す。
持ち上げたラプラスをフルスイングしたヘラクロスはその巨体をさらに上空に放り投げると、右手に強烈な力を込め、落ちて来るのを今か今かと待っている。
投げられたラプラスは上昇を食い止めると今度は一気に落下していき、真下で攻撃を構えているヘラクロスを見ると、むしろ落下する速度を利用して一気に相手に迫った。
下で待ち構えるヘラクロスと上空から落下して来るラプラス、普通に見ればヘラクロスが優位に攻撃できるが、油断はできない。
迫る二匹、そして互いが互いに攻撃を繰り出した瞬間、両者がそれぞれ互いのトレーナーの位置に向かって吹き飛ばされた。
「プラス!?」
「ヘレス!」
吹き飛ばされたポケモンを互いのトレーナーが大声で呼びかけると、互いにそれほど強くはないが、しっかりとした鳴き声で返事を返す。
落下を待っていたヘラクロスが放った攻撃は十分にエネルギーを溜めて始めて放てる技『きあいパンチ』、一方でラプラスは落下の速度と己の体重の大きさを利用した、ひれを使った『のしかかり』の攻撃。
着地したヘラクロスは怯むことなく走り出すと翼を広げ、さらに角が光り輝き始め、凄まじいプレッシャーを構えてラプラスに迫って行く。
幸運にもまだ泥が多かった沼地に落下したラプラスもすぐさま姿勢を立て直し、正面から向かって来るヘラクロスが泥で僅かに足を取られた瞬間、最大出力で『ハイドロポンプ』の発射。
「これで終わらせて! プラス!」
「こっちこそこれで終わらせるわよ! ヘレス!」
放たれる激しい水流の中に飛び込んだヘラクロスは角を使い水を切り裂き突き進み、速度が落ちているが確実にラプラスの元へと突き進む。
依然として上空から降り注ぐ『にほんばれ』の効果もあってラプラスの水流には普段の半分ほどの威力しか感じられず、水流の中の影がついにラプラスの目の前を捉えた。
『ハイドロポンプ』を突き破ったヘラクロスはラプラスの顔面を『メガホーン』で一突きし、水流の方向がずれた瞬間、さらに着地して腹部目掛け強烈な角で薙ぎ払う。
200kg以上あるラプラスの巨体が豪快に吹き飛ばされ、泥の上を二転三転してアスカの前まで転がって来た。
これ以上攻撃を喰らうとマズイ――ラプラスの体力の限界を感じ取ったアスカはボールを手に取り、ヘラクロスより早く戻せることを祈りながらボールを向ける。
間に合わないと思われるタイミングだが既に相当のダメージがあったことと泥濘に足を取られたことでラプラスは無事にボールに戻され、そのタイミングを見越してエリサもヘラクロスをボールに戻した。
そしてアスカとエリサはそれぞれ同時にボールを構え、それをフィールドに向かって投げる。両者が三匹を全て使う、この大会初めての事態だ。
ボールから繰り出されるのは業火に身を包み躍り出るバクフーン、激しく慟哭と恐怖を刷り込むような咆哮を上げるガブリアス。
「互いに最後のポケモンか、負けられないわね」
「うふふ、そっちのバクフーンが曲者で主力だって言うのは知っているわ。油断はしない、確実に倒す」
「強敵と戦うときは己の戦い易いフィールドを作れ。闇雲に立ち向かう者に未来は無い。己を律し、先を見据える者だけに未来はやって来る……やって見せます、師匠」
「何かのおまじないかしら!? アリス、まずはこっちのフィールドに引きずり込むわよ!」
「させない!」
出現と同時にガブリアスはフィールドの地面に思い切り尻尾を叩きつけると、『にほんばれ』によってすっかり乾燥した泥の破片が舞い上がり、その巨体は回転させる。
だが先を見越して駆け出していたバクフーンの炎を纏いながら繰り出された突進し、紙一重で回避したガブリアスは『すなあらし』を阻止され、地面を蹴ってバクフーンが再び突進。
回避の僅かな速度を右足を軸にして回転させ、迫り来るバクフーンとガブリアスの回転する尻尾が激突し、両者ともに衝撃で僅かに吹き飛ぶ。
日照り歯弱くなってきたがまだ『にほんばれ』の効果が続いており、泥は以前乾燥したままでバクフーンの炎の威力も高い。
弾かれた際に口から業火を放ち、その推進力を利用してガブリアスから距離を取りつつ攻撃するが、鋭い俊敏性によって右腕を僅かに掠る程度で避けられた。
回避すると同時にガブリアスは一気にバクフーンへの距離を詰めると、地面を蹴って大きく上にジャンプすると同時にバクフーンの姿が幾重にもブレる。
「その対策は知っているわ。右から二匹目、アリス!」
「簡単にやられない。相手のペースを乱すことを、私は常に取り組んできた!」
振り抜かれたガブリアスの右翼の爪がバクフーンを捉える瞬間、バクフーンの体から溢れだす煙のようなものがその真下に集まり、物体としての堅さを得たその台を利用してバクフーンが跳ぶ。
作り出された『みがわり』は振り抜かれたガブリアスの攻撃によって直ぐに煙となって空中に溶け、上空へジャンプしたバクフーンは炎を纏い、隙だらけのガブリアスの背中への直撃。
ガブリアスの悲鳴が小さく響くが直ぐに体を反転させると同時にバクフーンの体を両腕でしっかりとホールドし、地面に向かって一直線に降下すると、すれすれで相手の体を叩きつけてさらに踏みつける。
互いに直撃……だが、先に攻撃を喰らった際に衝撃なのか、ガブリアスの攻撃を受けたバクフーンは直ぐに立ち上がり再び口から灼熱の業火。
しかし今度はガブリアスが『かえんほうしゃ』が迫るよりも早く二つの姿に別れ、エネルギーから出来たガブリアスと本体のガブリアスが一気にバクフーンへと接近。
右か左か、既に日照りの効果が殆ど無くなって来ている今、攻撃をはずしたら若干だが不利になる。
「分からない……ルーシー、でんこうせっかに切り替えて!」
「そう来るわよね。アリス、ドラゴンダイブ!」
バクフーンが火炎を止めて『でんこうせっか』に切り替えた瞬間にガブリアスは地面を蹴ってさらに加速し、二匹のガブリアスがさらに空気を切り裂き迫り来る。
ミスった!?――今ここで中途半端に指示を止めればバクフーンが混乱してしまいかねない。かと言って『でんこうせっか』と『ドラゴンダイヴ』では、地力が違い過ぎるのは明らか。
二匹のガブリアスとバクフーンがフィールドの中央で激突すると金属同士がぶつかり合った様な激しい音が響き、衝撃波がアスカとエリサを襲う。
『みがわり』によって作られた一匹のガブリアスが消えると共にバクフーンが激しく上空へ吹き飛ばされ、アスカの声で何とか意識を留めたバクフーンは、受け身を取って地面に着地。
再びガブリアスの攻撃が来る……誰がもそう思ったその瞬間、泥濘に足を取られたガブリアスは、加速の勢いが余って激しく転倒する。
僅かに顔を強張らせたエリサが上空を見上げると既に日照りは終わっており、その影響で地面の底から溢れる水によって泥が再び蘇ったのだ。
見逃せないチャンス、アスカの指示によってバクフーンが空に向かって咆哮を飛ばすと、再び先ほど同様に日差しが強まり地面が乾き出す。
同時に背中に最大級の炎をともしたバクフーンは小細工を無しに一直線にガブリアス目掛けて駆け出し、一瞬の戸惑いで余裕が無いガブリアスは、横目でエリサの指示を仰ぐ。
「アリス、こうなったら力で勝つしかない。ぶっ飛ばすのよ、それしかないわ!」
頷いたガブリアスは素早く両手を広げると同時に走りやすくなった地面を駆け出し、頭で空気を切り裂きながら、炎を纏うバクフーン目掛けて『ドラゴンダイブ』を繰り出す。
もはやこうなったら地力の勝負、どっちが強いか、どっちの攻撃が勝るか、ただそれだけの純粋な勝負。
「決めて! ルーシー!」
「吹き飛ばせ! アリス!」
二匹がフィールドでぶつかり合い、再び激しい轟音と共に、辺り一面を突風が包み込んだ。