第十三話
二匹のガブリアスは互いに繰り出す攻撃を寸前で回避してはカウンターを繰り出す動作を繰り返し、非常に一進一退の攻防線が繰り返されている。
両者共に細かい技は使用せずあくまで攻撃力重視のドラゴンタイプの技を放つが一歩のところで見切り合い、互いにまるで決着がつくような気配が訪れない。
砂嵐をどちらが起こしても状況はあまり変化はしないし、中途半端にテクニカルな戦いをしようとすれば、立ちどころに相手のパワーによって叩き潰されるのが関の山。
エリサの方は先ほどの身代わりで体力を消費しているのだから下手に攻撃は仕掛けられず、ヨウタの方もその作戦にハマってしまっているので迂闊に手を出すわけにはいかない。
互いに大胆にかつ慎重に……大歓声の中で、二人は相互に相手の動きを窺いつつ、確実に狙えるタイミングを待つ。
わざと隙を作って誘い込む作戦に出るか、それともこのまま続けて少しでも相手の体力を削り倒す、もしくは次への一歩として繋げるか。
エリサの冷静な思考とは正反対に、慎重に様子を見ていたヨウタだが、先ほどから何度も組んだ腕の人差し指で腕を叩いている。
「まどろっこしい、非常にまどろっこしい! ヴィズ、作戦変更だ! 周りのことは気にするな、暴れまくれ!」
「攻めて来たわね。アリス、まずは相手の攻撃を避けることに専念するわよ。必ず隙はできる、そこを突くのよ」
「男なら拳で語りやがれ!」
「私達は女よ!」
「そうか、それはすまなかった!」
会場全体を吹き飛ばすような巨大な鳴き声を上げると、ヨウタのガブリアスは先ほどよりさらに速度を上げてエリサのガブリアスへと襲い掛かる。
大きく尻尾を振るうと同時にそれを相手目掛け叩きつけるが、それでもエリサの指示の元、ガブリアスは相手の攻撃を的確に横へと回避。
振り抜かれた尻尾は大地へ振り降ろされると同時に巨大な衝撃を奏でながら岩盤に激しい亀裂を入れ、会場を揺らす地震と共に岩盤から抉られた小石がエリサのガブリアスへ襲い掛かった。
強い――エリサが無意識に感じるほどに敵のガブリアスの攻撃力は高く、あの一撃に捕まってしまったら恐らく相当の痛手を負うことは間違いないだろう。
連続的に繰り出される殺人的な威力の攻撃を紙一重で避け続けながら相手の疲労を誘い、八撃目でヨウタのガブリアスの動きが一瞬鈍った。
「捉えた! アリス、『ドラゴンダイブ』!」
「ようやく気やがったな、最初からそうやって来てればよかったんだよ! 掛かって来い!」
相手の攻撃を回避しつつ空中へとジャンプしたエリサのガブリアスは一気に降下し、咆哮と共に激しく空気を切り裂きヨウタのガブリアスへ襲い掛かる。
攻撃をはずしたヨウタのガブリアスも素早く後ろへジャンプして一つの平らな岩の上に立ち、再び激しい咆哮を上げ、相手に向かって突っ込んだ。
互いに空気を切り裂き突進する『ドラゴンダイブ』、落下の速度をつけている分だけエリサのガブリアスが有利にも見えるが、既に身代わりやゴウカザルの『シャドーパンチ』などでダメージは蓄積している。
二匹のガブリアスが空中で激しく激突すると同時に凄まじい衝撃波が辺り一面の粉塵を吹き飛ばし、エリサとヨウタに激しい風が襲い掛かる。
風が止むと同時に二人とも目の前の様子を見ると、二匹のガブリアスはその場に倒れてしまい、ピクリとも動かない。
ダブルノックアウト……審判がそれを確認しようと動き出した瞬間に二匹のガブリアスは同時に指先を動かすと、再び激しい咆哮と共に立ち上がった。
『何と言う二匹でしょうか! あれだけの激突にも関わらず、両者ともに健在! 一体この二匹、どこまで行くんだ!』
司会者は健在と言うが実際のところエリサのガブリアスもヨウタのガブリアスもほぼ瀕死の状態、先に相手の攻撃を喰らった方が今すぐ倒れても可笑しくない状態。
二人と二匹の睨み合いが空気を圧縮しているかの様に息苦しく、観客も次の一撃がどうなるか固唾を呑んで見守るしかない。
「よう、次の攻撃で終わりそうだな」
「そうね……だけど、負けない」
「いいね、その覚悟。ヴィズ、終わらせろ!」
「アリス! 決めて!」
ゆっくりと歩き出した二匹のガブリアスは徐々に速度を上げて行くと走り出し、地面を唸らせ激しい叫びと共に爪を振り上げ、互いへ向かう。
同じ構えに同じ技、ドラゴンタイプの強力な爪をそのまま攻撃に使う原始的にしてシンプル、『ドラゴンクロー』を両者ともに繰り出し、互いのプライドを賭け放つ。
やはり先ほどの激突で多少多くダメージを被ったヨウタのガブリアスが一瞬ひるむが僅かに速く動き攻撃を繰り出すが、エリサのガブリアスの翼を僅かに掠り、完全に攻撃をはずした。
エリサが勝った――観客の誰もが思い、そしてエリサのガブリアスがヨウタのガブリアスを攻撃した瞬間、攻撃はまるで立体映像を貫通するかのように擦り抜け、その姿が空中へと溶ける。
ここに来て、あくまで直線を貫いていたヨウタによるまさかの変化球に、不意を突かれたエリサは目を見開き、ヨウタは苦々しそうに薄ら笑うが、喜びが感じられない。
「悪いな、小賢しいのは趣味じゃない……だが、負けるわけにはいかん!」
地面が盛り上がると同時にそこを突き破って現れたヨウタのガブリアスがエリサのガブリアスの顎を捉え、強烈なアッパーによって空高く舞い上がる。
思い溜息……ヨウタが僅かにフィールドから目を逸らした瞬間、空に舞うガブリアスが霧のように消え、空間へと霧散。
やられた――目の端でその一部始終を不確実ながら捉えていたヨウタがフィールドに目を戻した瞬間、先ほど彼のガブリアスが出て来た穴からもう一体のガブリアス。
静寂を切り裂くかのように現れたエリサのガブリアスがヨウタのガブリアスを今度は吹き飛ばし、今度こそ消えなかったガブリアスは、地面に落ちて動かない。
飛び出して来たエリサのガブリアスは地面に着地すると同時に激しくよろめき、何とか近くの岩に凭れかかる形でその体勢を維持している。
慌てて駆け付けた審判が倒れているヨウタのガブリアスへと近づき様態を確認すると、直ぐに持っていた白い旗をバツ印にして放送室へと信号を合図を送った。
『決まりました! 最後の激しい読み合い、制したのはホウエン代表のエリサ選手!』
今度こそ静寂を打ち破り今大会でも最大級の拍手と声援が送られ、ディスプレイにエリサの勝利が宣言された。
試合が終了すると同時に立体3D機能が停止し、同時に辺り一面に合った岩もフィールドの下に格納され、デコボコだった地面は平らになって全て元通り。
ヨウタは急いで倒れているガブリアスの元へと駆け寄り、エリサも自身のガブリアスを労いボールに戻した後、彼の元へと歩み寄る。
声をかけようとしたエリサの前であろうことかヨウタは倒れいているガブリアスの顔面を二三発引っ叩き、エリサがそれを咎めようとした瞬間、倒れていたガブリアスが目覚め一瞬にして立ち上がった。
脅威的な回復力とスタミナにエリサは呆れるしかない苦笑し、『それでこそ俺のガブリアスだ』っと満足そうに頷いたヨウタは、彼をボールに戻しエリサを見る。
「最高に楽しいバトルだった。最後に小細工なんて、しない方がよかったのかもな。やっぱり俺には向かないようだ。結局、お前の方が強かったと言う訳か」
「褒めてもらって嬉しいけど、実は私の方も、貴方以上に無茶苦茶してるときもあるのよ」
「どう言うことだ?」
「さっきドラゴンダイブ同士でぶつかる直線、私はアリスに身代わりの指示を出した。体力をさらに削って、それで耐えられるような攻撃じゃない」
「だが耐えていた……そうか、お前も相当な馬鹿ってわけだ」
「そう、『きあいのハチマキ』で耐えられるか耐えられないかの賭けだった。運良く残った、それだけ。確率的には、貴方の方が勝っている可能性は高かったの」
「だが負けた、その事実は変わらない。起きたことに『もしも』なんて付ける趣味はない。いいか! 今度会った時は絶対に倒すからな!」
「えぇ、楽しみにしてるわ。次会う時をね」
再戦布告を終えたヨウタは溌剌と笑うと踵を返し、大歓声に見送られてフィールドを後にする。
エリサは薄ら笑うと同時に背中を向けると、同じく大歓声に後押しされながら、再び訪れるフィールドを去った。
『凄まじい戦いでした。私が途中で解説を忘れるほどの激戦、送ってくれた二人にもう一度拍手を! そして次はファイナル、作戦と実力を駆使して勝ち上がって来たアスカ選手! そして今目の前で圧倒的激戦を勝ち抜いたエリサ選手による、最終勝負! 十分後、歴史に残る勝負が繰り広げられるのは間違い無し! それでは、十分後に!』
エリサとヨウタがフィールドでそれぞれ大歓声の拍手によって見送られているとき、医務室のベッドで寝転がりながら大会の様子を見ていたシリュウの元へ、アスカがひょっこりと姿を現す。
看護師の人は何か仕事があるのかその場にはいなかったので、勝手に入ったアスカが彼のベッドの前まで来ると、シリュウの視線がそちらへ向いた。
「……アスカか」
「はい。えっと、その……特に用事は無いと言えば無いんですけど……頑張ります、私!」
「ならこんなところに来てないでイメージトレーニングでもしてろ。次の相手は今の激戦を勝ち、お前が七位だったホウエンリーグ優勝者、嫌味でも何でもなくこれは事実だ。お前より、遥かに格上だ」
「……はい、分かってます。だけど、負けていいなんて思っていません。師匠の為にも、私が勝った皆のためにも、絶対に!」
「お前は俺の弟子なんだ、負けは許さんぞ」
「は、はい! 頑張ります、ありがとうございます!」
明るい表情を浮かべ若干頬を赤く染めるアスカは溌剌と頭を下げると同時に保健室を飛び出し、看護師とぶつかりそうになったのか謝る声が聞こえ、廊下を走る音が響く。
入れ替わりで入ってきた看護師は少し愚痴を垂れながら書類をデスクの上に広げ見下ろしながら、カーテンの奥にいるシリュウに話しかける。
「何か言ってあげたのかしら師匠さん。あの子、すっごい元気だったわよ」
「別に、お前には関係ない」
「そう、ごめんなさいね。それより、もう体調は大丈夫?」
「問題ない」
「全く、献血した人が貧血で倒れるなんて本末転倒ね。貴方が自分の献血のお世話になるかもしれない、こんな面白い話は無いわ」
「そうだな」
「……ねぇ、一つ教えてほしいんだけれど」
「断る」
「何であの子を、弟子にしようと思ったの?」
「質問に答える気はない。もうすぐ次のバトルが始まる」
「分かりました。直に見に行くのは構わないけれど、あまり無茶しないでくださいよ」
看護師は呆れて溜息をつきながら書類に目を通す作業に戻り、シリュウは胸から下げるロケットを右手に握りながら、黙ってディスプレイを睨む。
そこには放送室で現在の状況を解説するポケモン協会理事長の姿があり、一度舌打ちしたシリュウはゆっくりと起き上がると、スリッパを履いてカーテンを開けた。
一瞬ふらついたがシリュウだがしっかりと足を踏ん張り、選手控室に向かって歩き出す。
「父さん、母さん、ヒナ、皆……あと少しだ、あと少しなんだ……待っててくれ」