第十二話
十分の休憩を挟んだ後、大歓声に包まれながらフィールドの左右にある出入り口から、二人の選手が入場する。
一方から出て来たエリサは落ち着き払った表情と足取りでフィールドへと近づくのに対して、反対方向から出て来たヨウタは強烈な雄叫びと共に、フィールド中央へもう突進。
凄まじく正反対な選手の入場に会場の観客達は若干戸惑うものの、むしろその方が面白いとばかりに一気に変わり身して声援へと変わった。
既に相当溜まっているヨウタはフィールドの中央へかなり早く到着すると同時に指を鳴らし、その様子を見ていたエリサは薄ら笑い、ゆっくりとフィールドの中央へ到着。
美女と野獣と言う言葉がこれほど似合う勝負もまた珍しい、右手に持ったボールを何度も空中に投げながら待つヨウタに、静かにその場で佇むエリサ。
二人の視線が重なり合うと同時にフィールドを決定するルーレットが強烈な勢いで回り出し、戦うべき運命の場所を決定する。
「ようやく戦える。絶対勝ってやらあ!」
「悪いけど、どれほど張り切っても私も絶対に勝って見せる。恐れず立ち向かう、それがレンジャーの精神」
回転するルーレットが徐々に速度を落して行き、全員の視線がその指針に奪われる。
決定音と共にルーレットが指したフィールドは『火山』、フィールドが決定すると同時に会場の至る場所に設置された立体3D再現装置がフル稼働し、さらにフィールドの数カ所の地面が開いた。
開かれた場所からは岩石が置物のようにリフトによって持ち上げられ、さらにフィールド全体も火山帯を意識しているかのようにでこぼこに歪む。
グラフィックによりフィールド全体が焦げ茶色の溶岩帯の色に染め上げられ、さらに中央を流れる巨大な溶岩から感じる錯覚とは思えないほどの熱に、ヨウタもエリサも汗を流さずにいられない。
実際はただ地面に設置された加熱装置によって熱くなっているだけなので触れても死にはしないだろうが、そこに触ってしまったらそれ相応のダメージがあるのは覚悟した方がはずだ。
だがその熱を吹き飛ばすように大声を上げるヨウタは持っていたボールを大振りにフィールドへ投げ込み、褐色の光と共にゴウカザルがさっそうと姿を現し、同じく大声の雄叫び。
トレーナーとポケモン揃って落ち着きが無いわねーほんと――反対にボールを構えたエリサは華麗なサイドスローでボールをフィールドへ投げ込み、現れたのは巨大な爪と特徴的なひれを持つポケモン、ガブリアス。
フィールドが火山地帯だけにゴウカザルにも有利に見えるが、ガブリアスとしてもこのフィールドはそれほど苦にはならない場所だろう。
「ガブリアスか、確かに強力な敵だが俺たちは止められんぞ! 一気に攻めろ、マーズ!」
「確かに素早い、だけど私達だって負けてない。アリス、落ち着いてまずは相手の攻撃を分析するわよ」
「そんな作戦、俺達には通用しない!」
岩場を鋭いジグザグ移動で迫り来るゴウカザルは動き出す前のガブリアスの後ろを取り、迷うこと無く固めた拳を振り抜く。
だが相手の高速な動きをしっかりと捉えていたガブリアスは後方からのパンチを左に避けるが、何故か避けたはずにも関わらず腹部に衝撃が走り、その巨体が僅かに浮いた。
同時に再びゴウカザルは鋭い動きでガブリアスの視界の外へ移動し、後方から先ほど同様パンチを仕掛ける。
ダメージを受けながらもしっかりと相手の動きを見ていたガブリアスは再び振り抜かれたゴウカザルの拳を避けた瞬間、また避けた直後に激しい衝撃。
完全に先手を取ったゴウカザルは薄ら笑うと同時に今度はガブリアスに追い打ちをかけるが如く急接近し、再び先ほどと同じく超スピードのパンチを繰り出した。
相手の動きにエリサは全神経を集中し、ガブリアスが攻撃を避けた瞬間、ゴウカザルの揺らめく影が実物の動きと反して独りでに動き出す。
その影の拳がガブリアスの影を攻撃した瞬間、実物のガブリアスも同様の場所に衝撃を受けるとともに僅かによろめいた。
絶対敵中攻撃の一つ『シャドーパンチ』、あれほど荒々しい態度を表に全面的に出しておきながらゴウカザルの素早さを生かした、狡猾な連続攻撃。
「なるほど、ただ叫んでるだけの雄叫び屋ってわけじゃないようね」
「お前こそ貧弱に見えて冷静に相手の攻撃を見切って来たな、さらにガブリアスもタフだ。なるほど、強いな」
「ありがとう。でも私達だって、ただやられっぱなしじゃないのよ」
不穏な空気を感じ取ったゴウカザルが一度ガブリアスから距離を取った瞬間、大きな咆哮と共にガブリアスは激しく体を回転させ、周りの空気を巻き込み激しく巻き上げる。
先ほどから攻撃によって吹き飛ばされたガブリアスが地面を削って巻き上げた粉塵、さらにゴウカザルが激しく移動するために知らず知らずのうちに巻き上げていた細かい砂、それらを巻き込み巨大な砂嵐が吹き荒れた。
同時にガブリアスの姿が砂嵐の中へと溶けるように消えて行き、腕で目をガードするヨウタとゴウカザルは、完全にその姿を見失う。
どれほど俊敏性に長けていようと絶対命中の技を持っていようと、そもそもその当てるべき相手の位置が分からなければどちらに向かえばいいのかさえ分からない。
吹き荒れる砂嵐の中でポケットからゴーグルを取り出したヨウタはそれを装備し、とりあえず視界が砂嵐から保護するための腕で遮られる事態は避けることが出来た。
しかし肝心のガブリアスの姿は見受けられず、ポケモンを取り変えようにも恐らくその一瞬の隙を狙っているはず。
――厄介な状況だ、まさかここまで酷い砂嵐だとは……だが
粗ぶる神経をゆっくりと落ち着け、目の前でゴウカザルが見えざる場所からの一撃を受けて仰け反った瞬間、通り過ぎた僅かな影をその眼に捉える。
「そんな猪口才な小細工は俺様には通用しない! マーズ! 一時半の方向にぶちかませぇ!」
既に次の一撃に多技を使用することを悟っていたかのようにゴウカザルの右手には溜め込んだエネルギーが一気の炎として膨れ上がり、辺りの粉塵を染め上げ灼熱へ。
腰を深く落とすと共に鋭い俊敏性を駆使し再びフィールドを縦横無尽に駆け巡り、僅かに見えていた影、ガブリアスへの背後へ一気に迫る。
まだ距離がある……だがゴウカザルはそれを無視して強烈に燃え盛る右手をガブリアス目掛けて振り抜き、爆発的な火力が渦を巻きながら一気にガブリアスに迫り、その姿を飲み込んだ。
激しく舞う砂嵐を突き破った強烈な炎技『フレアドライブ』に飲まれたガブリアスの悲鳴が轟くと、重量物質が地面に落ちる重い音と共に、砂嵐がゆっくりと収まる。
フレアドライブの反動でゴウカザルも少しよろめくが特に重症と言う訳ではなく、砂嵐が取り払われると、ガブリアスがその場で力無く倒れていた。
同時に砂嵐で良く分からなったが最後に見せた強烈無比の『フレアドライブ』でガブリアスを仕留めたのだと考えた観客は大きな声援を上げるが、ヨウタの表情は明るくない。
何かが可笑しい……如何にフレアドライブが強烈だとは言え、ガブリアスがこれほどあっさり倒れるとは思えない。何よりエリサはまだその場に構え、ガブリアスに声をかけてないのだ。
直ぐにヨウタは辺り一面を見渡すと予想通りある一つの物が見つかった。溶岩近く、ガブリアスがすっぽりと入りそうなほどの巨大な穴。
「……マーズ! 避けろ!」
「気付いたのは見事ね、だけど一歩遅い!」
倒れていたガブリアスが煙のようにその姿を空中へ飛散させると同時に、ゴウカザルの下の地面が盛り上がると、土を巻き上げ現れたガブリアスがゴウカザルを強烈に突き上げる。
完全にヨウタの勝利だと思っていた観客体も一瞬言葉を失い、先ほどやられたのが身代わりだと分かった瞬間、再びバトルが再開されたことに大きな声を上げた。
地面タイプの攻撃が直撃したゴウカザルだが地面に落ちる瞬間何とか体勢を立て直し戦闘態勢を取るが、明らかにこのままガブリアスと渡り合えるという状況ではない。
一気に勝負を決めに掛かるガブリアスが急接近し爪を振り上げるが、それを見た瞬間にゴウカザルは一気にガブリアスへ迫り、先ほど受けたダメージを感じさせないほどの素早いパンチを放ち顔面を捉える。
先制攻撃に特化した技『マッハパンチ』、威力が小さいとは言えど完全に隙を突かれ顔面を殴られたガブリアスはひるみ、その隙にヨウタはモンスターボールにゴウカザルを戻す。
敵のガブリアスがひるんでいる間にもう一つのボールを取り出し、それをフィールドの中央を投げると同時に、ガブリアスがボールから出て来た相手に飛びかかった。
「おっと、今度の相手は力押しでどうにかなる様な相手じゃねーぜ」
「これって!」
ヨウタの投げたボールから現れたポケモンはガブリアスの両手に自らの両手を合わせ、地面に巨大な脚をつけると、フィールド中央で力比べが始まる。
完全に拮抗した力、同じ姿、ヨウタが繰り出したポケモンもまた……ガブリアス。
同じ力で押し合う二匹……だがエリサのガブリアスの方が既にダメージを負っているためか、徐々にヨウタのガブリアスが一歩一歩と前に相手を押し出して行く。
後退を続けるエリサのガブリアスが一つの巨大な岩に背中をついた瞬間、ヨウタのガブリアスは強烈な頭突きを相手に見舞いして回転し、尻尾で相手のガブリアスの腹部目掛けて強烈に打撃。
岩を砕いてエリサのガブリアスは吹き飛ばされるが、まだまだ余裕があると言わんばかりに倒れた状態から起き上がり、激しいうなり声を上げる。
「まだまだ、その程度じゃ私は負けませんよ」
「そうこなくちゃ面白くねぇな、掛かってこいや!」