調査目録〜おとぎ話さながら
「やはり、手詰まりなんでしょうかね。ついに彼らも反抗的な態度を取り始めましたし」
メモをひたすらめくっても重要そうな文は見つからず、痺れを切らせて雑にソファーに座った。
「そりゃ、何時間もおんなじ顔に尋問されちゃ、誰だって気が狂うだろうが」
「今日は周辺調査の結果を待つしかなさそうですね。何処の部署も関係人物のあぶり出しに躍起になっていますし、私達の所に届くのはかなり先になりそう・・・」
「いや、その熱も下火になっている。ちょっとだけ聞いたが、宛てにしない方が良いってさ」
珍しく先輩が後輩の検察官の口を遮った。
「どうせすぐに来るさ。お前を面白がって一番に試させたいだけだろう。その変な好奇心は割と周りで話題になっているし、俺は一緒にされるのは御免だ」
諦めがついた覇気の無い声は、怒りを通り越した無念感で一杯だった。夕日の陰がかった形相は暗くても重々しさが良く分かる。普通見ない先輩の姿に、後輩は返事を返すことも出来無かった。
その沈黙を無視して颯爽と現れたのは、朗報を聞きつけた、いつもの鑑識のおじいちゃんだった。
「いやあ、お待たせしました。かなり目立っていたようで、思ったよりくっきりと足取りが・・・、あれ?お取込み中でしょうか?」
段々と下がっていく声の大きさは、まるで強者二人の喧嘩中に思いっきり踏み入った弱者のように、最後に至ってはひそひそ話でも下手したら聞き取れない、空気が少し動いたような音だった。
「目立つって言葉はやっぱりお前にぴったりじゃないか?」
「ヒェッ、ほ、本当にすいません!」
「おま・・・、違う違う、変な誤解させてすまんな、俺はちょっと席を外す」
相手の急な落込み具合に、不安とも安心とも言える感覚が鑑識を包み込む。一方、後輩は一歩遅れた出だしで、メモを仕舞ってから立ち上がった。
「あ、はい、それでは拝見させて頂きましょうか」
そのごちゃついて話に向かう様子は、あの彼と言えど異様な焦り方だった。足早にその場から去ろうとする仕草は、そんなに時間がないのかと思わざるを得ない。
なのにあっちに至ってはしばらく黄昏ていた。急な知らせに舞い上がっているのもどこ吹く風のように視点を外らせて、コーヒー片手に思い耽っている。
そんなものを見せられたら、人間関係に鈍い鑑識の目でも、二人の間にはっきりとした溝が見えた。後輩を先導することにためらい、先輩に付いて来てもらいたくても雰囲気から誘えなくて、どっち付かずに、
「・・・こ、こっちに来てくださいね」
と女々しい声を出すことが精一杯だった。
それともう一つ。この事態に追い打ちをかけるかのように、
「ど、どうやら彼らはおよそ四十キロメートルほど歩いて・・・」
手元にある情報が指し示す答えが、とても信じられないものだった。