病気が意味するもの
一度は灯った明かりがふっと消えた。
暴れることも許さないほどにその一言が重かったのか、カフミは金縛りにあったように動かない。一瞬にして顔は絶望の色に染まっていった。
力を使い果たして半透明な意識になったシャワーズは目の前の異変を逃さまいとするも、その意思だけが独り歩きしただけで何をどうするかが分からないままで、
「でも、諦めない、まだ諦めないから・・・」
外側だけ冷静でも自身は混乱の淵に立たされていた。
目を拭っても横たわる現実は変わらない。でも、“ねがいごと”が効かなかった理由はまだ別にあるはず。人間には効かないなんてオチも考えられるけど、逆にポケモンだからこそ出来る術だってまだある。
「シャワーズちゃん、そうだよね。まだ終わってないから」
そうカフミは気を取り直そうと励まして、なんの迷いも無く叫んだ。
「エーフィさんお願いします!何か他に打開策を!」
純粋に正しい判断だと思われ胸を張って任されて、この声量で実際に当てられると、予測出来ていたとしても少々気が引けてしまう。
「・・・はいはい、そう来ると思いました」
エーフィは表向きにはかったるそうに受け止めていたが、この距離でもあの迫力に押されかけていた。
何しろ、この場でまともに協力出来そうなのが他にいないのが現状で、ブラッキーはともかく、サンダースに至っては完全に蚊帳の外。すぐ周りに協力出来そうなポケモンがいないことが、二人の孤立感に拍車をかける。シャワーズも便乗してきてから、生暖かい強風をずっと吹き付けられているような不快感で、正直付き合ってられなかった。
ため息が出るほど面倒になってきた。それでも、ここまで自力で対処してきたことは褒めてあげたい。その代わりにとエーフィは汲み取れることを話していった。
「とりあえず、“ねがいごと”そのものはしっかりと届いているわ。恵自身にこれらしい変化が見られなかったけど、シャワーズが体力を消耗しているのが何よりの証拠よ。もし、掛かったのがシャワーズやその他だったら変化が起きるはず。でも、まだ元気にならない原因があるんでしょうね。例えば、状態異常とか」
「そうだ!そういうものが・・・、ってじゃああれ?今の病気ってそっちにカテゴライズされる的なこと、だよね?」
「人間のことは私もよく分かってないけど、そういうことなんじゃないかしら」
つまり、回復したのは体力そのものだけらしい。とにかく瀕死の境からは大幅に遠ざけたのは事実のようだ。しかし、時間が経てば再び危機に陥る。原因を叩き出さないと本質的な問題は解決しない。
すぐに何かひらめいたのか、いきなりカフミはシャワーズに指示を出した。
「よし!そういうことならシャワーズちゃん、行ける?」
「えっ、何が?」
「状態異常を治すには“いやしのすず”があるし、さっきのとのダブルコンボで絶対的な効果があるはず!じゃあ行くよ!」
「あの、ちょっと待って」
「はい、なんでしょうか?」
「フミちゃん、私そんな技覚えてないよ」
自信満々な表情がそこで凍った。
簡単に例えるなら、グルメレポートとかで打ち合わせの台本と正反対な本音を言いつけられたテレビの人、そんな表情をしていた。
同時に、自分だけが鬼の首を取ったような浮かれ具合だったのに感付き、しゅんと小さくなってボソボソ呟き始めて、また長引くかと思ったら急に改まって、
「ごめんなさい!簡単に思い付くはずのことを名案が思い付いたみたいに舞い上がっておいて、シャワーズに押し付けちゃったり、他にも色々あって本当にごめん!」
早口で、相変わらず起伏が激しさの合間に、シャワーズはいつか意識が普通に戻っていた。
「改めて・・・、では他に“いやしのすず”を使えるポケモンはいらっしゃるんでしょうか?エーフィ先輩」
「そんなことを急に聞かれても・・・、残念だけどわからないわ」
この時、ふと気付いたことがエーフィにはあった。“わざ”なんて出し合う機会がなかったから、とカフミに説明したが、今思うと気掛かりなことだった。みんなはどんなわざを習得しているのか、少し不安気味に思っていた。
一方カフミは、覚える覚えない以前にそもそも“いやしのすず”に効力があるのか、疑わしい気持ちが消せなかった。
ポケモンのわざが人間に効くなんて考えに、今更ながらに反対の声が聞こえ出している。そもそも今このポケモンが居ること自体が異常なのに、会話が通じているのもおかしいんじゃない?とか堰を切ったように堪えていたメタい思いが次々と表層に届いてきて、そこはダメだと遮っても、殴られたあとの痛みのように鈍く尾を引いて残っていた。
その為か、聞きに行こうか体を立てようも引力が強くて自由が効かない。ネガティヴな気持ちの縛り付けがこれほどまでかと強烈に思えた。結局やることはしらみ潰しな作業。取り憑いていた亡霊のような苦手意識がここで本領を発揮し始めたのも、よりがんじがらめの層を厚くした。
エーフィもしばらく暇をしていたサンダースに目配せしても首を振って合図で返しただけ。他に誰かいないか当たろうと、他のみんなとの無言でのやり取りが続いた。
そうこうして微妙に空いた時間になんとかしようと割り込んで、
「いや、リーフィアが覚えているって言いたかったんだけど・・・」
シャワーズが事も知らずにうっかり続きを話したら、一気に衆目の的となり怖気付いてしまった。
「え?それも言えずに話を進められて災難だったなあ、心情が分かる奴がいるっていうのに」
ついでにブラッキーも巻き込んで遠回りな方向にエーフィの怒りを買ってしまう事態に。だが、良い知らせだと言うのにカフミが飛び上がってこない。何故か人が変わったようにおぼろげな反応しか見せなくて、
「それならことは早い。気の毒だと思うけど、リーフィアを起こしに行こうね」
力が感じられないゆっくりとした立ち上がりだった。一見すると丁寧になったように受け取れるが、あの早とちりでハキハキとした熱気が無いとシャワーズが黙るはずがなかった。
「ねえフミちゃん」
「な、何?」
「やっぱり元気が出てないよ、どうかしたの?」
「いや、ちょこっと疲れが溜まってただけだから、気にするほどでも・・・」
「そういうことははっきり言わないとダメ!自分のことは突っ込むなって思うけど、それは仲間の私が許さない!このまま見過ごすのも嫌!だから・・・、それでも無理だったら、言わなくても良いけど・・・」
思いもよらない言葉に固まるカフミ。
言い過ぎたと後悔を少しにじませても言いたかったシャワーズの意思に自分にどんな影を落としているのかが、まるではっきりと焼き付けられ締め付けられる感覚が背後を通り過ぎ、重く瞬いた気で持っていた重圧がまた違うものに置き換えられた、そんな風に心が改まった気がどこかで起動音を鳴らした。
「目をごまかせない、か。エーフィ先輩もそうですし・・・」
髪の毛を振り回し、大黒柱のような足は自重したように大胆にも丁寧な立ち上がりを見せて、
「お話は、始めたら長引くから後回しにしよっか。それからうんと話そう。それまでの約束ってことで」
更けきった外を少し見て、いつかの明るさが戻っていた。シャワーズも暗かった時の様子が気になっていても、やる気に満ちている今を大切にしようと、そうだねとだけ相づちをうった。妙な回復ペースだったのも、心の奥でつっかえていた。
最後に、そっとなでるように、
「ウチの為にも」
誰にも聞き取れないぐらい小さく呟き、足を走らせていった。
手始めに盛り上がった土に向かって呼び掛けてみたものの、やはり反応はなかった。寝込みを襲われたかのような反撃に、怯え怯えに声を掛けただけで、本当は伝わったのかも分からない。でも、ちゃんと耳が出ているのに伝えられてないのなら、この方法では根本的に駄目なような気がした。もう一つの意味も含めて。
ならば、掘り返して強引にでも叩き起こすしかないと、エーフィが出した案が現実味を帯びてきた。顔を合わせて頷くと、カフミは持ち前の便利グッズのスコップを握りしめた。
だが、いざ掘削と行こうとした時、目の前に突如黄色い物体が、残像をほんの一コマしか残さず飛んできた。
「掘り起こすのは俺がやる。恵をこんなまでにしたのは俺のせいだ。いきなり出てきて悪いが、フミちゃんもとりあえず下がってくれ」
「え?あ?はい、ってええ?」
既にその気でいた気分を薙ぎ払って現れたサンダースは、
「せっかく良い調子になった脚を勿体ぶっていられねえんだよ。それだけだ」
凍りついたカフミと舞い上がった砂ぼこりを背景に、ギアを変えるような胴震いして標的を構えていた。
「ちょっとサンダース!」
エーフィとシャワーズの声が被った。それでも何一つ形容を変えない。完全に集中して周りが目に入ってない。諦めてこの距離から精神に直接訴えた。
『まず待ちなさい。いくらなんでもいきなり過ぎないかしら?何か狙っていたのは僅かに思えたけど、その突発的な思考回路はどこから引っ張ってきたのよ』
『余りに早くて処理速度が追い付かないってか?脳筋でよく働かないと思ってたのか?決断ぐらい、速攻でするぜ』
『だから、話を聞きなさいよ』
『嫌だ。これは俺がケジメを付ける為の事だ。もう邪魔すんな』
まるで聞いてない。続けてシャワーズが口を開こうとするも、
「聞きたいことは後で聞け。待てねえようにすぐ終わらせるからな」
先回りして口封じ。
ここにきて急にかっこつけている。こんな役者みたいな台詞を言うような柄じゃなかったのにと、まだ理解しきれてないみんなもおかしいと思う頃だった。何も知らないカフミは曲がりのない対応だったが、昔の性格に馴染んでいた方は馴れているほど反発が大きい。
そんなみんなの訝しげな表情に目もくれず、サンダースは一心不乱に土を掘り返していた。
暗い視界の環境で頼れるのは手触りただ一つ。不安定だった足元も今は違う。何一つ障害が残ってない両手を夢中に漕ぎ出し、ほのかに見えるシルエットも最大限活用してリーフィアを探り当てていた。
と、あっという間に体温の熱源らしき温度変化を察知、というより距離らしい距離もなく、すぐに特徴的な尖った葉っぱを見つけて、出鼻を折られた気になった。
だが重りになる感情はとっとと
擲って、一度声を掛けたがやはり無反応。軽く叩いてもまるで石が返してくるものと変わらなかった。
それからも入念に胴回りの土を掻き出しつつ声をかけ続けても、体のほとんどが浮き彫りになった頃でもまだ起きない。しつこいぐらいの図太さに何かを感じ取ったのか、そこで手を止めて、
「フミちゃん、やっぱり引っこ抜いた方が早い。知っていると思うけど、多少の物理衝撃ぐらい平気だから、気の置き無く終わらせてくれ。そのパワーの魅せどころだぜ」
せっかくの気構えを存分に使わせてあげるのが礼儀だと、後ろを向いてカフミの言葉を待った。
だが、サンダースの独壇場に待ったをかけるのは返事が来るよりも早かった。
「ちょっと、勝手に物事進め過ぎじゃない?いくらやる気があるからって、リーフィアが許すと思うの?」
一連の出来事がまさに寝耳に水だったグレイシアは、不安を通り越して怒り気味に。多少はなだめておこうと顔を向けて適当な理屈で繋げた。
「あそこまで鈍感になっているんならそれだけ頑丈ってことだ。反撃があろうと、そんなの俺の“みがわり”にでも殴らせてろ」
「そ、そうだけど、そもそも、フミちゃんだけに任せるのは危険だって意識無いの?力仕事ならブースターが・・・」
「生憎タイプの相性があってな、それに、フミちゃんならみんなにこれ以上無駄に労力を掛けたくねえって信条があるのが普通じゃねえか?あと今、ブースターの様子を見て同じことが言えんのか?グレイシア?」
だが、しのぎ程度の生半可な言い訳が通じず、何があろうと他人の本気を邪魔すんな、そんな風当たりの強い言いがかりになってしまい、やっとのことでそこそこ真面目な理由を思いついても、きつい表情に了解の二文字は見えそうになかった。
それでも何とか押し切って、強気だった態度も半ば呆れに変わって要求を受け入れてくれた。
「無い頭で考えろって散々エーフィに言いつけられてな、これでもそれなりの手順を組んであるんだぜ。そんじゃ、用意はいい?」
ささっとその場から退いて、次はカフミの番だと目線を合わせた。
分かっている。でも、なんだろう、この上から目線的な何かを感じる理由は。今絶好調だからこんな気高さがあるんだろうけど、軽く暴走しているとかそっちの方向を向いている気がして、カフミは不安だった。
頭だけが埋まった体制はシュールだとかに取り合う暇も与えない今にだけ集中して、恐る恐るリーフィアのお腹に手を掛けた。
暖かくもなく、冷たくもない。それが最初に思ったことだった。ちょうどあばら骨みたいな位置だったのかでこぼこしていて、その時だけ別の生き物を扱っている気分だった。
その感覚があったからなのかもしれない。カフミは何のためらいも無く、全身を使って一気にぶっこ抜いた。
ブツッと、根っこが切れたような音がして、リーフィアの体が宙に浮いたぐらいでカフミは止まる。やってしもうた、そんな絶望感が今に崩れそうな、結果が分かる前の恐ろしい時間であったのが瞬間的に分かった。周りのポケモン達の反応が、明らかにそれだった。
見たくない抵抗があっても、カフミはそそくさと点検を始めた。脚は全部揃っている。首もちゃんと付いている、耳も正常、尻尾も変化無し。
あれ?全身至って普通じゃないか、最後の最後につま先を見るまで、そう安心しかけていた。
四本の脚の先っぽの土の付きの良さが軽く気になって、もう少し持ち上げてみた時、
「根っこだらけになってない?」
聞いた当初は偶然絡まっていただけだと思っていた。目は閉じて相変わらず意識は戻っていないが、心音の振動が手に伝わっているのを確認するとホッと一息ついてから再び土の上に寝かせた。
それでも、シャワーズを含めたポケモン達は浮かない顔をしている。釣られてカフミも安心感に曇りを感じつつも、土が付き過ぎて治療の邪魔になるのでは、と細かい粒を一つ一つちまちま取り除くような慎重さで土を払うと、本当の理由が見えてきた。
絡まっているにしてはどこかおかしい。そう考えたとほぼ同時に、
「やっぱり足から生えてるじゃん!」
シャワーズがわずかに先行してから気付いてしまった。
その瞬間だけ嫌なことを思ってなかったのは幸せだったのかもしれない。でも、“あれ”がやって来るのも必然的だったようで、
「えっ、あっ、あれ?え、ちょっと待って!こ、これって、まさか・・・」
なんとなく予想が付くと、ポケモン達もフォローしにくい雰囲気に包まれていた。特に起点になったようなシャワーズはもっと気まずかった。
その後率先して静止を掛けたのはサンダースで、その甲斐あってすっとその熱は引いた。だが、疑問は残っている。ちょうど茶色くなっている足の先っぽ、それぞれを中心に細かい根が生える現象なんて見たことが無い。くさタイプだけどリーフィアがこうなるのは聞いたことも無いのはみんな一緒だった。もしかしたら、恵がこの事を思って座り込みしていたのかもしれない。
それにしても、リーフィアの図太いとも言える寝相はどうしたものなのか、まだ起きないで少し幸せそうな表情が語るに、よっぽど気持ち良かったのだろう。
サンダースがもう一度体を揺すってやっと起きるまで、ぐっすりと休んでいたリーフィアは、驚いた顔で睨んでいた。それにも目をくれず、単刀直入に言いたいことを言った。
「手を貸してくれねえか?恵のことで」
「いきなり何?」
さっきまでのボケた顔はどこへやら、とサンダースは目を白黒させつつも、本題を抜かすことはしない。
「その“いやしのすず”の力を恵に使ってくれないか?」
「また?何があった?」
リーフィアは似合わない凛々しさにそこそこのうっとうしさを抱きながらも、声にこもる焦燥感が気になる。恵に何があったのか、サンダースの口から聞く前に目で確かめようとしたら、足元に違和感を感じて初めて気付いた。
「何で、根っこだらけに?」
違和感があるのに違和感を感じない。くさタイプだから自然に思えるのだろうが、不思議とそこが引っかかる。ゴワゴワした感触は悪くないが、これだけで普段通りの動作をしにくい気がしてたまらなかった。
途中、サンダースが何か言おうとしたが、事情を知ったリーフィアの耳に入る間もなく、速攻で家の方へと走っていた。その間のほんの少し、カフミと顔を合わせただけ。その後カフミもリーフィアの後を追い、みんなもそれを見てるだけだった。
「サンダースは追わないの?」
「俺の役割はもう終わったんだ、後はあいつら勝手にやって行くんだろ。どうせグレイシアもみんなもここでボーッと眺めているだけだろ」
さりげなく遠回しに役立たずだった、みたいなサンダースの雰囲気に半分くらい飽きて、グレイシアはそこに反応すらしなかった。
「まあ、そうだけど、あんだけのやる気はどこに行ったの?」
最後のグレイシアの問いには、さあな、としか答えなかった。
説明するまでもなく状況を理解したらしい。リーフィアが物わかりが良いからすぐに作業に取り掛かれたのかもしれないけど、その前もって知っていたような冷静さがかえって気になった。
寝たままの恵を引っ張り出し、リーフィアの前に座らせると、平然とした表情で治療が始まった。
取り掛かりが早いのはいいが、カフミには杞憂だと知っていても聞きたくなった、気掛かりなことがあった。
「ねえ、その手のままでも平気なんでしょうか?」
当のリーフィアがそのまま何食わぬ顔で作業しているのなら問題は無いのだろう。相手も、
「多分」
と返してきたのだから確実なのだろう。でも、根本的に引っ掛かるのはそこじゃない。だけど、直接聞きたい好奇心をまるでなかったようにする程の反発力を持つ壁を張って、
「その手・・・、あ、やっぱり何でもないです」
絶対に触れてはならない呪われた証のような、禁忌の前にした時のような恐ろしさに耐えられなくて、カフミはそれがどうしても出来なかった。
一方のリーフィアは、言動がもごもごしているカフミの心境を察したのか、
「手がどうしたの?」
と返していた。そしたらカフミはやっぱりなんでもないってはぐらかす。そんなはっきりしない態度に嫌気が差した。
「だから、なんともないって言った。生えてきた理由は分からないけど、病気とかそういったものじゃないってのは分かるから」
うろたえている間も他人事のように話して、
「心配してくれて、ありがと」
と、リーフィアらしくない結びの言葉。あまりに自然でその時は身に覚える暇もなかった。
目に見えた変化もなく、“いやしのすず”の作業も終わっていて、リーフィアが手を離してもなお不思議そうな眼差しを向けるカフミには、終わったとだけ伝えて、元の場所に帰ろうとしていた。
そこを引き留めたのはシャワーズだった。
「恵君は、本当に大丈夫なの?」
「もしかしたら、また掛かるかもしれないけど、今は安心してもいい。元の体力も高かったから、命に関わるほど深刻でもなかった」
まだ緊張が解けてなかったシャワーズの顔に少しほころびが、そこを見てカフミも追いかけ、
「こいつが変な迷惑をかけて、本当にすみませんでした。そしてその、助けていただき、なんと御礼をすればよいか・・・」
「そこまで言わなくても、ここで死なれても悪い気分になるだけだから、助けただけ」
うやむやに入り込んでも、予想したような乾燥した返答がきただけ。精々愛想笑いをするのが精一杯だった。
「ついでだから、気になったこと話していい?」
「え?良いよ」
こんな性格とは裏腹に、リーフィアからも話があるそうで、カフミもまた態度を改めた。
「恵の腕の傷って知っているよね」
「え?そんなものあったっけ?」
そうだ、フミちゃんはあの現場に立ち会っていなかった、と思い出し簡単に話して、すぐ本題に戻った。
「最初に恵が寝たきりだったのを見て、その傷が原因だと思った。でも違った。傷があったのは左なのに、悪くなった所は右だけ」
「そうなると、まだ原因は他にある、と」
カフミがつぶやいたことには納得しないような息を吐いて、
「それもそう。だけど本当に言いたいのは、じゃあこの病気は何だったってこと。もしかしたら、フミちゃんも同じ目に会うかもしれないから、気になっただけ」
こんなことも言われないと分からないの?みたいな顔をされて、カフミはより一層身が縮まる思いになった。
それなら、とシャワーズが話を持ち掛けてきた。
「うつる病気なのかな・・・。恵君は変な様子はなかったけれど・・・」
「シャワーズ、すまないけど今の私達には考えるだけ無駄」
しかし、ほとんど喋る隙を与えず、リーフィアは突っ掛かった。
「ただえさえ情報量が少ない今じゃあ、間違った推測になる可能性が高い。しかも、もし間違えて勝手な真似して取り返しのつかない事になったらどうする?」
鋭く聞き返されて怖じ気付いても、シャワーズは何とか答えようとしたが、それよりも先にリーフィアは更に続けた。
「更に言うと、逆に細かいことまで思い当たる節にしたらキリが無いし、こんな拍子抜けに起きる事だったら、尚更当てはまる事を探すのは難しい。今は恵の様子を見守るのが先決」
完封された。反論する手立てを全て失い、ただ呆然としていた。
何故、言うことを知っていたんだろうと思うより、いつもらしさが無くて焦る気持ちが強かった。冷たさを感じるぐらいに冷静で、エーフィが話すような言い方もしていた。また別の感じことは、治療している時は、初めての時よりも妙に手慣れていたように見えてたり、頭の回りが早くてどこかで成長したんだ、と感心もあった。
結局、最後の最後までほぼ置物みたいなポジションになってしまったとカフミは心の奥でそっと嘆いていた。ウチがいなくても大体はこの子達で切り抜けらるのは嬉しいこと。だけど、やっぱり寂しい。手に届く距離だけど、畏れ多い。ポケモンは不思議な生き物なのだと、改めて実感した。
話すことは以上、そんなセリフが似合う背中を向けて、リーフィアは畑の方へと去って行った。
役立たずから一歩前に進んだよ、と思いを秘めながら。
それからである。カフミのお腹が鳴り、夕飯の存在をすっかり忘れていたことを。