慣れというもの
で、何をしろと?
みんなと一緒に残ったカフミは悩んでいた。恵が行ったのを見届けた格好で、難しい顔をしたままその場に突っ立っていた。
夕食を作らないといけないのは確か。でも、その前に色々しなくちゃいけないことがありそうで中々動けない。あいつが中途半端に放った言葉の意味を見いだそうと考えるているも、進展はない、衆目の的から外れない、何を料理するのかも決まらない、そもそも自分はまともな料理を作れるの?自虐ネタは増える一方で尽きない。
「ねえ、さっきからずっとんー、ってうなっているけど・・・」
未だに恐怖で怯えているシャワーズが、深刻そうに聞いてくれた。自身の威厳みたいなものが出来上がっているけど、それでも不平不満は黙って待ってくれているのに、自分は何をしているのか。その思いで、
「ああ、ごめんね、行動力がなくて。それじゃあとっとと作っちゃおっか」
せかされたようにカフミは奥に行こうとしたが、
「待って」
呼び止める声が聞こえた。グレイシアだった。
「恐れ入ると思うけど・・・、何を作るの?別に変に疑ることじゃないんだけど」
本当に恐れ入るのはウチだと思います。いっそのこと潔く認めようと、カフミは一礼をしてからはっきりと聞こえるように言った。
「はい、決めていませんでした」
「なるほど、だったらそんなにロボットみたいな厳つい動きをしなくてもいい。お腹減っていると言ってもそれほどのものじゃないから、焦って無理するのは厳禁。いいね?」
「はい!喜んで!」
何だろう、この従順さ。
グレイシアにとってちょっとした冒険心からの挑戦だった。相手の立ち位置を逆手に取って口車に乗せるのもどうかという思いもあったが、一番に感じたのは怒らせてしまったらの恐怖感だった。あっさりと成功したら余計に罪悪感が増して、何でもなかったみんなの視線が蔑んでいるようにも見えた。
更に、過去の経験がこの場面と重なって、根本からいい気になれなかった。
「じゃあ、ええと、朝食べた魚・・・、名前忘れちゃったけどそれでお願い」
シャワーズに聞こうとしたものの抵抗が有って言えない。エーフィに尋ねてもなんか覚えてなさそう。でも事はすんなり運んで、フミちゃんは冷蔵庫の中を見てソレっぽいのを探してくれるらしい。言われるがままになっているのも、正直に言ってしまえば気持ち悪い。
そしてもう一つ気になった事が。
「エーフィ、見ない間に“ひかりのかべ”を一面に貼って、何か気になるものがあった?」
ふと隅っこで見えたエーフィの姿が、不審な人物が見せる動きそっくりだったのでよく見たら、みんなと家の前に透明なドームの屋根を被せたみたいに貼られていた。
しかもまんべんなく、この場面だけ見たら元から張ってなかったと思うぐらいに丁寧なものだった。
「外の騒音がとっても耳障りだったから、ちょっとした防音の為よ」
「騒音?そんなのあったっけ?」
今更耳を澄ましたところで多分聞こえないけど、本当にそんなうるさそうな音は聞いてない。表情が語るところ、かなり煩わしかったようで、
「嫌な虫が出しそうなキーキーって不快感がある音よ。大きいものじゃないけど、うっとうしいから遮ってやったわ」
言っている最中も憎たらしく強めに言っていた。その後もまだ気が済まないのか、もう一巡“ひかりのかべ”を貼り出す始末。
触らぬ神に祟りなし。反応に困るので、勝手にどうぞとグレイシアは違う方向に向いてた。
あれからリーフィアはどうしたんだろうか。恵も一緒に植わってろ的な暴言をフミちゃんが言うまで存在を忘れかけていたのは謝っておこう。
とりあえず、動きは一切無い。耳と尻尾は出ているけど、ってかさっきよりも深く埋もれている気がする。注意深く近寄ると、
「・・・まぁ、・・・なぁ、・・・」
何か寝言みたいな声がかすかな聞こえた。耳を地面に近付けても言っている中身は分からないけど、確かにリーフィアの声だ。他にも何かもろいものを削っている音が聞こえる。とても気になるけど、土を掘って寝てるところを邪魔するのも悪いので、起きてから聞くことにしよう。
一週戻ってシャワーズの動向も見ていた。うたた寝なのか律儀なのかちょっと分かりにくいけど座ったまま待っているだけ。
良く言えば行儀いいとか見えるけど、悪く言うとしつこく張り付いて凝視している風に受け取れる。グレイシアはまだ心の働き方に謎の多いシャワーズに話しかけた。
「やっぱり暇ってとこ?」
返事は少し間を置いて戻ってきた。
「そんな感じだね。ついでに考え事もしてた」
あ、それはごめんね、と軽く謝ってもう少し話し込んだ。
「それはやっぱり悩み事?」
「ううん、本当に考えていただけ。フミちゃんは面白いなあ、って」
面白いって、何度か聞いた。
「まあそこは同意だけど、それだけで真剣に考え込むことなの?てかどうしてなのかの答えは出したんじゃない?」
「いやいやそういう面白さじゃなくて、ちょっと不思議だなあと」
不思議って何が?と問うと、
「実はフミちゃんに一回叱られたんだ」
「何をしたの?大丈夫だった?」
シャワーズはなんとも無いようだけど、フミちゃん特有のパワーがあって心許ない。
半信半疑のままのグレイシアに、シャワーズは頭でずっと写ったままのことを語り出した。
「叱られるって普通は嫌な気分になるでしょ」
確かにそうだね、と言ってグレイシアは一旦座った。
「でも、フミちゃんは温かい思いみたいなものが伝わってくるの。ただ血も涙もない、怒鳴り散らすだけじゃなくて、思いやりや心配になっているから私はこうしている、そんな気持ちが分かるって感じかな?」
「え?じゃあフミちゃんは恵みたいな人間ってこと?」
「ううん、そうじゃないんだけど、恵に比べたら家族みたいに、仲睦まじく接していたい雰囲気が強いの。それでもって感情をぶつけることがあっても、ひたむきに守ってあげたい。理想の母親みたいな暖かさ、なのかな。まだはっきり表せる例えがこれしか無いんだけど・・・」
うーん、とまた考え込では言いそうになって、違うと小さく言って、言いたいことが決まったと思いきや言葉に出すのをためらって、それの繰り返し。悩んでいる内容はこのことだったみたい。
イーブイの時に見せた抱擁みたいな突然の慈悲深い行動はやっぱり考えどころが多い。単純に便宜上良く振る舞っているの一言で片付くものでもない。直接本人に聞き出すのが手っ取り早いと思うけど、その時の気持ちは衝動的なものが多くて、フミちゃんの口すらも当てにならない気がする。
「難しいよ。シャワーズがそこまで説明出来るだけで私は凄いと思う。だって私なんか色々ぶっ飛んでいる人間ってしか説明出来ないし」
誇張とか抜きでそう。訳が分からないほどの強さが一番最初に出てきてそれ以外、考えたことすら無い。例えばフミちゃんから見た私達はどうとか言われても、フミちゃんが最初に言ったまんまになる。自身の興味の薄さがきついのか、シャワーズが特別関心があるのかは不明だけど、あの第一印象に縛られているのは確か。
「つまり、恵だけでお腹一杯ってこと」
不意に本音が出た。そうなんだ、とシャワーズは返事したけど、割りと焦った。
そしてちょうど話が切れた時にフミちゃんが戻ってきた。透明な袋の中に何匹かの魚が入っていた。
「サバっていう魚なんだけど、違う?」
うん、全然分からない。とりあえず見た目は特徴みたいなものが無い、魚と想像した時にちょうど出てきそうな姿形だった。ついでにどんな匂いかも確かめたら魚らしい生臭いような匂いだった。こんな匂いはしなかったと思う。
「多分違うと思う。他のもお願い」
「はい!かしこまりました」
やっぱりわざとらしくみえる。生き生きした感じは本物っぽいけどこの態度はどうしても受け入れられない。そそくさとフミちゃんは奥に消えると、すぐにグレイシアは呼ばれてまた別のところで話をしていた。
「つまり、将来なる名前があの魚に因んでいると。無理にひねったダサい名前よりかは安直だし、まだマシじゃないの?」
「違うのよ。サバって変な臭いしなかったかしら?」
「別に変っていう程じゃないけど、まあ良い匂いだとは思わなかった」
「つまり、シャワーズはああいう感じってイメージになっちゃうのよ。嫌でしょ?」
嫌でしょって言われても、いままでの恵の采配から比べたらまだ良い方なのは確か。断って余計に訳分からない呼び名になっちゃう方が嫌。
「嫌、じゃあないと思う。どうせ、フミちゃんから何らかの口出しがありそうだし、シャワーズに言っても恵が悪くなるだのならないだの論争になりそう。そこはシャワーズだけに任せて置けば?」
慕う意思が強いのは既に何回も見て分かってきている。シャワーズも承知の上であることを願いたい。エーフィはやたら苦そうなきのみを踏み潰したような顔をしつつ、
「分かったわ」
沢山の不満に満ちた言葉を抑え、それだけ言って横になった。
グレイシアも、家の側で寝っ転がった。
シャワーズとの距離がどんどん離れていくような、敵対することではないのに、ただ疎遠していることが、胸に強く残っていた。シャワーズに強い印象があるだけで、他のみんなも、暇になってすっかり思い出に耽ったり、周りを見ることばかりしていると、思ったよりもバラバラだったことが分かってきた。
リーフィアが地面に埋まったことは置いといて、ニンフィアは足引っ張ることが多いし、ブースターはいたずらっぽいし、ブラッキーなんて自分勝手な行動をしてだらしない姿を晒している。あの時の団結力は、ただ生きたい為だけだったのを証明しているの如く。
みんな、この環境に適応してこうなってしまったのだろうか。慣れてしまえば、もっとバラバラになっていっていつか本当に取り付かない仲間割れが起きてしまうのだろうか。
眠い。シャワーズはまだ座ったまま。ただ遠のく意識に身を任せて、グレイシアは瞳を閉じた。
なんでもここンチの冷凍庫、鮭多過ぎだろ。
上の冷蔵庫の方はサバを拒否されて結局ピンもキリもロクなものが無く、他にパッとした食べ物が見つからない。だよな、としょげた気持ちのまま冷蔵庫の下に移ってみたら、いきなりのブランドっぽいものが。しかも一面をいっぱいに埋めるほどにあったから、そのあまりのギャップに恐怖して一回引戸を閉めていた。なんなんだよここンチ。
人の家の冷蔵庫を勝手に物色すること自体良くないのではとか思うけど、どうせ恵なら気にしないだろう。なんとなくその鮭に手が伸びて、凍っているまんま持って行くと、
「あっ、それだ。ちょっとしょっぱい匂いだから、合ってるかも、ありがとね」
まだそこでじっとしているシャワーズがとっても輝いた瞳でこちらに向かってご褒美言葉を・・・、
何また変な妄想してんだよ、キャー!ウチもう萌え死んじゃうー!とか今心の声が聞こえたんですけど。ったく気を抜くとありゃしない。
頭を振って雑念をなぎ払い、とりあえず捌こうと持って行こうとすると、
「あれ?そのまま食べるんじゃないの?」
お腹が減っていて待ちきれないのかな。そう目で訴えている様子に見えないから、
「このまんまじゃ凍っているから食べられないから、一回焼かなきゃいけないの。もうちょっと待っててね」
こう説明すればいいのかな?シャワーズが知らないってことはめぐは料理するところを見せなかったのか、予め仕込んでいたのか。いや、仕込んでいたのは絶対の無い。だったらなんかしら残っていたはず。
一回頷いたのを見ると、カフミは台所にとんぼ返りして、音を立てて鮭を置きどのように捌こうか、色々なところを見て計画を立てていた。
適当な包丁でも探そうと棚をひっくり返すように開けても大抵どの家にもある小型のばっかり。その中に一個だけ両刃ノコギリが混じっていたが、使うにも忍びないのでそのまま保留ということに。市場で見かける鉈みたいな大型の魚を解体する時に使う刃物の代わりになりそうなものも、一般家庭にあると思っていたのが間違いだった。
仕方ないので、普通の包丁でどこまで出来るか試してみた。凍っているし、大きさも結構あるけど、思ったより刀身はめり込めている。このまんま行ける?と期待してみたも勘違いで、真ん中らへんで骨がある固い層に当たって、そこから押し切ろうとしても、包丁が力に耐えられなさそうな予感がして一旦やめた。
さすがに刃物をぶっ壊すのはまずいので、反対側からも同じように切り込みを入れて、後は一気にとりゃ!と力づくで首を折ってみた。まな板がずれてそこそこ響く鈍い音と、悲鳴にも似た断末魔が地味にうるさい。想像とかけ離れた姿になりながらも、頭を切り離すことに成功した。
頭は使い所があるとどっかで聞いたことがあるので、捨てずにそのまま取っておく方針に。なんとなくまな板の余ったスペースに立てて添えといた。
胴体は背骨ごとガリガリ背中を切り開いてゆき、アジの開きみたいな形になると予想したが、
腸が思ったより邪魔になる感じというか結構な大きさで、捨てるにも捨てられないし(こういう利用法とかでケチなめぐが口酸っぱく言っていた覚えがある)、どんな調理法があるのかも知らない。
「どうすっかあ・・・、さすがに怒られるし」
力づくで解決出来ないような問題にぶち当たって、ついにカフミは途方にくれた。使えない頭相応でのやり繰りでは頑張った方。でもやっぱり限界は早かった。肌に当たっていた肉の冷気も今は感じられず、あとはいくつで腐るか数えるところまで時間も過ぎていた。
「フミちゃん。またまずいことでもあったの?」
太い眉を寄せて調理場に立ちっぱなしでいて気になったらしい。斜め下からシャワーズが覗いていた。
「まあ、そそっかしいウチのせいなんだけど、内蔵をどうしよっかなぁと、停滞しております」
「内蔵が無いぞお、って?」
いや、逆というか、そんなに可愛い親父ギャグ言われても萌え死んじゃうからね、不意打ちに根元からぐらっとなって本気で腰砕けそうになったからね。
「まあ、肉の部分はどうにかなりそうだけど・・・」
「そのまま取って食べてもいいんじゃないかなあ。私は別に内蔵でも魚はおいしいものだし」
なんでもないように言ってきたけど、相当えげつないような。内蔵とかを食べる機会は多かったけど、調理前の実物を目にしてみたらそこまで食欲をそそる形容をしていないし、そもそもグロテスクで食おうと思えない。そのままって言うから生でも食えるんだとは思うけど、
「シャワーズちゃんにとっては恐れ入ると思うけど、内蔵まで食べることはしない人が多い。ウチもその内で・・・、それと苦手です」
渋く気まずい反応しか返せなくてほんっとごめん。育ちがヘンテコなところだからそういう時の対処法が分からない。
「そう?まあ、ポケモンのことが人間に通じるってことあんまりないし、私は魚が好きなだけだから、別に余って困ったら私にくれればいいんじゃないの?」
そうだよね、確かにそうだけど、
「シャワーズちゃんがそう言うのなら、って思ったけど、絵面的にシャワーズちゃんだけが粗末なものしかありつけなくて、仲間外れにされているみたいになっちゃう・・・、かもしれない」
こっちの世界での臓物の扱いが悲惨になっている文化が隠しきれず、一言付けようがつけまいが、結局煽っている意味が含まれている感じの物言いになって本気のピンチに。余計に気まずい要素を積み重ねてどうする、そういうのが好きな性格とでも言うのだろうか。
「え、そうなっちゃう?じゃあ、普通にみんなと同じように振る舞えば良いんじゃない?」
絶対怒っているのを抑えているよね、だってこんな天使じみた対応で返すはずがないもん。物理的な衝撃と似て似つかない苦しみが後を追って増してくる。
「そう振る舞うにしたってそもそもこっちの魚が安全とは言い切れないし、まず種類も大分違っていまして・・・」
「なら、内蔵だけとっておいて、後で食べるとかすれば大丈夫じゃない?」
なんでだろ。冷凍保存しとけばそれで解決することだったのに、ここまで引き延ばして危なっかしい場面を量産して、無理矢理かっこいい場面を作ろうとか言う薄汚い精神が見え隠れする気がするのは。
後はシャワーズの言うまま内蔵を自分なりに切り離して、元の冷凍庫の空いた隙間に放り込んで、大体の形に捌けたかな?と言ったところまできた。
もう焼くだけだ。これぐらいなら最中にネット掲示板をいじらなければまともな人は出来るはず。フラグ建ったけど気にしない。ここまでくれば完全勝利間違い無し。とりあえず道具を揃えて、手に届くところにあったフライパンを火にくべた。
もう鼻歌を歌えるゆとりで気楽にやっていけるよね、とか勘違いしていたら、スーパーで売ってる形風に縦に切ってフライパンに並べてから初めて気付いた問題点がもう一つ。
小骨はどうするん?どうするんだっけ?
実際に気付いた頃はもう半分ぐらい焼けた状態で、それから存在があったのを見ると同時に思い出した。
取ればいっか、のノリでパス出来るほどのものじゃないのは、形だけ整えてあと筋とか体の向きとか色々無視してきた祟りとして、細切れになっている骨を見れば大体分かること。太いのは箸で引っこ抜けるものの、肝心の細かい骨が取れないと意味は無い。
諦めて骨が入っているよ、とか宣告しても、だったら全部取っておけよと蹴られそう。何しろめぐがどんだけハードルを上げていったのかが分からない今、余計に肩の筋肉痛の要因を増やしたのと同じようなことで、余り余った部分が腹とか腰とか関節辺りに疼いているような感じがして、あたかも責めるものに内側からぐっと掴まれて痛んでいるように思えた。
また順調な時になったら頭を抱える事態に陥いるという、皮肉にも台本通りになっているような展開に、むしろ燃えてくる何かの為に仕込まれていたんじゃないかと考えたくなった。無論、そんなの好きじゃない。
「また、問題があったの?」
心配で離れることが出来ないシャワーズを見ているとやっぱり可哀想。相手の望みが気楽であって欲しいといえども、相手自身が気楽になれないのは許せない。さっきから頭を下げっぱなしじゃねえか。
素直に話すべきか。焼け具合だけは一丁前になっているのを見て火を止めて言った。
「骨がですね、いっぱい残っていまして・・・」
「骨ぐらいは大丈夫。食べちゃう時は食べちゃうし、分けて食べる時はちゃんと自分で分けるから、そんなに深く心配しなくても平気だよ。一応は私から伝えておくね」
なんか思ったよりストライクゾーンが広いって言うか、割と雑食なんだ、ポケモンって。そんな考えどころに浸っていると勝手に出来たよと知らせていた。
「フミちゃん、お疲れ様。サンダースはもう来たって。後は恵君が来るの待つだけだね」
いえいえ、そんなお言葉勿体無いぐらいです、って反射みたいに出そうだったけど、もう慣れないことでケチョンケチョンにされているの見え見えだろ。しつこいぐらい地味にトラブったもん。
「はい、本当にお疲れ様でした。もうね、慣れないことは無理して張り切ってもこうなるだけだからって、体を張って分かったっす。シャワーズちゃんも、こうならないようお身体を大事にしてください、本当にありがとうございました」
シャワーズは思わず笑っちゃったのかな。確かにコントでしたよ、つくづく。自分が教訓になっただけマシか。とりあえず、めぐが風呂場から上がってくるのを待つって感じかな?
小皿も隣に本棚みたいに並べてあるのを取れば大丈夫っぽい。サンダースが戻ってきたからか、向こうの方でワイワイ盛り上がっているじゃん、いいなあ、と思いつつ残る作業を着実にこなしていく。
もう支障は起きないっしょ、二度あることはどうとかあっても三度目の後の蜂みたいなことは流石にない、もう安定してきてるだろう。
まさにそう思った、時だった。
地面が響いた。どうせまためぐが揉め事でも起こしたんだろうと台所を出たら、丁度目の前で突っ伏していた。
「おいめぐ、何くたばってんだとっとと起きろ」
また寝たのか、いや、寝た体制にしては不自然過ぎる。片手が何故背中に回されている?軽く揺すっても反応が無い。それに・・・、
次の瞬間には、そんな流暢に考える暇なんてとうに無かった。
「おいめぐ!しっかりしろ!」
余りに衝撃が大き過ぎて、周りの事情も何のその、どんなにでかい声が出たかも気付けないほどに聞く耳を持っていなかった。
目の前の姿もなんかの冗談だろって、静止画のように目に映った。さっきまでのんきかましていためぐは?洗いに行くとか言っていためぐは?迷惑振りまいていためぐは?イライラさせていためぐは?
おい、起きろって、起きろって言ってんだろこの野郎。仮病使っていても無駄だろ、はよ目え覚ませ。
「なあめぐ・・・」
起きろって、おめえこんなところで狸寝入りとか飛んだギャグだぜ、いい加減起きたらどうなんだ、え?
「起きろよ・・・」
違うだろって、こんなところでへばるなよ、なあ、起きろって。こんな手の込んだ冗談通じねえんだよ。
「目を覚ませ、めぐ・・・」
頼む、起きてくれ、お前だって後が詰まっているのわかっているだろうが。
「めぐ・・・」
なあ、本当に起きてくれ。嘘だったら早く起きて・・・。
「めぐ・・・、起きろおおおお!」
制御の利かなくなった叫びが、辺り一面に響き渡った。