手紙に隠されたもの
ここで何故か恵も目を見開いていた。
「か、架空の世界にいたってどういうこと?」
素直に声が出たのはグレイシア。続いて他のポケモン達も声をしきりに上げる。間違って導火線に火が点いたような騒ぎに、
「みんな、ひとまず落ち着いて。これから詳しく話すから・・・」
そう言って落ち着いたら楽なんだけどね。演説の最中の立場にいるカフミはそう思って全体を見回していると、
「ってかなんでめぐまで驚きの表情してんの?」
ふとそんな分かり易い顔が映り込んだ。視界の端に入ったか入ってないかぐらいでも、その間抜けな顔面は何を思っていたのかがすぐに理解出来る。
「こいつらってそういうのだったのか?」
「ちょっと待てそれ昨日ぐらいに話したぜ?聞いてたんか?」
「まあ、確かに聞いたかと言われたらそうかもしれないと思うが・・・」
「もうそんな様子じゃあ聞いてなさそうだからもういいけど、察しない?いっくら救助するのに夢中だったとしてもさ、って」
呆れた。このどうしようもない欠陥さえ無ければ心配事がなくなるのに。しかしこれ以上構っていても、折角黙って待ってくれてくださる方々に失礼。あとは何を思おうがめぐの勝手、切り替えよう。
「まあこいつは放っておいて、とりあえず、ここの世界はなんなのか、みんなが恵と出会った経緯、私が知ってる限り全部話すから」
なんか、うさんくさい宗教の勧誘みたいなオープニングになっちゃった。
ちゃんと伝わるかなと心を曇らせつつ、カフミは語り始めた。
真剣に聞いてくれて、ありがとうございます。
絶対に隠さないといけないことは濁して、自分なりの話すべきことは心残り無く話した。みんなとの視線を合わせるのが少し罪な風に思うこともあった。それでも、伝えられたなら十分だった。それに、傍らで恵が頷く反応を見せていたので、あいつが納得出来るなら多分この子達も理解してくれただろうと心して安心していた。
でも、今の現状を受け入れてくれるポケモンは何匹いるだろう。悲しんでいると言うよりか、考えが止まっていて感じることが出来ないと言った方が早いような気がする。仮説だと前振りをしたところで、あの事象が起きている事実がある以上、あまり意味を成していなかったようにも捉えられた。
尺度を人に合わせたら、極端な話、『今生きている人生はゲームでした』とか唐突に言われるようなもの。相手によっては積み重ねてきたものが音を立てて崩れる感覚に直面しかねない。
なんでこんなこと話したんだろう。勢いにしてももう少し考える時間はあったはず。それに歳幼い子が聞いたら、飲み込めるだろうか。カフミは少し硬い表情のまま激しく自分を責めていた。
「それにしても、その世界って趣味悪い世の中ね」
全員の中で一番冷静にしているエーフィが、話し終わって初めて声をかけた。
「じゃあ私達以外にもこの世界にポケモンはいないの?」
「いたんだったら、もうとっくに相当な大騒ぎになっていると思う。まだみんなの存在を知っているのはウチとめぐぐらいだし、ひとまず隠しておかないとって」
そうなのね、としみじみこの重大さを噛みしめていた。続いて目を覚ましたような動きをしたブースターも、お隣のニンフィアと何か確認を取ってから聞いてきた。
「シャワーズの記憶のことなんだけど、ニンフィアと自分とサンダースはそんなことはなかった。やっぱり個人差があるのかな?」
「多分、そうなのかもね。元々ブースターとニンフィア以外は出身地がバラバラだから、みんな一緒とは限らないし・・・、いや、そもそもブースターとニンフィアは会う前の記憶を覚えていないのよね。思い出したらシャワーズみたくなる可能性はまだあるわ。それでも、サンダースがなぜその現象が発生しないのかは定かではないけど」
「でも実は自覚ってものをしていないとかあるんじゃない?あの現象が起きたって口頭で聞いて、想像するのは色々あるし、基準も変わるからね。自覚はあってもエーフィは無表情だったし」
「そんで誰か一匹忘れてない?」
「あんたはちゃんと反省して黙ってて」
自分が元からいなかったようにこの子達だけでも話は弾んでいく。本来あるべき光景なのに、やっぱりその輪に入りたくなってしまう。どんなに分かっていても人間である以上、逆らえないのかもしれない。そして、何故かハブられていてしかも宙に吊られているブラッキーは何をしでかしたのか。
そこからカフミが聞いてきた。
「今さっき気付いたんだけど、あそこのブラッキーは何?」
本当に今更すぎると素直に思っていた。
「気にしないで、見せしめよ」
「だとよ」
エーフィと恵が偶然にも同時となり、長い方がの語尾が付け足されたように聞こえた。何一緒に合わせてんのよ、と怒った視線がカフミを肩透かしして恵に突き刺さる。
遠目からでもちょっと怖かった。気を取り直し、少しのどを鳴らして、本題に戻す試みをした。
「まあまあ、分かったから・・・」
「フミちゃんがそう話しているんだから、エーフィもいがみ合いはそこまでにして」
シャワーズちゃん、恩に着ます。
目つきの鋭さはあまり緩んでいないが、心で感謝して、話を進める。
「じゃあ議題を戻して、他に聞きたいことはある?」
「あの、イタズラの手紙?のことなんだけど」
声を返してきたのはグレイシア。そういえば、他に自発的に話してくれるのは、シャワーズとエーフィぐらいしかいないような気がする。それ以外は人間相手が嫌いなんだろう。不満とかの小声はちょくちょく聞くことがあっても、イーブイなんて声すらも聞いたことがない。
「何?」
「イーブイから直々に話したいことがあるんだって」
丁度その声を聞く時が来たみたい。ほら、と奥の方から呼ばれてきたのは、(初対面だけど)見慣れた茶色の体だった。そこに、首周りは心地よさそうなクリーム色のダウンコートっぽい毛。遠くから見るとエプロンにも見えたのは意外。今は暗い所だから少し恐怖感があるけど、つぶらな瞳はさぞかしキュートだろう。
でも、今思えば半分ぐらいはバカな脳内の妄想で構築したものだったんだろうと思い知らされることがあった。
体毛はところどころ著しく抜けていて、地肌を初めて見ることになった。ほんの少しくすんだぐらいだろうと思った首周りの白い毛もすすけたように汚れている。しかも、影の時点だと細いスタイルだなと見ていたのは痩せこけた弱々しい胴体。その凄惨さに思わずカフミは頬を手で覆った。
「その・・・、手紙って、何が書いてあった?」
何回か目に入る機会があったのに、殆ど直視することがなかったことでより自分が腹立たしくて、怯えて聞いてくる声はあまり入って来ず、ただただ、打ちひしがれるだけだった。
自分を見るや彫りの深い険しい顔付きになるカフミの様子を見たイーブイも、折角の勇足が震え上がって使い物にならなかった。身の危険とは違う、無意識に自分で自身に責め立てられているような、不思議といえば不思議な気持ちだった。死ぬことより恐怖を煽ることがあるのか、なんて考えも頭に跡を付けて残っている。
そんな時に限ってこの空気を断ち切ってくれる恵は無言で見ているのみ。
ここでふと思った。なんで人間に頼ろうとしているのか?情けなさで少し視界がぼやけてきた。死ぬより怖いことがあるのも納得出来ない。自らの心情にイーブイは混乱を覚えていた。
この時、フミちゃんが顔を拭って地面に降りてくる姿が見えた。何も履かず、こっちに速足で近付いてくる。目の前まで来ると、そこでひざを付いて、
「苦しかったんだだね」
そうつぶやいて、背中に手を置いた。今右にあるたくましい手は、太さに似合わないぐらい弱々しい、というより軽く浮いている。毛先に触れているだけだった。
いきなりの出来事で戸惑いを隠せなかった。まだ声の質は穏やかになっていても、至近距離にある巨体が覆い被さるようで襲われているような気持ちだった。
そこでフミちゃんはハッとして、
「そうね、内容ってのは・・・、実物を見せた方がいいかな?」
右にある手をどかして、今までよりも少し和らいだ表情で話した。簡単に即答すればいいものを、状況を読み込めないまま無言を貫いた為に、
「ごめん!やっぱり驚かしちゃった?心配症だからついうっかり・・・」
一歩退いて土下座しそうな体制に。せっかちなのは分かった。でも、
「焦り過ぎじゃない?」
自分もうっかり本音が出てしまった。まずい予感が伝染して、
「い、いやいや今のはなんでもなくて、ええっと・・・、じゃあ見せて」
ぎこちない動きも鏡に映した映像のようになって、他人のことだと言えない立場に。
結局、お互いが遠慮し合う形で、カフミは紙切れを取りに部屋の上に上がっていった。
「で、今のって何だったの?」
話が途絶えてグレイシアがまた突っ込んできた。
「私もあんな感じのことされたよ。ああ見えて触れ合いが好きなフレンドリーな人柄なんじゃない?そうだから嫌われたくなくて私らの行動に敏感なのかも。それがちょっと変に見えただけだったと思うよ」
ああ、と合点がいった声がところどころで漏れた。シャワーズがそんな反響があって照れているのを感じ取って、誰にも気付かれずにエーフィはソッポを向いた。
「そして恵は寝てるという。いびきとか無いからバレないまま都合良く夢の中に入れるって、なんかムカつく。なんか対策とか無いの?シャワーズもそう思わない?」
さっきからグレイシアは話が絶えないような。やっぱり安心出来る環境にいるからなのかもしれない。シャワーズも両方の単語を聞いて、眠くなる時にある、あのまぶたを開けるのが面倒になる感覚を覚え、
「ずっと思ってるよ。でも、正直私も眠いんだ」
あくびも引っ張られるように出た。
「多分恵君は、この中で一番疲れが溜まってたんだよ。肉体的にも精神的にも慣れないことに手を焼きながら一日中働いていたんだから、こうなるのも仕方ないかな、って。大したことしてないとかは多々あるけど、それでも私は人間の中なら世話焼きな方だと思うよ」
嫌気は消えないけど、言われたらそうなのかもしれない。微妙なバランスを保ちながら静かに寝ている恵を見て、シャワーズが言ったことが少し心に刺さった感覚がした。
「だけどよ、シャワーズ、恵は今まで見てきた人間とは根本的に違うんだよな。フミちゃんも含めて。エーフィが“心を読みにくく”なっているんだろ。俺は、恵にはまだ秘密みたいなのがあると思うぜ。今の接し方はまだ演技って可能性も残っているし・・・」
「そこで頭が冴えるなんて、またなんか災いが起きそう」
うるせえ、とグレイシアに返した。確かにサンダースがここで機転が利くのは変なことだ。注目がそこに集まる中で、表情が曇っているのがいた。
「あとな、前から思っていたんだけど、フミちゃんは異常にポケモンのことに詳しくなかったか?恵とのギャップがあると思うけどさ、それでもいた世界に対して知ってることが多くなかったか?ところどころだったけどよ」
「そう・・・」
気がついた時はシャワーズが暗かった。普段は何か反論をするのに閉じこもるようにすくめただけで、まるで違う。魂が抜けたようにも見える。
その時、カフミが何枚かの紙を持って戻ってきた。相変わらず裸足で駆け寄って来る。
「全部探すのは苦労したけど・・・、封筒とかも一応、役に立ちそうなものは持ってきた」
そう伝えられた言葉をちゃんと聞いたのは一体何匹いるだろう。手早く紙を見やすく並べるながら作業は、一種の職人芸じゃないの?と思うものだった。
言い終わるのと同時にカフミは後ろに下がり、みんなが集まって小声の会話が始まった。
それもすぐ終わり、あまり情動の無い顔をしたイーブイからカフミへ声がかかった。
「この手紙は僕が書いたのとは違う。こんな謎解きみたいなこと書けない。それに、こんなに色々書いてないもん」
たどたどしい言葉使いでも、態度には強い意志がある。何かもっと伝えたかったことがあるのだろうか、とカフミは片隅で思案していた。
「もう一個言わせてもらうと、この『みらいよち』って誰のこと?同じエスパーでもエーフィはこんなわざ覚えていないんだけど。字だってこんな読めるか読めないか分かんないぐらい汚なくないし」
まあ、字そのもの読めない仲間はいるけど、とグレイシアは更に情報をくれた。イーブイは平仮名程度なら大体分かるとか。エーフィが『みらいよち』を覚えていなかったのは自信を崩された気がして少し衝撃が走った。
と、なると、この子達とウチ、めぐの間に第三者がいることが確かになると、
「ますます分かんなくなってきた・・・」
書き手はこの子達の誰でもない。『みらいよち』をしたのもまた違う奴で、そもそもイーブイが出してはずの手紙の内容も決して身の助けを懇願するものでもなかったとのこと。
ウチこういう推理系は苦手なんだよな、と顔色を悪くして思っていた。傍らから見るのは好きなのに。
「じゃあ誰なんだろう」
シャワーズちゃん、まあそうなるよね。そいつがこの子達としがない二人組を引き寄せた原因でもあるし、ほんと誰なんだろ。ここから先の議論が滞るとカフミは思って仕方がなかった。
「なんか心当たりがあるものはある?」
スッゴい目キラキラさせているなあ、グレイシア殿。こうした会話を交わすのが好きなんだろうなあ。心当たりはあるけど・・・、
「フミちゃん、何かあるの?」
ごめんなさい、綺麗できゃわわなもの耐性無いんです。顔に釘付けになっていたらしくて、そう思われてしまった。
「えっ?ん、まあ、みんなを追いかけていた人達のことだけど」
「知ってる」
「それでそれで?」
シャワーズちゃん、そこで突然合いの手出すの卑怯です。あと少しで変態っぽくにやけるところだった。
「そいつら、凄く弱かったんだよね。割とガチな武装していたから余計ショボさが際立ってたのよく覚えているし、何よりも情報寄越せみたいに軽く脅しただけでぶっ倒れたのはさすがに予想外だった」
いきなりの静粛。・・・え?ってなる雰囲気だって嫌でも身に染みた。
「ま、まあまあ、そんな冗談はいいよ、ね?」
完全にどっかアスキーアートを彷彿させるシャワーズちゃんの反応を見て、カフミは悟った。これからこの子達と一緒にいる時、一生涯ヤクザキャラで扱われることになるだろうと。でも真実は真実。
「嘘みたいだと思うけど、本当にそうなんだよね。めぐと協力していたから、ウチが全部ぶっ飛ばしたんじゃないけど」
表情、停止したね。自分もこの現実を受け入れよう、それからだと思う。
「じ、じゃあ・・・、首、のわっかを外したの、も・・・」
「ウチだね。セキュリティすっげー甘かったから・・・」
もう散々じやん。この勢いじゃ力づくで首輪を抉じ開けてきますた的になるよね。後付けで説明したところで、もうどうにもならなそう。
そんな苦境も知らずにあくびなんぞして、
「話は済んだか?」
高見の見物するめぐが羨ましいよ、ほんと。