妄想も構想も闇を惹きつける
ミドリムシとでも言うのか?
リーフィアの虫扱いにキレそうになった。
エーフィはそのことに対して、さっきの体勢から何一つ変化が見られない恵を横でにらんでいた。
心地は良くなかった。でも、他に出来そうな物事は全くない。話し合いだけで仲間の休めている体を無理に起こすのも気が引ける。目を盗んで他にところを漁るように探検しようにも、この暗さ、無理がある。でも、することがないからといって時間を無駄に過ごすのも嫌だった。
結局、恵が独りで悩んでいるところを隣に座って、ラジオを流し聞くように心を読んでいた。
まず、光合成をするのかどうか。何故そう疑問にして肯定的な処理をしないのか。葉っぱがあるのに光合成しないの?と逆に聞きたかった。
次に引っ掛かったのは、植物の能力が範囲的なものとか仮説を立てていた時。
何か秘密基地的なものをリーフィアが勝手に作ったらしいが、それが既に消えてなくなっていたと言う。
と言うことは、リーフィアの能力は、植物そのものを育てることではなく、ある程度距離を置くと効果を発揮出来なくなると、恵は勝手に考えていた。時間制も視野に入れていたが、それだと矛盾が出てくるらしい。
時間制限が、しかも半日で更地に戻るような建物を作る意味があるのか。それに何故本人から、自然に枯れないと無くならないと言われたのに、こんな早く枯れて無くなったのか。
逆にその時間で枯れるものだったからか?答えは出ない一方でも、普通に考えたらおかしい話である。たった半日で枯れる植物はここにはいない。
消去法で、範囲効果という推測が恵の頭の中で出来上がった。
残骸も無く綺麗さっぱり消えたところでは、もし、成長とかではなく、リーフィアが出した物体なのか、本人が成長させたとただ感じていただけなのなら、多少のズレは鎮まるのだが、と。
多分、どれぐらい自身が移動させられるかを計算に掛けずに作った結果がこれなのだろうと、大あくびをしながら結論を出していた。
気付ける相手がいないのはさておき、これには驚きを隠せなかった。恵の予想はまるで元々知っていたかのように当てていたのだから。
最後に、植物としての性質が全て適用するのかどうか、というところ。
だとしたら・・・。そこから先は専門用語らしき難しい言葉が多くなり、思考だけをを覗き込んでも意味をなさなくなってきた。多少分かる部分はあっても単語単語が意味をなしてない。でも、面白そうだと思う自分もいた。
しかしそれを聞いて何になるというのか。一個人の感想に期待出来る要素があるのか。
それでも、その中でリーフィアに変な見方をされてもまた嫌だ。それに、何について考えているのも気になる上に、良い情報がありそうな気がする。ただ告げ口し、時間の有効活用だと自分に言い聞かせて嫌々話し掛けた。
「その仮説は素晴らしいけど、そんなに気になることなのかしら?」
「それだからこうしているんだろ」
何気に忙しいようで、手短に返してきた。
「別に全部が全部答えられないってことじゃないわ。聞きたければ聞けばいいじゃない。変にねじ曲がった感じで捉えられるのは迷惑よ」
「迷惑も何も、どうせロクな答えしか返して来ないだろ。これは普通とか、当たり前とか。逆に自分が今考えていることにはチンプンカンプン、これだろ?」
また、当たり前のように自分の考えを当てられて、エーフィは舌打ちをした。でも、そうよ、とあっけなく認めた。
「で、恵はリーフィアに虫扱いって、どういうことよ」
しつこく追わなかったのは、今度は自分が攻める番だからだ。
「虫扱いはしていない。だって、こいつみたいに、光合成出来てなおかつ自分で動くことが出来るので、自分が知っているはさっきのミドリムシかその仲間ぐらいだからな」
思った感じの解釈はしていなかったようだ。恵にとってはただの比較のつもりだが、
「じゃあそのミドリムシって何よ」
本当は聞きたくなかった。またあのグロテスクな想像をされるのが怖かった。でも、今回は好奇心が勝った。
「でっかく言うと微生物っていうやつなんだけど、分かるか?」
「分からなくも・・・ないわ。目に見えない生き物ってこと?」
恵が思い描いたことはさほど酷なものではなく、緑色の玉を引っ張って伸ばした形に尻尾のような細い糸がくっついたものだった。もちろんこんな生き物は見たことがない。雰囲気は分かるが、虫という名前からもかけ離れている。
「まあな。虫って名前に付いているけど、もちろん虫じゃないからな」
「そうなの」
追い詰めてみようと思っても、早くも話すことがなくなって、中途半端に会話が途切れた。
また、暇になってしまった。恵も何事もなかったように耽っている。一ヶ所を除き、静かになった。
そうなって、ふとシャワーズとカフミの方に目を向けると、まだ言いあいをしている。
それもやがて終わると、また一つ、することが無くなってしまった。
何もしないのももどかしい。でも、これ以上恵と話したくもないし、適当な話題も見付からない。
視線を恵に戻す。眠っているように見えても、頭の中は騒がしい一方。ここまで粘着性のある思考だと、まだ決まらないの?と聞きたくなる。
そんな時、ふとある疑問が浮かんだ。
「恵、普通の人間がそこにこだわっていたら、おでこが広くなるわよ。そこまでして考え耽っている理由は何?」
勝手に悩むのは良いが、
「その果てに答え出して、それが何になるっていうのよ」
エーフィには理解不能だった。
相手の思考を読むとか理解するのは、先手を打ったり危険かを判断するため。わざわざ物好きで相手のくだらない妄想を覗くことは、恵以外で使った試しがない。無駄に情報を貯める行為は殆ど自滅するのと同じことだ。例えだとしても、その無意味な事柄に気を取られて、本心の危ない部分をおろそかになっていたら、それこそ本末転倒になる。
恵も仲間の名前なんて覚えもしない。無駄、と判断を下せば自然なことなので、今はそう望んでいない。自分達への興味も、火のように消えた後の細い煙ぐらいだろう。
でも、今更になって真剣に考え始めているのはどうしてか。分からなかった。
「ちょっとはお前らのことも知らないといけないし、別にこういう風に自論を作ってみるのも悪くないかなあと」
難しい言葉が着飾っているところもあるが、そんな軽いノリでなかなかの地点まで到達するなんて、エーフィは尺の違いに驚いていた。それに、と恵は更に言う。
「何かを知りたいとかってどうせ、お前らも一緒だろ」
お前らも一緒だろ。屈辱だった。
突然、その事実を恵から言われ、心にあるガラスのようなものが割れるような感覚がした。根本を吹き飛ばされ、支えを失い崩れるように。
人間ごときと一緒なんて、そんなことは絶対に受け入れたくない。そんな信念がある故に、こういう所で一致した衝撃は軽いものではない。特に、エーフィは重く受けていた。
それだからこそ、威勢を切り返してエーフィは異議を唱える。
堰を切ったような休みのない言い合いになった。
「そうかも知れないわ。でも、私達が抱いたのは純粋な好奇心。人間のように利用出来そうだから突っ込むのとは違うの」
「自分だって、応用が利きそうだから興味を示したってお前は言うのか?同じなんとなく気になった、だけじゃないのか?だったらお前もソッポ向いて顔合わせず歩き回っていろよ」
「あのね、恵の殆ど噛み合ってないような会話をされたらそう誰でも思うわよ。でも、恵は人間と言い切るには足りない、元から無い、逆に無いものを持っているから、そもそも生き抜く手段がこれだけだから、わざわざ付いて来てあげてるんじゃないの」
「だったら他の手段でも勝手に見つけてろ。他の自分みたいな人間はこの世の中わんさかいるんだぞ」
「人間のそういう考え方が嫌いなのよ。他人は違うから自分はいい。所詮、どんぐりのせいくらべなくせにそうやって自分を正当化して、騙して、結局はそこら辺の人間と変わりないことに手を出すのよ。恵も自分の代わりがいくらでもいるから、そこに責任も全部押し付けて、あとは見てみぬ振り。なのに興味だけがあるだなんて、研究対象にしか見ていないのと変わんないわよ」
「そら言ったらお前らもそうじゃねえのか?お前らの種族云々の因縁とか知らないけど、人間だから違うとかほざいたら、少なくとも自分がなんか言うぞ。研究云々も、脳で考えていること盗み見てどうこう解析している連中が言えるのか?」
「それはどういう危険があるのかの洞察だけよ。じゃあなんて言うのよ」
「お前らが見る人間だろうと、あんまり変わんないように見えるけどな。崖下りする前、希望があるとかどーかこいつが言っていた。裏を返せば、生きる意味をまだ探索している、ってことになる。おかしいぜ。ただの動物なら、次の世代を残したい、それだけに生きているようなもんだぞ?希望絶望そう言う概念を持っている自体、まず無いんだぞ?他にも認められたい、役に立って喜びを分かち合いたいとか、キリないからこれだけだけど、普通だったら卒倒ものだぞ。むしろお前らの方がよっぽど人間くさいと思うやつも少なくないんじゃねえのか?」
多分、お互いが思ってきた疑問の撃ち合いだったのだろう。募った思いは次から次へと口から出て行く。そのうちの心無いセリフが、エーフィの立て直しを容赦なくなぎはらった。
「まずポケモン自体が良く分からんものだから、何とも言えないけど、まあ、言葉喋ったり、変に感情的だったり・・・」
「もうそれ以上言わないで・・・」
勝てる訳が無かった。
弱点になる部分は蓋をしていた。しかし、それもどこまで持つかもたかが知れている。一度目を開いて、自分の行いを思い出してみれば、人間と似たり寄ったりの部分がわんさかあるではないか。エーフィはかすれ気味の声で遮った。
「そんなの、自分を否定しているのと同じじゃない。今まで人間を仇として思ってきたのに、それが自分だなんて。バカみたい」
エーフィの突き離すような物言いに、なんでかなと、恵は唸る。そして、
「なんでいきなりそこで自分を消すんだよ」
「えっ?」
その声がいきなり慣れない言葉を言ってきたのだから、スカスカな声も、意表を突かれる受け答えを受ければ命を吹き返してしまう。心の重りもどっか行ってしまった。
「ちょっと前まで、ネチネチあーだこーだ言って自論を曲げなかったのに、なんでいきなりあっさり認めたんだよ。ムキでやかましいお前にしては珍しいからな。・・・ってか話題も変わってたし」
「それは・・・、普通に諦めたわよ。勝ち目が無いもの」
ずっと正面を向いたまま、恵は不満そうにふーんと鼻を鳴らした。
「じゃあ今までは勝ち筋?だかがあって、そこで攻めていたってことか?」
エーフィは首を縦に振った。
「やっぱり人間じゃねえか」
慣れと言うのか、何度も同じことを言われると心の響きは鈍くなっていた。
でも、本当のことを言うなら、自分が悔しかった、ただそれだけの理由で言い争いをしていたのだ。でも言えない。もっと人間みたいだと言われるのがもどかしかった。
もっとも、このまま自分の正体を潔く謎解きのようにさらされるが、怖かった。
「なんだ?まだ言いたいことがあるのか?」
これでもかと居座るのかと思いながら、恵は言った。
「・・・いいえ」
気持ちを隠すのが精一杯だった。
なんで逃げるんだ。そううるさくこだます自分もいた。でも、あとがない。シャワーズに一度泡を吹かされた以来から、自分の意志の揺らぎが強くなった気がした。燃え上がるような人間への憎しみも、今では絶望し、紙のような薄い建前のような立ち位置に収まっていた。
そのせめぎ合いが続いてしばらく体は硬直していた。
「うっとうしい。考えるの止めた」
突然、恵は腰を上げた。エーフィも何事かと後脚を伸ばした。
「お前、暇なんだろ。どうせ警戒して寝付けられないだろうし」
暇なのは確かにそうだ。訳も分からず、言葉の意味だけで返事をした。
「ちょっとは相手になろうか?」
「はあ?」
エーフィの口から久しぶりに、呆れて半ば怒っているような声が出た。人間相手は嫌だったより、面倒くさがっていた恵が構う態度になること、が大きく心を突き動かした。さすがに何度も心の中をかき回されると、心を覗かれているかもしれない恐怖より、イラつきの方がよっぽど強くなっていた。
「と言う訳で、もう一匹も出て来てもらおっか」
そして、ロクな承諾も貰わないまま、恵は何かを呼んだ。もう一匹?エーフィは辺りを見回す。
すると、エーフィから見て、恵の後ろの方に輪っかの形をした淡い光が動いて見えた。周りを照らすほどの明るさはない、見えるだけのもので、全体像は殆ど見えない。
でも、あの円形と帯状の光の筋の形には見覚えがある。赤く鋭い眼光がちらついた時、その姿が徐々に明らかになっていった。
先端は尖っていて、そこから丸く膨らんだ紡錘形の耳の中央には黄色く光る帯状の模様。似たような形の尻尾にも同じような薄い輝きが。四つの脚の根本と額らしき場所には、分類された意味を示す光の輪っかが薄っすらと灯っている。体の輪郭は闇に溶け込みこの距離ではまだはっきりしないが、多分いつも目にする体の盛り上がりが少ない、すらっとした体格だろう。
その中で、赤い目が瞬いて言葉をかけてきた。
「この人間に感付かれた時はびっくりしたぜ。始めはいつもより呑気な人間だなあとかって覗き込んだら中々面白くて、うっかり絡んじまった。エーフィ、珍しく口ゲンカで押されたな。結構貴重なところ拝めて楽しかったぜ」
最後に笑いを含んで、毎度のごとくエーフィをけなして、そのポケモンは争いの種を蒔く。
月光ポケモン、ブラッキーだった。