ひねくれものとおかしな生きもの








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第三章〜崖の下のひねくれもの
章間〜教祖の黄昏、そして、二人の検察官と一つの仮説
薄暗い扉を引っ張る。ぬるく、独特の匂がこもった風が足首だけをかすめる。

勿体ぶった竿の先に注意を払いながら、テポドンと言う男が入っていった。

その口に見せなかった笑みがあった。

言う相手がいないだけだが、彼はこれからが面白くて仕方がないのだ。

元あった場所に竿を立て掛け、本が汚く撒き散らされて、書斎に成り果てたリビングに静かに座った。

恵よ、何があってあんなものを拾ってきたのかね?

黄色い天窓に投げ掛ける。答えは返ってこない。そんなのは分かっている。

ただ、将来がどうなるか、とても興味深い。

この世には、バタフライ効果、と言うものがある。

何かが起きれば何かが起き、また新たに何かが起き、それは次々と影響して次第に大きくなり、思いもしなかった現象が起きる、という理論である。

テポドンはこれを目撃するのが、何よりの『面白いこと』なのだ。そして、久し振りの『面白いこと』が起きようとしている。

知らぬ振りをしていたが、さっきの喋った生物は、明らかにこちらの生物ではなかった。そういう、臭いがした。

現実の地にはいない生物なのだ。

現実の地にいない彼等は、“ここで”どれぐらいの影響力があるのか。

それは、世界的な転覆や問題を引き起こすのか。

あるいは、ちっぽけに社会に消費されるだけになるのか。

後者があったとしても、どうしても期待してしまう。人間として残っているわずかな性なのだろうか。

丁度、バタフライ効果についての本を手に取った。

『ブラジルで羽ばたいた蝶々は、アメリカで竜巻を起こす』

そのような、そんな馬鹿げたような光景を見られるのは御の字だ。

彼等は何を起こす?

笑みはまだ、止みそうにない。















白く静かで清潔感溢れる待ち合い室に、似つかわしくない鼻歌が流れていた。

「それ止めんかい」

「あっ、すいません」

怒った声ですぐに鼻歌は止み、静けさが戻った。しかし、機嫌は直らないようで、

「一体、お前に何があったんだ?今の事件並にお前の頭は難解だ」

ため息と共にくたびれた口調で空気を響かせた。

「人の趣味ぐらい、勝手でいいでしょう」

「いや勝手と言ってもな、それはどういうことなんだ?」

「どうって言ったって、可愛いじゃないですか」

「そりゃあそうだけどさあ、たかがポケモンに・・・」

「いけないんですか?」

何をこの後輩を突き動かした?先輩の検察官は困惑していた。

未だに動きが見えてこない国際系の取り調べ辺りからだった。ブイズ?とかが可愛いってずっと見てニヤニヤしている。

特に最近はずっとだ。時に、

「このエーフィのしなやかなライン、美しいと思いませんか?」

こうやって聞いてくる。

なんだか、『萌え』とかなんかとかメイドとかとは違い、アキバに連れて行けばいいなんて物じゃないらしいから厄介だ。そもそもこんなジャンル自体昨日聞いたばかりのようなものだから余計うっとうしい。

エーフィ?このピンク色の猫みたいなやつか?

「・・・、わっかんねえな。ってか何回か前に聞いたぞ?」

「まだ分かりませんか・・・」

後輩はため息をつく。可愛いのは大目に見てまだ分かる。でも、そんなに熱狂的になるか?

沈黙が机の上に居すわる。話すことがないと分かると、後輩の検察官はまた画面に目線を戻した。

しばらくして、黒光りする扉が、予想通りの金属質の音がしたと思うと、少し青みがかった白の白衣を着た、バーコード頭の鑑識の男が現れた。

「検査結果が、出ました」

「やっとか」

「で、どのようなことが分かったんですか?」

腰を上げ、詰め寄る二人に、ただえさえ薄情な顔を、ためらうように更に曇らせた。

「実は、非常に言いにくいんですが・・・」

「実は?言ってみろ」

「犯人の供述は、どうもシロっぽいんです」

今なんて言った?

「どう言うことだ一体!」

「落ち着いてください!」

突っかかりたい衝動を後輩に抑えられても、この威力がある。ひ弱な鑑識の精神は、

「そんな焦らずに、あとでゆっくり説明しますから・・・」

この通り、すっかり腰が抜けていた。

「すいません、毎回毎回ご不便をかけてしまって。先輩も本当に短気なところを治してくださいね」

「う、うるせえ。・・・とにかく、どうしてそんなことを言えるんだ?」

どうしたらこんな爆弾を簡単に処理出来るのか、鑑識の頭の中にはそっちの疑問も根強く残っていた。今までのことを頭で整理してから、控え目な声で話し始めた。

「まず、容疑者の要求通りに衣服に付着していた毛の遺伝子を調べてみたんです。何本かは四人の容疑者のいずれかのものだったんですが、八本だけ、四人の容疑者と合致しない遺伝子の毛があり、更に視野を広して検査すると、二本の毛が人間以外のものと特定されました」

「その二本の毛が曲者って訳か」

おどおどしながら、渋い声にはい、と相づちを打って、更に進めた。

「それがなんなのかをより詳しく調べてみると、今までにない、新種の遺伝子の疑いがありました」

「まさか、それだけで判断した訳じゃあないですよね」

「も、もちろんですよ!」

言葉を切ったのでもしや、と若い検察官は聞いたが、震えている声にはやや強い意識があった。

「ってことは、新種の遺伝子だか何だかがってことじゃなくて」

「本当に、曲者なんです」

内心、オレの言葉を勝手に使うな、と言いたかったが、後輩の視線を感じて、

「どうなんだ?」

という言葉に差し替えた。しかし、次に鑑識から出た言葉は、信用しないのが失礼に値することなのに、とても信じられなかった。

「信じられないと思いますが・・・、一つの毛根に、違う遺伝子を持った細胞がいくつもあったんです。一つ二つではなく、いくつもです」

「はあ?それって鑑識のミスとかなんかじゃあ・・・」

「私だって最初はそう疑いました!でも、二回三回と再試行しても、結果は殆ど変わりませんでした」

険しい顔で難癖を付けようとしても、鑑識もパニック状態になりながらひょろっとした体を震わせて跳ね返した。

「じゃあ四回目は?」

「やりました!でも、何一つ・・・、何一つ異なる結果は出ませんでした」

あの表情筋がないような鑑識の顔に、恐怖が満ちていた。本来ならおふざけな結果という物は、本当なのだろう。

でも、まだ本当にシロだということにはならない。そう若い検察官に言われて、鑑識は思うように動かない口を動かした。

「け、決定的な証拠、とまではまだ行かず、まだこれは私の、す、推測となるんですが・・・」

「ちょっとはお前落ち着けよ。そんな呂律が回って無いで何言われても分かんねえぞ。座れ」

過呼吸になっているのを見すえて、歳を増した検察官が座っていたソファーに鑑識を座らせた。お気遣いありがとうございます、とやっと聞こえるぐらいの声でつぶやき、一つの深呼吸を置いて再び話し始めた。

「少し気になった、ブイズというものを軽く調べて、一番最初にあったイーブイ、という種類のポケモンのことを見てみたんです。もちろん、ゲーム上の設定とか数値とか目を通しても、あまり引っかかるものは無かったんです。でも!」

「なんだよその演出」

でも、のところを強調して言うのが気に入らなかった。しかし、鑑識は没頭しているのか、気にせず説明を続ける。

「見てしまったんです・・・。図鑑説明、というものを」

何故か若い検察官はそれは?とつい合いの手みたいなことを言ってしまった。

「そこには、遺伝子が不規則だと、しっかり書かれていたんです!」

ついには泣き出してしまった。更にはガキのように目の前の検察官に抱き着く始末。

「抱き着くなオイ!気持ち悪りいな!」

女々しい行動にさすがの先輩も引いた。引き剥がして、落ち着けともう一度言って、陰でメモを取っていた若手が最後にまとめた。

「つまり、イーブイ、という生き物が今この世にいる可能性がある。そして、奪い取った人もいる、ということになるんですよね」

「シロなら厄介になりそうだな。奪い取っていったガキとかが何仕出かすか分かんねえもんだし」

「可愛くて静かにしているじゃないんですかね。・・・いやあ、夢が広がるなあ・・・。一度、実物を見てみたいものですね」

「それお前だけだろ。本当にここはロクな奴いねえな」

先輩の検察官はため息をつき、力を抜き背もたれに思いっきり寄りかかった。

上にこのことを持ちかけても、ちと最近そうゆう不祥事があったから、あんまり信じてくれないだろう。

ここはオレ達でもっと話を聞こう。

動くのはこれからだ。

からげんき ( 2015/04/07(火) 20:54 )