ついに野生が本気を出すようです
果たしてあとどれくらい移動すればこの道のりは終わるのだろうか。とりあえず、登れると恵は言っていたが、
「ちょっと・・・、もうちょっとでいいから休憩取らせて・・・」
ニンフィアが相変わらずの体力の無さが影響して、乗り超えるめどが立っていない。イーブイも同じくくたくたになっているが、リーフィアが背中に乗せているので、足手まといになっているかというとそうでもない。サンダースは足にこれ以上の負担を掛けないようにと恵に言われ、顔だけ出してリュックサックの中に収まっている。あとはニンフィアをどうにかすればいいのだが、となっている。
「もう日が暮れるぞ。今ですら足元がおぼつかないとかってなっているのに、これ以上暗くなったら真面目に怪我する可能性だってあるんだ」
何度も休憩を要求されて恵も迫る時間で焦り、尻餅を着いているにもかかわらず、無理強いをさせるように言ってしまった。
「分かっているけど、もうダメ、歩けない・・・」
どっかのおとぎ話のセリフかよ、と心の中でいいつつも、
「面倒くせえな。じゃあ自分が持つから」
恵は言った後すぐに、さんざんいじめてきた腰を折り曲げて、ニンフィアのあばら骨の辺りに手を近づけた。その時に、ー止めるように頭に乗っかっているグレイシアが声を出した。
「さすがにそろそろキツいんじゃないの?三匹目は」
確かに、ただえさえネイティヴアメリカンの民族衣装みたいな、あからさまに派手な格好だと言うのに、更に桃色の良く分からないものを混ぜたらどうなのか、とあっても、今はそんなこと気にしていられない。
グレイシアが頭に乗っているだけでもかなりの迫力なのに、後ろもサンダースが黄色い顔だけ出してリュックの中にいて、その目立ちやすい風貌に、これでは八方なんちゃらと言われてもしょうがない状況に、男子には不釣り合いな色合いを投入したら、もうただの変質者にしか見えない。誰かに見つかったら間違いなく警察に通報されて終わる。ただ、それだけを引き換えに時間を惜しむと言うのなら、容姿なんぞどうにでもなれ、と思うのが恵であった。
「なるべく暗くならない内に家に到着出来るんだったら、こんなの平気だ・・・。やっぱこれ邪魔くせえな」
おりゃ、と声を出さないと持ち上げられないのに。平気と言うのは多分隠しているからだろうと、みんな分かっていた。
高さに怯えるニンフィアはすがるように、恵の首や手に自身のリボンをやたらに巻き付けているのだが、これがなんともうっとうしい。
「なんとかならねえのか?これ。どけてくれねえか?」
「だって、怖いもん。凄く高く感じるし、落ちたら痛そうだし・・・」
どうやら高い所に慣れてないようで、体がかなり震えていた。気持ちは分かる。でも、色々絡まれている方がかえって危ない。
「ならさ、一ヶ所にするとか出来ないのか?」
四方八方に飛ばしたひもも、一ヶ所にまとめてくれればそれほど厄介にならないはずだ。
「う、うん、分かった」
どこかためらいがちに見えたが、肘にある結び目から、一つずつ外し始めた。
見た目にしては意外とくすぐったくないが、絶妙に体温があるので、その生ぬるさが背筋を変に刺激している。しかも集まった先がまさかの急所の首筋。ただえさえ頭のグレイシアをやっと支えきれているようなところに、締め付けとまではいかないが、沢山まとわりつかれると圧迫感があって、本能にえぐい負担が掛かって本当に息が出来ないような、しにくい感覚になって、顔が少し
強張っていた。
それでも、進むことに専念することはやめられない。そうする為にこいつらにこうさせているのだから、今更弱音は吐けない。恵はいつものように念を押した。
「お前ら、あとは平気か?」
「そう言うのは恵君の方こそじゃないの?こっちはまだまだ大丈夫」
よくあんなボロボロなのに、平気だと言い張れるよな。
人間のくせにあそこまで身を粉にしても、よく心配する心のゆとりがあるよな。
恵とポケモン達で、お互いにそう思っていた。
抱き抱えられていると、恵の抱き方が上手いのか、体に違和感とかは無く、自然にリラックス出来て妙に安心感がある。多少体の重さを預けても大丈夫だと分かると震えは治まり、体の力が勝手に抜けていって、どっと来た疲れから、不覚にも本当に夢を半分見かけていた。
でも、寝たくなかった。こんなお姫様抱っこみたいな格好にされているのが嫌で、恥ずかしかったのだ。
ニ、なんとかの重心が丁度良い所に落ち着いたのを確認すると、恵は更に重くなった腰に負担を掛けさせまいと、素早く軽々と上げてから、再び移動を再開した。
黄色とかオレンジ色とかではない、真っ赤に染まった空が恵一行を出迎えた。
どうにかエーフィ達が落下した地点の近くまで来たようだった。より底冷えした谷間風が恵の頬をかすめ、体毛があるポケモン達はそれをたなびかせ、いずれ訪れる太陽の無い暗く、光の暖かみは一切ない夜の時間帯が間もなくやってくることを知らせた。より強さが増した風圧は木々を大きく揺り動かし、薄暗くなりかける夕闇のセットは、亡霊でもお出ましするのではないのかと思わせるような不気味さがあった。
そのせいか、臆病なサンダースは小枝を踏み折ったりとか、ちょっと大きな物音がしただけで身を跳ねさせる。そして、その反動が地味に痛いので、グレイシアはそのたびに不満な顔を見せる。恵には意味を成さなかったようだが、イタズラ好きのブースターが試しに隙を突いて、リュックサックの底に頭突きをかまして遊んでいたが、おとがめを受けてすっかり気が落ちてしまったようだった。
そんな道中をやり過ごし、やっと命綱がくくりっぱなしの幹を確認出来て、落ち着けられる状態になった。
首が本当に取れるのではないかと、サンダースが暴れる度に思うぐらいに、痛みはますます酷くなっていた。一定以上の負担を抱えると痛みは無くなるとかの迷信があったが、そんな物は嘘っぱち以外の何でもないことを、身をもって体験していたようなものだ。
上からずっと圧力を加え続けていたグレイシアが地面に降りたのを見届けると、本当に浮きそうな感覚に陥った。ニ、なんとかは、既に腕の中にくるまって寝息を立てていた。
「じゃあ・・・」
リーフィアはそれだけ言って、治療“みたいなもの”を始めた。重量をなくした蒸しタオルを乗せられたかのように、肩の内部まで熱がこもっていく。三度目だが、この不思議な感覚には相変わらず慣れない。その問題以前に、動物の力だけで何らかの疾患を直せたなんかあったら、どこかの宗教団体の超能力体験のヤラセみたいな事を除けばありえない。何をしているのか、そのカラクリがどうしても気になっていた。
「終わった」
そんな考え事をしている間にも、既に終わっていて、肩に残る熱も微かに残るのみとなっていた。考え事をすることが時間を早く進める要因なのか、そもそもが短かったのか、恵には全く分からなかった。
その疑問はわずかに匂わせるだけにして、
「本当に平気なの?後は降りても私は余裕なんだから。いっくら怪我している可能性があるからって、別に無理してまで背負う必要があるの?」
「後はそんな長くねえし・・・」
グレイシアが頭の上に取りついて、いざどれだけ軽くなったかを体で実感しようとした時、イーブイが身震いを起こしたことを見逃さなかった。
「ちょっと待って!」
「何か来る」
「怖い・・・、凄く怖い何かが来る・・・」
シャワーズ、ブースター、その上で震えているイーブイが、泳ぐ魚をモリで仕留めるような勢いがある声で、立ち上がろうとした恵を射止めた。いきなりの警戒度急上昇に置いてかれはしたものの、恵は空気の変わり方からことの大きいことだけは分かった。
「恵君、サンダースとニンフィアとグレイシアを、それとイーブイもちゃんと、引き下がらせて置いてね。サンダースには申し訳ないけど、前に出ないようにして」
聞いたサンダースは舌打ちをした。どうやら本気で思っていたらしい。分かったぜ、と、了解は言葉だけで、本心と声はふてくされていた。
「いきなり何だ?」
聞こえそうだと思える最小限の声量で恵は前にいるシャワーズに聞いた。この感覚、カフミと一緒にヤクザみたいな連中に殴りこんだころを思い出させられるような、そんな気まずい気分がした。
「分からない。でも確実にこっちに近づいて来ているの。何か、が」
何かで、恵には思い当たる節が三つある。
一つは、心配したたけ爺が探しに来ている、ということ。
二つ目は、あの集団が、こいつらを取り返すために追っかけて来た、ということ。
3つ目は・・・、
「熊・・・、か」
その考えに至るのと同時に、こいつらと同じぐらいの背丈の黒い塊が、粗い鼻息を立てながら茂みの中から姿を現した。
悪い予感は的中した。いきなり見たことの無い生き物が、この雰囲気の中から突然現れたのだから、みんなびっくりして毛を逆立てていた。ニンフィアも騒ぎを聞きつけて起きていて、恵と何か話をしている。目の前にいる得体の知れない生き物に気を集中しながら、シャワーズはその話に混ざった。
「恵君、あれは一体?」
「ツキノワグマ。まだ子供だ」
見たことが無いのだから必然的に、聞いたことが無い名前だった。相手も警戒しているのか、まだリーフィアやブースターの様子を伺っている。
「多分、新しい匂いでも嗅ぎつけて、好奇心でやって来たんだろうけど、そこそこ危なっかしいこともあるかもな」
「じゃあ、襲って来ることも・・・」
「しばしばある。運が悪ければ死ぬ人間もいるだろうな・・・。あ?知らねえよそんなもの、タイプなんか」
そこそこあるかも、じゃないよ、全然危険じゃん、と言いたい所だったが、恵は何かと交信しているようだった。もしかしたら、
いや、もしかしなくても、それが出来るのはエーフィだけだった。多分、人間相手に心で話しかけるのは、今まで見てきた限り、初めてのことだろう。この変わりようには、この場じゃなかったら、自然の雷が落ちてくるんじゃないかと、心配していただろう。
また一歩、ツキノワグマは近づいた来た。これ以上、話する暇は無いようだ。
「私らに指示出来ることは?」
「は?何か言われないと動けないとかはないだろうな」
「違うけど、言えることとか・・・」
これだけが、シャワーズにとって最後に言える言葉だった。
「じゃあ、追い払うだけにしてくれ。変に怪我はさせ無いように」
分かったと、シャワーズは返した。
しかし、お互い、動けない。
相手のツキノワグマはまだ警戒して、これ以上は近づいて来ない。出方を伺っているように見えている。こちら側も、まだ大した手立ても決まってないのに、下手に手の内を見せるのは最も避けたいことで、同じくじっと見据えている。
そんな
膠着状態が少し過ぎた時、
「私なら行けるかも」
前に出てきたのは意外にもニンフィアだった。戦線に出てきたら、一番違和感を覚えそうなあのニンフィアが出てきたというのなら、恵と何か話をして、それなりに工夫した策でもあるのだろう。そう頭で分かったとしても、
「え?ニンフィアってバトルに向いていなかったんじゃないの?」
動揺を隠すには無理がある。すでに立っているニンフィアにグレイシアがつなぎ止めるように声を掛けた。返ってきたのは、自身満々と言わんばかりの張り上げた声だった。
「傷つけずに、追い払えば良いんでしょ?だったらそうお願いればいいんじゃない?」
いかにも、“むすびつきポケモン”が思い付きそうな作戦だった。かなりの声量だったので、グレイシアがふと静かにするように、声を小さく、とニンフィアに向けて言った。
確かに、闘いそのものを回避すれば、物事は簡単に収まりがつくのだ。それだけなら、任せておけそうな理由になる。それに、とニンフィアはひそひそ声で付け加える。
「あのツキノワグマもそんなに怒ってもいないから大丈夫だよ。よく見れば、ちょっとかわいいかも」
感情がどうなのかは、エーフィほど完璧に察するとはいかないものの、ニンフィアもかなり敏感なので、そうなんだ、とと信用して思える。でも、かわいいのかどうかは少し疑問に思える。
「怒っていないのは置いといて、かわいい?言われてみれば、そう見えなくも・・・」
「ないわね。目がなんとなく愛くるしい・・・わよ」
無理しなくても良いよ、エーフィ。グレイシアの言葉も遮ってまでニンフィアの気持ちに同情してあげないとって気持ちは分かるけど、相当恥ずかしいんだと思う。だって余程じゃない限り、そんなこと言う柄じゃないのに。敵っぽいものがいる前なのに、場の合わなさから不覚にもシャワーズは吹き出しそうになった。もちろん、エーフィもそれに気付いていたので、ほのおタイプでもないのに火が出そうになったのはいうまでもない。
そうだよね、と反応をもらったと気付いた時には、既にツキノワグマの前にまで行ってしまっていた。
そのツキノワグマはいきなり寄って来た動物に向かって、半分は興味深々と見慣れない水色の瞳を覗き込んでいるような、半分は怯えているように警戒してにらみ返しているように見ていた。いくら子供だと言え、体格もそこそこ大きく、更に何も分からない相手だと少し緊張する。
「じゃあ、ちょっと失礼・・・」
言葉が通じるのさえ分からないのに声を掛けて、ぎこちない動きで自身のリボンを相手の腕(だと思う場所)に巻き付けようとしたが、相手のツキノワグマも驚いているようで、軽く触れたところで離れてしまった。
「動かないでね・・・、そう、その調子・・・」
一見、お医者さんごっこのような微笑ましい光景に見えているが、事情を知っているのにとっては真剣そのもの。見ている側もいつ襲ってくるのか固唾を呑んで見守る。今のところ、見ている側として出来ることは、これぐらいしかない。
ニンフィアも極力怖がらせないようにしているが、やっと触れたと思ったらまた後ろに行ってしまう。サンダースを始め、恵や幾つかのポケモン達は、ふと、あれ?趣旨変わっていない?などと思っていたが、失言だと考えて黙っていた。
三度目の挑戦。今度は体は近づけないで、リボンだけをゆっくり伸ばしてツキノワグマの腕に接近していく。
ゆっくりと、出来るだけゆっくりと、そう頭に思い続け、心では大丈夫だから、お願い、逃げないで、と強く念じていた。
あと数センチ。誰も瞬きをしなかった。
リボンの先は、ツキノワグマの懐辺りの部分に差し掛かったところで、毛の海の上を這うように早く先を曲げて、ついに、
「よし」
手首にニンフィアの白いリボンが巻き付いたのだ。
感動の瞬間であった、と言うのは本来なら少しおかしい。追い出せと言われているのによりによって友好的になってどうする、と突っ込む恵が今回は正しいはずなのに、やっぱり達成感がとても大きかったので、ムードに沿うようにするポケモン達に口出しを途中で止められる始末であった。
そんなやりとりは知らずに、まだ軽く怯えているツキノワグマに、気持ちを安らげるような念じをリボンを通して送り始めた。
基本、相手の気持ちを和やかにして争いを止めさせることが出来るのだが、応用すれば心を通い合わせることが出来る。興奮した感情を抑えて返すだけでもいいが、見た目の可愛らしさでなんとなく愛着が湧いて、友達みたいにしてみようとニンフィアは思い、そういった属性のエネルギーも送っていた。
そして、徐々に相手の警戒も解けていき、恐怖の対象でしかなかったニンフィアは好奇心の対象であった。
「もう大丈夫っぽい?」
ニンフィアが落ち着いてきたのと、ツキノワグマの様子が大分変わってきたので、ブースターが耳打ちをして聞いた。うん、と頷き、余裕のある笑顔を見せた。
ちょうど、気が抜けたその時だった。
さっきから妙にリボンの先がくすぐったい。そう気になって目線を戻した。原因は、匂いを嗅ぐ時のただの鼻息だったと、気付く時までは良かったのだ。
ツキノワグマは、なんのためらいもなくニンフィアのリボンの先をなめた。
はっきりと伝わってくる、荒削りの石で擦られたような痛い感じのザラザラがある舌なのに、そこからのジメジメして生ぬるく、ねっとりとしたいかにも体液らしい感触。それがちょっと触れるぐらいとか、一回とかならびびるだけだっただろう。
「あの、ちょっと・・・」
たが、よほど美味しいのか、二回、三回と淡々と舌先でリボンの青色の部分をなぞる。その度にリボンが目に分かるほど震えている。
そして、四回目、ついに体にまで震えが伝わったと思ったら、
「もう嫌ぁ!!」
果たしてそれは正確な音だったのか。聴いたことがないほどの断末魔だった。音なのになぜが体が物理的に吹き飛ばされそうになって、反射的に恵はサンダースとイーブイをかばうように体を横にしてうつむいた。
いかにその音が莫大だったか、そこまで険しい山も殆どないくせに、その音の山びこがいまだに鳴り止まないのが何よりの証拠。まだ反響が続く中で、恵は顔を上げると、
「気持ち悪ったよ・・・、あんなのもう二度と会いたくない・・・」
爆音の主がいきなり泣きついてきた。普通に泣いている。理由はすぐに分かったが、
「なんだ今の?」
出てきた言葉そのまま今の気持ちだった。
何本かの木々は冬でもないのに枝のみとなり、ツキノワグマは飛んで逃げた、いや、本当に飛ばされてしまったのだろう。落葉をすべて脱ぎ捨てた裸の土の地が現れているなど、吹き飛ばせるものは殆ど飛んでっていた。
「ありゃ、これまた随分と派手にやっちゃったね」
「きれいさっぱりってところかな?まあ、追い払うだけは出来たし、別にいいんじゃない?」
しかし慣れているというのか、こいつらは大災害じみたことがあったのに呑気そうにしている。
「多分、“ハイパーボイス”っていう技かも」
少し遅れてシャワーズが答えた。
技なのか。たかが舐めれただけなのにそんなにぶっ飛ばして、情けねえな、なんて本音を言えばまたワーワー言われるのがオチなので、今は心にしまっておこう。そんな心のゆとりを持っていることも、こいつらのおかしな現象に馴染めているのだろう。
「で、そういうのが日常茶飯事みたい起こるってことはないよな?」
でも、いくら慣れ始めている恵でも少し別の意味で恐怖していた。これぐらいびっくりすることは、さっきまでの日常でもそこらじゅうに転がっている。それを触るなり踏む度に大惨事が起きていたら、そのうち冗談抜きで自衛隊が出動する騒ぎになりかねない。
「よくあるんじゃない?私らは別に平気だよ?」
嘘だろ?
「いやお前らが平気でもな・・・」
「分かった分かった、ニンフィアにそうお願いしておくから、私らもなんとか・・・」
恵の気分を察して、シャワーズが言いかけた時、何かに気が付いたのか、突然森に方に顔を向けた。他の連中もそこに集中している。
静寂の中、ただ言えること。それは、あの中にまだ何かがいる。
落葉を踏みつぶした時に出る音が、少しづつ大きくなっていく。さっきのツキノワグマより明らかに大きい。
急に足音が小さくなった。しかし、遠ざかったのではない。もう落葉を踏むことがない、つまり、そこまで近づいていたのだ。
意外と早めにそれは姿を現した。一番目線が高い恵も全身を見るには少し見上げないといけないほど大きい。真っ暗の体の胸辺りを貫くのは白い一条の模様。色は黒いのに光り、じっと睨み付ける鋭い目。そして、
「完全に怒らせたな・・・」
「すっごく怒っている・・・」
「これは、少しまずいわね・・・」
強い感情を感じとり、口にしたのは、恵、エーフィ、ニンフィアで同時だった。
「母親を」
ツキノワグマが本気だと、その野太く低い大声が物語っていた。