自称“神を治る名を持つ者”
恵は二つの事に驚いていた。リーフィアの意外な一面を見れた事と、その現場が偶然にも、あまり地元民も知る人がいない秘密にしていた紅葉スポットであった事である。なぜなのかと事情を詳しく聞こうにも、よほどなのか、話してくれる余裕は無く、ただ落ちた落ちたと言われだけで、とにかく下に降りて確認したいと、いきなり怒鳴られる仕打ちだった。
昨日に引き続き、今日も走り詰めだったので正直、恵自身も体力が限界に近づいていた。
「まずどんな感じなの?拝見させてくれない?」
降りられないシャワーズが頭の上から聞いてきた。見せる為に、降りる為の命綱の束を右手に持ちながら、崖の
淵の上に立った。この美しい景色を楽しみたいのは山々だが、問題はその谷の底にある。覗くとそこは、生身で飛び降りたら決して安上がりで済むことはないぐらいの高さがあった。底がどうなっているのかは書きにへばりついている木々の木の葉で覆われてあまり見えなかった。でも、
「この下って川だよね。滝があるんだし」
「そうだけど何だ?」
この環境なら一つ、シャワーズだけに出来る事がある。
「なら飛び降りてもいい?」
勿論だが、事情を良く知らない恵はは?、とすっとんきょうな声を出す。
「飛び降りるって、本当に大丈夫なんだろうな?間違えて河原の岩に頭を打っても文句言わないでくれよ。あとこの川は浅いところがいくつかあるし、余計に危険だ」
「別に水が張ってあればいいの。もし河原の硬い石の上に着地するみたいになっても私が何とかする」
恵は言葉の意味もよく分からないままであったが、どんと行けみたいに背中を押してやっても良いと何故が思えた。
「とりあえず早くとっとと先に行きたいんだろ?じゃあ、一つだけ約束を守ってくれ」
「えっ、何?約束?」
じゃあ、の言葉で体を投げ出す体制をとっていたので、少し体がよろめいてしまった。恵はシャワーズが立ち直すのを見てから、こう言った。
「お前の約束を守る為にも、生きていないと意味がないんだ。どんだけ大切なことだか知らないけど、そうじゃなかったら元も子もないんだ。だから、生きていてくれ。・・・行ってこい」
行ってこい。この言葉で今度こそ、シャワーズの体は恵の頭から離れて行った。少しだけその時間が長く感じられた。
シャワーズはとても幸せだった。アホでも自分を認めてくれて、頼りないけど頼れる存在が出来たのが。これから急降下が始まるというのに、ウキウキした心が空へと引っ張って、飛んで行けそうな気がしたので、
「I CAN F・・・」
訳せば“私は飛べる”という意味の言葉を別の言語で思いっきり叫ぼうとしたが、最後の“L”と“Y”が口に出せずに風に流されてしまい、言えなかった。結局、真っ逆さまに落ちた行くことには変わらなかった。
その後ろ姿を見て首を傾げようとしたが、意志とは反して動かない。何かを残して飛び出したことに疑問符を打とうとしたが、痛みがその代わりに出てきた。
「本当にゴリゴリに凝ったな」
「ねえ、案として、私にその太い糸を巻き付けて私だけ行かせるってのはない?それより早くして」
何だかリーフィアはいつもとさほど変わったところは見受けられない。さっきワンワン泣いていたのは何だったのかと思うぐらいに、態度はいつも通りだった。首に自由が利かないまま、恵は顏をしかめて抗議する。
「お前は、とことん人に対して労いを持たないよな。ちょっとは休ませてくれよ」
そこで一旦呼吸を入れて、ため息を付こうとしたが、
「そうやって人間は見捨てるんだね。変な文句をこじ付けて」
矢継ぎ早に、割って入って来たのは膝より下ぐらいの背丈しかない茶色の動物、イーブイだった。吐く為に吸った空気を、仕方なさそうに渋々言葉に変えた。
「それこじ付け違う。首が棒になったまんまこっから降りてみろ。自殺行為だぞ。言われても自分は絶対嫌だ」
「そんなの、唯の言い訳じゃん。やってもないのに。僕なら出来るもん」
「そんなのって返すけど、そもそも人間とお前らと体の仕組み違うんだ。お前が出来ても自分に無理しろって強いても無駄。何度か言ったが自分はテレビに映っているタレントとかそういう方面の職業を目指している訳じゃない」
はあ、とため息を吐いた。何度目だろう、多分、一日に吐いた回数部門で、紛れもなく今日が新記録更新となるだろう。その恵の疲労困憊した姿を無視して、というよりそうしざるをえない状況にあるリーフィアが話し掛けてきた。
「だから私がその縄を借りて、行ってくるって言ったのに。聞いてなかったとかはない?」
「ああ、ちゃんと聞いて置いた。でも、お前だけが行って何があるっていうんだ?また迷子にでもなるのか?結構な数の洞窟がこの下にはあるし、崖の地形も分からないくせに闇雲に下ったところで絶叫しまくるのがオチ。別にお前の石頭なら落ちても無事でいられると思うし、別に命綱が無くても木も下にあるからそのまま飛び降りても大丈夫じゃね?」
そこが違うの、と返し自慢の植物に対する知識をイライラと共に発散し始めた。
「私だってこの高さは無理。それと、木があるとかの前にまず土。パサパサでまとまりがないし、かなりボロボロ。これにサンダースやグレイシア達が足を取られて落ちたと思う」
リーフィアは崖の際の土を前足で突いた。すると、それほど力を入れている様子もないのに呆気無く崩れてしまった。
「こんな所は生えている木も、丈夫さなんてたかが知れている。乗っかった瞬間、体重を支えきれずに枝がポキンと折れるか、その木ごと根っこから抜け落ちると思う。多分支えきれるのもあるかもしれないけど、あんまりあてにならない。だから支えがないと無理だってこと」
ふうん、と恵は相槌を打った。更にリーフィアは続ける。
「それに、酷い肩凝りも私の“いやしのすず”で治せたのなら、また使うとかしないの?別にそこまで大変な技じゃないし、さすがに治療も怠るほど私はケチじゃない」
「ああ、確かにあったな、そんなの。あいつの名前を考えてたからすっかり忘れてた」
「そう、ってえ?今何と?後でで良いからどういうことかちゃんと言って。じゃあ座って」
何か別の緊迫性が見えて、そのことを聞こうと思ったが、半ばリーフィアに強制的に座らされてしまい、
「そう・・・そうだよね・・・」
何か独り言を呟いているが、言葉も良く聞こえなかったので、深くは考えなかった。やがて我に帰ったリーフィアは、
「あ、いや別に名前を決めて欲しいって言ったからって、まだ信用しきれてないと思うし、せいぜい
弄ばれているぐらい。そんな事なんて絶対にありえないんだから」
シャワーズのことを必死に釘を刺そうとして、何とか恵がシャワーズを下僕に入れないような流れを作ろうとしていた。慌て気味の勢いそのまま恵が心の準備が出来ていない内に、癒しの念を送り始めた。
イーブイはまだ恵の態度に気に入らないようで、リーフィアの熱弁が終わって、
「そうやって、自分以外の他の命とかは軽んじていて、自分になった時だけ命乞いとかするんでしょ。ずるいよね」
悪口をわざと、やっと聞こえるぐらいの声量で愚痴をこぼした。熱を帯びた首周りをさすりながらかったるそうに答えた。
「あのな、ちびちび言う方もせこいと思うが」
「そうしたら、恵自身もすぐに大っぴらな行動をしたらいいじゃん。そっちも言えないくせに」
「まず手順というものを考えさせてくれ。もし自分がこのまま無理して崖下りしたら、どんだけ危険があると思っているんだ?無鉄砲に動く方も言えないぞ」
「また難癖を付けて、逃げる気なの?勇気なんか無いのは・・・」
いつまで張り合っても意味は無いと思い、はい、そうですね、で終わらせることにした。丁度良く、リーフィアの方も、
「こんな感じ。痛みが無かったら早く作業を進めて」
そう冷たく軽蔑するように平たく言い、軽く肩をはたくと恵を待つ為にその場で座った。肩を動かして具合を確認した恵は勝手に動き出すと、森の茂みに入って五歩ほど歩いた所にあった近場の木に命綱を一巻き括ると、それと腰に付けているジャラジャラしたものに引っ掛けた。更に、複雑な手の動きを見せながら、
「ちょっとは手伝ったらどうなんだ?早くして欲しいなら自分から動くとかしないのか?」
後ろに振り返り、声を掛けて、いや、正しくは不満をぶちまけた。
「言われてないから無理」
偶然にも、イーブイと声が合って、少しだけお互いを目に掛けた。急いでいても、やり方とかの事を知らされずに出来る訳がない。すかさずイーブイが不満をつづる。
「だったら教えてくれてもいいじゃない」
「やり方とか、そういう意味じゃない」
変化球の答えに、え?とこれまた同時に反応した。
「お前らは、自分で出来る事を探すことは出来なかったのか、ってまで言わなかった自分が悪いことになっていそうだったから言って置く。もう遅いし、気に止めないけど、そういう意味で聞いたんだ。すぐ行くけど、リーフィアとかだっけ?お前も頭に乗っかるか?」
答えを聞いて、リーフィアの方は少し気が重くなって更に、恵が特に気に止めない部分が重くのし掛かっていた。捉え方が少し違うだけで、イーブイの方も言いたい気持ちがあるが、反抗出来ずに閉口している。
「でも、イーブイはどうすんだ?」
恵はリーフィアが嫌々な感じでうなずいたが、イーブイの方は来るかどうかはまだ聞いてなかったのを今になって思い出した。
イーブイは立場があまり良くないので悩もうとしたが、時間がないことを背景に深く考えずに、
「僕も行く。活躍出来ないことも多いけど、行かなかったよりはましだ」
そうか、と恵はイーブイの意思を受け入れたように思えた。しかし、そう簡単に首を縦に振ってくれなかった。
「でもな、どうするかってまだ決めてないんだ。まず、自分の上にこいつが乗っかって、そこからどうするかが、分かんな・・・」
「私の上にイーブイでいい」
少し無理な体勢になるが、だらだら考え込んでいるよりはまだいいので、恵の言動にきっぱり切断した。そのままイーブイの小柄な体を背中に乗せると、
「ちょっと頭の位置を低くして」
命令するように、恵に言い付けた。はいよ、と唸ってしゃがむと、リーフィアはシャワーズが乗っていた時と同じような体勢になるように、ヘルメットの固い頭をまたいだ。
「もういいよな。あと、これから先は文句云々は受付しないからな」
そう恵は上の二匹に言うと、持っている命綱をより強く握りしめた。
その頃、崖の底では、
『・・・え?』
サンダースは少しその様子を見て、理解するまで時間が止まっていた。
『ちょっと乱暴だったけど』
ブースターがニンフィアの後に心で話した。時間を取り戻したサンダースが意気揚々としている二匹に聞いた。
『ってことは、ずっと伏せてて、こっちに来たら仕掛けることをしていたのか?』
うん、と二匹共に首を縦に振った。
石ころだらけの地面にあぐらをかいて座って両手を上に上げている男を見て、ニンフィアはその両手首を余った一本のリボンを巻き付けて結ぶと、その結び目を背中に持っていった。最初男は驚いた反応だったが、意味が分かるとすぐに落ち着いた。
『手荒くて失礼するけど、ここは仕方ないの。我慢してね』
ニンフィアがそう心で独り言のように呟くと、エーフィが男の前に出てきて舐めるように男の隅々まで観察する。やがてある程度見ると、
『みんな、一旦ここに集まって』
いつもの心の会話で召集をかけた。その様子を岩陰で見ていたグレイシアは、何だろうと外に身を乗り出して、既に目覚めていたエーフィを心で呼んだ。
『何してるの?さっきから無視されているけど、まさか私を忘れたとかないよね』
グレイシアはしばらく自分の話題になっていなかったのが気にかかったので、何となくで聞いて見た。特にこれといった意味は込めていないのだが、
『あ・・・いや・・・、とにかくこの人間を、一旦反抗出来ないようにしたのよ。それだから一度話し合いをして、その為にも集まって欲しい訳。私はこの人間を対処するのに夢中になっていただけで、忘れたとかはないわ』
一瞬図星を突かれたような素振りをを見せたので、意外、本当だったんだ、と思うと、
『だから違うって。その・・・、それは不可抗力よ。一つの物事に集中していると、少し周りが見えなくなるだけで、本当に存在を忘れたとかはないわ』
苦し紛れの返答に、ふうん、とグレイシアは関心なさそうな気分で返した。もうこの答えはただの言い訳に過ぎないことは分かっていた。その考えが見えてから、エーフィはやっとまともに謝った。
ともあれ、この人間をどうするか。恵の元にいるシャワーズとリーフィアとブラッキー、それとイーブイはいないとして、残りのメンバー全員で話し合いを始めた。とはいっても、
『とりあえず、名前は聞いておく?』
エーフィのこの一言だけで、ほぼ満場一致だったので、
『あのさ、話し合う意味なくね?』
この現状にサンダースが突っ込んだ。エーフィ以外は殆ど同時に、そしてほぼ同じ間を置いて、
『あ、そうだった』
と今更になって気が付いた。ため息を吐くと、
『てか気が付かなかったのかよ。じゃあ話合いって言うか分かんねえけど、何の為に集まったのか覚えていないだろ』
こう話した問に対して、うなずく頭がちらほらとあった。その中でブースターが、
『ただ見に来ただけかな。集まるとかだったけど、その集まりに来たのは実際グレイシアだけだったしな。先ず待ち伏せしてた場所が近かったから、そもそも歩いたかは微妙なラインだった気が・・・うん、歩いていないな』
『思えば、私もずっとここにいただけだね』
続けてニンフィアが便乗すると、残ったエーフィがうげっ、とどこか痛い所を突かれたのか、少し漏らした。
『もういい。分かったから、とりあえず名前を聞こう。俺が聞いてくる』
結局ここもサンダースが仕切ることになった。その男と目線を合わせると、
「いきなり言葉をしゃべってびっくりすると思うけど、名前は何て言うんだ?」
仕打ちをして置いてこんな接し方には少し罪悪感がしたが、進めないとなにも無いのもまた事実。かなりごり押しだったが声を掛けた。
正直、かなりの不意打ちであった。なんかしらのやり取りは何となく分かっていたが、こう巡り巡って来るとは予想外であった。だが、この男にとって予想外とは楽しいものであった。
もちろん男は驚きの反応を示した。しかし、いつものように表面上に現れているところは殆ど穏やかな無表情であった。もちろんまだ穏便を保つ余裕も持っている。そしてしばらくして、男はゆっくりと口を開いた。
「その態度とは、ふっ。人間を知らないなら無理はないが、あっぱれだな」
ふっ、ってなんだ、ふっ、って。この様子から、相当たちが悪い性格であることは分かった。みんなもいけ好かないといった表情をしている。そういうのを毛嫌いしているエーフィとグレイシアはその表情で見合わせている。男はそのままいかにもやらしく、耳障りな言葉選びで話しを続けた。
「まあいい。言ってやろう。戸籍としてのは、剣崎 浩二(けんざき こうじ)とも呼べばいいだろう。これで良いかな?まあ、獣諸君に何の利益があるかは知らないがね」
言ってやろう?呼べば?この言葉で、正直サンダースやブースターは喧嘩っ早い性格もあってぶっ飛ばしたくなる気持ちで一杯だった。でもエーフィは少し引っ掛かる部分があったので、そこを問いただしてみた。
「さっき“戸籍として”って言ってたけど、その言葉をわざわざ付け加える意味は何?」
男〜剣崎は、すぐに答えた。
「意味は、私は認めてないデータ上での自分としての名前と言えば言いだろう」
なんか言葉選びが独特過ぎて、言葉の意味を飲み込めていないので、
『どうゆうこと?』
と聞いてきた。前の深層心理の話以来、ニンフィアは再び翻訳としてそのポケモン達に伝えた。更にエーフィは突っ込む。
「じゃあ、もう一つ、自分が決めている別の名前があるってことでいいかしら」
「まあ、そう考えるのが、普通になるな。私が考えるには人間として、だが。なら、もう一つの名を言う方が獣諸君にもそこで完全に条件を満たすことになる。一応言って置こう。洗礼名、といえば変になるが、該当する言葉を私は知らないので、これで我慢してくれ。洗礼名は“テポドン”、と言う」
長い名前を持った人は時々見かけるが、全く別の名前を持った人はエーフィ達にとって新鮮に映った。テポドン?とみんなは心で繰り返し言う。呼び方に“戸籍上としての”剣崎の方もあるので、少し迷ったが、認めていないそうなのでテポドンと呼ぶことに、心で全員に伝えた。そのテポドンがこっちに質問をしてきた。
「こちら側が名を聞かれたのなら、こちら側も名を聞いても良いだろう?人間としての礼儀なら、だが。まず、そこのピンク色の者?獣か?」
「呼び方は獣でいいわ」
エーフィはきっぱりと答える。
「ならピンク色の獣から時計回りと言いたいが、意味は分かるかね?」
「私からこの手の向きの順にってことぐらい、分かっている」
サンダースにとってかなりイラつく言い方にも、エーフィは真面目に答える。サンダースはこのテポドンと言う男とのやり取りを見て、
『良く切れないな。結構仲が合うようなタイプなのか?こういう感じの奴って』
と心でエーフィに聞いてみるも、
『今は真剣なの。余計な質問はしないで。会話をきちんとしているだけで、本当だったら間違いなく合わない感じだから』
あっと言う間だった。エーフィはすぐにテポドンへ集中の眼差しを戻した。
「よろしい。なら始めてくれ」
「私の名前はエーフィって言うの」
「エーフィ、とは種としての名か?それとも・・・」
「種としての名前よ。まだ個体を識別する為の人間のような名前は持っていないわ。みんなも殆ど一緒よ」
言葉を遮られても、テポドンも質問をしようとした内容としての適当な範囲での答えが返ってきたので、
「そうか。なら次の黄色い獣、名、と言えども種族名か。何と言う?」
その事には深追いはせずに、名前を聞くことに専念した。
「サンダースだ」
「サンダース、か。私が声を聞くところ、なんとも不愉快そうだが、私が気に入らないか?」
「ああ、すっげえ気に入らねえよ。その変な言い回しとか、他を見下したような喋り方とか、イライラするんだよ」
不機嫌なサンダースの面とは対照的にテポドンは少しだけ口角を釣り上げてから、変わらぬ口調でこう言った。
「そこが不自然で誠に面白い。こういう四本脚の動物だったら素直に私の首を噛み切ってしまうのが普通なのだがな。もちろん私の見解と経験上だけでの話だから、サンダースの常識とは違いがあるが、私が思うに・・・」
「喧嘩売ってんのかてめえ?」
エーフィと同じようにテポドンの話を最後まで聞かずに声を出したが、今回は訳が違った。ニンフィアはリボンの結びを強くして、テポドンを牽制するが、口を封じるには及ばなかったようだ。
「私にその気は存在しないが、サンダースがそう勝手に思っているのか、その意味として捉えざるえないか、もしくは聞こえることになってしまう言葉を私が無意識に発してしまったのか・・・」
「違う。その話し方が気に食わねえ。言葉が上から目線だったり、いちいち遠回しで言うのは癖だか知らないけど、なんとかならないのかって」
二度も話を切られたテポドンは、今までの即答ペースを崩して十秒程間を置いてから、言い始めた。
「意見をまとめるのなら、しっかりと謙譲をして、要点だけを絞って簡潔に話せと要求しているのだな。だが、その要求は無理だ」
「どうしてだよ」
またイラつき始めたサンダースだったが、そんなことお構い無しでテポドンは話を続ける。
「まず謙譲の点だが、私は人間という種族の特性上、自分とは異種と分かると本能的に見下してしまうので意識したとしても不可能だ。次に獣諸君が言う“遠回し”の点だが、私の言うにはこれでも“簡潔”に話しているつもりだと私は考えるし、これ以上省略できる部分も私が考える上ではないからだ。それとも、私の持論がどうとでも?」
「そうならさ、“人間は普通こうだから”とか、“私はこう考えたからこうだから”ってわざわざ言うのはいるのか?」
ああ、と合点がいったようにテポドンは口から声を出した。
「なるほど。その私と人間の持論という思考のプロセスの提示は獣諸君には需要がないと。獣の思考や常識というのとの違いを前提に考えて私は話しているので、そこは私が知らなかったから仕方ななかった、としか言いようがない。不満があるなら希望に応えて話し方を少し変えよう」
「あんまり変わんなかったら、ちょっとしばかせてもらいぜ」
「契約とでも言う物かな、その脅しは。まあいい。これで満足なら、次の獣に変わるが良いかな?」
そうしろ、と散々ストレスが溜まったサンダースは吐き捨てるようにテポドンに向かって言った。そのお陰でサンダースの体毛が発生した静電気によってすっかり逆立ってしまった。
このサンダースと言う動物の次は、自分の腕を縛り上げている触腕と呼ぶべきものを持つ、エーフィという動物とはまた違うピンク色の、どちらかと言えば前者に比べて赤に近い色を持つ異形の動物だった。
「私はニンフィアって言うのよ」
「ニンフィア、か。・・・、にしても、四本脚の動物にしては変わった器官を持っているのだな。不思議だ」
手首に巻き付いている物体をまじまじと見てから、こう言った。
「このリボンのこと?」
「ああ。リボンと言うのか、その触手」
テポドンがその単語を言った瞬間、ニンフィアの態度はがらりと変わった。
「ストップ!触手はないでしょ!」
いきなり怒鳴られたのと、その勢いが思いのほか強く、真横と言ってもいいほどの近くだったので、テポドンは少し仰け反る姿勢になってしまった。体制を立て直してから、ニンフィアに向き直った。
「一体何だ?そこまで“ショクシュ”と言う発言が気に入らないのか?」
「気持ち悪いの。クラゲあれみたいにああいうウニョウニョしたのを触手って言うのであって、私のこのリボンとは全然違うの。ああいう汚いものと一緒にしないで。本当に嫌なの!」
このメンバーの中でかなり寛容な性格だが、このことに限っては変わったように訴えるのだ。さすがにテポドンも勢いに飲まれがちになったが、会話をして昇華させることにしたのだが、
「分かったから少しは大人しくしてくれたま・・・」
「大人しく出来ません!じゃあ謝るとかは出来ない?」
このやかましさ本体は一向に収まろうとする気配は無い。エーフィも心配して心に話し掛ける。
『ニンフィア、気持ちは分かるけど、もう少し抑えてくれない』
『だって、嫌なものは嫌なの。あんなのと一緒にされるとなると思うと、吐き気がするぐらい気持ち悪い』
何とか諭すも、引く気にならないのはあまり変わらなかった。テポドンの方も、さすがに参ったようで、
「謝罪するから鎮まってくれ。私を難聴にして何になるというのかね」
「分かった。今後一切私の大切なリボンをそう言うのは禁止。今度言ったら本気でぶっ飛ばす。言って置くけど、私の声のパワーは伊達じゃないからね」
女の子が言うべきではない単語がいくつか混じっていて、詰まる音を強く言う口調で少し迫力もみられた。
「すまない。あと、声の威力がどうとか言っていたが、次・・・」
「そこまでリクエストして欲しいのなら、一発くらってみる?車ぐらい簡単にひっくり返せる威力だけど、いいのかな?」
「いや、そこまでは言った記憶は無い」
「なんかそういう意味として聞こえたから、そう聞いただけよ。そうじゃなかったら次のブースター姉ちゃんが待っているから、早く、ね」
どんだけリボンのことを根に持っているんだ?心情が読めているエーフィは恐ろしい一面を見たと、自分にしか分からないぐらいだったが僅かに身震いをしていた。そういう意味として聞こえた、ではなく、わざとそういう意味として聞いていた、の方が正しいだろう。しばく時の口実を作る為にやったのだ。
さすがに生存本能が何かものを言い始めて、その作用で手の平が汗ばんできた。二つ呼吸をしてから、何度も話を切られたテポドンは気をとりなおして、話を再開したのだが、
「声で物理的な攻撃とはなんなのか?まあいい。次はブースターと言って・・・」
その時、川から何かが飛び込んだ水の音が聞こえてた。テポドンを含めた全員がその方向に向く。いい加減、何度も途中で遮られて、さすがにあることが聞きたくなった。
「一度、皆に聞く。私の言葉に必要なまでに、そしてそんなにも災いを起こす要素があるのか?」
「ある」
完璧に同じ回答をされて、テポドンは本気で困惑した苦笑いを浮かべざるを得なかった。
やはり、
神治という、逆に厄を呼びそうな胡散臭い名前は祟るものかと。