ひねくれものとおかしな生きもの - 第三章〜崖の下のひねくれもの
一つの意志、第二の変な人間
ある男は、いつものよう独りでニジマス釣りをしていた。釣り竿に独特の誘いの動きを付け、川といつものにらめっこ。川の流れる音を聞きながら、静かな趣味を楽しんでいた。

やがて、竿に反応が現れた。ヒットしたのだ。その男は相当のめり込んでいるのだろう。リールを巧みなさばきで巻いては竿を引くを繰り返す。

そんな時、毛が無い頭皮に土のかけらが一つ、ぶつかった感覚がした。

「落石か?」

釣糸が垂れる一点から視線を逸らし、そう振り返るか振り返らないかの所で、その男の映像は途切れた。

何かの鳴き声と一緒に。













「なんだ?今のは」

昨日と似たようなあの不気味な音がした。

「何か聞こえてたよね」

「今の声、イーブイに似ていた。かなり」

え?と恵とシャワーズは声を揃えて驚いた。

「で、イーブイって?」

いい加減にして、と声が上がるものの、シャワーズの視線によって押し黙った。

「あのね、あの特徴が無い所が特徴って言ってたじゃん。その子がイーブイね。あとはとにかく走って」

「ああ、どっかで見た感じの奴か。っておい、まだ方向も分かっていないのにむやみやたらに駆け回るのか?」

「ちょっと、恵君なら分かってるんじゃないの」

「間違えた、お前達のことが抜けてた。自分はもちろんそんぐらい分かる」

「びっくりしたじゃない。今度こそ、急ぐよ」

本当に世話が焼ける、と言いたげな口調でリーフィアは恵に伝えた。

そして一行は走っての移動を始めた。しかし、走り始めて五分程で、シャワーズの口から病人のような音がし始めた。頭の上でひっきりなしに鳴るので心配した恵は聞いてみることにた。

「あのさ、無理しない方が良いって、シャワーズ」

「別に平気よ・・・平気」

平気と言っているところの間の音から我慢出来ていないように聞こえてた。

「頭の上から昼飯吐き出されてもこっちはなんにも見えなくなるだけだ。やめてくれよ」

「私は・・・はきだすなんて、覚えてないし」

覚えてない、とは言うものの、まだ変な声が漏れている以上、まだ疑いの余地があるとみて、さらに恵は詳しく聞いてみた。

「つまり、大丈夫ってことだよな」

そう、と声が返ってきた。更に恵は本心の所に突っ込む。

「それ以外もさ、走ってからずっとウエッ、ウエッってカエルの鳴き真似しているけど、どうした?」

「仕方ないじゃないの・・・、揺れていたら出ちゃうって。恵君も上に乗っている・・・、私の事に少しは気を使って」

なんだ、唯の横隔膜(おうかくまく)の圧縮か、とやっと恵は納得した。

「走っていながらそんな事は自分の技術じゃあ残念ながら無理だ。今後、その呻きは気にしないから揺れには我慢してくれ」

「あとね、出来るだけ・・・葉っぱがよく当たるから頭・・・」

シャワーズが最後の言葉を言う前に、恵はいい加減にしろ、という感じの口調で遮った。

「そんなに注文や不満が多くなるんだったら降りてくれ。これでもつらいんだ、分かってくれ」

ぶり返してきた肩の痛みもあって、恵も少しずつしびれを切らし始めた。

「それしても、声を聞く・・・ところでは元気そうだけど?」

「自分もお前みたいに口だけは達者だよ」

そんな時にリーフィアが間に入ってきて、

「もう遅すぎ。方向だけ教えて。私は先に行ってくる」

一人と一匹がしゃべりまくって遅くなって見えるようで、とても苛ついた話し方で聞いてきた。

「はいよ、まっすぐこっちの方だ、多少ずれていると思うけど、あんまり遠くないから問題はない」

本当、と聞いたが、どこかで恵が肯定の意志を示したと思ったのか、本当に指差した方向へと向かって、一人と一匹を置いて先に行ってしまった。

それにしても、リーフィアは変な移動の仕方をする。まるで猿のようと、恵には見えた。四本脚で走っていたのだが、それはペースを合わせる為だけのようで、本来のやり方は、特殊な肉球で貼り付いているのか、幹に爪を引っ掛けているのか分からないが、いとも簡単に木に登って、その枝の部分を器用に伝っていく。そのやり方の方が地面の上を走るより速く動けるようで、あっという間に見えなくなった。

「随分張り切って行ったけど、途中で本当に文字通り道草を食っていねえかな?それ以前に沢山食ってから殆ど休み入れずに、あんな激しい運動していたらどっかで食った分吐いてそう」

「まあ・・・ってさっきから吐くとか言っていることが・・・汚いよ。相手は女の子なんだから、何度も言っているけど、その・・・ぶっきらぼうな所はなんとかならないの?・・・懲りないよ」

シャワーズはこう言っているが、もう慣れ始めていて、他人事のように思えてきた。

「世話焼きだな、お前は本当に。別にそうならそうでもいいし、懲りないのはお互い様だ」

「そうだったら、そのうちあの馬鹿力・・・だっけ、それでぶっ飛ばされるかもしれないよ」

「近所迷惑にならなければいい。そん時はそん時、だな」

「そん時って、ねえ、自分の命・・・なんてどうにでもなれって・・・言ってるのと一緒じゃない。それじゃあ・・・みんなとは仲良くする気はないの?・・・そんなんじゃ嫌われちゃうって」

シャワーズが少し感情的な話し方になった。こうなるのは感じ方を変える何か、心で大きなものがあるようで、今までと違い、どこか訴えているような口調だった。

「そうされたほうがまだ気楽だ。あんな物騒なことをほぼ毎日繰り返す、それに動物のくせに良くしゃべる、なんでもあり、あと何しだすか分からない。外側に対して相当神経すり減らして生活するより、なんかのきっかけで月に飛ばされた方がまだ安泰だ」

「だったら私らは迷惑な・・・存在と思っていると。でも矛盾しない?・・・なんでほったらかしにしなかったのか、深夜のテンション・・・で出来るの?本当に」

恵は嘘がバレそうになり、少し動揺したが、

「まあ、人間なんてそんなものだ。いざとなったら剣を飲むし、綱一本で崖から飛び降りするし、そん時になったら案外いろいろ出来る。自分の行動もそのうちの一つみたいなもんだ。ただ、あの時は本当にパニックになったし、真面目に軽く記憶が消えていたけどな。本当に助けようって事しか考えていなかったし、そっから先どうするなんか適当だった。簡単に言うと、無責任だった、ところだな」

何とかこじつけは出来た。しかし、

「じゃあ、本当は・・・、はっとしたことだった・・・事なのね。ただ単に助けたかった。でも・・・やっぱ何か隠しているんじゃないの?・・・パニックになっても助けたくなった理由、強く動かされた元・・・、話したくないなら別に話さなくても良いよ。・・・嫌なことだったら」

動揺していたのを感付かれたようで、言い逃れはもう出来ないようであった。堪忍した恵は、嘘ってそんなにバレるものなのか、とつぶやき、次第に口を開いた。

「そうだ、本当は違う。トラウマの成り上がりのような感じだ。自分がまだちっちゃい頃に目の前でちょうど死んだ犬がいてだな。助けられたのに、助けられなかった、っていう思いをズルズル引いて、そんな時に危篤状態に見えたお前らが見えてから、二度としたくない、って思いで一杯になって、その突き動かしがこうなった。これでいいだろ」

トラウマの言葉と、また出た死。二つの単語を聞くと、どうしてもしばらくは口ごもってしまう。聞かなければいけなかった、しかし、今度はそう思う懺悔(ざんげ)の念だけではなく、しっかりと受け止めようとする部分もあり、ただ共感の悲しみを味わうだけで終わらせない、理解して受け止めようとする方向へ転換して、シャワーズは、口でとどまっていたものを、ゆっくりと外に出し始めた。

「なんか時々遠回しな感じだけど、・・・恵君は、根っこから優しい人なんだね。嫌な過去を持っているからといっても、・・・恵君はそれをバネに出来る。私も同じように辛い過去を経験しているけど、いつまでも・・・そこにすがっているばかり。口が悪いのは少し残念だけど、攻撃されようとも、色々悪口を言われていても、ちょっと無茶な事を押し付けられても、恵君は穏やかなままで、頼もしい限り。何か私らが見てきた人間と比べて少し変だけど、良い人間って私には無い強さと、しなやかさ、っていうかたおやかさ?言い現しにくいけど、そんな感じみたいなものを持っている恵君のような人だと分かった気がするの。ただ・・・」

そこで言葉が詰まった。気が付くと恵は足を止めていて、近くの木にもたれ掛かっていた。シャワーズの話が変な呼吸音で邪魔されないようにする為に止めてくれたようだ。ありがとう、とつぶやき、

「恵君はずっと独りのままだったのに、私らが一緒になった方が良いと感じないのはどうして?って思っているの。暖かさも楽しさも何も知らないのはかわいそうで、私的には嫌なの。だから、私らが一緒にいて、その楽しさを分かって欲しい。けど、嫌だって言っているし、その所が今のところはっきりしていないの。私らも帰る場所なんて無いみたいなことだし、これからもさしあたり行くあてが無いし。はっきり言うと、出来れば、少しの間だけでいいから、私らの世話をして欲しい」

ここまで言って、一つ深呼吸をしてから、

「・・・お願いします」

今までの軽い気持ちではない、深く、許可を求めた。

しかし、いつまで経っても返事が返ってこない。それが悩んでいる時間だとシャワーズは思っていて、ずっと待っていたが、あまりにも長いので、

「あの、考え中失礼するけど、まだ?・・・あれ?おーい」

ぐうの音もない。それどころか、体に力を入れている気配も感じられない。まさか、と思って体を前のめりにして、恵の顔を覗き込むと、案の定、目を閉じてお休みになっていた。更にしっかりとあごの下にちょうど良い大きさの木の(こぶ)があり、深い眠りになっても万全な状態であった。なかなか良い感じの話をしてあげたのに、目の前で堂々と眠られてはさすがにシャワーズの堪忍袋が機能しないので、そのまま文句の垂れ流しが始まった。

「もう、何でさ、こういう新しく仲間になります、的な所とか、感情の変化が起きます、みたいな肝心な事には絶対に真面目に取り合わないの?私はそういう時にお世辞でもお笑いの要素とか要らないから。軽い感じの奴がせっかく深いお話をしているのに居眠りと・・・。はあ、起きろー、恵くーん」

起きろー、起きろー、と三回目の呼びかけでやっと恵は反応は示した。

「・・・何だ?あ、寝てたのか。悪い、遅れてた」

「遅れてた、じゃないよ。聞いてた?さっきの話」

「ああ、リーフィアが道草食っているから女にゲロの事は話すなって話からか?」

「全然違う。てか何でそんなどうでもいい所は覚えていて、私らを助けた理由からのトラウマを話した所を覚えてないの?」

「ああ、あったな、そんなこと」

「もういい。分かっていなさそうだからさっきのところを繰り返す。私が心の転換期を迎えて、第三者から見てわあ、感動だー、ってところで、まさかの昼寝していた、っていうのろけは不要、って話したの」

「お、おう。で、その心の転換期とは?」

もう!と不満を現すように、尾びれで恵の背中をひっぱたく。ダメージは、あまり大きくない呻きから推定して、微妙、といった感じだろう。

「そこも話すよ。恵君は、トラウマを抱えながらも、それを別の能力に変えられる姿を見て、私も強くならなくちゃ、って心を動かされて、私も何かしなくちゃってことになって、それで思いついたのは、恵君が家じゃあ独りぼっちで、仲間がいる楽しさを知らないで寂しい思いのままではかわいそうだから、そして私らは帰る場所も無いし、私らが恵君のお世話になればいいかなってこと恵君に尋ねたの。そこには寝ている恵君の姿が、って来て今になったの。分かった?」

一通り話したが、シャワーズは内心、どうしてこうなるの?という思いが響き渡っていて、言葉の節々にその漏れがにじみ出ていた。脳天から矢継ぎ早に言葉を繰り出す様子を見て、さすがに少し怖じ気ついて言葉が出にくかったが、しばらくし話した事を整理してから、恵は言った。

「つまり、お前は自分の下に付きたいってことか?」

うん、とシャワーズはうなずく。しかし、シャワーズの期待とは裏腹に、

「ダメだ」

殆ど変わらないぶっきらぼうな口調で短く悲しい宣告を受けて、シャワーズは落ち込んでしまったが、恵は言葉を続ける。

「自分は主従とか、ご恩と奉公とかの関係は嫌いだ。だがだ、自分と並んで来る、負い目とか無しに付き合いたい。そういう奴なら考えてやる。まあ、お前には難しいか」

人間と対等、あまり聞き慣れないフレーズに対してシャワーズは戸惑いを隠せなかった。人間とポケモンが同じ地位だったら圧倒的にポケモンの方が有利になってしまう。その為、主従という関係を保つ事によって不公平を是正していたのだ。しかし、恵はそれを知っている上でその関係を持とうとしているのだ。恵は理解が難しいと言い放ったつもりだが、シャワーズには選択の面での難しさとして受け取れてしまった。どうするか悩んだ果てに出した答えが、

「なら恵君にも条件がある。私の名前を決めて。そうしないと同じ土俵に立てないの」

名前を決めてもらうことだった。それはポケモン側からも契約のような存在に値するほどの大事なことである。

「名前?既にあるじゃん」

「これは違うの。えーと、このシャワーズっていうのは、その種類としての名前なの」

一回疑問符を浮かべたが、すぐに分かってうなずいた。

「なるほど。でもさ、そのまんまでもいいんじゃね?新しく名前を付けるのもそう簡単には出来ないし。それならまた後で決めれば?急いでいるんだろ」

「まあ、確かに。この件は一旦終わってからね。約束だよ。じゃあ、出発進・・・」

「実質行くか決められるのは自分だけど」

「はい、そうですね、ってか本当にどうでもいいことに敏感だね。肝心な時に限って鈍感になって」

耳障りな愚痴をスルーすると、恵は起き上がり、また歩き始めたのであった。

しばらく経って、この一連の漫才気味な出来事を思い返したシャワーズは、とても自分が馬鹿馬鹿しいように思えて、とても恥ずかしかった。

それでも、それが恵の素直な姿でもあり、飾り気がない所はなぜか、悪くないように見えた。外面ばっかり気にしてて、ただ、こびることにしか能がない人間とは違う、純粋なところが。
















あれからどれぐらい時間が経ったのだろう。サンダースははっきりしない意識の中で、まだ焦点が合っていないぼやけた視界を見回した。少し先に川がある。今、自分がいるのは河原の石の上で、体制は四本脚を放り投げて横になっていた。

体の自由が利かない落下中に、強い衝撃をもろに受け、そこで意識はなくなったまま、最低限の受け身も出来ずに底の硬い地面にぶつかってしまい、体にはかなりの影響がある、と考えていた。証拠に体じゅうが割れるように痛い。自分はまだ大丈夫、でも、残りのみんなは?イーブイは下がってくれたから、多分まだ崖の上だろう。ブースター、エーフィ、ニンフィア、グレイシアは?いない。少なくとも自分が見える位置にはいない。

仲間を探そうとして、立ち上がろうとしたが、体のところどころにある軋む痛みの中で右後足が極端に痛み、力が入っていかない。その部分を見てみると、少し赤みががっていた。やはり怪我は免れなかったようで、まだ健全な前足ともう片方の後足で後右足を引きずっての移動を余儀なくされた。

下から眺める滝もまた絶景で、吹き下ろす風もかなり離れているのに、まだ頬をかすめ、荒れた毛並みを揺らせられるほど強く吹いている。サンダースはそこから元気を貰って、痛みをこらえて踏ん張り始めた。

まずは川の流れの近くに寄って、その周辺から探すことにした。こう、水が静かに流れる清音を、ザーという機械的ではない、水の激しい動きが放つ聞いていても不快にならないノイズの音を乗せたバックサウンドが耳に入ってくるのはいつ以来だろう、とても久しぶりに聞いた気がした。

しかし、そんな久しぶりの中には、今の出来事が二度目の誤ちとした、苦しい過去があった。その事を何となく思い出して、

「またやっちまったんだ、俺は。また守れなかった・・・」

独りごとが無意識に出てしまった。今でも鮮明に思い出せる、あの裏切り。自分は願いに対して裏切ったのだ。命を捨ててまで助けられても、自分に託された思いを殆ど果たせず、何も出来ず放浪してて、そのまま収容施設に放り込まれただけ。いっそのこと自分が代わりに死んでいれば、もっと良かった、そんな思いが暗い記憶の底から呪縛のように、また浮き上がってきた。

しばらくその思いを感傷していたが、じゃぽん、という何かを液体の中から無理矢理引き出したような音がした。その突然の出来事にサンダースは我にかえってその音源に向けて視線をやろうとした時、

「みんな!どこにいるの!いたら返事して!」

物体が目に入るより先に自分を呼ぶ聞き覚えがある声がして、その姿を見なくてもすぐに分かった。

ずぶ濡れの体の全身はごくわずかに鈍さが混じった水色で、その背中にはトレードマークと言える深い青のダイヤ形の模様と、耳の横から垂れる一対の帯状の長い毛、そしてその先にもまたダイヤ形の模様があり、耳もダイヤ形のように鋭くとがっていた。

「グレイシア!無事か」

サンダースは咄嗟(とっさ)に声を張り上げて、自分の存在を示すと同時に相手の安否を確認した。

「水の中に突っ込んじゃったけど、こっちは一応大丈夫。ってサンダース!その足、どうしたの?動かないでそこにいて」

水の雫を腹から垂らしながら、サンダースの元へ駆けつた。

「大したことはねえよ。ちょっと擦りむいただけだ」

「絶対違う。だって相当痛そうな感じだし」

「まあ痛いけど気にするほどのものじゃねえ。とにかく残りのみんなを探す」

「私が先を行く。そんな足じゃまともに歩けないことぐらい分かっている」

足が自慢の種族として少し侮辱的な発言だったが、事実であり少し気分がしょげたが、それでもしっかりとグレイシアの後をつけて行く事に変わりはない。これ以上負い目を作らないように、痛みを外に出さないようにして足を動かした。

グレイシアは目の前にある大きな一枚岩を見て、

「ここで私とサンダースの組と残りのみんなと別れたと思うの。反対側に行くけどいい?」

「構わねえよ」

なら私が先に見てくる、と残して、行ってしまった。とっとと行ってしまったのを名残惜しいそうに見ながら、目の前を塞ぐ岩壁の横の周りを回っていると、先を行くグレイシアから声が掛かった。

「そこで待ってて。誰か倒れている」

誰か、つまり人がいるということである。好奇心が高鳴り、行きたいのは山々だが、待っていろ、と言われたので、その間をとって、相手が見えるか見えないかの位置で気配を探りながら待機することにした。

その先でグレイシアが見ている光景は、川際でうつ伏せになっているはげ頭の人物と、その近くに川に向かって伸びている棒状のもがあり、細くなっている先っぽがわずかにしなっていた。さらに向こうにはテントが壊れたような建物の廃墟が一つあり、形状は何かに上から押しつぶされたような形であった。

その人間には反応は見られなかったので、

「大丈夫。動いていい」

後ろにいるサンダースに小さい声で指示を飛ばした。サンダースも声の小ささから静寂にしないといけないと思い、出来るだけ音を立てないように、神経を張り巡らして慎重に足を動かした。

いくら音を立てないようにしようとしても、そこら中に転がっている角が取れた丸い小石が足を踏む度に音を出すので、あの人間が起きないかとても不安だった。また、小石の中には粒の大きさが粗い物も紛れ込んでいて、不安定な足元が余計に不穏さを駆り立てる。

しかし、その不安は的中した。寝ていた人間が起き上がり始めたのだ。二匹は慌てて体を隠せる場所を探した。しかし距離は遠く、サンダースの足では隠れる前に気付かれてしまう。その時に思い付いた事を考えることもせず、すぐに言葉にした。

「グレイシア、先に行ってくれ。俺はここであいつを睨んでいる」

自分らに何かあった時の身代わりになることを決意をした。グレイシアは暗黙の了解をして、早い身動きで地面から大きくせり出た岩の物陰に隠れた。

頼りない後足だが、威嚇をして虚勢を張ることならできる。その為にも、サンダースは相手に向けてしっかりと構えた。

そして相手を睨み付けた時になって初めて分かった事があった。その人間のちょうど背後に、気を失って倒れているエーフィがいたのだ。

しかし、この人間は気配を察知するのか、なかなか自分の存在に気付いてくれなかった。正直、隠れられる時間はこれぐらいあれば、と思っていた。でも、自分の役目を果たすことは変わらない。そのまま相手を威圧する体勢は崩さなかった。
















結局あれはなんだったのか。再び意識が灯ってから考えたが、この暗闇の中でいくら思考を巡らせても、答えが出ないようだ。

仕方なくその男は起き上がり、周りを見回した。額の部分がとても痛い。首も同様で見回すにも殆ど動かせない。渋々立とうとした時、手を付いた所の近くに見慣れないものが目の入った。

なんかしらの四つ足の獣であることは大まかに分かったが、体色がそう簡単に見れるものではないピンク色であり、額には何か宝石のようなものがはめ込まれているので、また新しい生物か何かだろうと確信した。三角形の耳や、二股に分かれている尻尾から猫にも似る点がいくつかあるが、唯の変種ということではないだろう。

でも、なぜここに?良く見ると前足に何か巻き付いていて、その先を見るとあったはずの自分のテントが、それは飛び出たいくつかの鉄の棒と、何枚かのやぶけた布があるだけであった。巻き付いているものを追っていくと、そこにたどり着くので、そっちに移動して出本を確認しようとした時、後ろで何か物音が聞こえた気がした。振り返ってみると、また別の四本脚の獣がそこに立っていた。

ここにいるものとは違い、体毛は首周りは白色で、体のは黄色く逆立っていて、先端は一本一本が針のように鋭くとがっていた。少し目を凝らすと後足がほんのり赤く染まっていて、痛みを避けるために浮き足になっていた。何かで怪我をしたのだろう。ただ、威嚇をしているのは、長年の勘でなんとなく分かった。

しかし、威嚇するならその意味があるはずだが、昨日もここにいてもこうならなかった。こうからしてまず縄張りの関係ではない。なら痛みによる興奮で、自分がその腹いせか?違う、だったらとっくに襲いかかっても不思議ではない。あとあるのは物関連か?このピンク色の動物が原因か?他のものを当たっても、多分これしか相手を怒らせる要因はないだろう。

こう考えながらもその動物を観察しているが、襲ってくる様子はまだ見せていない。相手もこちらがどうするか、伺っているのだろう。

後ろのテント跡のことも気になるが、とりあえず、釣竿だけは、と手を伸ばした時、大切なことを一つ思い出して、あ、と声が出てしまった。

釣り上げようとしたニジマスをあと少しのところで、逃がしてしまった事を。

また釣るか、とため息をしてから、竿の先を手繰り寄せて、ばらされたあとの仕掛けの準備をした。あの動物のことはまた後にしよう、と手に握った釣竿を思いっきり川へと向けて弧を描いて投げた。

あとはお好きに、と思いながら、静かに目線を釣り糸が垂れる一点に注ぎ、再び集中し始めた。

からげんき ( 2014/10/21(火) 17:49 )