常識外の不思議な奴
どうやら、カフミに雑に寝かされたんだな、と思っていた。その証拠に首と肩に鈍い痛みがある。正直、体制からみると、寝かされた、というより置き去りにされた、と言った方が正しいだろう。
まだ日は出てなかったが、朝であることは直感的にわかった。もちろん訳のわからないあの生物も今、視線の先で眠っている。彼とは対称的に、安らかに。
こんな状況だと学校に行ってる暇もなさそうなので、ずる休みを取ることにした。理由も無しに休んでもあのシュウゾウはこっちの都合上、みんなほど責め立てられる事は無いだろう。でも、あのシュウゾウである。何かしら理由は考えないといけないので、インフルエンザにかかったという事にした。
食べさせるものは、と思いつつ、彼は体を起こした。残ってあるのは、昨日、さばいておいた鮭の切身だった。なんか料理する気力がなかったので、何も味付けもしないで、そのまま食べる事にした。
多分、他にする事がないので、なんとなくベッドの上にいるポケモンとやら〜ブイズとか言ってたっけ。そいつらを観察する事にした。
何度見てもやっぱり変だと思っていた。今まで、獣医としての本能に思考回路を預けていたため、気も紛れていたが、昨日の一件にしろ、明らかにおかしい。体から葉っぱが生えていたり、陸上で生活(?)する様な体つきなのに、魚のヒレみたいな物をくっ付けていたり、ヒモみたいな物を沢山巻き付けていたりなど、やりたい放題みたいであった。大きさもまちまちで、立った時の大きさが一番小さいやつは自分の膝より少し低い位で、一番大きいやつは、腰上に耳がくる位だと思う。
にしても、こいつらの名前、なんだっけ?サンダースとブラッキーだっけ?それ以外は知らないからまあ、適当になんか付けとこう。
そう思っていると、このシュールな事も無視する様に、朝日が差し込んできた。この自然の体内時計はそんな事が起きても、変わる事はないと、見せつけるように見えた。そして、その光はこれ位で動じるな、と語りかけているように見えた。でも、未だに彼の頭の中では疑問符が飛び交っている。
そんな節、ふと目線を戻すと、一匹のポケモンが、こっちを見ていた。
名前はわからない。その姿は全身がピンク色で、額に赤い石のような物があり、二股の尻尾を持っていた。それは、まさに、重傷と思ったが、あまり傷も深くなく、単純に消毒しかしなかった奴だった。細く、弱々しい脚を立たせ、じっとこっちを深い紫の瞳で睨みつけていた。それに向かって、
「お前ら、腹減ってるだろ」
と意味は無いと思うが声を掛けてみた。反応は一応はあったが唯、音に反応した、ぐらいだろう。そう思い、残してある鮭の切身を取りに行った。
そういえば、捕まったんだよね。人間に。逃げれるはずも無いのに。
心の中で、今までの事を思い出しながら、ゆっくりと自分の目を覚ました。
捕まえられたのに、珍しく床が柔らかく、体に布がかけられていた。今回はどこだろう、と動かしにくい首を動かすと、不思議な事にあの絶対に外れないはずの首輪が外れていた。周りを見るために、動かしにくかった首を持ち上げ、体に掛かっていた布を静かに取り払い、いつでも戦えるように体を起こすと、一人の人間が、外を見ていた。多分、朝日だろう。種族柄、こういった所は敏感なので、よく見なかったけど直ぐに分かった。
やがて、その人間は振り向き、こっちを見てきた。その顔は男で歳もやや若く、青年といった所だろう。
彼女は青年の目を見ながら、心を読む為に集中を始めた。何をされるか、それを先回りして分かれば、それなりの対応もできるし、みんなにも伝えられる。それが彼女の役割であり、強みでもあった。感ずかれないように心情を解析していると、
「お前ら、腹減ってるだろ」
と、その青年は聞いてきた。その心情は、
『本当になんなんだ?』
とか、
『こいつもわかんねーからまあ、フタマタって事で』
とか、
『なぜさっき話した?』
など、ところどころ抽象的だが、色々と心情が読み取れた。その中で気になったのは、まず、私達の種族名がほとんどわかっていなかった事。可愛いとかのアイドル的な事や、強いといった印象、後は珍しいポケモンといった意味で、よく知られているはずなのに、さっきの所も含め全く感じ取れなかった。次に私達への“偏見”や“好奇心”があった事。しかしこれは“嫌い”とかのトラウマ的なものではなく、未知に対する“恐怖心”に似たものだった。あとは、いつもの人間に見られた、“利用しよう”とか“隷従させよう”といった物がまったく見受けられなかった事。それどころか、青年の目線で、“これからこいつらどうしようか”と悩むばかり。実に変な人間だと彼女は思っていた。
でも相手は人間。私達を虐げ続け、希望を奪い、心が弱い仲間が自殺しようとするまで追い詰めたあの憎い人間。そう、人間は私達の敵。力が使える今、人間にやり返してやりたい。あの子が苦しんでいた“死ねない恐怖”で。
その対象が台所で“鮭の切身”と言う物を準備している間、彼女はあまりはっきりしていない意識の中、復讐の念を抱いていた。
襲って来ないかな、と思いつつも、九匹分の貰っておいて使って無かった白磁の小皿にそれぞれ一つずつ切身を乗せた。大きさはだいたい定食屋で出すぐらいの大きさにしたつもりだが基本、目分量であるので、大きさはバラバラだった。見た感じの大きさに合わせて、体の大きさであげる事にした。
彼女は表情にこそ出してはいないものの、少しばかり驚いていた。自分が思っていたことを、まぐれだと思いたいが、感ずかれていた。あの時、確かに不意を突かれて動揺していたが、出来るだけ無表情を貫き通していた。しかし、私でも気づかない位の僅かな動きで“反応があった”と判断出来るのも、私達の事を何も知らないのに、攻撃をされる予感を持っているのも、普通の人間では無いと思えるには十分な材料だった。
しかし、彼女の察する上では自分が使える能力は相手には知られていないので、ただの杞憂だったと言い聞かせ、冷静にポーカーフェイスで隙を伺っていた。
彼はちゃんと食べてくれるか、心配であった。まず、経験上そう簡単に人間が出した食べ物を食べない事を知っていたので、不安だった。もちろん、食べてくれない事には、体が持たない事も含めて。
しかし、次の瞬間、その不安は別の物へと変わるのであった。
普段は自分の食事を乗せているお盆に最初の五匹分と(習慣でやってしまっただけなのだが)意味も無く箸を乗せ、ポケモン達がいるベッドに向かった。今の所、起きているのは、その一匹だけで、今も彼を見続けている。そして、食べてくれるかもわからないまま、一旦お盆を置こうとした瞬間、
その警戒心が薄れた瞬間を彼女は逃さなかった。
『ねんりき!』
発動させた瞬間、コツん、と音がしてから箸の片方がひとりでに動き始めた。
彼がふとポケモンの顔を見ると少しだけ、目が光っている様に見えた。
するとその箸は、彼のこめかみに向けられた。彼自身、これがどういうことだか、分かっていた。
彼女は無表情の仮面を被ぶったまま、有頂天になっていた。いや、狂気に飲まれていたのかもしれない。
これで人間を、あの人間を復讐出来る!
ーーーはずだった。
恐怖に歪んだ顔が見たかった。死に際に生に執着する醜い心を見たかった。
でも、あれ?おかしいな、何も反応が無いなんて。
いくら心を覗こうとも、力を強めようとも。
『なんでもやってくれ、それで気が済むなら』
それぐらいしか返ってこなかった。今までの様に怯える事もなく、唯、受け入れようとしていた。
今、復讐しようとも、何も意味は無いと、言っている様に。
すると、自然と今までの気持ちが嘘のように消えてしまった。
そんな時、彼女の体に異変が起こった。いきなり意識が遠のき始めるとともに、ありとあらゆる所の力が抜け始めた。そのままガタン、と倒れ伏してしまった。エネルギー切れだ。それでも彼女〜エーフィは意識を途絶させることはなかった。
やっぱりね、と彼は思っていた。まさかそこから、とは思ってなかったが、もうこれからは常識が通用しない世界で生きることを決めた彼に、ポルターガイスト現象などは何一つ心に影響をもたらさなかった。その事の主は多分目の前の奴が起こしたんだと思う。しかしそれ以上は分からないものだと割り切ることにした。
おかげさまで、倒れた衝撃で隣の二匹にはひどく睨まれたが、手を出すことは無かったのでよかった。予測ではこの“フタマタ”がリーダー格だろうと思っている。何せ、目配せらしき事をしただけで、隣の二匹が引いてしまったのだから。
この事から予想するに、“フタマタ”は相当他の人間に追い詰められていたのだと思う。あばら骨が見える位痩せこけていたのに、謎の力なんぞ出して無理をするなんて、それだけ必死だったのだろう。その分、仲間を大切にしていることの現れでもあろう。
多分、人間である自分がいても、この様子だとばつがが悪そうなので、一通り飯を運び終えると、
「驚かして悪かったな、変な人間さんでよ」
理解しているかどうかは分からなかったけど、捨て台詞を言って、病棟に後片付けをしに行くことにした。
その後、カツ、カツという歯と皿かぶつかり合う音を聞いて、胸をなでおろした。
にしても、なぜ箸を持っていたのだろう?
結局、食欲に負けてしまった。毒が入っている可能性があるのに。
その時、理解し切れない物が多過ぎたのと、栄養が足りてなかったのが原因で、判断力が鈍くなり、自己意識も薄れて、本能のなすがままになってしまった。でも、とてもおいしかった。他に何が入っていたというのも、無くて良かった。
あの事の後、みんな無事に起きてくれたので、良かった。特に喜んだのは首輪が外されている事であった。これで力が使えると大はしゃぎしていた。
しかし、これでめでたし、となる事は無かった。
やはり、あの人間らしく無い人間に色んな疑問を持っているのに変わりはなかった。みんなに朝のことを話すとやっぱり、私と同じく不思議がっていた。知能が高いエーフィでもわからない事があるんだ、と思われた事はちょっとショックだったけど。
「にしてもさ、こっち側の心が読まれているってのはどうゆうことだ?」
隣にいたサンダースが聞いてきた。
「読まれていると言うより、見透かされてるて言った方が正しいかな」
「見透かされてる?」
「そう、本当に“心を読んでる”んじゃ無くて、仕草とか行動から推測して、それで私達の状況を探っているみたい。でも、気にかかるのは妙にはじき出した答えが近いの。言葉は違っていても大体の解釈は合ってるみたいな。私達の事をほとんど知らないのに」
その会話にサンダースの隣にいたグレイシアが首を突っ込んできた。
「でもさ、本当に何も知らないって事はないんじゃない?だってさ、それだったらあんな冷静にしてる?」
「それだから、普通の人間じゃなかったって思っているのよ。私があいつから見て意味不明な事して脅そうとしたって、ほぼ、無反応。普通の人間だったら逃げ回って当然なのに。あと、それじゃなかったら、私に“フタマタ”なんてへんてこなあだ名を付けるわけがないわ」
「なにそれ?じゃあ、うちもそんな感じに名前が付けられているって事?」
グレイシアは、あだ名の事に、残念そうな興味を示していた。
「確か、グラディウスとかってあったわね」
「グ以外、かすりもしてないじゃん。何か存在を忘れられていそう」
「まだあんたなんて全然マシよ。リーフィアが、“キャベツ”ってなっていたり、シャワーズは“魚”、ニンフィアなんて“ヒモ”とか、なぜリボンにしなかった。わからないからっていくらなんでもネーミングセンスが無さ過ぎよ。その中でも一番酷かったのはブースターで“芋”よ、“芋”。どこからそんな名前が出てきたの、一体?本当、酷すぎ」
「まあまあ、そんなかっかしないで。変な名前で呼ばれている張本人で、なおかつ炎タイプの自分が言うのもなんだけど」
そう、左斜め前からブースターがなだめた。続けてその右側にいるニンフィアも、
「別に何か酷い事をする気が無いならいいじゃないの。確かにちょっと変だけど、特に悪気は無いんでしょ。ちゃんと、後で名前を教えてやればそれでいいじゃない」
と、久々に動かせるリボン(のようなもの)をひらひらさせながら正論を言った。悪かったね、とエーフィが軽く反省するように言った後も、引き続き話を続けた。
「とにかく次は・・・、てか起きろ、寝坊!」
「・・・、んが?本来は昼に寝てるんだぞ。もうちょっと寝かせろ」
「起きるったって、たかが十分よ」
「そんぐらい、後で聞いとけば充分だろ」
屁理屈をこきながら、グレイシアの隣にいるブラッキーはまた夢の中に戻ろうとしていた。その事を許さず、くどくど話を続けた。大体いつもこの二匹の仲は悪い。暇さえあればいつも口論している、そんな感じである。そんな中、ブラッキーの隣にいて、全体の真ん中にいるイーブイが、
「あの・・・」
と、声をかけた。しかし、声は小さく、ムキになっているエーフィの耳に届くことがなかった。そんなこと見かねたシャワーズが、
「エーフィ、またこの子の発言を無視するのかね!」
と、大きい声で怒鳴った。さっきまで一つの大きな言葉の掛け合いと、複数の小さな会話がさっきの雷で一気に静寂に変わった。
そして、その一声に驚いた影がもう一人、後ろの天袋に頭を打った。
何か物音がして、全員その方向に向いたが、多分、あの人間だろうと思い、目線をイーブイに戻した。じゃあいいよ、とさっきとは逆に優しく声を掛けた。すると、
「これから幸せになれるかな。これで、地獄は終わったのかな。ずっと変な人間の事しか話していなかったけど、そもそもあれって、人間じゃないと思う。人間の皮を被った、別の物だと思う」
小さい体から思いもよらない単語が出て、その場の空気が凍りついた。過去の闇や、触れていなかった将来への不安の事、ではなく、今まで人間だと認識していたのに、それを一気に否定したのだ。その空気を悟ったのか、いやいや、唯の思い込みだから、とつけたした。
深層心理?潜在意識?何となく、そんな言葉をエーフィの心の中でよぎった。というより発してしまった。
「なんだそれ?またなんか引っかかる事でもあんのか?」
「え?ええ」
正直、さっきい言葉を発した意識は無かったが、サンダースには聞こえてしまったようだ。
「ナントカ心理とか、それって?心理って事だから、エーフィにしかわからない事だと思うし・・・」
「心理って言ったって、正直私には専門外だからよくわからない」
「どうゆう事?」
何匹かの声が重なった。隣に話す程度の音量で話していたつもりだが、結構な範囲に聞こえていたようだ。
「話したことなかたっけ?私だって読める心理の範囲には限界があるの。私が読めるのは、今、相手が考えていたり思っていたりと言った、現在進行形の心の動きと、相手が感じ取っている見方や考え方、これも現在進行形なんだけど、この二つぐらい。ま、表層心理って言って、簡単に言えば“自覚している心理”って事。それ以外は基本的にわからないわ」
「つまり、“自覚していない心理”っていうのがその、深層心理とか、潜在意識と言う物なのね」
最後にグレイシアが簡潔にまとめた。でも、話の内容に付いて行けたのは、あと一匹ぐらいだった。そのため、良くわかんないとか、もうちょっと簡単に説明して欲しい要求とかのブーイングが殺到した。その中、
「現在進行形とか難しい専門用語ばっかり使ってちゃだめだよ。私がわかりやく説明するから、静かに」
そう言ったのは、話の内容を理解できたあと一匹、ニンフィアだった。
「えーと、どうやって始めよう・・・、じゃあ、リーフィアちゃんでいいかな?」
「えっ、いいけど」
いきなり話題を振られたのと、今日初めて話し掛けられたという事で、少し戸惑っていたが、気になっていたので、なんとなく承諾することにした。その曖昧な心情に追い打ちをかけるように、
「じゃあ、いきなりだけど、私を見てどう思った?」
「はい?」
聞き慣れない質問をされたので、間抜けな声を出してしまった。
「まあ、何でも良いよ。可愛い、とかピンク色だ、とか」
「んー、じゃあそれで」
「そう、そんな感じに自分でどう思っている、そう感じている、時と場合によるけど言葉に表せる、っていうのがさっきの心が読める範囲なの。表層心理とかって難しい言葉だけど、つまり、自分が思っている事よ。分かってくれたかな」
「うん、分かった事は分かったんだけど、じゃあ深層心理とかってとどんな感じなの?」
わからなかったのも少し理解したのか、いくつか首を縦にふる姿が見られた。しかし、さっきのリーフィアの疑問のように、やはり苦渋が見て取れた。ニンフィアも深層心理の話を忘てれる事に気付いたものの、実際に説明しようにもそれらしい言葉が見つからず、同じように悩んでいた。それでも、何とか絞り出した言葉は、
「じゃあ、どうしてそんな風に思うようになったか、ってのは分かったかな?」
立て続けに来る変な質問に戸惑いながらも、
「どうしてって、ええと、そう感じたから。これじゃだめ?」
そのまんますぎる答えだったので、ある意味安心した。
「別にいいけど、本当は自分でもよくわからないでしょ。こんな風に自分じゃわからないような心の事を言うの。協力してくれてありがとね」
わかんないだろうな、説明へたくそでごめん、という思いも含めて、お礼をした。他のみんながそれを見届けると、グレイシアが、
「じゃあ、話戻すけどそれがあの人間に、てかさっきイーブイが言っていた“人間の皮をかぶっているみたい”って所まで戻るけど、その深層心理とどういう繋がりがある訳?」
そう話すと、いえばそこまで戻るんだっけと、その時の妙な空気が再び舞い戻ってきた。そうして目線が集まった先のエーフィが、
「それじゃあ、話すわよ」
と、言ったのと同時に、
「ニンフィア先生、もし良かったら翻訳を頼む」
ブースターが耳元でささやいた。しかし、エーフィにとっては筒抜けなので、
「何それ、皮肉?」
「はいはい、脱線してないで」
釘を刺したが、すぐにさっきのシャワーズに別の釘を刺された。その一幕をよそに、ニンフィアは出来ればだけど、的なことを話していた。何で私だけなのよ、とそのことを恨めしく思いながらも、話し始めた。
「まず、イーブイには“きけんよち”って特性があるのは知ってる?あと効果も。そうじゃないと、本当に話にならないから」
寝ているブラッキー以外、全員うなずいた。
「その“きけんよち”って時々、私にもわからないような心の動き、つまり深層心理の事なんだけど、それがわかることもあるの。もちろん、予知ってものだから詳しい事は本人に聞いても直接的な事はわからない。だけど、その事があの人間に関する大きな手がかりって事にもなるのよ」
「でもさ、考えてる事が分かっているなら、別にこれ以上探りを入れなくてもいいんじゃない?」
そう、いつものグレイシアが質問を投げ掛けた。
「確かに。でもそもそも相手の思考回路とか価値観とかがどうなっているのかがわからないと、例え心を読んだとしてもその意味がわからなくなる事もあるの。つまり、今のままだと、この後どうなるか私にもわからないの」
その質問にエーフィは答えた。更に続けて、
「その根元なのが深層心理ってなるわけ。深層心理は本能的な物とその人間の過去の経験や記憶で出来ている物の二つに分けられる。その本能的な物なんだけど、それが強く無いと人間らしく無い、って感じ取れる場合もあるの。本能的な部分がもし弱まっているのなら、相当強い“何か”が働いているに違いないと思う。人間らしさを失うほどね。それを探るのはすごく難しいけど、その分、勘付かれにくいから大丈夫だと思う。」
と、ここまで話した。みんなは分かったような分からなかったような、そんな反応を示した。
裏手に居る地獄耳の事の存在を知らずに。
そんな“会話”を片付けをする傍ら、彼、恵は聞いていた。
日常は戻ってこない事を受け入れた。これからは、ありえないことが日常茶飯事になる将来も、覚悟した。奴らが人間に対して恨みを持つことも、自分が危険な状況に置かれていることも、“動物”なのに日本語を平気で話すことも分かっている。
なのになぜだろう。どうしても受け入れがたいところがあった。
人間的な考え方をする。これだけは、どうしても嫌悪感、拒絶感がはびこるように、
蝕むように、心の奥に残っていた。
いや、人間的な考えからではない、別の物であることもすぐにわかった。
“過去の記憶“、“心を探る”、そして“人間らしくない”。この言葉が、何かの引っ掻き傷を残して行ったように思えた。その古傷から、この思いが滲み出た、と。そのの滲み出たものの中に、
『動物と付き合うのなら、自分と向き合う事にもなる。動物と触れ合うと、嫌でも自分を見せ付けられる事になる。良い所も悪い所も、立ち向かってきた所も逃げてきた所もほぼ全部だ。それでもいいのなら、飼ってもいいぞ。その代わり、ちゃんと責任持てよ、恵』
過去の親父の言葉だ。当時、その意味をよく理解してなかったから、その時はなんともないと思っていた。
でも、今となっては、その言葉の意味が“悪い意味で”分かったように思えた。
奴らは自分の鏡、しかも丁寧に九つも。それぞれ今の自分、過去の自分、隠してた自分が有るかはわからない。でも、これから付き合っていく中でそれがわかることがあるかもしれない。
それがとても怖かった。