草の子と風の子と
水を吸って随分重くなったシャワーズを持ち上げ、アスパラガスの畑へと向かった。
「おい、人の目を盗んでアスパラ食ってたろ」
「ふぇえ!違う違う違う、寝てただけだって」
心地良い昼寝からの不意打ちを食らったリーフィアはまた変な声を上げてしまった。もちろんシャワーズも黙っていない。
「あんた、夢の中にいたレディーをいきなり盗み食いの話題で起こすんかい?やっぱりそこんところモラルが無いね」
「いや、ジョーク。本当はどうでもよかったんだけど」
「は?なにそれ」
見事にハモった。本気かと思っちゃったじゃんと、シャワーズが続けた。次は恵が口を開いた。
「にしてもさ、随分馴れ馴れしくなったな。半日しか経っていないのに」
「そう?普通にこれぐらい話すんじゃない?」
「シャワーズがおしゃべりなだけでしょ」
リーフィアが突っ込む。
「まあ、本題だ。残りの連中はどこ行ったんだ?」
ここまで来るのにどこか色々寄り道していたような、そもそも恵がこんな事を言わなければいいのに、と気の毒に思っていた。
「良くは知らないけど、エーフィが、『このままだと何も進展がないから周辺を探険してみよう』って言って、私はこのままでいいって言ったら私を残してみんな森の方に行っちゃった」
「森の方向、か。何分位前の話だ?」
「十分位前だった」
「・・・?・・・おう」
理解するのに少し時間がかかった。あれ?こいつら時間単位とかも分かるのか、半分冗談のつもりだったのに普通に答えた。なんだこれ?唯、深く考えてもらちがあかなそうだったので、このままそうだな、で終わらせることにした。
「何?」
聞こえてしまったようだ。
「探しに行こうと思ったんだが、やっぱやめた」
「なんかイントネーションが違ってたど、どゆこと?」
あのな、と心で半ば呆れ返っていた。言いたい事(いわゆるツッコミ)が沢山あったが、それは置いといて、その変に鋭い観察力を持ったシャワーズの疑問に答えることにした。
「めんどくせえ。よくよく考えたらどこにいるのがわかんねえし、探険って言ったってあいつらのことだろ。そのうち『腹減ったー』とかで戻ってくるんじゃね?なんか“スーパーパワー”的なもの使って遠い所まで行って無けりゃ良いが。あと他人に見つかる、とか」
「またかい、そうゆう発想好きだね、本当に」
「ねえ、もし、みんなが迷ってたらどうするの?その時はどう責任を取るの?」
「そん時はそん時、この森で迷ってるだけならちゃんと探してやる。その代わり、お前らも少しは協力してくれよ、そん時はだけど。でも、国外とか、あまりにも遠い所はさすがに無理」
「協力してねって、恵君もお互い様なんじゃない?じゃあ、この後どうするの?」
「こいつを洗う」
さっき呼び捨てから『君』に変わったよな。今度もツッコミは入れなかったが、ますます微妙な気持ちは増えるばかりである。
「えっ、もう私の番?」
「誰もいないからそうなるのが自然だろ」
「自然って、あの子がいるじゃない」
「あいつ?寝てるからそのままほっといた方があいつも幸せだと思うぞ」
「それだったら私だって寝てたから・・・」
「今は起きているだろ」
「うっ・・・。とにかく私は嫌だからね」
「最初っからそう言っとけばいいのに。めんどくせえな」
水掛け論みたいな会話を終わらせると、恵は嫌そうな顔を見せた。その顔を見た後、シャワーズがしゃべり始めた。
「となると、これからどうするの?」
「これから?疲れたから一旦寝る」
「暇だから探しに行く、みたいにならないのね。疲れたって言っているけど本当は?」
「面倒。これだけだな」
「もうどうせだったら行っちゃえば?多分、あまり遠くには行ってはいないと思う」
「はあ?近くにいるって言ってもさ、ここがどんだけ広いと思ってんだ?確かにここら辺は大体知っている。でも、探せって言われても、さすがに無理があり過ぎる」
「じゃあそんなに広いの?ここ」
「大体、一番遠い所、まあ森が終わるみたいな所、ぶっちゃけ川に出る場所なんだけど、そこら辺まで行くのに歩きで片道三時間半はゆうにかかる。今いるここからは、な」
「片道三時間半!?」
二匹同時に驚いた。つまり、今からその場に行って帰って来るのに単純計算で、既に夕方になっていることになる。
「おう、端っこに行くならそんぐらい掛かる」
「じゃあ、普通にそれ以上の時間の間、この森の中でうろつくんかい」
「そうなるな」
「なんか面白そう」
「は?」
いきなり不可解な応答をされたので、思わずかなり高い声を出してしまった。いささか意外な反応にびっくりしたのだろう、発言したシャワーズがきょとんとした顔で(その時はわからなかったが、後に話を聞いてわかった)、見つめ返していた。待たなくていいけどちょっと待て、と言って恵は抗議する。
「また森ん中で疾走とかもうこりごりだからな、冗談抜きで。昨日あれだけ事して置いてもう一回、とかやめてくれ。あれは本当にしんどかったからな」
「“あれだけ”ってどれだけだかわからないけど、あんまり走る事は無いんじゃない?私達がいるし」
「お前ら二匹でどうにかするってもさ、昨日の件もあるし、どうする?例えば、変な人間に出くわしたとする。相手はなんかしら武器みたいな物を持っている。そしたらどうする?」
「指示さえ受ければハイドロポンプでぶっ飛ばす」
「リーフブレード」
「水?草の刀?ん、なんだそれ。どんなやつ?簡単に」
「そういえばこの事にはさっぱりなんだっけ。どん位だろう、人間相手に当てた事が無いから詳しい事はわからないけど、大体300メートルは飛ぶと思う」
「真っ二つに切る、それだけ」
その二言を聞いて、しばらく沈黙が続いた。沈黙といっても外界に流れる音は普段と変わり無い。唯、恵は時が止まったように、表情が言葉を聞いた瞬間のまま凍りついて微動だに動かなかった。やがて徐々に気まずい空気が流れ始め、二匹は顔を見合せたが、状態が変わる事はなかった。その沈黙を破ったのは以外にも何とか思考回路を整理できた恵本人だった。それでも、顔は引きつっていた。
「あのさ・・・、一言言っていいか?」
「あ、はい」
「やり過ぎだ。その人間をどうにかしろとは言ったが、木っ端微塵までにしろとは言って無いからな。お前らの体からどうなるのかは知らないけど、これじゃ生身の人間に戦闘機をぶつけるのとおんなじだぞ」
「やり過ぎって言っても仕方ないし。まあそこは正当防衛って事でいいんじゃない?」
「これのどこが正当防衛だ。ただの防御行為で遥か彼方までぶっ飛ばしておいて、信じられる奴がいるのか?」
「そうゆう時は私らが傷だらけになって・・・」
「あ、やっぱり何でも無かったわ。ごめんごめん」
これはダメだ。本能で危険だと分かり強制的に終わらせた。シャワーズの方は不審に思って、
「じゃあ今までの流れって何だったの?」
と、聞いてみたが、
「さあ、何だったのだろうね」
と、軽く
躱されてしまった。これ以上深追いしても同じような答えしか返してくれないと思ったので諦めて次の話題に、という所で、恵がまた話し始めた。
「とにかく、一緒に連れてってくれって言いたいだけなんだろ。でも、行かないからな。そんな身体能力があるならお前らだけでも充分だと思うが」
「そうだとしても、もし、私らまで森の中で迷うことになったら、って考えたらどうしても恵君が必要な訳。ミイラ取りがミイラになるような事はしたくないし」
よくそんな難しいことわざを知っているな、本当になんなんだ、一体。ポケモンってこんなにボキャブラリーに富んでいたっけ。とにかく意識の面でも違う事が分かった。このシャワーズや他の連中の言葉に対して、もう違和感は感じないであろう。恵はそんな事を心の中で再び思いながらも、かったるさ一杯で、
「分かった。どうしても一緒に来てほしいんだろ。ちょっと準備してくるから待ってろ」
多分、言ったら引き返せないような言葉を放った。ホント?と、シャワーズは聞き返す。声に疑問符が付いているが、嬉しそうに尾ビレ(尻尾?)を振っているので、こういった所は、動物らしく純粋なのだろう。はしゃいで体を動かそうとして、腕から落ちそうになった一コマがあったがその後、特にトラブルも無く、手を持ち上げられてバンザイの格好のままのシャワーズと恵は家の中に戻って行った。
「ちゃんと早く戻ってきてね」
リーフィアは出来るだけ聞こえるように声を出したが、反応がなかった。説教をしている恵には聞こえなかったようだった。
無視された、いつもは人間とあまり関わりたくないはずのリーフィアが何故かそう思うのであった。
その頃、エーフィ一行は、森で迷っていた。
「探検だ、とか言ってたけど何かまずい空気になってない?」
グレイシアがいつまでも歩き続けたことに痺れを切らして、口を開いた。
「本当だよ、最初の威勢の良さはどこに行ったんだ?あまり体力が無いイーブイとかは既にバテそうになってるし」
サンダースが相槌を打った。
「こうなると思ってたんだよね。さっきから同じ所をぐるぐる回っているように思うのは気のせいかな?」
「ねー、結局どこに行くの?ただ歩き回るだけだとつまんないからしりとりでもする?」
「ちょっと黙ってて、何かいるかもしれないし」
少しおしゃべりが多くなってきた所で先頭にいるエーフィが注意をした。はーい、とあまり反省する気の無い声でさっきのグレイシアと後ろの方にいるニンフィアが返事をした。会話が始まった流れに乗ってブースターがそろそろ休憩はどう?と、提案して、じゃあもう少し辺りを探索してからに、ということになった。
しかし、特に進展も無く、いけどもいけども草と木ばっかりで青空の青の割合より陰を作る木の葉の方がはるかに多いぐらい、茂みが深くなっていた。届く日の光も探すのもやっとで、足元の暗い所にある折れた枝や大きな木の根っこにつまずくことも、よく起きるようになってきた。
やがて少し開けた場所に出て、ここで一旦休憩ね、ということになった。元々、身体能力が高いポケモン達はまだエーフィに文句を言う元気が残っていたが、それ以上は休憩、という言葉を聞いた瞬間に音を立てて体を横に倒した。その様子はばたんきゅう、と言う擬音語そのものであった。
体を横にして脚を投げ出しているイーブイやニンフィアを心配そうに見ながらブースターがサンダースに声をかけた。
「このままだとそのうち日が暮れそうだよな」
「そうなんだよな。まだ余裕があるとかってエーフィが言ってるけど、このイーブイとニンフィアなんかは、明らかにグロッキーだぜ。グレイシアもさっきくじいて足が痛いとかなっているし。ってか生きてるか?」
サンダースも心配して声を投げかけた。反応はイーブイは小さなうめき声を、ニンフィアはそのリボンを持ち上げて、軽く振って答えた。本体は共にほとんど動きが見られなかった。相当疲れが溜まっている証拠である。
「具合は悪くない?」
今度はブースターが聞いてみた。イーブイは体を起こしてからうなずいて、ニンフィアは体は起こさず、リボンの先をうなずくように下に折り曲げて答えた。今はこのリボンが会話の代わりのようである。
「これじゃあ本当に体力が持たないんじゃねーの。俺やあんたみたいに元からこういうのに慣れてるのはいいかもしれないけど、相当グダグダになって最終的に野宿になりそうだよな」
リボンのサインを見たブースターにサンダースが声を掛けた。
「体力が持たないって言うよりエーフィが飛ばし過ぎたのが問題じゃない?休憩しようって言ってからもうちょっととか言っておいて結局十分位動いてたよね。結構色々話してきたニンフィアが最後の方は無言になって今はこんな感じになっているし」
ブースターの答えに、だよな、とサンダースは相づちをうち、お互いに溜息をついた。一旦二匹共その場に座り辺りを見回していると何かに気が付いたのか、またサンダースがブースターに声を掛けた。
「ちょっと話題変わるけどなんか今回はメンバーに肝心の奴がいないよな。夜の時の見張りのブラッキーとか、水技を使えるシャワーズ、こういう時のために“いやしのすず”で癒してくれるリーフィアもあそこに置いて来ちゃったんだよな」
「そういえば、生きるために重要なのがいないね」
生きるため、その言葉でさっきまでのお疲れムードが一気に吹き飛んでしまった。ブースター自身もその空気を察したのか、でも、と続ける。
「ウチらで出来ることも沢山ありそうじゃん。えーと、こう、ポジティブに考えようよ、な」
しかし、そこから言葉が続かなかった。そして、全員黙っている。サンダースもそうでしょ、となんとか言葉を続けて、協力を求めた。突然、話題を振られ、戸惑いを隠せずにいながらも、
「ま、まあ、ブースターは火を起こせるし、極端にヤバいってことは無い」
なぜいきなり他人がまいた種を自分で処理しなくてはならないのか、という少しの
苛立ちと、あまりににも唐突過ぎたことによる大きな焦りと動揺が心の中に渦巻いていた。それでも場の不穏な空気を少しでも取り払えるぐらいのことを言ったつもりだったが、後で余計に追い詰める羽目になるとはこの時、サンダースは夢にも思っていなかった。
「じゃあ他はどうなの?私は物を冷やしたり、凍らせた所でどうなるの?って感じじゃない。まあ、例えばサンダース、あんたは?」
「え、まあ俺は電気を使って・・・、電気を使ってだな・・・、ちょっと考える時間をくれ」
グレイシアが何気無く発した質問に答えようと考え込んでいるが一向にそれらしい答えが出ない。そのまま黙り込んでいる所に一言、
「本当はここじゃあ使い道が無いんじゃないの?実際電気を使う物って機械とかそんなぐらいだった気がする」
その一言が全てだった。そして更に追い打ちを掛ける。
「他のニンフィアとかイーブイとかも同じような気がする。ましてやブースターもそれ以外のことってそもそもあまり無いと思うし、エーフィは・・・」
「お願いだ、それ以上はやめてくれ」
もう今にも泣き出しそうな声で、何かをかばうように話しを止めた。グレイシアの方も周りの状況を察して静かになった。
そして、起き上がっているのはみんなしょげた様子だった。そんな中、
「結論、最悪な状態って訳か、参ったな」
ブースターは暗めな声で意味も無くこの状態を総括した言葉を放った。
「みんなごめん、僕が何も出来ないせいでこうなっちゃったんだ」
と、イーブイが小さくつぶいた。その言葉を聞き、大丈夫、君だけのせいじゃない、と近くにいたサンダースがまた言葉を掛け、落ち込んだ気持ちを立て直そうとした。その光景はこの暗い状態に光を取り戻そうするように見えて、少しほほえましくも見えた。それを見てエーフィが便乗するように言った。
「そう、完全に希望は無くなったんじゃないわ。さ、休憩もここまでにして、もう少し先に進むわよ」
「おい、まだ早いだろ。この二匹のペースとか考えていないだろ。ってか調子に乗ってるんじゃねえぞ、おい。お前の立場が今どうなっているかぐらい分かっていると思ってたんだが、見当違いだったぜ」
「だからって何?ちょっとでも迷惑がられたからって発言する権利は無いって訳?」
サンダースの言葉にエーフィが負けじと反論する。そこから更に大きな口げんかに発展していった。
「ちげーよ、お前が自己中な考えしてっからだろ。いい加減にしろ!」
「あのね、あんたらから見たら確かにそれうかもしれない。でも、今の状態を考えたらこうしかないの。今までだってそうだったでしょ。無理をしてまでしないと生きてこられなかった。そうじゃないの?」
「今とは違うだろ、多分。あの首輪が無いし、万が一の事態が起こっても少しぐらいはなんとかなるじゃねえか。そんな事ぐらいお前の脳味噌で分かれよ。エスパーのくせにバカなのか?」
「何?私がバカだって?私を怒らせたわね!そんぐらいの報いは受けてもらうわよ」
「いいぜ、別に。そっちがその気ならこっちだって・・・」
「やめて!今は争っている場合じゃない」
二匹が本気の喧嘩になりそうになった時、さっきまで寝たきりだったはずのニンフィアが割って入ってきた。その行動に驚き、しばしきょとんとしていたが、でもな、とサンダースが口をまた開こうとしたがダメ、の一言で封じられてしまった。
エーフィがやるせない気持ちで引いていったのを確認してから、
「ほんとにひやっとしたんだからね。みんなを思う気持ちは分かるけど、いちいち喧嘩するしないでやってたら切りがないよ。しかも傷つくし。そうなっちゃうのを治してね」
「そもそも相手が仕掛けてきたんだ、仕方ねえよ」
「仕掛けてきたも何も意識していないのが悪いの。分かった?」
ニンフィアの答えが一つに指定されているも同然の問いかけにばつがわるそうに分かった、と言った。
その後、しばらくして問題の三匹は体調が大丈夫らしいとの事で再び移動を始めた。でも、エーフィとの溝は未だに埋まらぬままであった。
そしてその少しばかり前、
「ねえ、まだ?」
窓際で待っているシャワーズが退屈そうな声で恵を呼んだ。
「待ってろ」
「一体何回目?結構時間が過ぎると思うんだけど」
「まだ三回目ぐらいだろ。いいからまだ静かにしてくれ」
もう、と味気ない恵の受け答えに不満さを
顕にした。
「そんなにもたもたしてたら置いてかれちゃうんじゃない?私だったら既に置いてっていると思うけどね」
「何だ、脅しか?まず自分がいないとどうにも出来ないと言った当の本人がか?」
いいえ、別に、と返した。あとね、とまた話し始めた。
「頭の上に乗っかってもいい?」
「いいぞ、別に。後悔するのそっちだけど」
「何?後悔って。乗り心地に保証が無いって事かな」
「まあ、その他諸々」
その素っ気なさをどうにかしないの?と言いたかったがまたあいつの事だろう、ロクな答えしか返って来ないと思い、
「乗ってから考えてみる」
とだけ返しておいた。
「まあ、こんなもんだろ。準備が終わったけどどうだ?」
「出発進行!って言いたいけどそんなに軽々しく無いものなのね、その格好からして」
正直、始めの一言は本気で言いそうになっていた。そこらへんの救助隊と良い勝負が出来るぐらい色々身に付けていた。恵自身も最近は本来なら普通は出さないであろう職業柄の伝家の宝刀を引っ張り出しまくるオンパレードなので、これから先荷物の整理ができるかどうか心配であった。
「そうだな。一応、危険な場所も多いし」
「え?ちょっと待って。今一応だけど危険な場所があるって言ったよね?」
「まあな。でもあいつらってなんでも出来るっぽいからなんとかしてるんじゃね?」
「じゃあ、そんなに呑気にしている場合じゃないじゃん。なんでも出来ると思っているけど私らってそんなに万能じゃない。残念だけど。私だって弱点ぐらいはあるし」
「そうなのか?少なくともここじゃあ問題無いと思うが」
「それが結構有るものなの。とにかく早くしましょ。リーフィアが外で待っているし、恵君もとっとと終わらせたいんでしょ」
「ま、そうだな。で今更に思ったんだが、頭に乗っかりたいと言われてもどう乗せろと?」
「普通に、だと通じないから私が自分で乗るからいいよ」
じゃあ行くか、と少し物音を立てながらシャワーズ方へと向かった。近くの来ると頭を低い位置に来させて、乗れるようにすると上に飛び乗ってきた。手入れがされていないのか、伸びた爪が頭皮に食い込んでかなりの痛みがした。しかし、直ぐにそれがなくなり頭部そのものにシャワーズの体重がかかると、その代わり目の前に視界がその足で隠されてしまった。体制も辛いので一旦立ち上がると、一言。
「あのさ、手で何も見えないんだけど。ぶつかってはいないか?それだけは言ってくれ」
「ぶつかっては無い。限りなく天井が近いけど」
頭部からそのまま声の震えが伝わってきた。
「わかった、とにかくこの足をどけてくれ」
「えっ、これが楽なのに。ダメなのね。じゃあこっちは?」
そう聞こえると目の前を真っ暗にしていた足が
眉毛やでこを蹴りながら上に上がって言った。そして今度は前頭部に強く押す力と首筋に圧迫感がして、さっきとは違う鈍い痛みがした。でも、爪で引っ掻くことはしなくなったので、幾分楽になった。
「これで見える?こっちはちょっとキツいけど大丈夫」
「まあ何とか。じゃあこれで行くからな、本当にいいのか?」
「だから、大丈夫って言ったじゃん。ちゃんと私を気遣うように、ね」
やっぱり何か気に食わない。色々おかしい能力にしろ、しゃべる、それどころかどころか地味に強い意思表示もそう。これがポケモンというものなのか?どうしても受け入れ難い。別の皮を被った人間みたいな所もそうだろう。そんなのはどうでも良いと示唆でもしているように、
「何ボーッとしているのよ。私って何か悪いことでも言った?」
頭の上から声を掛けられた。
「いや、なんでもない」
正直、なんでもなくない。今まで忘れていたはずの懐疑の念がまた湧き始めた。でも、そんな事を気にしてたら切りがないと、自分に言い聞かせてから、
「じゃあ、しっかりつかまっていろよ」
そうシャワーズに声を掛けた。履くのはそこにある古びたサンダルではなく、ちゃんとした運動靴。それを履き、面を上げると、意味不明な光景が広がっていた。
「は?仕事増やすなよ。本当にこれはおかしいだろ」
その時言葉に出来たのはそれだけだった。というより、普通なら腰を抜かして口が開かなくなるこの事態で言葉に出来た自分の方に感心したぐらいだった。唯のアスパラガスの畑が色以外全く別の得体の知れない物になっているのを見て、である。