ひねくれものとおかしな生きもの








小説トップ
プロローグ〜日常
日常〜前編
 彼は煮えたぎるマーボー豆腐を焦点のあてもなく見つめていた。

 やがて、ピーという高く耳障りな感じの聞き慣れた電子音で米が炊けたのを感じ取り、炊飯器のボタンを押した。すると、待ち兼ねていたかのように水蒸気が上がっていった。中のご飯をしゃもじで軽くかき混ぜると、近くにあるどんぶりに盛り始めた。ある程度盛ったところで更にその上に先程のマーボー豆腐を豆腐以外の白い色が見えなくなるまでおもむろに掛け、炊飯器の電源や、フライパンの下にある青い火を消し、それぞれのフタを閉めた。次に、別の鍋のフタを開けると炊飯器とは対照的に、穏やかな湯気を上げながら、味噌汁は顔をのぞかしていた。その味噌汁を朱塗りの茶碗におたまで盛り付けると、レンゲや、重みの付いたどんぶりと一緒に台所の向かい側にあるちゃぶ台へ運んで行った。

「今日は豆尽くしだけど、いただきます」

 彼〜東 恵(あずま めぐむ)は合掌するなり、黙々とマーボー豆腐を口に運んでいった。

 ふと、外を見ると、朝霧が景色を白めながら立ち込めていた。その中には新しい一日が始まった事を喜び、賛美しているのか、未だ夜の余興に浸ってるのか わからないが、虫の独特な声が響いていた。

 基本、彼以外、この便宜上の家には誰もいない。父親も、母親も、兄弟も、姉妹も、祖父母も、ましてや親戚も。唯、在るのは彼が時折立てる物音と、静かに歌う虫の声がこだますだけである。決して自立した訳ではなく「取り残された」と言えば良いだろう。

 やがて、残り少ないの味噌汁を口の中にかき込むと、ごちそうさま、と軽くつぶやき、合掌をしてから軽くなった茶碗や、どんぶりを台所の近くの流しに置いた。別のどんぶりに、炊飯器の中の残りのご飯をかき集め、上からラップと、周りを見渡すと、味噌汁が入った鍋のフタが開けっ放しになっていた。冷めてしまったのだろう。すっかりと湯気は枯れたように出なくなっていた。鍋のフタを閉め、炊飯器の釜や中ブタを取り外し、釜には水を張って、どんぶりや茶碗などはその釜に放り込んだ。

 身支度を済ませつつ、外に目を向けると、さっきの朝霧は味噌汁の湯気のように消えてしまったようだ。虫の声の方は相変わらず、といった具合である。忘れ物がないか確認すると誰もいない居間を後にした。

 薄暗い廊下を抜け、玄関を出ると、『あずま動物クリニック』と、色あせたペイントで書かれた看板が彼を見下ろすように引っかかっている。その看板は長い間、辺り一辺を見守ってきたのか、ところどころにサビが着いていた。壁に立て掛けていた自転車を起こすと、後ろから

「おはよう、恵や。朝飯はちゃんと食ったのか」

「ま、食ってきたよ、たけ爺さん。豆尽くしだったけどな」

 そうか、と笑みを返して来た老人、馬場 武雄(ばば たけお)はすっかり無くなった頭髪を掻きむしりながら彼を見つめていた。その老人に彼は毎日の疑問をぶつけた。

「ところでたけ爺、毎日おんなじようなことを言ってるけど、そんなに心配か?まあ、あっちでも同じような事を聞いて来るやつがいるけど、そんなに自分って自堕落に見えるのか?」

「そりゃそうじゃ。人っ子一人が家であらかたの家事をするんじゃぞ。こりゃ結構しんどいもんじゃから気に掛かるのも無理は無いじゃろ。そのうちに何かしら逃げたくなる、やる気がなくなる、別の人間に当たる、その他いろいろあるわい。そう成るのがオチじゃしそれに加えて恵、オヌシは真面目というか無頓着というか・・・」

「たけ爺、そう言えば、学校に行くからあんま時間ねえんだ。それじゃ行ってくるわ」

「ちょっと待ちなされ!・・・はあ・・・、気をつけるんじゃぞ」

 これだから最近の若者は、と老人は心の中で嘆くと、小さくなってゆく恵の姿を見届けるのであった。










 自転車で冷気をたたえた森を抜け、殆んど人の気配が感じられない浜辺の商店街を爽快に突っ切ると近くの駅に着いた。近くの駅と言っても10キロは離れているが。それから、始めは一両編成のローカル線から二度乗り換えると、大きな街の目的地の駅に着く。ここまでおよそ二時間半、そこからさらに歩くこと15分、ここで初めて彼の通う高校に着くのである。

 教室はいつも通り人の声なり多さなりでひしめき合っていた。机に座って会話をするなり、スマホと言う物をいじくり回すなり、黙々と勉強するなり、鬼ごっこをして走り回るなり、おのおのが自由な時間を過ごしていた。背負っていたカバンをロッカーに投げ込むと、いつものように自分の席に着いた。

「めぐ、おはよー。今日も“ラオウ”は来てねーらしいな」

 後ろから濁った声がした。

「いつもじゃん。基本、引き籠りな訳だし」

 その声に恵は答えた。

「だとしてもさあ、六日もズル休みをかましておいてあの“特別熱いお方”は黙っているのか?あの方のとばっちりはもう懲り懲りだぜ」

「さあな。まあ、その長くて無駄に深いご説教にはもう慣れんじゃないの、“ウジ”。ところで言っておくけどその“特別熱いお方”の逆鱗に触れるのは間も無くだと思うが」

 そう、恵に言われると“ウジ”こと牛島 優希(うしじま ゆうき)は長めの髪を揺らし、その縦に長い顔の血相を変えてヤベェ、とあたふたしていると、噂の“特別熱いお方”が教室に入場して来た。ウジは世界の終わりを見ているかのような顔でその厳つい顔を見ていると、

「みんな、おはよう!!!」

 と、両隣の二クラスにも届きそうな大声で“挨拶”をした。その方〜飯田(いいだ)先生は全生徒に一番嫌われてると思われる“特別熱いお方”である。その熱血さゆえ、本名で呼ばれることはごく稀で(式などの時は本名で呼ばれる事があるのだがその時に初めて本名を知る生徒がいる程)いつもは“シュウゾウ”と呼ばれている。ちなみに、同じ教師の間でも“シュウゾウ”と呼ぶ事もある。下の名前もあるのだが、わざわざ聞こうとする勇者が一向に現れないため、今のところ不明である。

 シュウゾウはとにかく“熱い”ので、シュウゾウがいると気温が五度上がる、とか、シュウゾウは冬でも汗っかきである、とか、夏の暑い時はシュウゾウが無駄に熱量を発散しているからだ、など、散々な言われ様である。その“熱”苦しさが一番よく出ているのがとてもとても長い“ご説教”である。何かしらゴタゴタが起きると必ず、シュウゾウは“何か”熱い事を語り始めるのだが、それが気が遠くなるほど長いのである。何しろそれを大声で話すので、寝ようにも寝ることが出来ないのである。もし“ご説教”が帰りならまだしも、朝に始まったら・・・。想像は難しく無いだろう。

 来やがったよ、といった面目を(あらわ)にしつつ、教室にいた全員は各自に席に着いた。起立、と号令がかかり、挨拶をするのだが、

「みんな、そんな声で一日乗り切れると思うのか?もっと元気出せよ!それじゃもう一度。おはようございます!!!」

 みんなはイヤイヤながらもさっきより大きな声で返した。このシュウゾウは恵やウジたちがいる二年D組の担任である。

「それじゃ、出席をとる。みんな、ちゃんと大きな声で返事してくれよ!まずは、東 恵!」

「はい!」

「牛島 勇希!」

「へい」

「何だ!その間抜けた返事は!しっかり返事しないと元気かどうかわからないじゃないか!次、宇部 恭子!」

 もともと元気なんてねえよ、と心の中でつぶやきつつ、ウジは、どこぞの自衛隊か、思う程怒鳴り声が行き交う出席確認を見届けるのであった。

 出席確認が終わると、

「はあ・・・。今日も来なかったな、門倉。あいつは一体何をしているのだろう?とにかく東か牛島、配布物があるから、門倉に届けておいてくれ」

 分かりました、と二人は声を揃えた。この二人は“ラオウ係”と呼ばれている。登校進路上、この二人だけしか近くを通らないので結果的に届け物する係になったようだ。すると、

「前回は俺が行ったからめぐ、次はお前だ」

「そう言えば、だな」

 係りの連絡も終わり、会も終わろうとした時、突然、

「ところで、牛島。お前結局昨日のレポートはどうした?」

 シュウゾウは教卓の上で唐突に堂々と言い放った。バレたか、と思いながら、ウジは蚊の鳴くような声で

「・・・忘れました・・・」

「え?何だって?」

 わずかながらに苛立ちも混じった声で直ぐに聞き返す。ウジは覚悟を決め、聞こえる声で言った。

「・・・忘れました」

「お前またかよ!昨日はちゃんと『明日に提出します』って言ってただろうに!俺はお前を信じて待ってやったんだぞ!それを裏切るというのはな、どういうことかわかっているのか?お前が社会に出てだな・・・」

 悪夢が始まった。それから授業が始まったのは、残り時間半分になってからだった。











「お疲れだったな、今日の朝」

「マジで大丈夫だったか?」

 昼の帰り際に、男子たちは個々にねぎらいの言葉をウジにかけた。今週は面談週間なので昼で授業は終わる。その後は学校で昼食をとるか、家でとるかは人それぞれだ。でも、学校でとるのは、大体この後部活がある人たちが多い。そのため、恵とウジは部活に入っていないので、直ぐに帰るつもりである。

「また炸裂したな、シュウゾウ先生名物、“ご説教”」

「めぐも、よく流暢(りゅうちょう)に名物とか言えるよなあ。巻き込んじまったのは俺なのに」

 ウジはスマホをいじりながらしゃべった。

「別に。まあ、あれがここの花、みたいな、そんな感じだし。それに、ウジは今日、面談なんだっけ?また、今日の事が繰り返されないことを願うよ」

「ちげーよ、明日だって。まあ、めぐは、そもそもなくて・・・いや、よくなかった」

「確かに、面接状態になっちゃうし、そっちの方がヤダだもんな。シュウゾウと一対一な訳だし、でも、何度も経験しているから自分は馴れているし、平気だよ、へーき」

 ウジは一瞬、恵の深い所に無意識に入り込みそうになったが、どうやら感ずかれていないようで、少し安心した。その刹那、聞き覚えのあるあの声が、

「東 恵!すっかり忘れてたけどきょうの朝飯、何食った?」

「マーボー豆腐と味噌汁とご飯」

「大豆ばっかりだけど、まあいっか!今日もしっかり食って来たらしいからな!それじゃ、さようなら!!!」

「さようなら」

 すっかり忘れてろ、と心の中でウジは言って、恵に向き直ると、

「じゃあ、俺達も帰るか。俺はマックで昼を食べるから」

 恵は金がかかるからという理由で外食はあまりしない。そのため放課後はいつも個別行動になる。二人は、間も無くして校門を出ると、じゃあねーとお互いに声を掛け、それぞれ違う方向へ散っていった。

■筆者メッセージ
もともとは一つで書こうと思いましたが、長くなってしまったので二つに分けて書きました。このプロローグ自体、ポケモンはまだ登場しませんが、ポケモンらしいネタは一応後編に入れる予定です。とてもゆっくりになりますが、更新していく予定なので、よろしくお願いします。
からげんき ( 2014/06/24(火) 18:33 )