旅立つ前から
旅立つ前から
 僕が9歳の頃は、ポケモントレーナーになりたいと言いつつも、気ままに遊び回っていた。特に、日曜日は公園に行っていろんな友達やポケモンと遊ぶのがいつものパターンだ。そのまま何となく日々を過ごして、10歳を迎え旅立つのだと思っていた。だけど、特別な出来事は、案外ふとした日常の中で起こるものである。

 ある日、僕が公園に行くと、奥の草むらのそばに子供達が集まっていた。その奥にいたのは一匹のポッポであった。
「今日、岩タイプは飛行タイプに強いって聞いたぞ!」
「じゃあそこのポッポで試してみようぜー!」
子供の一人が草むらから石を拾ってポッポへ投げつけた。いきなりの攻撃に反応出来なかったのか、石はポッポに直撃した。一人が投げたのをきっかけに、子供達は次々に石を投げ始めた。いくつもの石を受けて、ポッポはふらふらし始める。その様子を見て、僕は我慢していられなくなった。
「や、やめろよ、危ないだろう!」
僕はポッポと子供達の間に割って入る。
「遊びの邪魔をするなよ!」
今度は僕に向かって石が投げられた。痛かったけれど、ここで逃げてはいけないと、直感的に思った。そうして少し経つと、石が止んだ。
「もうあっち行こうぜ−」
興味を失った子供達はそのまま公園の別の場所へ去って行った。僕は後ろのポッポの状態を確認する。頭だけこちらに向けて鳴きはしたが、体は動かない様子だった。迷っていても仕方がない。僕はポッポを抱きかかえ、ポケモンセンターへと向かった。そこで治療を受けて出てくると、すぐに飛び立ってどこかに行ってしまった。
 次の週、僕は再び公園へ行き、奥の草むらに行くと、またポッポがいた。向こうからゆっくりと近づいてくる。恐る恐るしゃがみ込むと、更に近寄ってきた。指先で優しく頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうに鳴いた。この日から、僕とポッポは一緒に遊ぶようになった。木の枝を投げて遊んだり、僕も一緒になって走り回ったりする。そうして空が夕焼けに染まる頃になると、また来週、と言って別れる。しばらくすると僕の見てない間にピジョンになっていてびっくりもしたけれど、同じ子だとすぐに分かった。
 本当なら早くゲットしたかったのだけれど、モンスターボールを持てるようになるのは10歳になってからと言われていた。つまり、後数ヶ月待たないといけないということだった。10歳になったら、このピジョンをゲットして、一緒に旅に出る。共に遊ぶ日々の中で、いつしかそう心に決めていた。ピジョンにも話してみると、はっきりは分からないが嬉しそうにしているような気がした。

 そうして過ごして、来週には僕の誕生日が迫ってきた。いつものように公園へ向かうと、いきなり爆発音が聞こえてきた。急いで駆けつけると、ピジョンとトレーナーのサンドがバトルを繰り広げていた。
「サンド、スピードスター!」
放たれた星は素早いピジョンも正確に捉える。ピジョンは回避を諦め、かぜおこしで星を打ち落としていった。
「何やってるんだよ! ピジョンが何かした?」
「何って、あいつおまえのポケモンなのか?」
何も言い返せなかった。旅に出る約束はしたけれど、ボールに入れたことは一度も無い。だから、このトレーナーがピジョンをゲットすることも出来るし、それを止められる言い分も僕は持っていない。
「関係ないならあっちに行ってくれないか」
そう言って、トレーナーはピジョンへと向きなおった。
 ピジョンは電光石火の速度でサンドへと向かっていく。サンドは丸くなって守備を固め真正面から受け止めた。その守備を打ち破るべく、翼に力をためたピジョンが力強く突っ込んでいく。サンドとピジョンがぶつかったまま、互いに押し合い動かない。そこで丸まったサンドが回転を始めた。徐々に速度が上がり、ピジョンを押し、ついにははじき飛ばしてしまった。
「よし、今だ!」
モンスターボールが投げられた。ピジョンはボールに吸い込まれ、揺れるボールだけが残っている。
 その様子を、息をするのも忘れて見守っていた。それしか出来なかった。ここでピジョンがボールから出てこられなければ。想像するだけで目の前が真っ暗になりそうだった。だんだん耐えられなくなって、僕がボールから目を逸らしたとき、ポンと大きな音がした。音のする方を見ると、ピジョンが出てきている。トレーナーに対し反抗的な目をしていた。
「ちっ、しつこいなぁ」
トレーナーはもう一つボールを投げようとバッグに手を突っ込んだ。その間に、ピジョンは強力な風を起こし、サンドを吹き飛ばした。公園の外まで飛んでいって、僕からは見えなくなってしまうほどだった。
「おい、何すんだよ! サンド、大丈夫かー!」
トレーナーはサンドを追ってその場を去ってしまった。ピジョンはだんだん高度を落とし、そのまま地面にへたりこんでしまった。 僕はほぼ反射的に、ピジョンを抱きかかえて走り出していた。
 「お待たせしました! ピジョンはすっかり元気になりましたよ!」
奥からピジョンが運ばれてきた。すっかりいつもの元気を取り戻した様子でピョコピョコ跳ねている。
「すごく頑張ったね」
僕自身はあの場で何も出来なかった。ピジョンは、一匹で戦っていた。戦えていた。だけど、いやだからこそ、僕が一緒に戦って、更に強くなれるようにならないと。そう決意を抱き、ポケモンセンターを後にした。ピジョンがいつもの公園に飛んでいくところを、僕は手を振って見送った。

 その後一週間が経ち、僕は研究所へと呼び出された。最初のポケモンを選ぶように言われたが、もう決めたポケモンがいると伝え、空のモンスターボールだけを受け取った。僕は一目散に研究所を飛び出し、ピジョンの待つ公園へと走る。公園の入り口で、ピジョンは僕のことを待っていた。僕はボールをピジョンの目の前に差し出す。
「お待たせ。さぁ、一緒に行こう!」
ピジョンはボールのスイッチを突いて自ら中に入った。そして揺れはすぐに収まり、ゲットが完了した。すぐさま僕はピジョンを外に出す。隣で羽ばたくピジョンと共に、僕は町の外へ、冒険の第一歩を踏み出した。

BoB ( 2019/05/26(日) 19:26 )