はめつのねがい
世界が滅亡するらしい。そんな噂が人々の間を駆け巡っていた。不正確な情報が町を埋め尽くし、戸惑った人々が出任せを大声で叫ぶ。それに飛びついた人々がさらに混乱を大きくする。そんな醜い光景が広がっていた。
「みんなどうしたんだろう? 怖いよ……」
そんな独り言を漏らしたのは、町外れの森に住むジラーチだった。千年ぶりの眠りから目覚めてみれば、町の方からは人々の刺々しい感情ばかり伝わってくる。ジラーチというポケモンは、人々の願いを感じ取り、その中から気まぐれで選び、叶えていく。だから、人の感情には大変敏感であった。
森のポケモン達は、いつもと変わらずおとなしかった。虫ポケモン達は、木の実や葉っぱを食べ、格闘ポケモン達はお互いに力比べをしていた。ジラーチもまた、これといって変わった出来事が起こる予感は抱いていなかった。だからこそ余計に、この鋭い感情の理由が分からなくて不気味だった。
「そうだ! みんなの願いを叶えてあげれば、またみんな明るくなるかな?」
ジラーチはすぐにひらめいた。その瞬間、もう体が動き始めていた。
ジラーチは誰にも見つからないように気をつけながら、町に入ってきた。近くまで来ると、人々の思いがより具体的に見えてくる。その思いをすくい上げようと、町中をあちこち飛び回った。そうしているうちに、人々がピリピリしている理由も分かった。理由は分かったが、ジラーチはあまり気分が良くなかった。
「(世界が滅びるなら、こんなことしてたって無意味じゃん…… 仕事なんて無くなればいいのに……)」
「(俺だけでも助かりたい…… 早くしないと間に合わなくなる……!)」
そんな声が、ジラーチに聞こえてくる。思わず叶えてあげたくなるようなきれいな願いは、一つも無かった。次第に表情が暗くなってくる。飛び方もふらふらとしてきた。
「みんな、うるさいよ! どこまで自分勝手なんだ! もう嫌だ、何も聞きたくないよ……」
そう思った途端、ジラーチは地面に落ちた。顔をゆがめ、苦しそうな声を上げる。すると、大きな光の塊が現れ、空高く打ち上がっていった。光が飛び出すと、ジラーチは苦しみから解放された。
光が飛び出すと、町がまた騒がしくなった。とうとう来たか。そんな声が強くなる。そして、棘のように突き刺さる皆の感情が、より一層激しく食い込んでくる。ジラーチは耐えきれなくなって、逃げるように町から飛び出した。
町の門を出ると、突然後ろから何かが壊れるような音が聞こえた。ジラーチは驚いて振り返った。そうして見たのは、太い銀色の光が町中に無数に降り注ぐ光景だった。ジラーチは息を飲んだ。
「……あれは僕の技、はめつのねがい?」
ジラーチだけが使える強力な技、”はめつのねがい”。だが、ここまで巨大な光は、ジラーチ自身も見たことがなかった。こうなった訳に、ジラーチはうっすらと心当たりがあった。しかし、それを直視したくはなかった。
「僕が、もう何も聞きたくないなんて思ったから……? いや、町の人の願いが歪んでいたから……!」
罪悪感の膨張。自分のせいじゃないと、ジラーチは何度も自分に言い聞かせた。だが、紛れもなくあの光はジラーチ自身の技だ。自分が情けなく思えたジラーチは、森の一番奥まで帰り、そのまま眠り始めた。しかし、あの町の光景がまぶたの裏に映って眠れない。何千年も、目覚めと眠りを繰り返したが、その中でも一番気分の悪い眠りとなった。それから、ジラーチが町に現れることは無くなり、誰の願いも叶えなくなってしまった。
世界中を見れば、滅びることは無かった。ただ、ちょっとしたお祭り騒ぎの日々が終わっただけ。だが、この町は違った。この町を見た人は、予言が当たったと口々に言う。それがいったい誰のせいで引き起こされたかなど、全く知らずに……