流れ星に導かれ
俺はとある丘の下に居た。その丘の上には大きな門。あれが俺の目指していた所、探検隊の集うギルドだ。俺の夢が、これからはじまるんだ。俺は背中の炎をボッと燃やすと、勢いよく走り出した。
急いで丘を登り、ギルドの前まで来た。ここまで来ると、門がより一層大きく見えた。俺は少し怖くなったが、意を決して声を上げた。
「たーのもー!」
返事がない。門をノックしたり、無理矢理開けようとしたりしたが、何も起こらなかった。もう一度叫ぼうと息を吸った瞬間、怒鳴り声とともに突然門が開いた。俺は思わずむせかえってしまった。
「誰やこんな時間に! いきなり大声だしたら近所迷惑やろ!? それに『たのもー』って、ここは道場やないっちゅうねん! だいたいなぁ――」
一体誰なんだ、こいつは。俺が心の中で冷たいツッコミをしている間も、延々と何かを言い続けている。オレンジの体に白いお腹、確かライチュウだったと思う。挨拶代わりに説教だなんてたまったもんじゃない。俺が口を挟もうとしても、まともに聞いてもらえない。「もうちょい入るときのやり方ってもんがあるやろう! ノックするとか、横の呼び鈴鳴らすとか、とにかくいきなり大声はないわぁ。ほんまに――」
俺は来る場所を間違えたんだろうか。いや、合っていても、こんな場所でやっていける気がしない。もう帰ろうか、そう思った時に、ようやく向こうから質問が飛んできた。
「ところで、あんたなんでここに来たんや? この辺じゃ見かけへんマグマラシやけどなぁ。勧誘とかアンケートやったらお断りやで?」
「そんなんじゃないですよ!」
そうは言ったものの、うまい言い訳が見つからない。俺が下を向いて口ごもっていると、ライチュウはいきなり頭をポンポンと叩いてきた。
「なんや、いきなり黙り込んでからに。さてはあんた、何か隠してるな……? とりあえず、こんなとこで話すのもなんやし、中入ろか?」
そう言うと、ライチュウは門の中へ入っていった。誘われたのを無視して帰るなんて無神経な事をするほど俺はずぶとくない。仕方なく、俺は後について門の中へ入っていった。
案内された部屋は、棚に置かれた石を除いて、とにかく散らかっていた。お世辞にも広いと言えないこの部屋が、散らかっているせいで余計に狭く見える。奥にある、ちょうどライチュウ一匹が入るスペースに彼は座った。俺も、足下に散らかった道具を蹴散らしてスペースを作った。
「とりあえず、なんでこんなとこまで来たんか教えてくれへんか? 理由も無くこんなとこ来て叫んだっちゅうんやったら、あんたを病院に連れて行かなあかんしなぁ」
病院!? 冗談じゃない! だが、何も言葉が出てこない。無理だ、こいつには勝てる気がしない。降参だ。
「実は、このギルドに入門しに来たんです」
「えっ!? ほんまに!? それならもっとはよ言うてえなぁ! いやー、うれしいわぁ。わいに初めての弟子が出来たんやで!」
『初めて』そう聞いて俺は頭を抱えた。出だしから滅茶苦茶だ。ただ、ライチュウの嬉しそうな様子を見ていると、あまり冷たくするのも可愛そうな気になった。ん、そういえば!
「さっき弟子って言いましたけど、もしかして、あなたがここの親方ですか……?」
「何言うとるんや。わい以外誰がここにおるっちゅうねん」
まさかとは思ったが、こうも災難が続くとは。イライラを押さえながら、話を進めた。
「ほな、ちゃちゃっと登録しよっか! いくでー!」
一体何が始まるんだと不安に思っていると、突然親方が放電を始めた。肝を冷やしながら、とっさにしゃがみ込んだため、特に怪我は無かった。だが、もともと散らかっていた部屋が更にめちゃめちゃになってしまった。
「おっしゃ、登録完了やで! これからよろしくな!」
あれで登録できるなんて、どんなシステムだ。ギルドって、もっと真面目でお堅い道場みたいな所だと思っていたが、俺が迷い込んだのはまるで空き地のような無法地帯だ。親方が握手を求めてきたので、なんとか笑顔を作って応じたが、きっと引きつっていただろうな。
次の日、朝早くに親方に起こされると、昨日は入らなかった場所へ連れて行かれた。そこには、紙がいくつも貼られた板が2つ並んでいた。
「さて、早速やけど今日から依頼をこなしてもらうで。まあ心配せんでも、始めは簡単そうなん選んだげるし大丈夫や!」
「いきなり依頼ですか? てっきりしばらくギルドにこもりっきりで修行するのかと思ってましたが……」
俺はまたしてもよく分からないと思った。俺が今まで思っていた常識は間違っていたのだろうか?
「こもりっきりやなんて不健康なこと、わいかてやりたくないわ。そんなことしてる暇があったら、実際にダンジョンに行っていろいろ経験する方がええに決まってる」
いまいち親方の言っている意味が分からなかった。いきなりダンジョンに行っても危険なだけじゃないかと何度も言ってみたが、結局親方の考えは変わらず、俺はダンジョンへ行くこととなった。まぁ、親方の選択のおかげか、あまり大きな壁に当たること無く依頼はクリアできたが。
それからしばらく同じような日々が続いた。親方の方針はいつまで経っても変わりそうにない。俺はだんだん親方の考えていることが分からなくなってきた。単にやってることが俺の考えと合わないだけかもしれない。だが、とにかく俺の中ではイライラとモヤモヤが日々募っていった。そんな状況の中でいつしか、早くこのギルドを抜け出してやりたいと思うようになった。だが、脱走は当然弟子としては最悪の行為だ。いきなりそんなことをする勇気もない。結局、何も言い出せないまま、ただ依頼でダンジョンに向かう日々が続いた。
そんなある日のこと、俺がダンジョンから帰って来たときだった。
「こら! 待てドロボー!」
親方の声だ。それを聞いたと同時に、黒い影が俺の横をさっと通り過ぎていった。
「マグマラシ! そいつを追いかけるんや!」
そう言われる前から、体は自然と通り過ぎたポケモンに向かって走り出していた。あの黒い毛と四つ足走りは、確かグラエナというポケモンだったはずだ。追いかけていくと、入り口の大きな洞窟へたどり着いた。もうすっかり日も暮れて、辺りは随分暗くなっていた。俺は自分の背中の炎を明かりにして、奥に進んで行く。本日二つ目のダンジョンで、道具もかなり減っていた。それでも俺は、多少ダメージを受けても気にせず、強行突破で奥へ進んでいった。すると、ホールのように広くなっている場所に出た。そこに、さっき追いかけたグラエナがいた。飛び込んでいった瞬間、横からも2匹、グラエナが現れた。あいつ、仲間がいたのか。
「誰かに後を付けられてると思ったら、お前だったのか。あんなしょぼいギルドのお宝盗んだ位で、そんな必死になるこたぁねえだろうに」
俺は思わず噴火しそうになった。3対1では明らかに不利だと分かっていた。だけど、ギルドをバカにされたことは、同時に自分をバカにされたようで悔しかった。
「お前らにしょぼいなんて言われる筋合いはない! ただの泥棒のくせに!」
「ふん、言ってくれるじゃねえか。お前一人で何が出来るのかねぇ!」
そう言うと、正面のグラエナが飛びかかってきた。間一髪避けられたが、たたみかけるように残りのグラエナ達も迫ってくる。俺は攻撃をかわすばかりで、攻撃のチャンスが掴めない。そんなことをしているうちに、壁際に追い詰められてしまった。じりじりと近寄ってくる三体。かえんぐるまで突破しようとするも、あっさり止められてしまった。どうすれば良いんだ。頭をフル回転させて考えようとするが、悲しいほど何も出てこない。バカにされたいらだちと、自分の情けなさばかりが、頭の中を埋め尽くす。このまま負けて帰るなんて考えたくない。いや、こいつらは俺を生かしてくれないかもしれない。悪い方にばかり考えが進んでいた。体も怖くなって動かない。俺はうつむいて目を閉じた。次の瞬間、バチッと電気が走ったような音がした。ん? 電気?
「わいの弟子に何しとるんや!」
親方? 俺が戸惑いながら目を開けると、正面のグラエナがいつの間にかのびてしまっていた。他の二体が親方に向かって行くも、あっさりはね飛ばされてしまった。親方が放電して威嚇すると、グラエナ達はしっぽを巻いて逃げてしまった。
「大丈夫か、マグマラシ?」
「ええ、なんとか…… そういえば、ここまでずっと後を付けてきてたんですか?」
「ああ、もちろんや。大方こんなことになるやろうと思ってたさかいなぁ」
俺は少し安心すると同時に、親方にあっさり結末を見透かされてたことに腹が立っていた。親方が俺の頭を叩きながら、まだまだだなぁと言って笑った。少し惨めだった。
「あ、そやそや。宝物取り返しとかな」
親方が拾い上げた宝物を、俺も一緒になってのぞき込んだ。これは、あのめちゃめちゃな部屋の中で、唯一丁寧に置かれていた宝石じゃ無いか!? 俺はうっかり後ろにひっくり返ってしまった。後ろ足で立ってたから、痛かったなぁ。
「ほんまに懐かしい一日やなぁ」
「ん? どういうことですか?」
「まぁ、とりあえず奥まで着いといで」
親方の発言がほとんど理解できないまま、なんとなく言われるままに着いていった。着いた先は、洞窟の最深部のようだった。天井が空いていて、星がきれいだった。下に目をやると、そこにはさっき親方が拾ったのと同じ宝石の塊が、月明かりに照らされて光っていた。それは、この世の物とは思えないくらいの、幻想的な光に包まれていた。
「ここは、わいが探検家を目指そうと決めたところなんや」
「親方の原点、って訳ですか……」
「そうや。せっかくここまで来たんやし、話してもいいで。わいがなんで探検家になろうとしたか」
もちろん聞きたいに決まってるじゃないか。お願いすると、親方は地面に座り込んで話を始めた。
――もともと、親方はこの洞窟の近くに住んでいたらしい。ある流星群の夜に、この洞窟へ流れ星が降ってきたのを見て、様子を見に行きたくなったんだそうだ。急な思いつきで、ろくに準備もせずに行ったから、そりゃあもうひどい目に遭ったんだとか。それでもどうにか奥にたどり着いたという。そこには、ついさっき俺が見たのと同じ宝石があり、俺と同じように、輝きに心を奪われたらしい。そして、こんなに美しい光景を、もっと見てみたいと思って、探検家になろうと決めたんだそうだ。そして、この思いを忘れないように、宝石のかけらを持ち帰ったのだと。――
俺は少し意外だと思った。ちゃんと親方にも、探検家になろうとした理由と信念があったのか。脱走なんて考えていた自分が浅はかだったと思った。そして、親方に謝らないといけない気がした。
「そうだったんですか…… 俺、勘違いしてました。親方のこと、ただ単に図々しいだけとか思ってたんです……」
「そんなこと考えとったんか! 悪い奴やなぁ! そんな適当にやってへんで!」
声は大きかったが、親方は終始笑顔だった。頭をなで回されて、恥ずかしいような、嬉しいような、ちょっと痛いような、複雑な気分だった。
「あっ! マグマラシ、上見てみ!」
急に親方が声を上げたので、慌てて上を見てみると、たくさんの流れ星が空を駆け巡っていた。
「今日はちょうど、わいが探検家になると決めた日やねん! そんな日に、また同じ場所で同じ流星群が見られるなんてなぁ」
今、俺は親方の原点となった場所と同じ所にいる。もし、この流れ星があの日降ってなかったら、きっとあのギルドも無かったし、俺と親方が出会うこともなかったんだろう。俺たちは、あの流れ星に導かれて出会ったのかもしれないな。そんなことを考えながら、俺は親方と一緒に、目の前の天体ショーを楽しんでいた。
次の日から、また依頼の日々が始まった。だけど、もう苦ではなかった。相変わらず親方はめちゃくちゃで、どこかずれてて、俺とは少し違う世界にいるような感じだ。でも、親方はしっかり俺のことを見てくれてる。そう分かったから、ここでやっていこうと決めた。どれだけ時間が経っても、新しい弟子は来なかったけど、俺はここで満足だった。そして、探検への情熱を教えてくれた親方にいつか恩返し出来るように、俺は今日もダンジョンへ向かうのだった。