69話 去年の黒幕
「今何時……?」
俺はむっつりとした表情で聞いた。
「今9時。店が閉まるのは11時だから……1時間後に出発するよ……あ、仕事内容話してなかったね。バシャーモを閉店と同時に店の外に連れ出してほしいんだ。できるかい?」
クロが欠伸混じりに答えた。
「眠いのか?」
俺は頷きながら聞いた。
「まあ、ね……昨日は明け方まで起きててさあ……」
「始末書でも書いてたんですか?」
「クロは昨日、頭痛いって言って帰ったよね?……何やってたのよ?」
アリシアがじろりと睨んだ。同時にクロがギクリと動いた。
「ああ、うん……」
「何やってたんだよ!」
逃げようとするクロにアリシアが掴みかかった。
「わあああ!!分かった分かった!言うから!」
クロは観念したように一呼吸置いて話し始めた。話しを聞いている間のアリシアの顔は『鬼』そのものだった。
「昨日頭痛かったのは本当さ。帰ったら丁度頼んでた新作のゲームが来ててさあ、ずーっとやってたの」
「仕事サボって遊ぶたあいい度胸してるじゃん」
「でしょ」
「誉めてねえよ!」
アリシアの怒りの鉄拳が炸裂し、クロを床に数センチめり込ませた。
「なんか……夫婦みたいだな」
俺はこそっとエルに耳打ちした。
「ああ、先輩達結婚するらしいよ」
「ええ!?」
驚いた声を出す俺にエルが「あの二匹なら末永く続くだろうね」と言った。
「だな。んー……俺ちょっと寝るわ。行く時になったら起こしてちょ」
エルの仕事机に飛び乗り丸くなって眠った。
―ホストクラブ―
「起きて」
俺はエルに肩を揺すられて起きた。
「むぅ……」
「起きてってば!着いたから!」
さらに激しく揺すられ、俺は眠い目を擦りながら起きた。
「ぉはよう……」
「ほら、シャキッとして、財布持って行ってきて!」
クロとアリシアに背中を押され店に押し込まれた。
「いらっしゃいませ。ご指名は誰にしましょうか?」
「あ、このバシャーモさんに……」
はっ、と我に帰った頃には時すでに遅し。自分がバシャーモにさん付けしたとは一生ものの恥だ。
「ヒート君ご指名だよー!」
ヒート?そうか、偽名使ってるのか。
心の中で自分なりの解釈をしてバシャーモが来るのを待つ。
「お待たせ。可愛いお嬢さん。忘れられない夜にしようぜ」
俺は鳥肌がたった。歯の浮くようなセリフとはまさにこの事だ。
「今日はよろしくお願いしますね!」
作戦のため、作戦のため、と自分に言い聞かせなんとか耐える。案内された席に用意されていたメニューを見て何を頼もうかか悩んだ。
「悩んでるね?」
「あ、はい。お、腹が空いてて」
危なかった。俺ってギリギリ言いそうになり、なんとかとどまった。
「腹が減ってるなら俺のおすすめはこれかな」
バシャーモが指差したのは高級モモンの詰め合わせだった。
「結構腹にたまるし君の可愛さに似合うぜ」
「じゃあそれと、飲み物は……」
ドリンクのページを開くとそこにはファミレスで見慣れたコーラやメロンソーダがなかった。あるのはシャンパンやワインだけ。
どうせアイツらが払ってくれるんだろと思って日本酒を頼んだ。
それから数十分間俺はバシャーモとくだらない会話んしていた。話せば話すほど去年の事を思い出す。自爆でニンフィアとゾロアークを道連れにしたこと。俺の学校の教師だったこと。
「お待たせ致しました。モモンの詰め合わせと日本酒でございます。どうぞごゆっくり」
ウェイターはペコリと一礼すると厨房へ戻った。
「いただきます」
日本酒をバシャーモに注いでもらい俺はモモンを頬張った。
甘い。凄く甘い。砂糖を使わない自然の甘さが口の中に広がった。次に俺は人生初の酒を飲んだ。
「美味しい」
一口飲み呟いた。そしてごくごくと飲み干した。
「ぅ〜……ひっく」
11時頃。俺は完璧に酔っぱらい、バシャーモに介抱されることとなった。
「君ん家まで送ってくよ」
「お願い〜ック!」
そうして俺はバシャーモに担がれ、店の外に出たのだ。後はタイミングを見計らってエル達が出てくるだけだ。