68話 女装、再び
「エル……どこ行ったんだろ?」
俺はぼそりと呟き、溜め息をつく。急に俺の目の前に黒い穴が出現した。俺は吃驚し過ぎて後ろに2メートルは下がった。すると、エルが穴から出てきた。
「エル!どこ行ってたんだよ!」
「アリシア先輩とクロ先輩に拉致られたんだよ。あ、ミミロップいる?」
「多分研究室に居ると思う」
「ありがと」
エルは小走りでミミロップの部屋に行き、数分後何かを手に持って戻ってきた。
「何そ━━わぷ!」
べちゃあ、とした物を顔に被せられ息ができなくなる。
やべえ……死ぬかも……
そう思った瞬間、勢いよく剥がされた。
「はあ……はあ……」
「よし!成功だ!」
酸素を沢山取り込もうとする俺の肩を掴み穴へと入った。
「おいコラエル!何したんだよ!」
「『女顔』を使用しました。大変可愛らしゅうございますよ、リーダー」
自分の顔が赤くなっているのがわかる。
「死んでしまえ!!」
エルの腹に拳を叩き込む。だが、俺の手は腹をすり抜け、反対側に出た。
「《空間回廊》でギリギリだったぜ」
エルがニヤリと笑った。
「くっそーー!!」
殴り続けるがどれもこれもすべてエルを通り抜けていく。
「空間の使い手には勝てないね」
「物理的じゃないなら勝てる。エーフィ姉ちゃんに別の彼氏を作る」
「な!?僕が悪かったよ!」
エルの目に涙が浮かんできた。
「え……?泣くほどか?」
「な、泣いてない!」
「あっそ」
「そんなことより出口だよ!」
俺達は白い光に包まれて、多分未来に来たのだろう。スタッ、と見事な着地を決め周りを見る。
「……ここどこ?」
「ようこそ、時空部の部署へ!」
「へえー。ここがエルの仕事場かあ……」
興味津々に辺りを見回すと誰かが部屋に入ってきた。
「ただいまー。あ、いらっしゃい」
クロとアリシアが大量の買い物袋を持ちながら言った。
「その袋はなんですか?」
「ああ、これ? これは女の子用の服よ。女装するなら可愛い方が良いしね♪」
「……帰る」
まだ開いている穴に入り、現代へ帰ろうとする。だがアリシア、クロ、エルに取り押さえられた。
「頼む!バシャーモが逃げてて捕まえるのを手伝ってほしいんだ!」
クロが頭を下げた。
「見返りは?」
「あー……高級料理店に連れてってやる」
「……ただで?」
クロは仕方ない、というように渋々頷いた。
「わかった、いいよ」
言った途端、アリシアの顔が輝いた。
「やった!じゃあ私に任せて!あ、クロとエルは外で待ってて。イーブイを可愛くするからできた時のお楽しみにね♪」
「ん、了解」
2匹は外に出ていった。
「さてさて……まずは洋服ね。ホストクラブ行くんだからそれなりの格好は━━」
「はあ!?ホストクラブ!?誰が行くか!交渉決裂だ!帰る!」
俺はアリシアの言葉を遮って叫んだ。アリシアはかなり驚いた表情をしてその場に立ち尽くした。
「あ、穴が……消えてる!」
わたわたと暴れる俺をアリシアは気にせずに服選びを始めた。
「アリシア!どういうことだ!?穴が消えたぞ!?」
「そりゃあ……私が閉じたんだもん」
閉じたんだもん、この一言が俺の心を沈ませる。
「どうすれば帰れるんだ?」
「んー。事件を解決すれば」
ずずーん、とさらに心が沈む。まるで底無し沼に嵌まったような、そんな感じだ。
「うん……これでいいかな。さ、これを着てもらうよ」
アリシアがチョイスした服は……淡い水色のドレス。胸の真ん中に深紅のリボンがついている。
「え?これ着るの?」
「そうだよ。早く着てね」
「……」
溜め息をつきながらドレスを着る。ぴったりなサイズだが動きにくい。
「うん。似合ってる似合ってる。じゃ、次はちょびっとメイクしようか」
「嫌だ!!メイクなんてやだー!!」
「ダメ!化粧しないとバレるから!」
「別に大丈夫だろ!見つけ次第取っ捕まえれば!」
「私達は一応警察なのよ!住人達を被害に遭わすことはできないのよ!」
「くっ……」
俺が一瞬言い返せなくなったのを確認し、アリシアは勝利を確信した顔をした。
「ちょ、ちょっとだけだかんな!」
「わかってるわよ〜」
ペタペタキューッキュッ
顔中に化粧された後、手鏡を渡された。恐る恐る鏡を覗き込むとそこには胸のリボンに負けない程の赤さの口紅が塗られている。
目にはアイシャドウ……だったか?がついていた。そのせいでぱっちりお目々だ!
「うん、完璧!!後は夜になるのを待つだけね。……っと、その前に、クロ、エル!入っていいわよ」
「わぁ……可愛いじゃん」
「ホント、ホント。雌に生まれりゃ良かったのに」
エルがニヤリと笑い、クロがひゅう、と口笛を吹いた。
「早く……行こうぜ……」
俺は顰めっ面で呟いた。