三章 世界の浄化
17話 元通り
「おい、ヤバくないか?」
「そうだねぇ……君が本気出せばなんとかなるんじゃない?」
 俺とエルは一歩ずつ後退しながら囁きあう。
「それ以上、動くんじゃありません」
 カツンとゼルネアスの細い足が床を叩いた。
「そろそろ答えを訊きましょうか」
 ちらり、とエルが俺の顔を見る。俺の顔を見て頷き、答えを出そうと目で伝えてきた。
「さあ、どうするの?」
「俺は……降伏しない!」
「僕は……降伏するよ」
 再び顔を見合わせる。
「な、何言ってんだよ!」
「そっちこそ! テレパシーで伝えたろ! 油断してるところを叩くって!」
「テレパシー使えないもん」
「ミュウの血が混じってるくせにかい?」
「結局、降参しないのですね……」
 小さく溜息をつき、頭を低く下げる。床を爪先で一度引っ掻き、鼻を鳴らす。
「よ、避けろ!」
 巨大な角から打ち出されるウッドホーンの威力は強力だ。ジオコントロールで能力が上がっているなら尚更だ。
 左右に別れて飛び、着地と同時に切り返してアイアンテールをゼルネアスの腰に叩き込む。
「ぐっ……!!」
 ゼルネアスが苦悶の表情を浮かべる。肉と骨の隙間が薄い腰にはそれなりのダメージが入るとみた。
 ならば腰骨を砕くまで攻めようではないか。
「エル! 腰だ! 腰を狙え!」
「わ、わかった!」
 視界奪取の波導弾を撃つ。ゼルネアスの顔で爆発し、煙に包まれる。
「小癪な!」
 煙を振り払った時には遅く、俺とエルのアイアンテールが彼女の骨盤を叩き割っていた。
「いっ……ギャアアアアア!!」
 威厳など全て捨て去り、吼える。痛みに涙を流してその場に倒れた。
「なぜ……なぜ私の邪魔をするのですか…… ?」
「野生化とか迷惑だから」
「私は、世界をより良い状態に……」
「無駄だ。今、この世界はうまい具合にバランスを取っている。それを破壊すれば秩序は無くなる」
 背後から、野太い声が、聞き分けのない子供を諭すように言った。
「ジガルデ……」
「そこの少年達よ」
 巨人に睨まれて、咄嗟に戦闘体勢をとる。
「君達の力は過剰だ。故に、扱いには気を付けるんだぞ」
「……わかりました」
 エルが頭を下げ、俺も仕方なく下げる。
「うむ……世界も戻りつつある」
 ジガルデは遠方を言った。俺達も目をこらすが、なにも見えない。
「血清が広範囲に渡って撒かれているようだ。残念だったなゼルネアス」
 巨人型ジガルデはゼルネアスを担ぐと、俺達に頭を下げた。
「すまなかったな、少年よ。我々はこれで去る。またいつか、会おうぞ」
 そう言って、ジガルデは祭壇から飛び降りた。まっすぐイベルタルが墜落したところまで飛んでいく。
「僕らも、帰ろうか……」
「ああ……そうだな」
 エルの開けた《空間回廊》を抜け、我が家にたどり着く。玄関を潜ると、ジャローダ達がゆっくりとこちらを向いた。
 瞬時に身構え、彼女たちの動きに注意する。
「お帰り。みんな、薬剤を撒きに行ったわ」
 ジャローダが微笑んだ。首筋にいくつかの注射痕が見える。
「迷惑かけたね……」
「いいさ、困ったときはお互い様だろ」
「そうね……」
 突然、ジャローダが蔦を伸ばし、俺とエルの体を包む。ぐっと引き寄せて抱き締める。
「な、なんだよ」
「ありがとう……本当にありがとう」
 毛皮を貫いて、温かい液体が皮膚に当たった。
「泣いてるのか?」
「まさか、そんなこと……ないわ」
 無理に明るい声で笑いかける。それ以上は何も言わずにただ、彼女の温もりを感じていた。


〜☆★☆★〜



 ──数週間後、ポケトピアは完全に元通りになった。
 いや、少し変わったな。チェーンズが解散し、新しいアイドルグループが現れた。
「どうしたんだい?」
 窓の外をぼけーっと眺めていると、エルが同じ方向を眺めながら言った。
「いや、ようやく日常が帰ってきたかなぁってね」
「そうだね……でも、これから依頼をこなしてかなきゃ生活できないよ」
「そーだな。また、頑張らなきゃなぁ」
 ふぅっと溜息をついて、ポストを調べに外へ出た。
「さーて、何の依頼があるかなー」

だんご3 ( 2018/10/18(木) 00:56 )