探検隊ツヨイネと野生の導き - 三章 世界の浄化
15話 空の使者
 次の日、珍しくミミロップがイラついていた。リビングのあっちをいったりこっちを行ったり、と落ち着きがない。時折ぶつぶつと計算式やら薬品の名前を呟く。
「なぁ、寝たらどうだ? 顔色悪いぞ?」
 サンダースが優しく諭す。しかし彼女は足を止めることなくうろうろする。
「おい、ミミロップ!」
 サンダースの微弱な電気ショックがミミロップの肩を貫く。ビクッと体が震え、サンダースを睨む。
「邪魔……しないで!」
 ローキックがサンダースの脇腹に食い込んだ。宙を舞い、壁に激突する寸前で受け身をとる。
「な、何すんだよ!」
 脇腹を擦り、顔をしかめる。ミミロップは俯いて呟くのを止めない。見かねた師匠は、彼女の頬を両手で挟んで顔を向き合わせる。
 たっぷり数秒間見詰め合うと、ミミロップが膝から崩れ落ちた。その上体を支えてミミロップを部屋に連れていく。催眠術でミミロップを眠らせたのだろう。
「君の仲間は恐いねぇ」
 と、フライゴンが呑気に言う。
「あ、イーブイ。これあげるよ」
 と、チルタリスが俺に小箱を渡す。
「おお、サンキュー……って何でお前らがいるんだ!?」
 2匹揃って仲良く並んでいるフライゴンとチルタリス。家の中をキョロキョロと楽しそうに見ている。
「で、何でここにいるんだよ」
「僕達ね、旅行に来たんだ。イーブイの家に寄ろうと思って道を訊きながら飛んでたらそれを渡されて」
 フライゴンが指差した箱は、一見何の変哲もないプレゼント箱だ 。振るとカラカラと音がする。
「それでここまで来たらドア壊れてたから勝手に入ったのよ」
 チルタリスが後を引き継ぎ、話をまとめる。
「スカイランド勢は気楽でいいねぇ」
「どういうこと?」
「こっちは野生化の対処に追われてるんだよ」
 気楽と言われて今にも噛みつきそうなチルタリスを宥めながら、フライゴンが言った。
「ここ最近、野生化が多発してるんだ。その原因を探ってるんだけど一向にね……」
「野生化……ってなに?」
「は?」
 フライゴンとチルタリスが互いに目を合わせ、首を傾げて尋ねてきた。
「えーっと……ふざけてる?」
「いや、僕らには全くわからないんだ」
「あー! そうか!」
 突然、ゾロアークが立ち上がった。ルカリオも理解したような表情になる。
「スカイランドにはダンジョンが無いのよ。だから野生化なんて知らないんでしょ?」
「そうよ、スカイランドにはダンジョンは無いわ。もともと私達はカタレグロに抗体があったのよ。だからダンジョンは存在意義を失いかけてた。そこを突いたのがアルセウス。アルセウスが消えかかったダンジョンを完全に消去したのよ」
 チルタリスは学校の先生のような口振りで語る。今度はルカリオとゾロアークが目を合わせた。
「ルカリオは……確かスカイランド出身よね?」
「そう。だから僕には効かなかったんだ!」
 2匹の間でしか成立していない会話。それに気づいたゾロアークが東地区で何があったのかを事細かに説明してくれた。
「なるほど……師匠とミミロップならルカリオ達から血清を作れるんじゃないか?」
「確かに……よし、ルカリオにフライゴン! 血を寄越しなさい!」
「え! チルタリスは!?」
 ひゅっとフライゴンがソファの後ろに隠れる。
「チルタリスは雌だから血は採りません」
「それならアブソルを使うといいよ。2匹じゃ足りないだろ?」
「何でアブソルなのよ」
「だって女神の一族だったっけ? だろ?」
 なあ、アブソルと肩を叩くとそっぽを向いた。
「まあ、いいや。連れてっていいよ」
「そんな事より箱を開けてみようよ!」
 アブソルがテーブルに乗せて放置していた箱を手に取った。ビリビリと包みを破り、白い紙の箱を取り出す。
「お前、血を抜かれたくないからって逃げるなよ」
「おお! カセットテープだ!」
 どうやって聴くのか、と対角に座っていたサンダースに尋ねる。
「まあいいわ。足りなくなったら手伝ってもらうから」
 2匹を連れだって自分の部屋に入る。彼女が見えなくなると、アブソルは安堵の溜息をついた。
「ちょっとイーブイ! 貴重な乙女の血が無くなってもいいの!?」
「鉄分を摂取すればまた血は増える」
「そうじゃなくて……もういいよ! サンダース、できた?」
「んー、まあな。再生ボタンを押せばいけるぜ」
 再生ボタンを押すと、雌の声が流れてきた。声的には40代だろうか。
 ──イーブイ様至急、命の祭壇にお越し下さい。そこで最後の時が始まります。来なければ、終わりの時は早々に訪れるでしょう。
 たったこれだけの短いメッセージ。簡潔ゆえに強い意志が感じ取れる。
「どうすんだよ」
「行くしかないだろ。ほら、アブソル行くぞ」
「え?」
 もう一度再生して聞き直すアブソルはポカンとした表情だ。
「私も行くの?」
「当たり前だ。今回の調査でサボったんだからな」
「サボってないよ! 君が置いてったんだろ!」
「いいから行くぞ!」
 心なしか、嬉しそうに見えるアブソル。ロコンを引っぺがし、チルタリスに投げる。ふかふかの羽毛を気に入ったロコンはもそもそと中に入り込んでしまった。
 アブソルはぴったりと並走して目的地に向かう。
「こっから命の祭壇までどれくらいかかるの?」
 ゆっくりと移動速度を落としながらアブソルが言った。
「さあな……道もわからん。だから、パルキアに連れてってもらおうぜ」
 進路を神々の山に向けて再出発。街道を抜けて森の中を最短ルートで駆ける。
「よーし、ついたぜ」
 例の如く、奇妙で叫ぶには恥ずかしい合言葉を言って、レジ系の待つ地下へ降りる。
「門番ご苦労さん」
 ぎぎぎと久しぶりに起動した彼らは、俺達に手を振って応じてくれた。俺も振り返し、ミュウツーの部屋に入る。
「あれ、今日はいないのか」
 ガランとした部屋を通り、各伝説達にも挨拶をしてパルキアに会いに行く。
 彼の住む部屋まで行くと、パルキアは自分の体についている宝石を拭いていた。研磨剤をつけて布で擦る。
「何してんだ?」
「体を磨いてる。できる男は自分磨きをかも欠かさないのさ」
 ふふん、と得意気に言う。それを聞いたディアルガは深い溜息をついた。
「んなことより、何しに来たんだ?」
「俺とアブソルを命の祭壇に送ってくれ」
「んなもんエルに言えや」
「調査に行ったっきり帰って来ないよ」
「送ってやれよパルキア。腕の一振りで済むことだろ?」
「はいはいディアルガ君の言う通りにしますよー」
 面倒くさそうに腕を横一線に振る。ピシッと空間に亀裂が走り、巨大な穴が現れた。
「どうぞ、お通りください。坊っちゃん嬢ちゃん」
「どうもありがとうございました」
 嫌味っぽく案内され、嫌味っぽく礼を述べる。互いの間に火花が散った。しかし、アブソルに尻尾を掴まれて穴へ引きずり込まれた。
「痛いって!」
「まったく、なんでいつも戦おうとするの!」
「え、そう見えたかい?」
「ええ、見えましたとも。明らかに殴ろうとしてたでしょ。しかもパルキアがさっき拭いてた宝石を」
「よくそこまで見てんな……」
 なんて話している間に出口に差し掛かった。光の渦巻に足を踏み入れると、景色が一変した。
 四方八方が森の中、ぽつんと1つだけ建造物があった。台形の形をしたそれは、壁面にポケモンの首が飾ってあった。どれもこれも白骨化して肉の欠片も残ってない。
「……ここが命の祭壇か」
「気持ち悪いね……」
「別に動くわけでもないんだから気にするなよ。ほら行くぞ」
 凄まじく長い階段をひーこら言いながら登る。途中で止まったりして休憩を挟みつつ天辺に辿り着く。
「はぁーしんどい……」
「ようこそ、イーブイさんとアブソルさん」
 祭壇の中央で、似たような背格好の4匹が待ち構えていた。
「そうでもあるし、そうでもないわ」
「そう、我々はゼルネアス様の忠実な部下」
「4匹揃って──」
「チェーンズ!」
 各々が叫び、決めポーズを取った。
 奴等がこの事件の首謀者と見て間違いないだろう。
 この騒動にかたをつける時が来たようだ。


だんご3 ( 2018/09/28(金) 23:05 )