13話 治療方法
「あーよっこらせっと」
エデンの花園での激闘から2時間とちょっと。重いジャローダ達を担いで家まで徒歩で行く。
彼女らは再び暴れないように催眠術を時々かけながら運んできた。
「それじゃ、その辺に転げといてよ」
ミミロツプがマニューラをきつく縛り、口に縄を噛ませる。チラチーノも同様の状態にして放置。ジャローダは首と尻尾を繋いで輪っか状にする。
一段落ついたところでリビングに戻る。ソファに座り、治しきれなかった傷を薬で癒していく。
「何飲む?」
キッチンに立っている師匠が俺達の方を見て言った。ミミロップはしばらくボーッとしてから答えた。
「コーヒー、ブラックで」
「あんたは?」
「俺もコーヒーでいいや。砂糖とミルク多めで」
念力でコーヒーが飛来し、双方の手に収まる。
「野生化を治す手だてとかあるのか?」
「そうね……古い文献には野生化を治したって記述があるわ。でも……長期間かかるっぽいわ。良くて10年。だいたいは20から40年程度ね」
「そんな長期的なものは無理だろ。全世界に広まってるんだぜ?」
「そこが問題なのよ」
ミミロップがコーヒーを口に含んだ時、2階で物音がした。
「ブースターの部屋からね」
長い耳を伸ばして音の出所を確認する。
「どうせ積まれてた物が落ちたんでしょうよ」
「泥棒とかだったら?」
「そう思うなら見てきなさいよ」
師匠に念力で持ち上げられ、兄ちゃんの部屋の前に降ろされる。
「やれやれ……」
ノブを回して中をこっそり覗く。ゲームやら雑誌やらが散乱していて足の踏み場がない。しかし、どうしようもない仮装グッズの入ったクローゼットまでの道ができていた。
物が左右に退かされ、そこだけ道になっている。つまり誰かがいるということだ。
《氷雪剣》を右手に構え、左手でドアを開ける。突然、リーフストームが飛んできた。あまりの出来事に対応できず、壁に叩きつけられる。
音を聞き付けた師匠とミミロップが部屋に飛び込んできた。
「イー……ブイ?」
幽霊のようなか細い声がクローゼットからした。大きな瞳が隙間から不安そうに覗いている。
「ツタージャか?」
「うん……そうだよ」
「クチートはいるのか?」
「僕の後ろにいるよ」
彼女の肩越しからひょこっと顔を覗かせたクチート。2匹ともクローゼットから飛び出し、ミミロップと師匠に抱きついた。彼女らをしっかりと受け止め、ぎゅっと抱き締め返す。
わんわん泣き出し、終わる頃には疲れて寝てしまっていた。2匹を俺の部屋のベッドに寝かせて、階下へ。
再びリビングで今後の話をする。
「ジャローダ達が野生化してから、ずっと家にいたのかな」
「それだったら玄関から来るはずよ」
「それじゃあ、私達が出かけた後、家に来たのかしら。で、誰もいなくてあそこに隠れてたとか」
「そんなところだろうな。んで、ミミロップの部屋にジャローダ達がいるのは知られないようにしとけよ」
「わかったわ」
コーヒーを飲み干し、コップを片付けたミミロップは自室に帰っていった。
「やれやれ……俺も今日は力を使いすぎたぜ。寝るって言ってもベッド使われてるしなぁ」
「他の部屋使えばいいじゃない」
「それはなんだか申し訳ない気がするぞ。……あ、師匠が部屋貸してくれればいいよ」
「いやよ、私も寝るんだから。グレイシアの部屋にしたら? とっても涼しいわよ。暖かさを求めるならロコンの部屋に、常温がいいならアブソルの部屋へどーぞ」
「今日は常温の気分だ。だからアブソルの部屋にするよ」
「おやすみ」
「おやすみ……」
口を大にして欠伸をした師匠はふらふらしながら自分の部屋に帰っていった。
「おじゃましまーす」
一応雌の部屋に入るのだから最低限の礼儀をわきまえる。ノブを回し、一歩踏み出す。
「…………」
初めてまじまじとアブソルの部屋を見た。白を基調とした家具に、雌らしいリボンなどの小物。机の上には俺がいつぞやの誕生日に上げたブラシが乗っている。
「まだ使っててくれたのか……」
微笑み、ベッドを借りようと近づく。しかし掛け布団の中心辺りが膨らんでいる。
「まだ誰か隠れてんのか?」
溜息混じりに布団を引っぺがすと、そこには小さな寝息をたてているアブソルがいた。小さく丸まってぐっすりだ。
「なんでアブソルがいるんだ? そもそも編成の時にいたっけ?」
真実は本人の口から聞けばいいことだ。アブソルの肩を揺すり、頬を軽く叩く。
しかし、顔を隠して起きようとはしない。次に手をどかして鼻を摘まむ。口も抑えて呼吸させないようにする。
「……むぐ……ぐむ……」
我慢の限界が訪れたのか、俺を撥ね飛ばして勢いよく空気を吸い始めた。
「な、何するのよ!」
鋭い目付きで俺の事を睨む。
「こんな所でなーにサボってらっしゃるんですか?」
「イーブイが私の事を呼ばないからでしょ……」
眠そうに目を擦って欠伸をする。
「私トイレに行ってたの。終わって外に出たらだーれもいなかったのよ!」
「で、ふて寝してたのか」
「うん……まあ、ね」
てへへと笑って後頭部を爪で掻く。
「ところで君はこんなところで何をしているのかな?」
「ああ、ジャローダ達を捕まえにダンジョンに行ってきた。で、帰ってきたらツタージャとクチートが隠れてたから俺とエルのベッドで寝かせてる。俺も疲れたから寝ようと思ってアブソルの部屋を借りに来た」
「ふーん。なら、一緒に寝ましょうよ」
腕を引っ張られ、ギュッと彼女の両腕に締め付けられる。
「は、なせ!」
「いいじゃない。ロコンとグレイシアもいないんだしさー」
いくら力を込めても脱出できない。彼女が強いのに加えて、俺が力を使いすぎたということもある。
「ほら、私の目を見て」
アブソルの鋭く光る赤い目を見つめると、突然思考が鈍りだした。
あれ……くらくらする……。このままアブソルのもふもふに顔を突っ込んで寝よう……。
完全に瞼が閉じ、真っ暗な世界へと意識が落ちていく。
次に目が覚めた頃には日が昇っていた。燦々と降り注ぐ日の光に目を細める。
「おはよう、イーブイ」
ニヤニヤと俺の顔を覗き込むアブソル。
「いやー、朝起きたら君が私の胸に頬を擦り寄せてきてたよ。そんなに嬉しかったかな?」
「んなことねえよ……昨日は、やたら眠かったしな……
「言い訳しなくてもいいよ、甘えたくなったらいつでもおいで。私が構ってあげるから」
ごしごしと俺の頭を撫で、アブソルはリビングに朝食を取りに行った。
「……アブソル、いい匂いだったな。柔らかいし……癖になりそう」
妙な癖がつく前にアブソルの事は頭から追い出す。腹がきゅう、と鳴りリビングまで向かう。
「んー……」
何かの紙を見ながら頭を掻き、険しい顔をしているミミロップがソファに座っていた。眼鏡をかけ直し、難しい計算に取り組み始める。
「おはよう、ミミロップ」
「ああ、イーブイ」
「ジャローダ達、治りそうか?」
紙から視線を外し、俺の方を見る。そして首を横に振ってまた目を落とした。
「薬を投与する度に血液検査をしてるんだけど、一向に効果がないのよね……。おかげでジャローダは3リットルくらい血を抜いたし……そろそろ死ぬかも」
キッチンでホットケーキを焼いているツタージャとクチートに聞こえないように小声で話す。
「輸血液とかないの?」
「あるにはある。ただ、暴れてチューブが外れると厄介なのよね」
「なんだ、そんなことなら俺に任せろよ」
ミミロップの肩に乗って研究室に入る。
長机が一つ部屋の隅に置かれている白い壁のシンプルな部屋だ。
ただ、そこに捕虜がいなければの話だが。
ジャローダに目をやると、血を抜かれ過ぎてぐったりとしている。マニューラは比較的元気そうで鋼のさるぐつわを外そうと必死になっている。
チラチーノは全てを諦めたのか、虚ろな目でどことも言えない一点を見つめている。
「とりあえず俺が時間を止めておくから、その間に輸血してよ」
「どんくらいもつの?」
「ここまで弱ってれば……2時間とか?」
「30分で終わらせるわ」
パチンと指を鳴らすと、ジャローダ達の動きがピタリと止まる。彼女らの時間だけを止め、動くことがでいないようにした。
もちろん痛覚も無いため、斬られても殴られても痛くない。ただ、それは時間が止まっている間だけのこと。
時が動き出せば、それまで与えられていた刺激が1度に襲いかかる。死なない程度の傷でも、痛みの度合いが酷ければ死ぬことだつてあり得る。
「ほい、準備完了!」
「そういえば、その血はどこから手に入れたの?」
点滴台を固定しているミミロップに訊ねる。
「んー? あー、みんなが寝てる間にこっそり血をいただいてたのさ。いつか役にたつかなーって」
「ああ、そう……」
呆れてものも言えなくなった俺は、深く溜息をついて時間を止めることに集中する。