探検隊ツヨイネと野生の導き - 二章 調査隊の話
9話 常夏の南地区
「さて、次はサンダースとエーフィ……」
 エルが南地区に繋ぐと、爽やかな南風が吹き込んできた。
「頑張ってね、エーフィ」
 エルはエーフィの両手を握って頷いた。彼女はにこりと笑ってエルを抱き締める。
「エルも頑張るんだよ。行ってきます!」
 サンダースに続いてエーフィが南地区に発った。



〜☆★☆★〜


「……暑いわね」
 エーフィの眼前には青い空、広い海、遠くまで続く砂浜がある。しかし、ポケっ子1匹いない。
「野生化のせいで砂浜には誰もいないのかしら」
 彼女は熱気をはらんだ潮風に吹かれながら辺りを見回した。
「あれ……兄さんは?」
 少し不安になって忙しなくキョロキョロと周りを確認する。風と押し寄せる波の音しか聞こえない砂浜はどこか不気味だった。
「うぅ……兄さんどこ行ったのよ……」
 暫くすると、サンダースが色々と抱えて現れた。ビーチパラソルに小さいビーチチェア。さらに彼は黒いサングラスをかけていた。
「おう、エーフィ! ちょっと手伝ってくれよ!」
 とたんにエーフィは自分が恥ずかしくなった。雰囲気に呑み込まれてビクビクして情けないと思った。頬が少し赤くなり、苦笑いが漏れる。
「これさぁ、そこに刺してくんね?」
 サンダースにビーチパラソルを渡され、念力でその場に突き刺す。パッと傘が開いて日陰ができる。ビーチチェアも用意してその上に寝転ぶ。
「兄さん、勢いで一緒に作ったけどいいのかしら?」
「んー? 何か駄目なことでもあるか?」
「いや、イーブイに頼まれたのは調査であって休暇とは言われてないわ」
「まじかよ……」
 サンダースはやれやれと溜息をついてニヤリとした。
「普通は数万する南地区への旅行が無料だ。それに付け加えてだーれもいないときたもんだ。楽しまなきゃ損だぜ」
「……それもそうね。ところで兄さん、カナヅチ治ったの?」
「まさか。今でも泳げないまんまさ」
「私が稽古してあげてもいいのよ?」
「やだよ。シャワーズなら沈んでも潜って助けてくれるけどお前じゃあなぁ」
「妹の親切を無駄にして。いつか後悔するわよ」
「ははっ、そうなるといいな。けど──」
 そう言ってサンダースは言葉を切った。しばし呆然とエーフィに見惚れてしまった。
「兄さん? 兄さーん!」
「なんか、お前……エロくなったな」
「え!? 姉さんには飽きて私を狙うつもり!?」
「いやいやいや! 誤解だ誤解! 数年前まではこう、大人の魅力は欠片も無かったのに、変わったなぁって」
 必死で弁解するが反って嘘っぽく感じ取れる。
「いい話っぽくまとめようとしてるけどね、普通に考えたら変態よ、それ」
「ふん、シャワーズを愛してる時点で周りから変態呼ばわりされてるから平気さ!」
「ふぅん……この調査が終わって帰ったら姉さんに報告ね。兄さんが私に発情したって」
 エーフィの目が脅すようにキラリと光った。失言だったと今頃後悔するサンダースに追い討ちをかける。
「じゃあ、言われたくなかったらあそこでかき氷買ってきてよ」
 尻尾で示したのは木で建てられた家。壁には商品の値段が書かれた紙が所狭しと貼ってある。
「あの練乳たっぷりモモンかき氷ね!」
「また肥るぞ?」
「さっさと行け!」
「はーいはい」
 カバンから財布を取り出して店に向かう。風鈴が風に煽られて心地よい音を奏でている。
「すんませーん練乳たっぷりモモンかき氷とコーラフロートください」
 カウンターで居眠りしているキレイハナを起こす。口の端からよだれを垂らしていたキレイハナは顔を真っ赤にして準備を始めた。
「980ポケです」
 1000ポケ札を1枚渡してお釣りを受けとる。
「この浜辺にお客が来なくなったのって野生化が原因なんですか?」
 唐突にサンダースが切り出すと、キレイハナは一瞬戸惑った。しかしすぐに持ち直し、カウンターを拭きながら頷く。
「ええ、何度かこの場所で野生化が起きて……それ以来来なくなったんです。貴方が1週間ぶりのお客さんです」
 本当に嬉しそうに目を細めて笑う。
「あの、早く持っていかないと溶けてしまいますよ?」
「うおっ! あ、ありがとう!」
 サンダースは急いでエーフィの所へ駆け戻る。少し溶けたかき氷を渡す。少々嫌そうな顔をしたが文句は一言も言わなかった。
「この浜辺はな、野生化の影響で誰も来なくなったんだってよ」
「……いい所なのにね」
「ああ、今年はここに来ようぜ。みんな連れてさ」
「それならさっさと事件を解決させちゃいましょ」
「おう! ……とは言っても何をすりゃいいんだ?」
「え? 訊き込みとかじゃないの?」
「だってこの付近には誰もいないんだろ? それに周りにあるのはリゾートホテルばっかり。それとお土産屋」
 サンダースが指し示す方向には中々に大きなホテルがいくつも建っている。そしてその近辺には駐車場やレストラン等がある。
 だが家のようなものは殆んど見当たらない。
「町の方まで行ってみるか?」
「そうね。でも、食べ終わってからにしましょうか」
 2匹は黙々と食べ続け、しばし頭を押さえ再び食べる、という動作を繰り返していた。

「さあ、行くわよ」
「ちょっと待て、何か聞こえないか?」
 サンダースは大きな耳をピクピク動かして辺りの音を探る。風の音に混じって、時折怒声が聞こえる。
「……誰かが近くにいるわね。もしかしたら野生化事件の犯人かもしれないわ」
「行こう」
 微かな音を頼りに彼らは走り出した。もちろんサンダースはエーフィに合わせて走ってあげる。
「あれか!」
 砂浜をずっと走っていると沢山の衝撃波が目に入った。それに聞き覚えのある声。
「ぐわっ!!」
 一際大きい衝撃波が弾けると、緑色のポケモンが砂浜に叩き付けられた。両手には深緑色の剣を持っている。
 そう、こいつは──。
「じゃ、ジャノビー!」
 口の中に入った砂を吐き出しながらサンダースとエーフィに目をやる。
「おー、久しぶりだな」
「何で砂浜に叩き付けられたんだ?」
「ああ……ルミナがちょっとな……」
 微笑んでいた彼の表情が突然陰った。
「夫婦喧嘩か? 俺は巻き込まれるのはごめんだぜ」
「違う! あいつが──うわっ!」
 言う前に、彼方から飛来した水の塊に吹き飛ばされる。
 ゆったりと優雅に砂浜に現れたのは、獲物を狙う目をしたルミナだった。鋭い犬歯を剥き出して彼らを睨む。
 胸のペンダントが陽の光を浴びて煌めいた。
「おい、何があったんだよ」
「俺もツヨイネの端くれとして野生化の調査を──おっと」
 ルミナが放ったハイドロカノンを間一髪で避けながら話す。エーフィは後ろの方に下がって攻撃の機会を探っている。
「んで、今日の朝、隣で寝てたルミナがいなかったんだ。朝市でも行ったのかと思ってほっといたんだ」
「お前ここに住んでたのか」
「ああ、お義父さんから貰った金で一軒家買って家具も揃えて──って俺の話を聞けや!」
「ああ、悪い悪い」
 持ち前の素早さをフルに活かすサンダースは十万ボルトを撃ち込みながら聞く。
「で、昼になっても帰ってこないから探しに行ったんだ。したら近くの崖で黄昏てたから呼び掛けたら……野生化してたんだ」
「浮気は関係ないってことか?」
「当たり前だ! ルミナ以外の雌を好きなになることなどありえん」
「ちょっと! 兄さん達も攻撃してよ!」
 念力で砂浜の砂をかき集めて1つの球を作る。そしてそれをルミナにぶつける。
 雄2匹に目が行っていた彼女は、不意を突かれ、もろに喰らう。
 長い胴体がぐらつき、砂浜にドシンと音をたてて墜落。もうもうと砂埃が舞い、敵味方一切の情報が掴めない。
「いでででで!」
 地面タイプが弱点のサンダースは軽く砂埃が当たっただけで悶えている。野生化のおかげか五感が鋭くなっているルミナは彼の声が聞こえた。そこから位置と距離を特定し、泡沫のアリアを繰り出した。
 最悪の視界では躱せず、直撃した。
「兄さん!」
「サンダース!」
 2匹もまた、声によって居場所が見つかり、巨大な水球の餌食となった。
 砂煙が晴れて周りが見えるようになった頃、サンダース達は砂浜に転がっていた。
 別に動けない訳ではないのだが、本気を出せばルミナは一撃で倒せる。しかし、彼女がこんな状態では傷つけずに倒せるかはわからない。
「本気出せば5秒もかからないけど、どうする?」
「俺の嫁に傷をつけたら殺すかんな」
「はいはいわかってますよぅ」
 のそのそと起き上がったサンダースは、ルミナを見て目を見開いた。
「おい、ジャノビー。ルミナがつけてる首輪の宝石が光ってるんだけど」
「ありゃZ技だな」
「なんだそりゃ」
「Z技ってのはZクリスタルってものの力を借りて技の威力を上げるんだ。で、中には専用クリスタルってのがある」
「専用?」
「そ、ルミナのつけてるアシレーヌZは泡沫のアリアを海神(わだつみ)のシンフォニアに変化させるんだ」
「ほぅ、威力は?」
「んー、死にゃあしねぇけど沖までぶっ飛ぶな」
「兄さんには生死に関わるよ。沖まで飛んだら溺死は確実ね」
 エーフィはサンダースを念力で持ち上げ、砂浜の遠くの方に投げ飛ばした。
「私達も沖まで飛ばされたらめんどくさいことになるわよ」
 Zクリスタルが一段と強く輝く。太い尾で立ち上がったルミナの頭上には超巨大な水球が現れた。頭の触手のようなものでそれを支え、力を溜めている。
「壊せないかしら?」
「生憎俺は物理特化だ。母さんならギガドレインでいけたのにな」
「うーん……ジャノビー、物理特化なのよね?」
「え? ああ、まあな」
「だったら! 剣を頭の上にかざしなさい!」
「こうか?」
「そう、そのまま絶対に崩すんじゃないわよ!」
「ちょ、何すんだ!?」
 エーフィほサイコキネシスでジャノビーの体を浮かせた。相手同様に力を溜め、発射の機会を伺う。
「いくわよ!」
 海神のシンフォニアが放たれる瞬間、ジャノビー砲も射出された。
 互いにぶつかり合い、ジャノビーの剣が僅かに勝りって貫通する。
 大音響と共に爆散した水球は、細かい粒となって周囲に降り注いだ。
「寝る時間だぜ!」
 ぬっ、とルミナの背後に現れたのはサンダースだった。首に電気ショックをかけ、気絶させる。
「ふー、まさかルミナが野生化してるとはな」
 目を回しているジャノビーを起こし、3匹でルミナを取り囲む。
 ジャノビーが体中をチェックしたが怪しい痕跡は見つからなかった。
「……うーん。何で野生化なんてしたんだろ」
「…………?」
「サンダース?」
「しっ、ちょっと静かに……」
 黄色くて大きな耳が微かな音を察知した。わりと目のいいサンダースは音のした所にポケモンがいるのに気がついた。
 一キロ程離れた7階建てのマンションの屋上から、彼らをスナイパーライフルで狙っていた。
「に、逃げろ!」
「どう──ぐあっ!?」
 ジャノビーがルミナに重なるように倒れ、痙攣を起こした。
「来い!」
 エーフィの手を取って物陰に隠れる。
「な、何が起きたの?」
「犯人がわかった。信じられないが、撃ったのは知らないモココだった。でも、その隣にいたのが──」
 銃声が響いた。エーフィはサンダースを押し倒し、代わりに自身が弾を喰らってしまう。
「エー……フィ?」
「私は……もう駄目ね。兄さんの俊足でさっさと帰ってイーブイに伝えて、助けに来て……待ってるから」
「エーフィ……お前を置いてけないよ……」
「行って! サイコキネシスで遠くまで投げるから、戻ってこないでね!」
「エーフ……」
 サンダースの視界が360度ぐるぐる回った。海が見えなくなり、市街地を弧を描いて落ちていく。
 ボスン! と運よくゴミ袋の上に落ちた。腰を多少痛めたがそれ以外は大丈夫だ。
「ペリッパー便で帰るか」
 撃たれないように、周囲を注意深く見回しながら彼は帰路についた。


■筆者メッセージ
─ツヨイネ雑談たいむ─
作者「今回は4911文字でした」
ジャノビー「おっす」
作者「お久しぶり」
ルミナ「どうもー。どーせ忘れられてるでしょうけどね」
作者「あ、やあ……。お疲れ様」
エーフィ「久しぶりの出番、疲れたわー」
サンダース「ほんとほんと。結局犯人言えなかったしなあ」
作者「ま、犯人は最後の方のお楽しみてってことで我慢してください」
サンダース「」ちぇっ、つまんねぇの
ジャノビー「こんだけキャラが多いと収まらんな」
ルミナ「4匹と1人だもんね」
エーフィ「じゃ、今回はこの辺でさよーならー」
だんご3 ( 2018/07/19(木) 01:37 )