探検隊ツヨイネと野生の導き - 二章 調査隊の話
8話 極寒の北地区
 イーブイに家を追い出されたメンバー達は渋々自分の持ち場に向かい始めた。
「まずは、北地区から行こうか」
 エルが右手を振り上げると、空間がぱっくりと裂けて別の場所に繋がった。
 そこから凍てつく風が吹き込んでくる。北地区行きのグレイシア、ブースターとロコン以外は穴から離れて冷気から逃げる。
「じゃあ、行ってくるわ」
 ブースターが最初に飛び込み、次にグレイシア。最後にロコンが通り、エルは裂け目を閉じた。



〜★☆★☆〜


「うーむ、風が強いな」
 雪混じりの風が彼らに吹き付けて体中を白く覆っていく。
「さて、俺達の目的はなんだっけな」
「野生化の調査でしょ」
「あ、マトマラーメンだ!」
 ロコンがブースターの背後の店を指差した。小さな店だが、長年の風格を放っていた。彼らが産まれるずっと前から建っていたのだろう。
 白塗りの壁は何度も塗り直した跡があり、屋根も雪の重みで少しへこんでいる。
 二匹が振り返って確認すると、香辛料の香りが漂ってきた。
「おお、マトマラーメンは北地区の名物だったな。食っていくか」
「私はパス。二匹だけで食べてきてよ」
 グレイシアが尻尾を一振りして別の店に歩いていってしまった。
「グレイシア、辛いの苦手なのかな」
「さあな、俺はあいつの好みをよく知らん。双子なのにな」
 食券を買いながらブースターは苦笑した。
「どっちが早く産まれたの?」
「俺が先だ。兄貴が言うにはな、ほんの五秒差だったらしいぜ。俺の卵が割れて、すぐにぱかん、だ」
 食券をカウンターに出してブースターが言った。ロコンの背が届かないようなので代わりに食券を渡す。
「ありがと」
「さて、どこに座るかな」
「隣どうしでいいなら、そこ空いてるよ」
 ちょうど二匹が並んで座れるテーブルがあった。すとんと座り込んでラーメンが来るのを待つ。
「グレイシア、何買うんだろ」
「どーせイーブイへのお土産だろ」
 ブースターは水を少し飲んで、そういえば、とロコンに尋ねた。
「お前イーブイの何がいいんだ?」
「え?」
 予期せぬ質問に少し戸惑いながらロコンは俯いた。
「なんか、かっこいいじゃない。身のこなしが軽くてちょっと抜けてるところが可愛くて……とにかく全部好きなの!」
「そーかいそーかい。告白とかしたことあんの?」
「何度か……」
「結果は?」
「殆んど上の空だよ。んー? とか、そうかいそりゃどうもー、とか」
「それって、あいつなんかしらやってただろ?」
 炎タイプなのに珍しくかいた汗を拭いながら訊いた。
「うん、本読んでるかゲームしてるか……」
「一回押し倒してみろよ。んで、私のこと好き? って訊いてみろよ。あいつそういう経験無いからだいぶ慌てるぜ。そこを狙ってみろよ」
「う、うん……帰ったらやってみるよ」

 ──一方のグレイシアは、お土産屋に足を運んでいた。
「あ、これイーブイにいいかも。あの子チョコ好きだし」
 グレイシアが手に取ったのは縦30センチ、横20センチの巨大板チョコだ。
「イーブイのは決定で、あとはみんなの……これでいいや」
 板チョコを元の位置に戻して巨大な袋を手に取った。
「何が出るかはお楽しみ、スーパー菓子福袋! これ2袋でいいわね」
 レジで支払いを済ませると同時に宅配サービスも頼んだ。さて、とグレイシアがロコン達の所に戻ろうとした時、あるものが目に入った。
「ユキノオーアイスだ!」
 小さな子供のように雪道を駆け出し、アイス屋に飛び込む。
「バニラのダブルでおねがいします」
 注文すると、店主のユキノオーは大きな手には小さすぎるスプーンを持ってコーンにアイスを盛り付けた。
「550ポケだよ」
 代金をピッタリ払い、二段のアイスを受け取る。意気揚々と店から出ようとした時、誰かが入ってきてぶつかりそうになる。
「っとと、ごめんなさい」
「こちらこそごめんなさい……あら、貴女はグレイシアさん?」
「え? はい、まあ……」
 見知らぬポケモン──種族はメブキジカで頭部の木には雪が積もっている──に突然話しかけられ、グレイシアは身構える。
「あ、別に私は怪しい者じゃないです。こういう者でして」
 差し出された名刺をアイスを持っていない方の手で貰う。
 ──チェーンズ・冬の位地、フユシカ。
「あ、アイドルのフユシカさんですか! あれ、他の方々は?」
「今は休暇中で、お忍び旅行みたいなものです」
「そうなんですか。アイドルって大変そうですよね」
「ええ、でも遣り甲斐があるものですよ。あの、もしよろしければ写真を一緒に撮っていただけないでしょうか?」
 フユシカは頭を下げた。写真を撮ることに抵抗の無いグレイシアは快く引き受けた。
 フユシカは自分のスマートフォンをユキノオーに渡した。二匹にサイズの差がありすぎるのでグレイシアはフユシカの背に乗り、彼女の横に顔を出した。
「じゃ、撮りますよー。はい、チーズ!」
 カシャッ、とフラッシュが瞬き、グレイシアの目に星が飛び交う。
「ありがとうございました!」
「え、ええ、こちらこそ……」
 フラッシュ馴れしているフユシカはニコッと笑い、アイスを注文してどこかへ行ってしまった。
「…………」
 雪の降る中、颯爽と去っていくフユシカの後ろ姿を見つめていた。しばらくすると、手の上に冷たい雫が落ちてきた。
「わ! 溶けてる!」
 慌てて口に放り込む。氷タイプだからか、彼女は冷たいものを食べてキーンと頭が痛くなることはないそうだ。
「そろそろブースター達の所に戻らなきゃ」
 もと来た道を辿ってラーメン屋に訪れる。降雪量は非常に多く、グレイシアが歩いた足跡をすぐに消してしまうほどだ。
「ごっそーさんでした」
 グレイシアがラーメン屋に着くのとほぼ同時にブースターとロコンが出てきた。
「お前寒いのにアイスかよ」
「いいじゃない。寒い日はアイスに限るのよ。ねー、ロコン」
「え!? い、いや私は温かいものかな……」
 ロコンの受け答えがよそよそしいのを見抜いたグレイシアはブースターを睨んだ。
「ロコンに何したの?」
「あ? ラーメン食いながらお話してたんだよ。イ──」
「だめえええ!」
 ロコンは強烈なタックルでブースターを弾き飛ばし、雪に埋める。
「言っちゃだめだからね! わかった?」
「お、おう……イー──」
「だからだめえっ!」
 雪を両手一杯に掬って彼の顔面に押し付ける。熱でみるみる溶け、ブースターは苦笑いをしている。
「おーけー、わかってわかった。もう言わないよ」
 ロコンをどかして立ち上がる。グレイシアもこれ以上詮索しない方がいいと理解し、それ以降この事に関しては何も言わなくなった。
「イーブイからは何て言われてここに来たんだっけ?」
 グレイシアは頭の上に乗った雪を落としながら訊いた。二匹も同様の行動をとる。
「たしか、野生化の調査じゃなかったかな」
「それって、一日で帰ったら怒られるかな?」
「たぶんね……」
 三匹の仲で沈黙が訪れる。
「あー……じゃあ別れて調査するか? それとも固まっていくか?」
「別れた方が効率がいいよ。私がこの辺調べるから、グレイシアは公園とか住宅地辺りを、ブースターは店とか訊いて回ってきて。じゃ、作戦開始!」
「ねえ、泊まりになるならあそこのカプセルホテルに──」
 グレイシアが付近の時計を見る。
「さっきのを早めのお昼として……三時に集合よ。いいわね」
「わかった」
 ぱぱっと自分の仕事場に移動し、調査を開始した。
「さーて、何を訊けばいいんだろう?」
 ロコンは周りを見ながら呟いた。炎、氷、鋼タイプが多いこの街でとりあえず一番近くにいたハッサムに話しかけてみた。
「あの、すみません」
「おや、お嬢ちゃん迷子かな?」
「そうじゃなくて、私は探検隊であの……あー、野生化について何か知ってますか?」
 口ごもりながらもハッサムに事情を話す。ふむ、と顎を鋏で撫でたハッサムはしばらくして口を開いた。
「僕はよく知らないけど向かいの通りに住んでるトドゼルガならよく知ってるはずだ。最近、奥さんが野生化したそうでね……」
 こそっと耳打ちするように伝え、手を振って行ってしまった。
「トドゼルガ、ね」
 言われた通りに向かいのマンションのポストを調べる。5階建てのマンションで部屋数は5つ。
「んーと……あ、4階の2号室ね」
 素早く階段を駆け上がって4階の2号室の前に立つ。
 こんこん、ドアを叩く。しかし返事は無い。もう一度叩く──が反応無し。耳を押し当ててみると、中から野太い雄の泣き声が聞こえた。
 ──開くかな?
 ジャンプしてドアノブに掴まって引く。鍵はかかってなく、ただチェーンがかけられているだけだった。
「ん……しょっと」
 ドアの隙間を抜けて中に入る。不法侵入だがそこは気にしないでおく。
 玄関からリビングに繋がっていてその奥にトドゼルガがいた。
「トドゼルガさん?」
 机に突っ伏して泣いているトドゼルガはゆっくりと顔上げてロコンを睨んだ。
「何のようだ?」
「……町のポケモンに奥さんが野生化したと聞きました。申し訳ないのですが、当時の状況を教えてくれませんか?」
 キラリとトドゼルガの目の奥が煌めいた。牙を剥き出してロコンを睨む。
「お前、マスコミか何かか?」
「ち、違います!」
「帰れ! これ以上メディアの玩具になってたまるかってたんだ!」
「落ち着いてください! 私は探検隊です! 野生化異変の解決のために情報が必要なんです!」
 探検隊、と耳にした途端にトドゼルガの怒声が止んだ。
「本当か?」
「身分証みたいなものです」
 ロコンはバッジを取り出して机の上に乗せた。
「……どうやら本当なんだな。いいだろう、何があったのか教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「1週間前に俺達は旅行に行ってたんだ。で、アイツが──あ、妻のトドグラーがトイレに行ったんだ。待っても待っても来ないから見に行ったら周囲が騒々しいんだ。ポケモンの波を掻き分けて行くと、野生化したトドグラーが暴れていたんだ」
 ここでトドゼルガはごくっと唾を飲んだ。話すのも辛いのだろう。
「その時、ちょうどチェーンズのゲリラライブがあったから会場は大混乱さ。その後警察やら救助隊とかが来る始末さ。で、妻は警察の特別管理独房に入れられてる……これだけだ」
「……少し目を離した隙に野生化。トイレに行ってたって事は犯人は雌? いや、広範囲で起きてる事件だから単独犯とは考えにくい……」
「大丈夫か?」
 俯いてぼそぼそ呟くロコンの肩を揺する。
「あ、はい。大丈夫です。情報ありがとうございました」
「ちゃんと解決してくれよな」
「もちろんです」
 ニコッと笑ったロコンはお辞儀をしてトドゼルガの家を後にした。

「ふむ、誰に訊くかな」
 ブースターは周りを見ながら欠伸をした。
「昼飯の後は眠いなぁ……」
 大口開けて再度欠伸がでる。
「近場のこの店でいいや」
 ブースターが入ったのは小ぢんまりとした喫茶店だった。暖炉の火がパチパチと鳴る木でできた店だ。カウンター席が5つ。2匹用のテーブル席が1つ、4匹用のテーブルが1つ。野生化事件の影響か、客の入りが少ない。
「いらっしゃい」
 店主であろうジュゴンがカップを拭きながら出迎えた。
「野生化について何か知ってますか?」
 単刀直入に切り出すと、ジュゴンは少し狼狽えた。
「……ここに座っていてくれ」
 ブースターをカウンター席にちょこんと乗せると、彼は店の奥に消えていった。
「ふむ、コーヒーのいい匂いだ」
 財布からいくらかお金を出してジュゴンを待つ。暫くすると、数枚の写真を抱えてブースターの前に置いた。
「これは?」
「野生化の事件と関わりがあるかは分からないが、3日前にマリルか野生化したんだ。たまたま僕は──あ、コーヒーかい?」
 ブースターの手に硬貨が乗っていることに気づいたジュゴンはすぐさまコーヒーを入れた。
「砂糖とミルクは?」
「俺はブラック派なんでいらない」
「──はい、どうぞ。300ポケです」
 左手でコーヒーを受け取り、右手で代金を渡す。
「それで、僕は次の日の仕込みをしていたんだ。そしたら窓に2匹のシルエットが浮かび上がっていたんだ。何でかはわからないんだけどなんとなく写真を撮ったんだ」
 ジュゴンが撮った写真には確かに2匹のポケモンが写り込んでいた。片方は四足歩行で背が高め。もう片方は相方より小さく袋のような物を引きずっていた。
「何時頃のこと?」
「たしか、午前2時だったかな。それとマリルの家はこの店の向かいのマンションを左に7個進んだ所にあるよ」
「これと野生化の関連性は?」
「この写真を撮った次の朝にマリルの野生化が発覚したんだ」
「この写真を貰っていいかな?」
「うん、全然大丈夫だよ。あと100枚くらいあるし」
「ありがとう。他に何かないかな?」
「事件に関するものはこれぐらいだけど……特性プリンならあるよ」
「食う」
 甘いものに目がないブースターはコーヒーとプリンを楽しみながら仲良くジュゴンと考察を続けた。

 グレイシアは公園や住宅地の調査なのだが、彼女の特性の 雪隠れで存在感が薄くなっているのだ。だから話しかければ驚いて逃げられることもしばしば。
 反撃を受けることもあり、条件反射でカウンターしてしまうこともあった。
「どうしたものかねぇ……」
 周囲を見回して考える。と、彼女の目に路地裏が映り込んだ。あそこならば何かを知っている不良とかがいるかもしれないと思い、警戒せずに入る。
「おうおう、おねーさんこんなところで何してるの〜?」
 案の定、路地裏は不良の溜まり場で5匹ほどたむろしていた。
 その中のバクフーンがしゃがんでグレイシアの顔を見る。
「ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「情報が欲しいなら、対価が必要だなぁ」
 腰の辺りに回された手を尻尾で払い、睨み付ける。
「あんまり、触らないでほしいわ」
「こ、この野郎! こっちが下手に出てればいい気になりやがって!」
 バクフーンの右手が炎を帯びた。その火炎により、周囲の雪が僅かに溶け始めた。
「数々の警官やら探検家を潰してきたこの拳をくらえええ!」
 一直線に打ち出された炎のパンチは半径3メートルの雪を消し飛ばした。しかし、グレイシアは涼しげな表情でバクフーンの肩に乗っている。
「あーら、探検家を潰してきたんじゃないの?」
 微笑み、肩からバクフーンの背後に飛び降りる。着地と同時に向き直り、霰の時必中の吹雪を繰り出した。
 凄まじい豪雪がバクフーンを包み、完全に埋めた。自慢の炎も暫くは雪の下で燻っているはずだ。
「つ、つええ……」
 大の雄があっさりと倒されたことに驚きを隠せない残りは、グレイシアに攻撃を仕掛ける勇気が湧かない。グレイシアも一定の距離を保ちながら力を溜める。周囲に可視化された冷気が渦巻き、彼女を守るように舞う。
「お、おい! ボスを呼んでこい!」
 自分達では対処できないことを悟り、一匹が路地の奥に走っていった。両者の睨み合いが続く。
「……はぁ」
 痺れをきらしたグレイシアは溜息をつくように、吹雪を吐き出した。たちまち正面にいたカエンジシとフローゼルが凍りついた。
「あと1匹」
 一歩グレイシアが歩く度に残されたゴウカザルが後退する。
「ぼ、ボス! こいつです!」
 オーダイルが息をきらしてボスを連れてきた。ボスのツンベアーはサングラスをかけ、煙草を吸っている。
「なんだ、お前ら。たかが雌1匹に──」
 ツンベアーはグレイシアを見た瞬間、咥えていた煙草を落とした。サングラスをおろしてグレイシアを見つめる。
「……何かしら?」
「あ、貴女はツヨイネのグレイシアさん……ですか?」
「え、ええ。そうよ」
「おいっ! テメーらグレイシアさんに何て事したんだ!!」
「い、いや、俺達はボコられて……
「すんませんグレイシアさん、俺大ファンなんですよ!」
「はぁ……そりゃどうも……ありがとう」
 ツンベアーの勢いに圧倒されながらも微笑む。
「なんでグレイシアさんがこんな所に?」
「弟の頼みで野生化の事を調べに来たのよ。何か知ってるかしら?」
「野生化についてはよく知らないけど……最近怪しい奴等の手伝いはしたな」
 雪の下から脱出したバクフーンが言った。体を震わして全身の細かい雪を払い落とす。
「そうそう、デリバードのおっさんに青い玉の入った袋を渡されて一緒に運んだなぁ」
「なー、あれだけで大量に金貰ったよな」
 氷から続々と解放されていった不良は儲け話に花を咲かせていた。
 ──青い玉、か。ロコン達の集めた情報と合わせれば犯人に近づくかもしれないわね。
「どうもありがとう。おかげで真相に近づいたかもしれないわ」
「もう行っちゃうんすか?」
 グレイシアがその場を去ろうとするとツンベアーが残念そうに俯いた。
「ごめんね。早めに戻らないとロコンとブースターが心配するから」
「じゃ、じゃあ、最後にサインください!」
 どこから取り出したのかは気にせずに、渡されたサインペンで彼のライターにグレイシア☆と書いて返す。
「おおお! ありがとうございまーす!」
 子供のように跳び跳ねるツンベアーに苦笑しながら自ら指定したカプセルホテルに向かった。



〜☆★☆★〜


「で? どんぐらい集めてきたんだ?」
 チェックインの処理を済ませながらブースターが言った。
「そうね……野生化に直接関わるかはわからないけど、怪しいデリバードが青い玉を運んでるみたいね」
「俺は3日前にマリルが野生化したという事と写真を手に入れた」
 ブースターはカバンから一枚の写真をだして2匹に見せる。
「あ! こいつデリバードじゃない!?」
 グレイシアが指差した場所には大きな袋を担いだ鳥型のポケモンがいた。
「これで複数犯ってのは確定だな」
 全員が自分のカプセルに荷物を乗せる。扉を閉めてブースターが使っているカプセルにみんなで収まる。
「ちょっと狭いけど……まあ、いいか。複数犯でもなぁ何匹かわからんし……」
「うーん……詰まったわね……」
 3匹は溜息をついて目をつぶった。特に何かが閃くわけでもなく、ただ時間が過ぎるだけだった。
「考えても出ないわけだし、また明日考えないか?」
「そうね、私お風呂入りたいわ」
「私も行くー」
「俺は昼寝でもするわ」
 考察は諦め、各々が自由に行動を開始した。


〜★☆★☆〜


 翌朝、8時過ぎに目を覚ましたグレイシアは洗面所に向かった。そこで顔を洗い、歯を磨く。トイレで用を足し、出るとロコンも起き出した。
 グレイシアと同じ行動をとり、ブースターのカプセルに目をやった。
「……あいつまだ起きないつもりかしら」
 ドアを乱暴に開け放ち、中を覗く。中には誰もいなくて、代わりに紙切れが一枚落ちていた。
 はて、と首を傾げたグレイシアだが、紙を呼んで溜め息をついた。
「なにがあったの?」
「このホテルの近くにある映画館に来いってさ。しかも4番スクリーンって指定されてるし。まったく何考えてんだか」
 やれやれと首を振り、カバンを取る。売店で適当に朝食を済ませていざ、出発。
 映画館に向かうが、建物はすぐに見つかった。なんせホテルのほぼ真後ろにあったのだから。
「ほんと、何考えてんだか。直接言えばいいのに。映画観たいって」
「こ、こんな所で本当に上映なんかしてるのかなぁ?」
 何度も溜息をついてブースターの愚痴を吐くグレイシアの肩をロコンがつつく。そして映画館を指差す。
「廃墟じゃない」
 よくよく見ると壁のあちこちにヒビが入り、蔦が絡まっている。ほぼ常に降っている雪に埋もれ、入り口は4分の3が見えなくなっていた。
「なんでこんなとこに呼んだのかしら?」
 ぴったりとロコンに寄り添いながら入場する。中には誰もいない。
 ただ壁の至る所に落書きがされているだけだ。
「……グレイシア、お化け怖いの?」
「え!? そんなわけないじゃない!」
「ふーん……」
 探るような眼差しでグレイシアを見詰め、わざと脅えたような顔をして言う。
「ぐ、グレイシア! 肩に手が!」
「ぴゃあっ!?」
 あまりにも驚いたグレイシアは前足、後ろ足をピンッと張ったまま垂直に飛び上がった。
「嘘だよ、嘘」
 ほんのりと涙を目に浮かべたグレイシアは鬼のような形相になると、ロコンに掴みかかった。
「騙したわねぇー!」
「だって怖くないって言うからさ」
「こ、怖くないわよ!」
 そう言って頬を膨らませた彼女は1匹でどんどん進んでいく。
「あ……グレイシア! 4番スクリーンはこっちだよ!」
 顔を真っ赤にして怒るグレイシアを宥めながら4番スクリーンに入る。
 大きな扉を二匹で抉じ開けて中の様子を確認する。特に変わった様子はなく、ただの廃墟だ。
「こーんにーちわー!」
「な、なにっ!?」
 突然、スクリーンに映像が映った。そこにはチェーンズのメンバーが映し出されているではないか。
「な、何よこれ……」
 グレイシアがお得意の《氷雪剣》を構える。
 すとっ、と何かが着地する音がする。音の出所はスクリーンの中央。
 そこにはブースターがうつ伏せで倒れていた。
「ブースター!?」
 二匹が急いで駆け寄ると、彼は弱々しく口を開いた。
「逃、げろ……これは……罠だ……」
「何言ってるの──ぐッ!?」
 ブースターを起こそうとしたグレイシアの体が、後方に飛ばされた。古びた座席にぶつかり、目を回す。
「ちょっ、ちょっとブースター! ……ブースター?」
 ロコンが小刻みに震えるブースターの顔を覗く。
「……え?」
 ブースターの目は怪しく煌めき、牙を剥き出して頭を押さえている。
「まさか……やせ──」
 言い終わる前に、鋭いパンチがロコンの腹部を打った。グレイシアの隣の椅子に激突して苦しそうに呻く。
「最悪よ……ブースターが野生化したわ」
 後頭部を押さえてグレイシアが起き上がった。
「うぅ……一緒に攻撃すれば死なない程度に抑え込めるでしょ……」
「3で行くよ」
 グレイシアがカウントを始める。ドクンドクンと心臓の音が聞こえるくらいに緊張する。
「2……1……今よ!」
 グレイシアの口から透明の光線が発射される。キョロキョロと周囲の様子を確認しているブースターの足が凍りつく。
 ぎょっとした表情をして、氷を溶かそうとするブースターに強烈な飛び蹴りをみまう。
 氷もろとも彼は幕の裏に転がっていった。
 さっさと取り押さえようと幕に近づくと、付近で銃声がした。振り返るとグレイシアの頬に青い液体が付着していた。
 グレイシアを助けに行くかブースターを押さえるかの判断が、あまりにも突然の事でうまく反応できず、2発目に肩を射ぬかれた。
 ガクンと体に力が入らなくなり、視界が急速に暗転する。
「さようなら、小さな探検隊さん」
 その言葉を最後に、ロコンは意識を失った。

■筆者メッセージ
─ツヨイネ雑談たいむ─
作者「いやぁ、長かった長かった」
ブースター「久しぶりに出番が多くて良かったぜ」
グレイシア「ほんとよねー」
ロコン「私もよー」
作者「なんと9447文字でした。最後まで読んだ方、お疲れ様です」
ロコン「こんな長いのが常につづくのかしら?」
作者「そんなとこかなぁ」
ブースター「お前にできんのか?」
作者「おそらく……」
グレイシア「さっさと書くのよ!」
作者「う、うん。わかった。でも、グレイシアとブースターの出番はほぼ終わりだよ。ロコンはまだあるけど」
ブー・グレ「なにぃ!?」
だんご3 ( 2018/07/11(水) 16:37 )