4話 広く浅い
現在地、エデンの園。エデンの名を冠するところから、多種多様な種族が満ち溢れているようだ。
しかし、実際に挑戦しに言ったことがない俺にはあくまでも噂でしかなかった。
そして、このダンジョン最大の難関は広さにある。二階層までしかなく、凄く浅いのだが、横に広いそうだ。全ての小部屋を回るのに最低でも三日はかかるらしい。だが、今回は本気で走り回って三時間以内に階段を見つけることを目標とする。
「さて、行ってみようか」
ダンジョンに足を踏み入れると、暖かな春の陽射しが降り注いだ。花の香りが辺りに立ち込め、俺の自慢の鼻が完全に機能しなくなった。
「いやぁ……花粉症には辛いねぇ? サーナイト」
ミミロップがクスクス笑いながら師匠を横目で見る。
まあ、見てビックリ!
目を真っ赤に充血させて鼻をぐじゅぐじゅ啜っている。呼吸も口呼吸で見てるこっちも辛くなってくる。
「み、ミミロップ……あれ……」
「はい、どーぞ」
師匠が求める物を知っていたミミロップは手際よくラムネ型の錠剤を渡した。
「……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ! うふふふふふ! あははははは! きゃーっはっはっはっ! さっさと行くわヨー!」
狂ったように笑い始めた師匠はくねくねとよろめきながらハイスピードで走って行ってしまった。
「おいミミロップ、何飲ませたんだよ?」
「サーナイトが開発した花粉症の薬を私が効力を高めてみたの。まあ、ご覧の通り十数分間はハイになってるんだけどね」
「はー……このマッドサイエンティストめ」
「正しくは科学者、と呼んでいただこうか。私の発明でいつも助けてあげてたのに」
「何を助けられたっけ?」
「イーブイがシャワーズのプリン食べた時の上手い言い訳とか、電化製品の修理とかさ、ね?」
「二つ目は認めよう。しかし、最初のはミミロップが蒸し返さなければうやになったんだよ!」
「あれー? そーだったけぇー?」
やれやれ、と溜息をついて前を見る。先程まで先頭を走っていた師匠の姿が見えなくなった。
「もしかして……はぐれた?」
「……みたいね」
揃っての深い溜息。今しがた溜息をついたばかりだが、まさか連続でつくことになるとは。
「どうする? 別れて探す?」
「いや。固まって探そう。そのうち師匠も正気に戻って来た道を戻り始めるはずさ」
そう言って次の小部屋に足を踏み入れた瞬間、その場にいたポケモン達が一斉にこちらを向いた。これは、モンスターハウスだ。
探検隊七不思議のうちのひとつでもあるこのモンスターハウス。
何ゆえこんな、一つの小部屋に多種多様なポケモンがぎっしりといるのか。彼らとの意思疏通ができないという理由もあって仮説しか存在しない。
中でも最も有力なのが、【探検隊を追い返すための作戦会議】というものだ。
ちょうどその作戦を練っていたところに探検隊のご登場。そして戦闘へ発展。
どれもこれも胡散臭いものばかりだ。俺的にはただ偶然、そこに居合わせただけだと思う。
「ちょっと! ボサッとしてないで戦ってよ!」
ミミロップの鋭い蹴りがミルタンクの腹部に刺さる。
「え? あ、ああ……」
包丁サイズの牙を剥き出しにしたカエンジシの雄が火炎放射を吐き出した。オレンジ色の熱線を回避し、横腹を殴り付ける。先程の火炎放射で後ろから攻撃しようとしてきた奴等が一掃された。
仲間意識なんて殆ど無いんだろうな、と感じる。
「ちょ、ちょ、ちょっと多すぎるかなー!?」
ゴリマッチョのカイリキー、細マッチョのチャーレム、その他諸々のポケモンがミミロップにダイビングプレスを放った。
「ミミロップ!」
波導弾で救出を試みるが、外壁となっている一匹を倒すことしかできなかった。
他の敵を対処しながらヤバイと思い始めた俺もダイビングプレスしようかな、なんて思い始めたのだが、ふと、肉団子の隙間からピンクの光が漏れているのが見えた。
輝きはどんどん強くなって、家のLED電球よりも眩しい。
──そして、弾けた。エネルギーが迸り、俺の皮膚をチクチク刺激する。それは、ミミロップが何らかの変化を起こしたことを示していた。
しかし、彼女は二段進化までのはずだ。
「フッフッフッ、驚いたようだね。私は今! メガ進化をしたのだよ!」
周囲の砂埃が収まり、得意気に叫んだ彼女の姿が明らかになる。
黒いタイツのような物を纏い、耳は黄色いふかふかの毛をシュシュのようにして耳をまとめている。
穏やかな目付きも少し釣り上がって鋭くなり、心なしか胸も大きくなったようだ。
いろんな意味で進化した彼女は俺がまばたきをする間に、野良共を薙ぎ倒していく。はっきり言うと俺はもう必要ない感じだ。
キックの一つで敵の半数が消し飛び、パンチの一つでストーンエッジを放つ。
役割が無くなったことを悟った俺はその場に座って戦闘──否、蹂躙が終わるのをただ待っていた。
「はっはー! 私にかかればちょちょいのちょいよ!」
ぽこぽこと俺の頭を太鼓のように叩きながら笑う。野良ポケ達はボロボロになった仲間を助けながら去っていった。
「……さて、探しに行こうか」
「今のイーブイは私以下の速度だと思われるので運んでいって差し上げよう」
「あ?」
言い終わるや否や、俺をミミロップの頭の上に乗せて走り出した。
いや、走るというよりも、跳ねると言った方が正しいだろう。
なぜなら彼女はスキップのように進むのだ。おかげでどこをどう掴めばいいかわからない俺は二、三度落ちそうになった。
「あ! いた!」
ミミロップが指す方向には師匠の白いヒラヒラが角を曲がったのが見えた。
「サーナイトー!」
ミミロップが一段とスピードをあげ、師匠に追い付こうとする。
と、師匠は角を曲がった先の小部屋で立ち止まった。
頭を抱え、辺りをキョロキョロ見回す。もしかしたら薬の効果が切れて自分が何をしていたか思い出せないのだろうか。
「師匠ー!」
「何かが……いる……」
師匠は怯えたようにしゃがんでミミロップの足にしがみついた。
「何か……?」
俺とミミロップは顔を見合わせて首を傾げた。