2話 拡がる野生化
「ほら、起きてよ!」
エルが俺の腕を引っ張っている。
「今日はさぼる〜」
「ダメだよ! 一週間に一度は絶対に行くって約束しただろ!」
「嫌だ〜」
「……仕方がない。ルカリオ、背負っていてくれないかな?」
仕方ないなぁ、とルカリオが俺のカバンと俺を抱える。そのままされるがままに学校へ連れていかれる。
別に抵抗する気もなかったのでルカリオの広い背中で二度寝に入る。温かくてちょうどいいサイズだ。
一応、俺が寝ているのを感じているらしく、配慮して走ってくれている。
閉じかける校門を飛び越え、下駄箱を駆け抜ける。そして俺達のクラスの扉を開け放つ。
「おはようございま〜す」
なるべくにこやかにエルとブラッキーが挨拶をする。いつもならここで、遅い! とジャローダからの叱咤があるはずだが、今日はない。
それに付け加えてクラスメートの姿も無い。
集会か何かあるのかなと思った俺達は体育館へ直行する。
案の定、体育館には全生徒が集まっていた。教壇にはジーランス校長が話を始めようとしていた。
「ちょうどいい所に来た。さあ、座ってください」
ジーランスがゴホンと咳払いをしてマイクに向かって口を開いた。
「本日は誠に残念なご報告があります」
ごくりと会場中のポケモンが息を飲んだ。
「三年生の担任である時間先生が野生化してしまいました。同棲していたチラチーノさん、マニューラさんもまた野生化しました。しかし、本校の生徒であるツタージさんとクチートさんは安否が確認されていません」
寝耳を立てていたが、完全に予想していなかった話で目が完全に醒めた。
俺同様に、全員が絶句した。
「エル、ジャローダの家に行くぞ……」
やっとの思いで絞り出した声は、まだ信じきれていなくて微かに震えていた。
〜☆★☆★〜
「ジャローダ? なあ、いるんだろ?」
エルに続いて、俺とルカリオが降りた。
安全が確認できると、ブラッキーの次にアブソル。最後にロコンが来た。
「ジャローダー!!」
大声でさけぶが返事は無い。荒らされた室内にただ反響するだけだった。
倒れた箪笥、ビリビリに引き裂かれたソファ。
この惨状から、彼女達が野生化した事は簡単に分かった。
だが、これだけ荒らされていながらなぜ一滴の血も見当たらないのだろうか。
一頻り暴れて満足したジャローダ達はどこかへ去っていった、ということだろう。
ならばツタージャもクチートも野生化してしまったのだろう。
とたんに悲しみが俺の心を覆い尽くした。やるせなさが溢れてその場座り込む。
「イーブイ……気持ちは分かるけど、早く帰って対策を練らなきゃ」
アブソルが俺の肩に手を乗せて耳元で囁く。
「お前らは先に帰っててくれ」
「イーブイはどうするのよ?」
ロコンが残骸の上に座りながら言う。
「ちょっと頼れるやつの所に行ってくる。だからエル、警察署に穴を開けてくれ」
「分かった。終わったら電話してよ。迎えにいくから」
ありがとうございます、とはにかみながらエルの開けた穴に飛び込んだ。
ものの数秒でウィンディの部屋の前に立つ。コンコンとノックする。
「はい、どちら様ですか?」
ドアが開き、中から割りと凛々しいウィンディの顔が覗いた。
辺りを見回してノックした者を探しているようだが、小さい俺には全く気づかない。
「ウィンディ?」
「おお? イーブイじゃないか。何の用だ?」
「ああ、野生化の件でちょっと話し合いたくてね」
「そうか、中を片付けるからちょっと待ってろよ」
そう言って一旦部屋に入っていった。ドサドサと山積みに書類を脇に移動させる音が聞こえた。その中に、異様な音が混じっていたのにも耳が反応した。
スナイパーライフルを発砲した時の音が。
「う……!!」
ドサリ、とウィンディが倒れる音がした。
弾が中ったのかと思い入れ、ドアを開け放つ。眼前には俯せに横たわるウィンディの姿があった。
「ウィンディ!? しっかりしろ!」
「ぐっ……う……は、はな……れろ……!!」
「どうした!? おい!!」
直後、えウィンディはグロロロ……と、獣じみた唸り声がを出した。
眼は殺意に爛々と輝き、牙の間からはねっとりとした唾液が滴っている。
これが、野生化。
直感的に悟った俺は瞬時に戦闘体勢をとる。
「グルルル……ガアッ!!」
ウィンディの喉の奥にオレンジ色の光が瞬いている。
「こんな所で火炎放射はやめろ!」
彼の口内に小さめの波導弾を撃ち込む。爆音と共に内部で爆発が生じ、ウィンディが苦しそうに床を転げ回る。
今の音を聞き付けた数匹の警官が部屋に飛び込んできた。
「な、何事ですか!?」
俺とウィンディを交互に見つめながら一匹が口を開いた。数の差を理解したウィンディは地上五回の高さから窓を突き破って逃走した。
二枚あるうちの一枚は粉々に砕け、もう片方には丸い小さな穴が空いていた。
「穴?」
訝しく思って窓ガラスに近づく。丸い穴は何か銃弾のような物で開けられている。
「あの、イーブイさん。何がどうなっているのでしょうか?」
ベルガー警官が眉を潜めて尋ねてきた。
「俺にも分からないんだ。最近流行ってきてる野生化がウィンディにも」
──本当になぜ? ダンジョンでもないこの部屋で野生化したんだ? 一番怪しいのはこの丸い穴だ。もし、仮にだがダンジョン内に満ちているカタレグロを弾に込めて射つことができれば野生化するだろう。
しかも、一瞬で。
「分からない。分からない事が多すぎる。もっと情報が必要だ」
スマホでエルに電話をかける。数コールの後、エルの声が聞こえた。
「あ、イーブイ? 終わったんだね? 今から迎え行くからちょっと待っててね!」
十秒もしないで穴が開いた。
「それじゃあ、みなさん捜査頑張って下さい」
エルが真面目に警官に敬礼をしてから帰還する。
「どうしたんだい? そんな怖い顔が しちゃってさ?」
「ウィンディも野生化した」
「え? それって……」
「ああ……これから緊急の作戦会議をやる。だから、エルは外に出向いてる奴等を連れ戻してくれ」
「う、うん……分かったよ」
「十分後、リビングに集合だぞ」
エルはこくりと頷き、俺を家に降ろして他の奴等を照れ探しに向かった。