1話 野生化って?
「速報です。今日午前八時頃、野生化したサイホーンさんが保護されました。野生化は今月で16件目です。原因はまだわかっておらず、究明を急いでいます。次のニュースです。アイドルグループのチェーズンが──」
「野生化、か……」
リモコンのボタンを押して電源を切る。ソファに横になって天井を見つめる。
──最近、妙に野生化が増えてきた。多くても年に三、四匹だったのに。
「ねぇ、お兄ちゃん。宿題が出たんだ!」
「ぐふっ!!」
リーフィアが突然腹の上に座り込んだ。少し前に食べたばかりの昼飯が逆流しそうになる。
「とりあえず……降りろ」
「ありゃ、ごめんね。でさ、野生化ってなに?」
「あ? 野生化ってのはな、ポケモンが理性を捨て元の姿に戻ることさ」
「退化、じゃなくて?」
「んー、姿が戻るんじゃなくて、精神的時間が何万年も遡るんだ。だから、何万年も前は喰うか喰われるかの時代だったろ? その時のDNAに刻まれた本能が呼び覚まされることだな」
「ほ、ほほう?」
苦笑いで誤魔化すリーフィア。また、やっぱり分からないから宿題やって、が始まるのだろうか。
「まあ、分かりやすく言えばダンジョンのポケモンと同じだ。言葉を忘れ、本能のままに生きる」
「どうして、ダンジョンの中だと野生化するの? だったらなんで探検家は野生化しないの?」
「まずな、ダンジョン内には有害な物質を含んだ空気が充満してるんだ。確か……カタレグロって物質だったな。で、それは微量なら大丈夫なんだけど吸い続けると理性が吹き飛んで野生化するのさ」
リーフィアがへぇ、と頷く。今度の相槌は理解した方の相槌だ。
「探検家の方はバッジに自分の体をカタレグロから守るバリアがついてるんだ。どんな成分かは全く分かってなくて、昔の天才達が弄くってたらできたもんだ」
「ふぅん……お兄ちゃん意外と頭良かったんだね」
感嘆の吐息を漏らして俺の頭を撫でる。教えてやったのにムカつくことこの上ない。
「いいか、こう見えても学年30番台キープしてんだからな」
「わ、私は100番くらいだもん」
「100番じゃあ、いつまでたっても俺には勝てないぞ。しっかり勉強しなさい」
「お兄ちゃんはどうして学校サボってるのに頭いいの?」
「そりゃお前、師匠に教わってんだよ」
「サーナイトに?」
「ああ、交換条件つきでな。毎晩師匠が作った新薬を飲まされるんだよ」
「薬を? 危なくないの?」
「すげー危ねえよ。昨日は上下左右の感覚が全部反転するやつだもん。最後は吐いた。でも、師匠の教え方は上手いから薬飲んでもお釣りがくるレベルだ」
「お兄ちゃんって意外とマゾなんだね」
ニヤニヤとリーフィアが微笑む。自分ではそう感じた事がない。
「さて、これで野生化のお話は終了! さっさと終わらせてきなさい」
「はーい」
リーフィアがいなくなると、周りが突然静かになった。
ブラッキーは散歩に行っていて、ゾロアークとルカリオ、サンダースとシャワーズはデート!
エルは未来に一時帰宅。エーフィとグレイシアはジャローダの家に、ロコンとアブソルはダンジョンにいる。
その他は自室で宿題やらゲームやら薬の開発やらを行っている。
つまり、リビングにいるのは俺だけ。ぽつんと取り残された気がするが、テレビをつけて緩和する。
「……久しぶりにアレ飲むか」
バラエティー番組を流しながら冷蔵庫からモーモーミルクをだす。
それをコップに注いでレンジで温める。次に砂糖を多量に淹れて溶かす。仕上げに練乳をぶち込んでもう一度温める。
「完成! 俺式甘々ミルク!」
異常なほどに甘いこれは飲んだ後は歯磨き必須だ。一度放置して寝たらひどい目にあった事がある。
ふーふーと冷まして少し口に含む。痺れる甘さが脳に染み渡り、疲れが吹き飛んだ気がする。
「んー、甘いなぁー」
いつかは野生化の件についてギルドから調査しろと白羽の矢がたつのは時間の問題だろう。
今のうちに資料を集めておこうと、テレビを消して自分の部屋に戻る。
二段ベッドの上に登ってノートパソコンを立ち上げる。
そういえば最近、エルが下のベッドを使わないから少し寂しい。
毎晩小さな技の飛ばしあいをして遊んでいたのだが、このところエーフィ姉ちゃんと寝ているようだ。
「……なんて、感傷に浸ってる場合じゃないよな……」
そう呟いて、パソコンの画面を見つめる。