01 9話 海の神様
「じいちゃん!」
ラキが暗い表情で園内の監視カメラから送られる映像を見ていたセウスに声をかけた。
「ああ……わしはポケモンが持つ危険性を理解していたつもりじゃった……しかし、なぜ化け物を作ってしまったのじゃ……もっとロコンとかキュウコンとか……」
「じいちゃん……?」
「ああ……ラキか」
セウスは暗い表情で溜息をついた。その目は大暴れして人間の肉を貪るポケモン達が映ったモニターの上を走っていた。
「イブはいるのか?」
「うん、元気だよ。トイレ行ってるからもうすぐ来るよ」
入り口の方に目をやると、イブがズボンで手を吹きながら現れた。
「おじいちゃん、この施設の中に海の匂いがする女の人っている?」
「海の匂いがする女の人じゃと?」
「海の匂いがするポケモンならいるが……」
「それってカイオーガのこと?」
「いや、ルギアの方じゃ」
セウスは椅子から立ち上がり、二人を特別管理室に招き入れた。室内には最新鋭のスーパーコンピュータがずらりと並んでいて、職員達が忙しなく事件の揉み消しに動いている。
「海の匂いがする女の人にはなんて言われたんだよ」
「えっとね、こんな状況で申し訳ありませんが早急に会いに来てください。早くしないと間に合わなくなります、って」
「ルギアが話すのなんて聞いたことがないぞ?」
セウスは職員の間を縫うように進んでルギアのもとまで二人を導く。
「セウス!」
ルギアのいる檻の入口に続く階段に差し掛かったところでティーンが現れた。
「今すぐ軍を手配してこの島に核爆弾を落とすんだ!」
「しかし、この島にはまだ逃げている客がおるじゃろう!」
「早くしないとカイオーガがアサギシティを破壊しにいくんだよ!」
「なに!? カイオーガじゃと!?」
「ああ、今しがた鳥ポケモンたちがカイオーガを海に運ぶのを俺とレイシーが見た」
本当か? と尋ねるようにセウスがレイシーに目を向けた。
「ええ、本当です。早くしなければ海に着いてしまうでしょう。カイオーガが重いことが唯一の救いです」
「ね、ねえ! ルギアが呼んでるんだ!」
全員がイブに注目する。大勢の大人に囲まれて彼は頬を赤く染めた。
イブは恥ずかしさをかなぐり捨て、セウスの手を掴んで階段を降り始めた。
イブを先頭に進む一行は、巨大な格子の前についた。檻の中央には真っ白な羽毛に透き通るような青い瞳を持ったポケモンが不安そうに天井を見上げていた。
「……!」
ルギアはイブに気がつくと手招き──もとい翼招きをした。
「おじいちゃん、開けて」
「大丈夫なのか?」
しわしわの手で檻の錠前を外し、イブを中に入れる。ラキは弟が突然大人びたように見えて不思議だった。
両者の距離が一メートルに満たないぐらい近くなると、彼らは見つめあった。
しばらくして、イブが全員の方を向いた。彼の頭にはルギアの白い翼が乗せられている。
「皆さん、はじめまして。ルギアです」
イブが口を開いた。発せられているのは彼のはつらつとした声ではなく、落ち着いた深みのある女性の声だった。イブの黒かった瞳が真っ青に染まっているのがラキにはわかった。
おそらく、ルギアが彼の体を借りて喋っているのだろう。
「漸く波長の合う純粋な者に巡り会いました。さて、この施設の管理者は貴方でよろしいですよね?」
イブに指差されたセウスは一瞬たじろいだが、すぐに持ち直して頷いた。
「では、貴方が物わかりの良い人間だと信じます」
そこでルギアは一呼吸おいて続けた。
「この島をポケモン達に譲ってください」
ルギアの要求に一同は唖然とした。
「お前達に島を譲ったあと、お前らはどうするつもりなんだ?」
ティーンが檻の中に入ってルギアに尋ねる。
「私達はこの島と、その周辺の海で暮らします。もちろん、人間とは関わりは持ちません。あなた方が関わってこない限りですが」
「どうしますか? いくつかの都市と引き換えに我々を消し去るか、それとも和解するか。管理者よ、貴方に訊いています」
セウスは階段の上から心配そうに覗く職員達、自分の周りにいる孫。
それらを見て、彼は命より大切なものは無いと気づいた。
「わかった。ポケモン達に譲ろう」
セウスは生涯の夢を終わらせ、全員の命を救ったのだった。
「わかりました。では貴方、私の背に乗ってください」
「あ?」
指名されたティーンは後退を始める。ルギアの碧眼を睨みながら檻から出る。
「貴方とガチゴラスが和解すれば全ては解決するのです。だから来て下さい──いいえ、来なさい」
「いやだと言ったら?」
「海に面している都市は全滅でしょうね。アサギ、グレン、ミナモ……数えきれないほどの都市がありますよ」
「ティーン、頼むわ」
ティーンの袖を引っ張ってレイシーが言う。
「ティーン、わしからも頼む」
続いてセウスが頭を下げた。ルギアの顔は勝った、と確信して口角が上がっていた。
「はぁー……しょうがぇな」
渋々ルギアに近づく。ルギアはティーンの襟を咥えて天井に放り投げた。
「っぁああああああ!?」
ぽす、とルギアのうなじに着地。海の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ティーンが言った。
「ほら、さっさと行くぞ」