04 8話 大脱走
「おら! こっちだバカ野郎!」
ティーンがアサルトライフルを乱射し、ガチゴラスを挑発する。
残忍で貪欲な瞳をキラリと輝かせてガチゴラスは吠えた。巨大な右足が踏み鳴らされ、ティーンの乗るバイクにも振動が伝わる。
「くらえッ!」
ティーンとガチゴラスには多少の距離があり、彼にはスコープ覗く時間があった。引き金を長押しして連射する。反動を抑えるようにしながら眉間を狙う。
だが、ガチゴラスの皮膚は思ったより固く、表面が削れただけだった。
「まじかよ……」
苦笑いしつつもティーンはバイクを走らせる。ガチゴラスももう一度吠え、ティーンを追いかけた。
時折振り向きながら、ガチゴラスに発砲する。
三回目の振り向きの時、ガチゴラスは立ち止まっていた。呆気にとられながらも発砲するが、相手は気にしていない。
「なんだ……?」
ガチゴラスは彼方から聞こえる何かを聞き付けたようだ。一度ティーンの方を向いて鼻を鳴らした。そして、去っていった。
「……え? いやいや、そっちには行かせんよ!」
向かっている方向に何があるかを理解し、ティーンが追いかける。しかし運の悪い事にバイクは燃料が切れてしまった。
いや、ガチゴラスが諦めていなければティーンは食われていた。そう考えると、ある意味運がよかったのかもしれない。
「くそっ! あっちには鳥ポケモン館があるってのに!」
鳥ポケモンとはポッポ、ピジョン並びにオニドリル等の鳥型のポケモンだ。奴等はなつけば可愛らしいが、なついていないとなると異常なほど凶暴だ。
鳥と言えば大空を自由に飛び回る広い所で暮らす生き物だ。それを人間の勝手で狭い場所に閉じ込められているわけだ。つまり、人間に対する殺意は十分だろう。
「まさとは思うが……止まったのって、ポケモンの声を気かつけたからなのか? だとしたらまずいぞ。生身の人間がポケモンに敵うわけがない」
と、その時頭上からなにかが聞こえた。
「戦闘ヘリか……。遅えよ」
立ち止まってヘリコプターがガチゴラスを殺害するのを待った。
「撃て」
操縦者が相方に言った。しっかりと照準を合わせて引き金を引く。ヘリコプターに備え付けの銃がオレンジ色の火花を散らしながらガチゴラスに弾の雨を降らせる。
「効いているのか?」
「わからん、しかし撃ち続けていれば貫通するはずだ」
ガチゴラスもいつかは皮膚が貫かれると感づいたのか、歩みを止め、顎で地面を掬い上げた。巨大な土塊が宙を舞い、見事な弧を描いてヘリコプターに激突した。
「な!?」
ティーンは火を吹いて墜落するヘリコプターを眺めて絶句した。そのまま無様に回転しながら鳥ポケモン館の屋根に衝突、そして爆発。
天井が崩れ、中にいた鳥ポケモン達が一斉に解き放たれた。翼を広げ、かつて支配していた大空を駆け回った。
「グオオオオオオオオッ!!」
ガチゴラスが咆哮した。その一鳴きで好き勝手飛び回っていた鳥ポケモン達が進路を揃えた。
おそらく、人々が逃げ惑うメインストリートに向かわせたのだろう。
「ちくしょ……!」
急いで来た道を戻る。
しかし、悲しいかな。人間の体力ではガチゴラスや、ポケモン達には追い付けなかった。息も絶え絶えにティーンは地面に片膝をついた。無理だ、と諦めかけたと時、鼻につくようなオイルの臭いとエンジンの音がした。
「乗って!」
「レイシー! 君も逃げなきゃ駄目じゃないか!」
「自分の作った研究品は最後の時まで見守るのが研究者の勤めよ」
ニヤッと笑ってティーンを自分の後ろに乗せて走り出した。数分としないうちにメインストリートが見えた。
「ひでぇ……」
ティーンは絞り出すように呟いた。
眼球をくり貫かれて息絶えた人、子を庇うように覆い被さるが子供諸とも串刺しにされた親子。見渡す限り惨状しか目に入らない。
「キャアアアアアアッ!」
鋭い悲鳴がティーンとレイシーのもとに届いた。頭上を見ると、研究スタッフの一人であるコンが鳥ポケモンのオモチャにされていた。
放り投げられ、地面激突寸前に別の個体が再び上空に連れ去るという悪質な行為だ。
しかもそれはカイオーガのいる水槽の上で行われている。
「まずいわ、カイオーガは肉食よ! あいつの目にとまったら間違いなくコンは死ぬわ!」
「あああああ──」
ティーンが助け出そうと走り出した瞬間、カイオーガの青い巨体が水面から姿を現した。ギザギザな歯の並ぶ口の中に、コンが消えていった。
「くそっ!」
「あ……ああ! ガチゴラスが来るわ!」
幸い、回りに生存者が彼らを除いていないため、容易に身を隠すことができた。
「なにしてんだ、あいつ?」
ガチゴラスはポケモン達がいるゲージを軽くつついたり揺らしたりしている。
「まさか、食うつもりか?」
だが、ティーンの予想はハズレた。ガチゴラスは檻の鉄パイプを噛み千切ると、中のポケモン達を逃がし始めた。
「最悪よ……このまま行けば全員が脱出する前に全滅よ!」
レイシーが震えながら呟いた。
「軍の要請をしても間に合うかどうか……」
ティーンはレイシーを連れて管理塔に走って戻っていった。