02 6話 弱肉強食
「ほら、逃げるぞ!」
化け物の咆哮とイブの悲鳴が重なった瞬間、ラキの体は本能的に動いていた。
イブの腕を引っ張り、化け物の股下を潜り抜ける。
「ど!どうするの!?」
涙目になったイブが尋ねた。
「……取り敢えず狭い道を走るぞ!」
背後から迫るモンスターが通れない木々の隙間を針の穴を通すように走る。
モンスターは無理矢理木々を薙ぎ倒して突っ込んでくる。そして運の悪いことに彼らは森の出口に来てしまった。
本来ならば気持ちいいはずの陽射しが死のカーテンのように見えた。追い付かれれば即決、死に繋がるため仕方なしに森から飛び出す。
だが、先程の不運を帳消しにするかのように眼前に滝が現れた。
イブもラキも体力が限界に近づいていた。滝の縁にまで来るとイブが立ち止まった。
「何してんだよ!?」
「た、高くて怖いよ!」
イブが言うとおり5、6メートルほど下に水が見える。イブの年齢からすればこれだけで高所、という判定になるのだろう。
「ばか! んなこと言ってたら食われちまうわ!」
「……うぅ……」
化け物が勝利を確信したかのように吠えた。眼は陽光を受けて残忍に煌めき、口の端からはねっとりとした涎が垂れている
「しっかり掴まってろよ!」
「ふぇ!?」
イブを胸に抱き抱え勢いよく飛び込んだ。念のためにラキは空中で反転して背中から着水する。地面にぶつけた時と似たような痛みが背中に襲いかかる。
念のためにすぐには浮かび上がらずに突き出た岩の影に回り込む。
獲物を取り逃がしたということを認識した化け物は絶叫した。
もしも、飛び込んできたらその時はその時だ。何か別の対策があるはず。
しばらく耳をすませていると、化け物の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「……行ったかな……?」
こそっと岩影から顔をだして確認する。フェイントではなく本当に去ったようだった。
「はー……危なかったぁ……」
「こらから……どうするの?」
「そうだな……ピカチュウの森を通って来た道を戻る。んで、じいちゃんに報告する」
「森はあいつのテリトリーかもしれないよ?」
「それもそうだな。じゃあ、森の外側をぐるッと回って帰ろう」
「変なポケモンはいないよね?」
「大丈夫だろ。あんな肉食の化け物は一体しかいないはずだから」
川から這い上がり、シャツを脱いで絞る。大量の水が放出され、だいぶ軽くなった。
「この夏の暑さだ。すぐ乾くさ」
ラキとイブは周囲の安全を確認してから歩きだした。
〜☆★☆★〜
「すぐに特殊部隊を送り込んで!」
レイシーが管理室のモニターに目を走らせながら叫んだ。職員全員があの化け物が逃げ出したことは知れ渡っている。
「位置把握しました! モンスターボールアドベンチャーのピカチュウの森です!」
「特殊部隊、電撃棒とネットガン、それから防護服を着て出発なさい!」
「ハッ!」
特殊部隊の方々が敬礼して現地に向かおうとするのをティーンが止めた。
「退いてくださるかな?」
隊長が威圧的に睨む。
「アホか、お前ら! あんな化け物相手にそんなちっぽけな棒で勝てるか!? 全員にロケットランチャーまたはサブマシンガンを持たせるべきだ!」
「行きなさい!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 死にたいのかお前ら!」
ティーンの叫びも虚しく、彼は行ってしまった。
「レイシー、あんたは彼らが死ぬのがわかっているんだろう?」
「ええ、8割……いえ、9割の確率で全滅ね」
「ばかか! あんなの10割全滅だ!」
「ガチゴラスには莫大な研究費用がかかっているのよ! 2600億よ!? それを無駄にしろっていうの!?」
「人の命と金! どっちが大事なんだ!」
「っ……」
痛い所を疲れたレイシーは押し黙った。気まずい沈黙が続く中、職員の一人が声を上げた。
「特殊部隊、ピカチュウの森に到着しました!」
職員のおかげで嫌な雰囲気から逃れたレイシーはつかつかとモニターに向かった。
右の画面には特殊部隊の隊員の名前と健康状態が映し出されている。左には特殊部隊の行動を見るカメラになっていた。
「さて、どこにいる?」
隊員の一人が羅針盤のようなものを取り出して呟く。
ピピピピッと激しく点滅することから見て追跡装置のようなものだろう。
「あれ?」
画面では中央に黄色い点が激しく点滅している。機械によればそこにガチゴラスがいるということだ。しかし、あの巨体はどこにもない。
隊員が訝しげに機械を振ったり叩いたりしていると、ぐにゅっとしたものを踏んだ。
「ん……?」
しゃがんで拾い上げると、それは肉片だった。だが、ただの肉片ではない。肉の内側に発信器が取り付けられているのだ。
「た、隊長! 大変で──ああああぁぁ……」
「どうした!」
全隊員が彼の方に振り向くと、眼前には奴──ガチゴラスがいた。右手に首の無い隊員を掴み、他の者を睨んでいる。
「そ、総員突撃いいっ!!」
隊長の掛け声で全員が電撃棒を構えて飛び込んだ。
ガチゴラスが吠え猛り、ぐるりと一回転した。凄まじい勢いの乗った尻尾が隊員を数名弾き飛ばした。
たった一撃であるものは胸骨が折れ、またあるものは出っ張った木の枝に突き刺さって死亡した。踏みつけられ、噛み殺され、血飛沫舞う阿鼻叫喚の地獄にて、ガチゴラスは激しく暴れまわった。
最後の生き残りの隊員は弄ばれるかのように腕から喰われた。次に膝から噛み砕かれ、失禁。下腹部に牙が食い込み、狂ったように叫ぶ。しだいに弱々しくなり、やがて絶命した。
この様子をモニター越しに眺めていたレイシーは圧倒的な戦力差に唖然し、絶句した。隣で腕組みしてみていたティーンはやっぱりな、とでも言いたげな表情で溜息をついた。
「パーク内に避難指示をだしなさい。救助ヘリの要請もね。──確かに、貴方が言ったことは正しかったわ」
「ああ、そうだな。それで?」
「助けてくれないかしら?」
「なんで俺が? 俺はただのお客さんだ。そっちのけトラブルは関係ないね」
「このパークの創設者であるセウスの孫二人がいなくなってるの。うまく助けられればお礼がたんまり貰えるわよ」
長考の末、彼が選んだ決断は──。
「しかたねぇからやってやるよ。その代わりに、ガチゴラスは殺す」
「っ……仕方ないわ。了承するわ。直ちに戦闘ヘリを用意してガチゴラスを抹殺なさい」
レイシーが指示すると職員が電話をかけ始めた。
「武器はあるよな?」
「ええ、万が一の時のためにAk-47とRPGがあるわ」
厳重に施錠されたロッカーを開けると、手榴弾やらロケットランチャーやら、化け物退治にもってこいの武器が揃っていた。
「これを使わせとけば手傷の一つや二つ、与えられてただろうに……」
銃に弾を詰めながら、ティーンはかぶりを振った。