前編
「ほら、やるよ」
「わぁ! ありがとう!」
ある日の夏祭りで、私は男の子に綺麗な砂を買って貰った。
青い袋に包まれていて、金色の紐をほどいて中を見ると、深紅の砂が入っている。
ラベルには【星の砂】と記されていた。
首にかけてみるとイーブイに誉められた。
「浴衣に似合ってるぜー」
そう言われると何だか嬉しい。
「一生大事にするよ」
「ロコンは大袈裟だなぁ」
ははっ、と快活に笑う彼。
別に、付き合っているという訳ではない。
ただの幼馴染み。そう、幼馴染みだ。
自分にしっかり言い聞かせているのに、やっぱり諦められない。
幼馴染みの男女が友達から恋愛に発展する、よくあるケースだ。
仕方ない、こういうムードからの告白には男の子は弱いと何かの本に書いてあった……気がする。
「ね、ねえ、イーブイ!」
「ん? 何だい?」
「わ、私ね! い、イーブイの事が──」
〜〜〜♪
「ごめんロコン、ちょっと電話に出るから待っててくれ」
そう言うとイーブイはカバンからスマホを取り出して電話に出た。
「もしもし……あー、うん。はいはい、解った解った」
電話を切った彼は、申し訳なさそうに言った。
「わりい、急用ができて帰らなきゃなんなくなった。ごめんな。祭りはあぶねぇから気をつけて帰れよ! じゃ、また明日!」
イーブイはそう言って駆け出した。
ポケ混みに紛れて見えなくなるまで眺めて。
直後、イーブイが走っていった大通りの方から車のブレーキ音が響いた。
次いでドンッ! と何かにぶつかったような音もした。
「危ないなぁ……」
一度振り返ってから呟いた。
〜☆★☆★〜
「ただいまー」
玄関のドアを開けても誰も出迎えに来ない。
「…………?」
首を捻っても答えはでない。仕方なくリビングのソファでくつろごうとした、その時。
リビングに設置してある固定電話からけたましいサイレンのような音が鳴り響いた。
「わひゃあう!?」
すっとんきょうな声を上げて受話器を取る。
「も、もしもし」
『あ、ロコン? 今すぐイーブイ君の家に来なさい』
「え? な、何で?」
『いいから来なさい』
──わ、私何か悪いことしましたっけー?
自問自答しながら恐る恐るイーブイ宅にお邪魔する。
「お邪魔します……」
おずおずと入るが、いつもの『おー、よく来たなー』という彼の声が聞こえない。
代わりに、誰かが泣いている。
「どうしたん……ですか?」
恐る恐る訊くと、イーブイの母、グレイシアが目を真っ赤に泣きはらしていた。
「息子が……息子が……」
ただ息子が、としか言わないグレイシアを私は何だか気の毒に思った。
「ロコン、驚かないで聞きなさい」
私の母親のキュウコンが静かに言った。
「あんたと別れた後、車に轢かれたの」
「う、嘘だ……」
私はペタンと尻餅をついた。
まさか、まさかあの時聞いた衝突音が……。
「死体とか……あるの?」
母さんの顔を見て尋ねる。こくり頷いた。
「見てもいいですか?」
「ええ……あの子も喜ぶわ……」
そう言ってグレイシアは横にずれた。
「ッ!!」
覗き込むと、そこには変わり果てたイーブイの姿があった。
よほど激しく引き摺られたのか、腕が取れ、肩の骨がはみ出している。
右足もあらぬ方向へ曲がっていた。
私は腹の奥底から何かが込み上げてくるのを感じた。
「トイレ借りてもいいですか……?」
察してくれたのか、グレイシアは「どうぞ」と言った。
軽く頭を下げて走る。トイレのドアを乱暴に開けて便器に顔を埋める。
びちゃびちゃと祭りで食べた、たこ焼やチヨコバナナ等が吐き出される。
顔を上げて呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……。──ッ!」
しかし、第二波が来た。再び顔を埋めて胃の内容物を吐き出す。
胃液さえも無くなった気がするほどに吐いた。
水を流して口元を拭う。
まだ気持ち悪い感じだがもう吐き出せるものは残っていない。
「……戻りました……」
ぺたんと座り込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙の中、時間は刻一刻過ぎていく。暫くしてグレイシアが口を開いた。
「今日はもう遅いですし、お帰りなられたら?」
「はい……すいませんでした。お役に立てなくて」
母さんが頭を下げた。
「では、お邪魔しました……」
そう言うと、私の手を引いて、家に帰った。
「……?」
ふと、首にかけていた砂が赤く光った──気がした。
これを見ると、二度とイーブイには会えないのだ、という現実が私を襲う。
ポロリとつぶらな目玉から大粒の涙が溢れた。