05 31話 決断
「ソウタ! おいソウタ! しっかりしろ!」
肩を揺すったり背中を叩いたりする。無理だと解っていても、諦めきれない。
「やめろ! お前まで死ぬぞ! 今のうちに殺すん──遅かったか……」
サタンは俺の手を引いて後ろに下がった。むくりと起き上がって鋭い双眸で俺達を見据えた。
「サタン。俺さ、絶対に勝つ方法を見つけんだけど、手伝ってくれるか? いや、手伝え。文句は受け付けない」
「何するつもりだ?」
「俺があいつに寄生されるから、一瞬で殺せ」
サタンの顔から血の気が引いた。
「お前何言ってんだ! お前は俺なんだぞ! 殺せるか!」
「じゃあいい。自分で死ぬ」
「やめろ!」
「やめない。これが俺の決断だから。ま、決断の意味があってるかどうかはわからないけどね」
ニコッとサタンに笑いかけてティングの前に行った。
「おら、寄生しやがれ」
「断る。寄生すれば俺は殺されるからな」
「ま、お前を殺せば嫌でも俺に寄生するさ。しなければ、お前は死ぬ。でも、俺は生き残る」
口では完全に勝った。だが殺す前に、逆に俺が殺されたら作戦は失敗だ。
「どうせ死に行くこの命。好きに使わせてもらうぜ!」
《リミット=カタストロフ》を発動させると、体全身が仄かに青く輝き、力がみなぎってくる。
「いくぜ」
瞬間移動の如き速度でティングの背中に踵落としをめり込ませる。
後方宙返りで引いて、隙を狙われないよう波導弾を撃つ。
ソウタならばいざ知らず。この連撃にも対応できただろうが、ティングで助かった。
《水弓》をだして《雷槍》と組み合わせる。パチッと静電気が俺の体を駆け巡るが気にしてられない。
「喰らえッ!」
後頭部を狙うが、ティングは機敏に回避して反撃に転じた。
「どうしたどうした? 動きが鈍くなってるぞ」
「うるせえッ!」
二連辻斬りを《氷雪剣》で打ち払う。俺が繰り出した突き出しはティングの角をへし折っただけだった。
「……ッ」
視界が霞む。
まずい、効果が切れかかってる。こんなところで倒れた作戦大失敗となる。
「どうした? んん? さっきよりも遅くなってるぞぉ!」
気がつけば正面にいるティングの伸びてくる腕に捕まっていた。
「漸く寄生する気になったか?」
「いいや、そこまで俺は馬鹿じゃない。このままひねり潰す」
「そうかい。ま、無理だけどな」
そう言って、ほくそ笑んだ。反応が遅れたティングはサタンの奇襲を躱せずに、《未来剣》の鋭い一撃を喰らった。
「グワッ!?」
「余所見は禁物だぜ」
《火爪》で腕が燃えるように(実際燃えている)熱いが、強がって笑う。
ティングがこちらを向いたタイミングで喉に突き刺した。
赤黒い鮮血が噴き出して俺の上半身を紅く染め上げる。
「勝ちか?」
ティングから離れてサタンに訊く。
「たぶんな。首の血管が切れたのなら死ぬはずだ。もっとも、ただの生き物なら、の話だけどな」
ちらっと横目でティングの死体を見る。
「ま、帰ればみんなが待ってる。例えティングが生きていて追っかけてきても勝てるさ」
「それは良いけど……。俺がみんなを連れてきたばっかりに全員死んじゃったよ」
「戦争に犠牲がでるのは当たり前だ。たまたま俺らが死ななかっただけだ」
「ここに来る前に、俺とお前だけで来てれば……」
「俺はいいのか!?」
サタンは酷くないか? と俺の肩を揺すぶった。
「だって、お前は俺だろ? お前が死んでも良かった……って言うの悪いけどさ。とにかく誰にも死んではほしくなかった」
「……来世で会えればいいよな、なんてくさい科白だけどな」
「そうだなぁ……──ッ!!」
俺は後ろからティングの血塗られた爪がサタンに迫り来るのに気がついて彼を突き飛ばした。
代わりに、俺が胸を切り裂かれる結果になった。が、後悔はしてない。
「てめッ! まだ生きてやがったか!」
サタンの強烈な蹴りがティングの頭を吹き飛ばした。
「イーブイ! おい! 何で庇ったんだ!」
「さぁ……なんで、かな? ただ、だれか、をまもって……みたくて、な……」
止めどなく流れる血が床を打つ音がする。
はっきり言うと、いつもの俺ならばこんなアホみたいなことは言わない。
死に際だからか?
「待ってろ、今すぐ時間を戻してやるからな!」
そう言ってサタンは俺の胸に手を当てた。
だが、俺は弱々しく彼の手を遮った。
「何してんだ! 死ぬぞ!」
「いいんだ。……これ……からはおまえが、俺として、生きるんだ……」
「ふざけんな! お前はお前の人生をいけよ! こんなところで終わらせんじゃねえ!」
「おれは、ひとあし……さきにみんなのとこに逝くよ」
「今までに死んだやつらの分まで生きろよ!」
そこまで言うとサタンの大きな瞳から、大粒の涙が溢れた。
──そんなに泣くなよ……。ゆっくり眠れないじゃないか……。
そうして俺は、永遠の眠りについた。