02 21話 走れサタン
「あっ! また穴ができた! 誰かが出てくるぞ!」
ブラッキーが床に出現した魔法陣から遠ざかる。
現れたのは茶色い体毛にキリッとした瞳に尖った牙。イーブイでありイーブイでない者。
そう、サタンである。
「よ、お前ら」
「だ、誰?」
アリシアが怯えた表情でクロに寄り添う。
「俺は未来のイーブイ。サタンでいいよ。クロにアリシア」
クロとアリシアは名前を言い当てられた驚きで放心状態だ。
「それと君達に残念なお知らせがあるんだぜ」
サタンは意味ありげな一呼吸を置いて、述べた。
「未来に帰れなくなった」
「え? どういうこと?」
アリシアは話を呑み込めずに訊き返した。
「ついさっき、ディアルガとパルキアが死んだ。それに付け加えて、これは俺の知らない未来だ。だから、この世界に来た時に既に未来と別れていたんだ」
「は、はは、ははは! 冗談は止めてよサタンさん!」
クロが狂ったように笑う。が、サタンの表情は堅い。
「う、そだ……。帰れない? 何でなんだ!?」
「ディアルガが死んで時間という概念が消滅し、次にパルキアが死に、空間という概念が消える。だけどお前らの未来はディアルガもパルキアも生きている世界。つまりここで矛盾が生じる」
サタンは分かりやすいように解説する。アリシアは納得したようだが、クロに至ってはまだ現実を受け止めきれていないようだ。
「い……やだ。嫌だ! 帰りたいよ!」
赤ん坊のように喚き散らすクロ。取り乱す彼の頬にアリシアの強烈なビンタが叩き込まれた。
「落ち着きなさい! みっともないわよ! 未来に帰れなくても私がいるじゃない!」
アリシアは涙を流し、クロの首に手を回して抱きついた。
「…………ごめん。僕が悪かったよ」
泣きじゃくるアリシアの背中をとんとん、と叩きながら頭を撫でた。
「そういやイーブイとかルカリオはどこだ?」
サタンが全員の顔を見回すが過去の自分がいないことに気づいた。
「ああ、イーブイ達ならワイワイ海辺のウルトラホールに行ったよ」
ゾロアークが未だに立ち直っていないリーフィアを慰めながら言った。
「嘘だろ!?」
サタンは踵を返してツヨイネ宅を飛び出した。
最短ルートの森を駆け、小さな川──といっても対岸まで五メートルはあるが──をスピードの乗ったジャンプで飛び越す。
「ゲッヘッヘッ! 見つけたぞゴミが!」
サタンの目の前にマッシブーンが立ちはだかった。
敵はサタンを自分より下と見ているようだ。
「邪魔だッ!」
腹部に強烈な右ストレートを叩き込み、内蔵を破壊する。
青い体液を吐き出して倒れたマッシブーンは数秒も経たずに息絶えた。
「うわ……」
彼の行く手を阻む者が大量に出現した。
「どけッ! 退かなきゃ殺す!」
瞬時に《未来剣》を創り、切っ先を向けながら突進する。
先頭のテッカグヤを切り伏せ、後続のウルトラビーストも切り裂く。
「この森を抜ければ!」
〜☆★☆★〜
「──ってわけなのさ」
サタンは一通り話終えると満足そうに笑った。
「まぁ、感謝するけどさ。そういや、お前は誰と結婚したんだ?」
「知りたいか?」
「だから訊いたんだろ」
「グレイシア、アブソルロコンだ」
俺の頭脳は数秒間フリーズした。いわゆる一夫多妻ってヤツですか?
「え? な、何でそんな?」
「いやー、色々パターンがあるんだよ。一対一、二対一、三対一、はたまた結婚しないと……。どれも失敗だったんだけどな」
「じゃあ何で失敗するって分かりきってしたんだよ」
「……何でだろうな……? 俺にもよく分かんない。ただ、みんな好きだったっことは分かる……。誰を選ぶとかできなかったんだろうな」
サタンは俯いて呟いた。
「お前はお前で本当に好きな奴を選べばいいさ」
顔を上げたサタンが笑う。俺は溜息をついて笑い返す。
「よし、行こうぜ」
もう一度、指を鳴らしてみんなに掛けた《ストップ》を解除する。