13 12話 人間界
「…………ふぁっ!?」
ガバッと起き上がる人間の少年。
辺りをキョロキョロ見回して何かを確認する。しかし、今は午前二時のため、明かり無しでは一寸先も見えない。
よろよろと慣れない体で歩いて電球のスイッチを入れる。
「あぁ、くそ……。体が鈍ってやがるぜ……」
少年は悪態をついてベッドに倒れ込む。
スマホで日付を見ると、二〇一四年七月二十日。
ポケトピアに行った日と一日も変わっていない。
目を瞑って、あの時のことを思い出す。
『スズキ……ソウタ』
イーブイは少年の名を口にした。
『もう、お別れだ。じゃあなイーブイ。できれば俺もここで暮らしたかったけどな』
『できるよ。願い続ければ』
『だと、いいな』
颯太が笑った瞬間、彼は一筋の光となって天へと昇っていった。
『バイバイ、ソウタ』
最後にイーブイの声が聞こえた気がした──。
「懐かしいな……。また、あの世界に行けるなら」
ふっ、と笑った少年こと颯太はそのまま眠りについた。
〜☆★☆★〜
「いってらっしゃーい」
台所から母親が言った。
しかし彼は無視して靴を穿き、外に出た。
夏の日差しが颯太を照らす。
外出して二分も経たないうちに汗びっしょりとなった。
向かうは近所の公園。三人会という、ある二人の友達と行っているものに集まるのだ。
「わりい、遅れた」
「いや、時間ぴったりだよ」
スマホから目を離した少年、智樹が答える。
「で? 今日は何するの?」
こちらは、プレイ中のゲームを中断して尋ねる。
「今日は大切な話があるんだ。お前が好きそうな話だぜ、悠暉」
悠暉と呼ばれた少年はゲームをバッグにしまって目を輝かせた。
「あのな、俺は一ヶ月間、別世界に行ってたんだ」
言った瞬間、沈黙が訪れた。
「はい、では本題をどうぞ」
「いやいやホントなんだって!」
颯太は慌てて見た事あった事を出来る限り鮮明に語った。
「……俺は信じるよ」
「ホントかッ!?」
悠暉は今頃古いガラケーを手に答えた。
「検索して見たけど、颯太みたいな事例何個もあったらしいよ。剣と魔法の世界とかモンスターが襲いかかってくるとか……。君の場合はポケダンだね……」
「そのイーブイはどれぐらい強かったんだ?」
智樹が尋ねた。
「イーブイは、言うならば魔神だ。あんなイーブイ見たことねえよ。そもそもゲームには設定されていない技を使ってたし」
「羨ましー!」
「だろ? あっちの世界じゃ俺も強かったんだぜ。ラスボスと戦ったしな」
それから真夏の酷暑に晒されながらも五時間、延々と話し込んでいた。
〜☆★☆★〜
──そして月日は流れ、颯太は高校二年生になった。
学力に決定的な差があった悠暉とは別れ、颯太よりも頭のいい智樹はもっと上の高校に進学した。
三年前の記憶は薄れ、時々思い出すくらいだった。
『た……け』
「あ?」
自転車に乗っていた颯太は漕ぐのを止めて、無限に広がる青空を見上げた。
「空耳、か?」
肩を竦めて再び漕ぎ出す。
家に着いて、自室に入る。背中からバッグを降ろしてベッドに寝転がる。
『たすけて……』
「空耳じゃなかった! 誰なんだお前は!」
『もうお忘れですか? 私は世界を統べる者。あらゆる世界を行き交い、その世界に必要とされる者を呼ぶ仕事をしています……と三年前にもお伝えしました』
「……あ! ああ! 妖精か!」
『まあ、何でもいいです……。では本題に入ります。再び、ポケトピアの危機です』
「イーブイがいるから大丈夫だろ? 俺は勉強で忙しいんだ」
『三年前はあんなに来たがっていたのに……。それにこの世界での貴方を知る人の貴方に関する記憶を全て消し去る事ができますよ』
妖精は颯太を誘惑するように語りかける。
「つまり?」
『ポケトピアで一生楽しく暮らせますよ!』
その一言で、颯太の心はぐらりと傾いた。