50話 宙ぶらりん
「ッ……」
意識がだんだんはっきりしてきた。あれ? 地面がないぞ……。それに手も動かないし。
下を見てみると、そこに床は無く、ただ闇が広がっているだけだった。
「助けてぇ────!!」
俺の叫び声が室内に反響する。
「動かない方がいいわよ」
エンニュートが喋りかけてきた。だが、どこにいるのかわからない。
「どういう意味だよ」
声のする方に訊き返す。
「今下を見えるようにするわね」
三秒後、パッという音がして頭上が白く輝いた。闇が取り払われ、その先が露になる。
「ひえッ!」
真下は針。尖った針。どこもかしこも錆びたりして古いのに、あの針だけは新品同様だ。
「次に上をご覧なさい」
ああ、なるほど。どうりで動けないわけだ。手錠を掛けられて吊られているんだから。
「その手錠の鎖、錆びててそろそろ切れそうなの。出口は開けておくから、帰れるもんなら帰っていいわよ」
キィキィと神経を逆撫でるような音がする。エンニュートが言う出口を探してぐるりと見渡す。
「あれか……」
七mほど斜め下に降りれそうな場所があった。更に、その前には扉がある。
「どうしたもんかね」
体をぶらぶら揺らし、助走をつける。ギィギィ、といよいよ壊れそうな音がし始める。
バギィン!
「マジかぁぁぁぁ────!!!」
ギリギリ届くか届かない位置で落ちていく。段差の端を掴み、難を逃れる。
「ッ! ぐぅー……だりゃせいッ!」
渾身の力で登る。その場にどっこらせ、と座り込む。
「はあ……はあ、嘗めんなよ……」
手錠を床に打ち付けて破壊した。自由になった両手をブンブン振って、ストレッチする。
「さてさて、あの糞女王はどこだぁ?」
扉が開いているにも拘わらず、おもいっきり蹴破る。部屋から出てもカビ臭さは消えない。窓がないのを見ると、ここは地下なのだろう。
キョロキョロと周りを確認する。が、敵の気配は一切ない。まるで、かかってこいとでも言っているかのような。
階段を捜して走り回る。途中で骨が転がっていて心底驚いたがそれ以外特に吃驚するようなことはなかった。
「ここは……一階、かな?」
階段を登ると光が見えた。眩しさに目を瞑る。先刻のライトとは違う、自然の暖かみの籠った光。
漸く目が慣れてきたところで走り出す。角という角を曲がり、扉という扉を蹴破り、遂にエンニュートの待つ部屋に着いたのだった。
「糞ババア! 戻っ……たぞ? あれ、あいつがいねえな」
代わりに全員仲良く縛られて、猿ぐつわを噛まされている。
「エンニュートにやられたのか?」
一番手前のルカリオの猿ぐつわを外す。
「駄目だ! イーブイ、これは罠だ!」
喋れるようになるやいな、彼は叫んだ。
「え? ──がはッ!?」
背中への衝撃。ルカリオの堅い胸板に額を打ち付ける。
「あーら、ホントに戻ってきちゃったの」
エンニュートは俺の襟首を掴んで持ち上げた。
「ッ……てめぇ」
「五月蝿いわね、黙ってなさい」
ばふぅ、と煙を吹き掛けられる。しかし、今回の毒ガスは痺れは無かった。
ふん、と俺を後方に投げ捨てるエンニュート。絶好のチャンスだ! そう思った矢先、胸が苦しくなった。
激しい吐血。床に血だまりができる。
「んがッ!!」
縄を噛みきったルカリオがエンニュートに殴りかかる。
「ぐッ!?」
不意討ちを受けたエンニュートは壁に背中から激突した。
「酷いじゃない。女性を殴るなんて」
気味の悪い笑みを浮かべながらエンニュートは言った。口の端から流れる血を舐めている。
「グフッ! ゴフッ!」
更に激しい吐血。命は長く持たなそうだ。
「エーフィさん! ペンダントを!」
ルミナが俺に駆け寄ってきた。姉ちゃんは言われるがままにペンダントを渡す。
「今の時間は午後一時。太陽が一番熱い時です! 後はイーブイさんの生命力にかけましょう!」
ルミナは早口でまくし立てるとペンダントを俺にかけた。途端に体中が温かくなる。
「太陽のペンダントには太陽が出ている時、状態異常を消す効果があります。ただ、ここまで進行が早いと……」
ルミナがそこで口をつぐんだ。
「進行が早いと何だよ」
むくりと起き上がる俺。皆は死人を見る顔で俺を見つめる。
「いやー、ホントいつもより体調がいいな。肩凝りも腰痛もないし」
「親父かよ」
ゾロアークがピシッと指摘する。
「ねえ! ちょっと喋ってる暇あるなら助けてくれない!?」
ルカリオがエンニュートと熾烈の攻防を繰り広げながら叫ぶ。
「君ならきっと勝てるさ!」
ぐっ、と親指を立てて応援する。何とまあ、無責任なのでしょうか。
「分かったよ。久し振りに頑張るよ」
ルカリオは手に、薄い青色に輝く細身の棒を造り出した。《波導棍》だ。
「貴方なんか三秒あれば十分よ」
「お手柔らかに、ね」
エンニュートは気迫の籠った目でルカリオを睨む。対する彼は口元に微笑を称えていた。