43話 月の女神
「静かにしろ。この上に敵の大将がいる。一気に攻めるぞ」
サタンが息を潜めて作戦を簡潔に話した。その直後、アブソルが少女らしからぬくしゃみを三連発させた。
ぱちん、と手で自分の顔を叩くという失敗した時のお決まりの動作をした。
「えへへ、ごめん」
「鼻水でてるよ」
エルが指摘すると手の甲で拭って俺の首回りの毛につけてきた。
「おまっ! ちょ! 何すんだよ!」
「はあ……。作戦は台無しだ」
サタンは深い溜息をついた。
「突撃ぃ──!!」
一秒後サタンが急に走り出した。
少し遅れて、俺らも飛び出す。
「ふふ、ようこそ。我が城へ」
最上階に居たのは、コアルヒーのような体に、羽の辺りから薄紅色のベールががはえている奴だった。良く目を凝らしてみると一番奥に小さめの檻がある。その中にメンバー全員が閉じ込められていた。
「貴方、今私のことをコアルヒーのような、と思いましたわね」
俺じゃん。苦笑して正直に言う。
「そうだけど。名前を知らないから知ってる奴に重ね合わせただけだよ。文句ある?」
わざと挑発的に尋ねる。
「私はクレセリア。月の女神です」
「へえ……興味ねえな。ま、ちゃっちゃと皆を返してもらうから」
床を蹴り、檻へと走る。が、見えない壁に激突して失敗。
「んふふ、その壁は私を倒さない限り開かないわ」
「なら、倒すまでだ」
ぴったり同じタイミングで俺とサタンが剣を向けて言った。違う点を上げるならば、持っている剣だ。
俺は《氷雪剣》。サタンは見たことない剣を使っている。
「ふふん、この剣が気になるだろ。こいつは《未来剣》つって、中央の青い宝石に念じれば七秒先の未来が見えるのだ!」
な、七秒って微妙〜だなー。と内心ツッコミを入れる。
「俺はあいつと差しで殺りてえんだ! てめえは引っ込んでろ!」
またもや同時。こんなことが数回続き、遂にはサタンが俺の腹を殴った。
「ぐぅッ!!」
派手に吹き飛び、背中を床に打ち付けた。
「僕ちゃんはそこで寝てな」
サタンは嫌味たっぷりに言った。
「おらッ!」
サタンが勢い良く斬りかかった。けど、クレセリアは避けようとしない。
勝負アリ、誰もがそう思った。が、剣はクレセリアを通り抜け、空を裂いた。
「無駄だ。今のそいつに普通の攻撃は通じない。実体がないからな」
檻の内部から声がする。一体誰なのか。
「だからこの剣を使え!」
姿は見えずとも、投げられた剣には見覚えがあった。シンプルは刃、柄には布が巻かれているだけの剣。
これの持ち主はフォッコだ。あいつも幽閉されているようだ。
「誰だか分かんないけどサンキュー!」
放られた剣を手に取り、再び突進する。今回、奴は回避行動をとった。
「良い身のこなししてんな。テンション上がるぜ!」
サタンの体を淡い青色の光が包み込む。俺との距離はかなり離れているが、ここでも半端じゃない威圧感を感じる。
刹那、サタンが消え、クレセリアの胴体から血が噴き出した。あまりの速さに目で捉えることができなかった。
「サイコキネシス!」
クレセリアが不可視の力でサタンを捕らえた。そして、そのまま床へ叩きつける。
「がはッ……!」
少量の血を口の端から流すサタン。が、にやりと笑い、もう一度斬りかかる。
「真空刃!」
白い空気の刃がクレセリアを切り裂く。
まだまだ! とサタンは何度も剣を振る。真空刃は全て、クレセリアにヒットする。彼女がどこに逃げようとも。
七秒後、クレセリアがどこに存在しているかを剣で未来を見ているのだろう。
激闘は幕を下ろそうとしていた。いや、始まる前から下りていたのかもしれない。
「終わりだな」
サタンの鋭い突きが敵の心臓を貫いた。血が間欠泉のように噴き出し、クレセリアは苦痛に顔を歪めて煙のようになって消滅した。
次の瞬間、立っていたはずの床が消え、宙に浮いている状態になった。
「ぎゃ────!!」
眼下に広がる、桃色の空、石畳の床、赤い橋が四角い欠片となって、天へと昇っていく。
檻が崩壊し、全員出てきた。
「ちゃんと戻れるよね」
エルがサタンに尋ねた。多分な、と彼は苦笑いで答える。
「あれ……? 視界が、ぼやける」
だんだんと皆の顔が見えなくなってきた。暫くすると、完全に真っ暗になった。
〜☆★☆★〜
ゆっくりと体を起こす。俺達は地面で寝ていたようだ。中には積み重なって寝ている奴も居る。
どうやら現実の世界に帰ってきたようだ。眠りに落ちた時から随分時間が立っており、朝になっている。
「時間あわせにゃ丁度よかったな。──おわッ!」
積み重なり組の最下層にいたニンフィアが目を覚ました。起き上がると同時に上に乗ってる者達をドサドサと落とした。
「さてさて、いつになったら起きるやら」
眠るメンバーをちらりと尻目に見た後空を見上げる。
──うん、今日も良い天気だ。