39話 明晰夢
「起きて、姉ちゃん起きて」
肩を揺すって起こそうとする。暫く続けていると、方目だけを開けて俺を見た。
「エル?」
「違います。イーブイです」
「なぁんだ……。違うのね……」
そう呟くと、再び目を瞑った。
「いや寝るなよ!」
それから五分。漸く姉ちゃんを起こした俺は。これからどうするか、を話し合うことにした。
「これからどうする?」
「取り敢えずは、この世界を歩き続けるしかないよね」
「あ、俺、この世界がなんだかわかったぞ! 夢の世界だよ!」
「そっか! 来る前に異常な程の眠気に襲われたもんね。となると、この夢は……明晰夢」
「明晰夢?」
俺は訊き返した。明晰夢なんて言葉訊いたことすらない。
「明晰夢っていうのは、これは夢だっていう自覚のある夢。つまり、自分が夢を見ているってことを理解した状態の夢ってことよ」
「へえ……じゃあ痛みとかもないの?」
「いや、あるのよ。例えば私が今、イーブイにビンタしたら痛いの。試してみる?」
「むぅ……。試してみる」
半信半疑に承諾して頬を突き出す。
「いくよ」
いくら攻撃特化じゃないからといって嘗めちゃいけない。最強チームの一員なのだからそんじょそこらの奴らと比べたら相当強い方だろう。
バッチィン! 凄まじい衝撃音──と一緒に俺は後方に吹き飛んだ。
「いってえええええ!!!」
「オーバーだなあ。私そんなに強く──」
姉ちゃんはそこで言葉を切った。俺の右頬は真っ赤に腫れていた。
「な、なんでこんなことに……?」
「多分、夢の中だからだ」
「どういうこと?」
「夢ってさ、現実じゃ有り得ないことが起きるじゃん。だからそれと一緒だよ。想いが強ければ攻撃も強くなる、はずだ!」
適当な持論を語る。と、姉ちゃんは「そうかも」と考え深げに言った。
「さて、進むしか道はないね。皆、どっかに居るだろうし」
石畳の床を歩き、和風の神社とかにありそうな赤い橋を渡る。
「今気づいたけど空の色が、THE・夢って感じだよね」
姉ちゃんが空を見上げた。俺も見てみるが確かにそう思う。
濃いピンク色の空にそれより薄いピンクの雲、または霧が浮かんでいる。
一言で言い表すのならば『わたあめ』がいいとこだろう。
「……すっげえ暇」
「同感。ただただ十字路を進んでくだけじゃつまらないわ」
「はあ、敵でてこねえかな……」
すると、俺達の望むものが現れた。
そう、敵だ。敵といっても見たことも無いような奴らだ。体はポリゴン質で、表面が輝いて見える。まるで、クリスタルのようだ。
「お先!」
姉ちゃんを差し置いて敵の元へ駆け出す。急な走り出しに驚いたのか、敵の動きが鈍った。
「アイアンテール!」
鋼鉄の尻尾を敵の体に撃ち込む。技は敵の腹を真っ二つに切り裂いた。
「!?」
別れた上半身と下半身は床に落ち、耳障りな音を立てて砕け散った。
「おかしい……。何だ今の手応えは……」
「もう一体来てる!!」
「え? がッ!?」
頭を強打し、目の中に星が飛ぶ。続いて二発目の攻撃がくるのを目の端で捉えた。が、とても避けられそうにない。
「気合い玉!!」
ジェットエンジンめいた轟音が俺を掠め、背後にいた敵にぶつかった。こいつも先程の敵と同じように砕け散った。
「……何なのよ。あいつら」
姉ちゃんが破片を拾いながら言った。
「わからない。でも、接近した時、一瞬だけ顔を見たんだ。信じられないけど、ニンフィアの顔だった」
姉ちゃんは口を開いたが、また直に閉じてしまった。
「イミテーション」
「え?」
「イミテーションだよ。偽物とかそういう意味があるんだ」
「へえ……。呼び名に困ってたからそれでいきましょ」
それから二、三個橋を渡ると三体のイミテーションが出現した。顔を注意して見ると、モデルとなっているのは、シャワーズ姉ちゃん、ロコン、アブソルだった。
奴らは姿形だけを真似たコピー。本物とは能力面で大きく劣る。
「《水弓》」
清んだ水で生成した弓でイミテーション共の頭を撃ち抜く。
「本物に会いたい……」
姉ちゃんがぼそっと言う。
「お、噂をすれば。ほら」
近くの橋を渡った彼は俺らに気づいたようで、嬉しそうに走ってくる。
更にその後ろからアブソルも。
「会いたかったよー!!」
強烈な抱きつき。俺も姉ちゃんも彼らの一撃によって床に押し倒された。
「偽物偽物。全部偽物! 漸く本物に会えたんだ!」
アブソルは嬉し涙を流している。
これで、二匹増えて、先に進むのは多少楽になっただろう。