36話 事情説明
「うおおおおおお!!!」
降り下ろした《氷雪剣》がルナアーラの漆黒に輝く翼を切り裂いた。
「くあっ!!」
吹き出た血が俺の首回りの毛を赤く染めた。
ルナアーラは体勢を崩した。うん、そこまではバッチリ。でも、落ちてゆく気配が全くない。
逆に俺だけが落ちていっている。地面に激突するまでに誰かがキャッチしてくれるという保証はない。
「死んで……たまるか!!」
《氷雪剣》を捨て、《雷槍》に持ち換える。それをギリギリのところで、反対の翼に突き刺す。
「ぎゃああああ!」
ルナアーラの翼は超がつくほど脆かったようで、俺の体重が掛かっただけでもビリビリと縦に裂けた。
そして、そのまま俺らは落下した。一応俺はルナアーラの背中に乗っている。これで地面に叩きつけられそうになったらジャンプすれば助かる──はずだ。
いよいよ地面が迫ってきた。タイミングを見極め、飛ぶ準備をする。ルナアーラがぶつかる、という二秒前に俺は飛び上がった。
祭壇を揺らす大振動。奴にまだ意識はあるようだが長くは持ちそうにない。さしずめ【キャタピーの息】と言ったところだろう。
「っと!」
作戦を実行した俺は見事、地面に着地した。
「気を失ってるみたい」
ルミナがルナアーラの頬をペチペチ叩く。が、反応がない。
「うーむ。いつかは起きるでしょう」
学者風にブースター兄ちゃんが言った。
「おいルカリオ……」
「あ、イーブイ。初めて空飛んだ感想は?」
「最悪。もっとゆったりしたもんかと思ってたけど全然違う」
「そっか……。ま、飛べたし良かったね」
「良くねえよ! 一歩間違えたら死んでたよ俺!」
「死んでないじゃん」
「そうだけど! 危ないからあの技は天井が無い場所じゃ使用禁止!」
「えー……」
ルカリオは残念そうに肩を落とした。
〜☆★☆★〜
「中々起きないな」
俺らはルナアーラを取り囲んで座っている。
「しょうがない。シャワーズ、ハイドロポンプだ」
「兄さん正気!? そんなことしたら死んじゃうよ!」
「その時はその時だ」
兄ちゃんがにっこり笑った。
「どうなっても知らないわよッ!!」
姉ちゃんの口から放たれた激流。ハイドロポンプを顔面で受けたルナアーラは、押し寄せる水に流され、少しずつ後退していった。
「ぶあああ!?」
がばっ、と起き上がったルナアーラは俺達をじっと見ていた。
「なぜ、殺さなかったのですか」
「別に、殺しに興味がある訳じゃないし。そもそもあんたが襲ってこなければ何もしなかったさ。それと、太陽のペンダントは盗んでない! ペンダントは太陽の島のレースでゲットしたんだ!」
「また性懲りもなく嘘をッ!」
「やめないか!!」
上空から轟く声。見上げると白い何かが突っ込んでくる。
「ソルガレオ!」
ソルガレオと呼ばれたポケモンは着地するやいな、俺達を睨んだ。
「おおっと、そう身構えるな。俺は昔から目付きが悪いって言われてきたからな……。っとと、話が逸れた」
ソルガレオは大きく咳払いをしてから話始めた。
「ルナアーラ、この子達は嘘をついていない。ちゃんと手に入れたんだ」
「貴方までレースで、とか言うんじゃないでしょうね」
「む、よくわかったな」
ソルガレオは驚いたように認めた。
「で、何でわかるのよ」
「それは、とーっても簡単なことだ。俺が太陽の国の奴にペンダントを渡して次のレースの賞品にしろと伝えた。で、この子が優勝し、勝ち取った、ということだ」
ソルガレオは俺を指差しながら言った。ルナアーラはまだ完全に信じてはいないようで、疑いの眼差しを向けてくる。
「まあ、貴方が言うのならば信じましょう……。ですが、月の指輪を渡す訳にはいきません!」
飛翔しようとするが、俺が切り裂いた翼では飛ぶことは愚か、浮くことすらままならない。
「その体でまだ戦うかい?」
ブラッキーが《三日月刀》の切っ先をルナアーラの頭に突き立てようとする。
「ルナアーラよ。いいじゃないか指輪なんか」
「何を言っているんですか!? 神器を易々と渡すつもりないです!」
「別にこの子らは悪用したりはせんよ。俺が保証する」
「……わかりました。貴方を信じましょう。ですが、もし! もし悪用したら全力で殺します。いいですね」
「わかった。肝に命じておくよ」
俺は祭壇に歩みより、指輪を手に取った。指輪は月の光を受け、美しく輝いている。
「おい、ジャノビー! 嫁さんに着けてやれよ!」
ジャノビー目掛けて指輪を投げる。多少軌道が逸れたがジャノビーは難なくキャッチした。
「な、何か照れるな」
「そう、ね」
ジャノビーはおずおずとルミナの指に指輪を嵌めた。
「ありがとな。ソルガレオ」
「いやあ、気にすんなって」
パチッとウィンクしながら答えた。
「さて、城に戻って報告するか。ついでに泊まらせてもらお。……眠くてしょうがねえぜ……」
欠伸をしながら来た道を戻る。